かなり空いてしまいましたが、今回は題名通り説明やらなんやらがメインなので単調です。
その分も合わせてすいませんでした。
「はぁ……、はぁ……」
はたして何時間こうしていたのだろうか。
だんだんと息が落ち着くまでの時間だけが伸びていく。
それが疲労の蓄積によるものだということは彼女は理解していた。
それでも無理矢理おしこめ、ライフルを構える。
「……いきます」
言葉と共に現れたのは黒いバルーン。
取り付けられた噴出口によって縦横無尽に飛ぶ姿はまるで彼を髣髴とさせる。
さっきの試験での醜態に何度目だろうか、奥歯を噛みしめる。
次こそは成功させなければならない。
今度こそ、
「狙い撃ちますわ!」
自身にまとわりつく焦燥感を打ち払わんばかりにセシリアは引き金を引いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………」
試験も終わり、昨日まで打って変わって閑散とするアリーナ。
がら空きの観戦席に座り、グラハムは宙を見上げていた。
真剣みを帯びた目はある一点を追っている。
「こんばんは、グラハム君」
と、見上げる彼の視線を赤い瞳が遮った。
その目の主へとグラハムは微笑を浮かべながらピントをずらす。
「試験も終わったのに随分熱心ね」
「そういう君もよもや特訓という殊勝なことではあるまい?」
「あら、学園最強の座のふさわしくあるためにこれでも結構やってるのよ? 誰かさんがいるから最強に見えるようにしないといけないし」
悪戯っぽく笑いながら隣の椅子に腰かけた楯無になるほどと該当者は相槌を打った。
「ま、今日はかわいい妹の応援かな」
あそこ、と向けられた扇子の先、アリーナの片隅では簪が《打鉄弐式》を纏って特訓をしていた。
見上げる本音はいつも通りまさにのほほんとしているが簪の目からはなかなかの気迫が窺える。
「今日の試験、簪ちゃんは負けちゃったから」
「昨日のこともある。悔しさから向上心が焚き付けられるのはよくあることさ」
「……悔しかったのは、間違いないわね」
昨日、という言葉にジトッとした視線を楯無は横目に向けるもグラハムは全く意に介してないようだ。
「簪は強くなる。そうでなくては困るさ、君もいるのだからな」
相も変わらずの嫌みのない微笑に「まあ、ね」と毒気を抜かれる楯無。
「簪ちゃんは強くなれるでしょうね。でも……」
楯無は簪たちのいるところとは別の一角へと視線を向けた。
「セシリアちゃんはこのままじゃ空回りし続けるだけでしょうね」
「同感だな」
二人の視線の先にはセシリアがいた。
《ブルー・ティアーズ》で宙に上がっている彼女はライフルやビットを展開し、幾度となくバルーンを狙うもことごとく外している。
いくらバルーンが高速で移動をしているとはいえ、一発も当たらないというのは本来のセシリアの実力からしてありえない。
いままでもそうだったがワザとはずしているふしが見受けられる。
しかし何故そうしているのか、それはグラハムもそうだがセシリア自身もその本質を掴めていないのではないか。そう思えるほど今の彼女の射撃はひどいものだった。
ただがむしゃらにレーザーを放っているようにしかグラハムには見えない。
「セシリアちゃんの不調の理由が分からないってとこかしら?」
「ああ。何がセシリアをあそこまで追い詰めているのか、そこがわからないと言うべきか」
「じゃあ、お姉さんが教えてあげましょう――といってもセシリアちゃんの御国事情ってやつなんだけど」
コホンと咳払いをするとセシリアを見上げる目線に妹と同じ色を帯びさせて話し始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「グラハム君はイグニッション・プランって知ってるよね」
「欧州連合の次期主力IS選定だと聞いているが」
「正確には欧州連合における統合防衛計画ね。その次期主力機選定なんだけど、候補機である三機種の内、今一番不利な状況にあるのは……イギリスのブルー・ティアーズ」
「なんと!? だが先日まではドイツの《レーゲン》と一騎打ちになると私は聞いていたが」
「状況が変わったの」
実は、と楯無は僅かに声を潜めた。
