ネウロイに操られていたとはいえ、ディラーラを殺した罪で軍法会議にかけられた私はまもなく一人きりの懲罰部隊に移籍された。
ネウロイに食われてからはすべての身体感覚が希薄になっていた。そして睡眠が取れないという問題を抱えていた。しかし、懲罰部隊に属する私はそんなことなど無視された。
懲罰部隊で一人で激戦を戦うことになっていたが、ディラーラを殺す原因になったネウロイは憎かったし、無理をすれば体もついてきてくれた。しかしいくらネウロイを殺しても、当然心の隙間は埋まらなかった。何度も死のうと思ったけど、ディラーラの思い出を忘れてはいけなかった。
私はこれ以上心の隙間が大きくならないようにディラーラとの思い出をそこに詰め込んで無理矢理塞いだ。
その後戦局が安定するまで戦い続けた。戦績にはカウントされなかったが実質的なエースになったのだった。
――
戦局が安定して懲罰部隊から除隊された私は、階級なしから少尉として昇任された。
しかし同じ基地のメンバーにはその過去から避けられていたし、結局一人で戦い続けていた。そしてある日、基地指揮官に呼び出されたのだ。
あれ以来任務外で外には出ていなかったが、指揮官に呼ばれては出ていくしかない。
執務室に入ると指揮官が待っていた。
「……クリン・ストイカ少尉、参りました。」
敬礼をし、身分を述べる。指揮官もそれに敬礼を返し話に入る。
「先日、ブリタニアにおいて各国エースをまとめた戦闘部隊を結成する運びになった。我が国ダキアも以前から多くの支援をもらっているため、こちらからもウィッチを派遣することになった。」
指揮官が封筒を取り出した。
「クリン・ストイカ少尉。貴君を連合国第501統合戦闘航空団にダキア代表として派遣する事となった。これは決定事項だ。」
そして辞令書をこちらに差し出す。これを私は受け取った。ディラーラの墓のあるここから離れるのは嫌だったけど、決定事項とまで言われてしまっては逆らえない。
「……拝命いたします。」
――
地中海をぐるっと回ってブリタニア。私は慣れない基地にやってきた。
ブリタニアに至るまで、私はディラーラとの思い出と今まで覚えていることすべてを日記にまとめていた。私はディラーラのことを忘れたくなかったのだ。
ディラーラを忘れたくないから死にたくはない。だけどきっとこれからまたいつか死ぬかもしれない。その時にこの日記帳があれば埋もれた記憶を思い出せるように思えた。
付き添いが基地の守衛に確認をとって入れてもらう。そして一路執務室に向かった。
「……本日着任致しました。クリン・ストイカ少尉です。」
「基地司令のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐よ。ようこそ501へストイカさん。」
ここの基地の司令官はウィッチらしい。挨拶をして書類を確認した。
「早速ストイカさんを基地のメンバーに紹介したいところですが、数日のうちに扶桑からのウィッチもいらっしゃるのでその時に合わせてしたいと思います。」
「了解しました。」
――
さて部屋に戻る。
「広いな……。」
これまでこんなに広い部屋を与えられたことは無かった。なんだかかえって違和感がある。
書類を机の上に置いてぱらぱらとめくる。半分は生活に関しての内容で、半分は規律についてだった。
「まあ別に変なルールはないだろうし。」
適当に読んで書類を棚にしまうと日記帳を開いて今日の記録をした。そのあと上着を椅子にかけて布団に潜り込んだ。先程ヴィルケ中佐と確認したところでは私の着任はもう少しあとの予定だったから、今はできることはないらしい。
私は頭まで布団を被って丸くなった。
――
寝れなかったけど布団にくるまっていると21時ほどになった。
夏だった。ダキアに比べて緯度が高くとも海流の影響でブリタニアは意外と暖かい。思ったより汗をかいてしまった。
「おふろ……。」
なんとこの基地にはお風呂があるらしい。モエシアの基地に居た時は立地の関係でお風呂があったけど、ここはわざわざ沸かせて風呂にしているとか。だからお風呂の時間じゃないとお風呂に入れない。……と書いてあった。
脱衣所があって、そこで服を脱ぐ。中からはきゃあきゃあと楽しそうな二人の声がしていた。
中に入ると気づいた一人がこちらを向いた。リベリアンの典型みたいな人だ。もうひとりはその女に抱きついている子供だ。
「お、あんたが新人か。」
「はい。」
声をかけられたので最低限だけ返して頭を洗い始める。傷が気になるからタオルは着けたままだ。
頭を洗い始めた頃、それは突然だった。
「うう~ん、やっぱり残念賞。」