ここから先は『楯無』として得た情報なのだろう。周囲に人はいないが無意識にそうさせるのだろう。
グラハムもまた心なしか耳を楯無の方へと寄せる。
「欧州連合軍事演習襲撃事件以降、GNドライヴもしくはGN粒子技術に対応したISが早期に求められるようになったの。IS学園への早期情報開示請求が来たのもこのためね」
「亡国企業の機体がGNドライヴを搭載している以上、当然だな」
「当然イグニッションプランでもGNドライヴ機としての発展性が重視されるようになった。そうなると候補機の順位変動が起きるのは当然ね」
「……ブルー・ティアーズはレーザー兵器が主体、そういうことか」
GNドライヴ搭載機のもつアドバンテージの一つとしてビーム兵器の搭載の存在がある。
GN粒子を圧縮するそれらは純粋な威力と搭載の容易さで現行のあらゆる兵装に勝ってる。
イグニッションプランでもその点は重要視されることとなったがそれがイギリス陣営を一気に窮地へと追いやった。
ブルー・ティアーズの最大の特徴であるレーザー兵器はその原理からしてビーム兵器とは大きく異なる点があり、GNドライヴを搭載してもレーザー兵器がその恩恵を受けることができない。
これは軍事演習襲撃事件において《サイレント・ゼフィルス》がGNドライヴを有していながら、BT兵器はブルー・ティアーズとなんら変わらなかったことからも裏付けられる。
「――AICはドライヴ搭載機にも有効でレーゲン型自体フレーム強度に余裕があるから搭載に向いているし、《テンペスタⅡ》もトリアイナがビーム兵器としての発展も可能だとするデータが出ている分、余計に厳しいでしょうね」
「しかし、セシリアの様子からして自棄ではないだろう。英国は何かしらの手を打とうとしているはずだ」
イギリスがイグニッションプランを投げたというのであれば、駆り立てられるように無茶な修練を繰り返すはずがない。
そう思ったグラハムの言葉に楯無は肯定した。
「BT兵器の根幹、マインドインターフェースによる流動性エネルギー制御。これを発展させてGN粒子制御に用いようって話があるみたいなの」
仮にGN粒子をコントロールすることができれば空中での姿勢制御や、GNフィールドやファングといった特殊兵器へと技術発展することができる。
確かに逆転の一手としてこれ以上のものはないだろう。
そうグラハムは思った。
だが楯無の表情とセシリアの現状からしてそう簡単に行く話ではないのだろう。
グラハムは無言で楯無の話を聞いた。
「けど、サイレント・ゼフィルスは亡国企業に奪取されちゃってるし、三号機はビット開発難航でまだ正式にロールアウトはしていないの。だから、データ収集はセシリアちゃん一人の肩にかかってるってわけ」
「そうとうなプレッシャーだろうな」
「グラハム君も経験あるんじゃない?」
「……私は、性能が一番であると確信があったからな」
すました顔でそんなことはなかったさ、と否定したグラハム。
ああ、機体は一番だったさ。
(……そういえば、《ブレイヴ》はどうなったのだろう)
ふと、自身がテストパイロットを務めていた最期の愛機の事を思い出した。
だがすぐに彼は思考の奥に仕舞い込んだ。
今はセシリアだ。
ブレイヴにはカタギリがついていると頭を切り替えた。
幸い思考しかけたところから早々に復帰したことで楯無には気づかれることはなく、グラハムの言葉に苦笑を浮かべながら話を続けていた。
「――と、ここまで長ったらしくなっちゃったけど、大事なのはここから」
「まさか、ここまでが前座とはな」
「前座ってわけじゃないけどね。流体エネルギー制御技術は私の《ミステリアス・レイディ》とかにも応用されてて、ぶっちゃけるとアクア・ナノマシンの方が完成度が高いわ」
「……ブルー・ティアーズの集音性が悪くて助かったな」
「で、イギリスはBT兵器技術の一つの到達点として『
「flexible……なるほど、そういうことか」
「まあ、グラハム君ならわかるでしょうね」
「レーザーを自在に曲げる技術、というわけか」
なるほど、ようやく合点がいったとグラハムは頷いた。
今までセシリアがワザと目標からはずして撃っていたのは、レーザーを偏光させ死角から撃ちこむため。
あまりにもワザとらしい外し方だったが使いこなせばあらゆる箇所からの攻撃が可能となるだろう。
そうなればまさに遠距離攻撃に絶対的な領域を形成することができる。
単純にNGN機の兵装と見てもこれだけの技術は無視することはできまい。
「どういう理屈なのかはお姉さんも分からないわ。ただ、イギリスがこれを切り札として欲しいって話があるのは事実。セシリアちゃんに偏光制御射撃のデータ収集の命令が入ったのもね」
「しかし、セシリアは偏光制御射撃そのものが上手くいかない……ということか」
だが、軍事演習襲撃事件の折にレーザーが屈折するのを見た覚えがグラハムにはあった。
肉眼で見ていたことなので確証には至らなかったが。
「今でも再三にわたって完成させろって言われてるみたいね。それに本国と軋轢が生じてるって聞いたわ」
「……そうだろうな」
こちらの方はグラハムとしても確証に近いものがあった。
BT兵器のデータ収集のために学園に来たらしいセシリアだが、学年別トーナメントには出場できず『福音事件』では新兵装を早々に大破させたりと、本来なら始末書ものではすまない事態を招いており、何も問題がない方がおかしいというものである。
「しかもゼフィルスは偏光制御射撃ができるみたい」
どうやらグラハムの見間違いではなかったようだ。
だがそれがセシリアによるものでない。
段々とパズルのピースがはまっていくのを感じた。
「それに家の方も大変でしょうし、結構限界なのかもしれないわね」
「家?」
「イギリスのオルコット家ってそれなりに有名な名家なんだけど、セシリアちゃんはそこの当主なの」
「それは初耳だな」
たしかに普段の立ち振る舞いやプライドの高さからそれなりの出自なのだろうと思ったが、そこまで高貴な身分とはさすがのグラハムも意外だったようだ。
(……さすがのイギリスでもそうでなくては侍女はつけられんか)
生い立ちで人を判断するような狭量は持ち合わせていない彼だが、妙に納得がいったらしい。
「けど、そんな立場だから……きっと弱いところなんて誰にも見せられないんでしょうね」
「……親友であってもか?」
「ああいう子は親しい人ほど心配させないように振舞うものよ」
いろいろダダ漏れだけどね、と苦笑する楯無。
どこかの誰かに重ねたのだろう。あえてグラハムは言及しなかったが楯無の表情は何かを物語っていた。
それ故にそうか、という言葉だけを残し彼は席を立った。
「もういいの?」
「ああ。それだけ分かれば十分だ」
あとは、と言うグラハムの顔はいつもの不敵な笑顔だった。
「……まさか、今からセシリアちゃんに挑む気?」
清々しいまでの笑顔に走るのは悪寒。
この表情を見せるとき、この男は大抵普通じゃ考えられないようなことをする。
だが今日セシリアと戦って負かしたのは彼だ。
しかも偏光制御射撃に失敗したところで勝負をつけている。
やめなさい、と傷口を抉るつもりかと思わず楯無の視線が鋭くなる。
「さすがの私もそこまで無粋ではないよ。明日、本人から話を聞くさ」
「え!?」
「セシリア自身の言葉で聞かなければなるまい」
返ってきた言葉に今度は驚愕する楯無。
そんな楯無にグラハムは笑顔の中に強い意志のこもった目を向けた。
「私は君の話を疑うつもりはない。だが、私はセシリアから聞かなければ意味がないと思うのだよ」
やはり、パイロットとして友人としてこの件は見過ごせまい。
そう彼の目は言っていた。
「相変わらず強情ね」
「熟知している」
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立ち去って行ったグラハムの靴音が聞こえなくなると楯無は溜め息を吐いた。
(ここまで強情でしつこいと逆に潔く思えるわね)
ここまで友人思いなのは彼のいいところなのだろう。
「…………」
ただ、あまりにも実直すぎる彼はその洞察力をもってしても大切なことを見落とすだろう。
「今回は大丈夫でしょうけどね」
視線を妹のいる一角へと戻すといつの間に来ていたのだろうか、ISスーツ姿のルフィナがいた。
彼女を含めた三人で談笑をする簪に気付かれないように微笑むと楯無は席を立った。
(けど、今回は……)
明らかにババを引いた子がいるわね。
セシリアと同じく彼を想うとある少女に若干の同情の念を抱きながらアリーナを出た。