子供っぽい声が後ろから聞こえる。目を開けられないので見えはしないがさっき見た子供がタオルの上から私の胸を揉んでいるらしい。
別に害はないからいいか。頭流そう。
「うじゅ……怒った?」
「……怒ってないよ。」
静かにしていたから怒ったかと勘違いしたらしい。髪も流したし振り返って撫でてあげる。でも悲鳴を上げて逃げていってしまった。またでかい女のもとに戻る。
体も洗ったし湯船に浸かることにした。仕方ないからタオルを取った。
……少し温まったのでお風呂を出る。後ろからなにか聞こえた気がしたけど、まあ私のことじゃないだろう。
――
翌日。扶桑から新人を連れて坂本という人が戻ってくるとブリーフィングで聞いた。
しかし丁度ネウロイの襲撃が重なってしまったらしく、基地のみんなは出撃してしまった。
その日は昼食は少し食べた。夕食は食欲がなかったけど自室で無理やり食べた。夜は眠れなかった。
――
そのまた翌日、朝から私と扶桑から来たらしい新人は基地のメンバー全員の前に立っていた。
「みなさんこちらの方は事前に資料で確認されたと思いますが、ダキアからいらしたクリン・ストイカ少尉です。」
「よろしくお願いします。」
「そしてこちらは坂本少佐が扶桑皇国より連れてきた宮藤芳佳さん。階級は軍曹になります。」
「宮藤芳佳です。よろしくお願いします。」
同期?の子は宮藤芳佳というらしい。無垢でかわいらしい子供だ。……私も子供ではあるけど。
横目に見ていると宮藤は突飛なことを言い出した。サイドアームは要らないということだ。……正直意味がわからない。武器は持ってればそれだけ便利なのに。呆れた一人のウィッチが出ていってしまった。
「宮藤さんはリネットさんに、ストイカさんはルッキーニさんに基地の紹介を受けてください。階級も同じだから付き合いも楽だと思うわ。」
――
そのあと簡単な自己紹介があり、朝食を終えてルッキーニ、リネット、宮藤、私の四人は基地内の探索に出ていた。ルッキーニはリネットに隠れていたが。
「ストイカさんはお部屋どこなんですか?」
宮藤さんがこちらに話を振る。私はそこと指した。
「あれ、そこのお部屋だったんですか。」
というのはリネット。そういえば廊下でリネットに会ったことはない。
「あまり外に出てなかったから。」
そう言われてリネットは納得したようだ。
――
そのあとはキッチンを見に行った。基本炊事職員が居るけど、たまにウィッチたちも料理を作ることがあるらしい。
訓練場とか外を見回っていると、ちょうどハルトマンが取材を受けているところに遭遇した。
「ハルトマン中尉は200機撃墜しているスーパーエースなんです。奥のバルクホルン大尉は250機で、ミーナ中佐も160機ぐらいです。あの三人が居なかったら今頃どうなっていたか……。」
そうリネットが教えてくれる。でもリネットの表情は誇らしさというより悔しさを滲ませていた。
「ストイカさんはダキアのエースと聞きましたが、やっぱり凄いんですか?」
「クリンでいいよ。……たしか公式には15機だったかな。」
「公式には?」
「昔の記録はないんだ。」
「そうなんですか……。」
リネットは不思議そうにした。
――
その後の基地生活は訓練・出撃・休暇のいつもと変わらない生活だった。直近の出撃では陽動奇襲攻撃を受けた。私は奇襲するネウロイの足止めをしていたが、リネット・宮藤の活躍によってネウロイは倒された。それで宮藤とリネットはずいぶん仲良くなったらしい。二人でいるところを見かけることも多くなった。
私はダキアの頃と変わらずの生活習慣を続けていた。眠れないから訓練や出撃の時間を除けば部屋で静かにしているのだった。
昼食後、ヴィルケ中佐に呼ばれた。執務室に入ろうとするとごきげんなルッキーニが出てきて、私の顔を見てそさくさと逃げていった。流石に気付いたが私はルッキーニに嫌われているらしい。
ルッキーニに続けて部屋に入ると、ヴィルケ中佐に分厚い封筒を渡された。
「……これは?」
「半月の給金よ。」
「失礼ですが中身を確認しても?」
「ええ。」
封筒を開いて確認する。そこにはすべてプリタニアポンドでぎっしりと詰まっていた。
「……間違いはございませんか?」
「ええ、10ポンド入っているはずよ。」
数えると間違いない。10ポンド入っている。
「不足があったかしら?」
ヴィルケ中佐が心配そうにこちらに確認する。そうじゃない。私は別のことに驚いていたのだ。
「あまりに多くありませんか?これじゃあ私の半年の俸給と変わりません。」
その言葉にヴィルケ中佐は一瞬動きを止めた。
「……失礼するけど、ストイカさんはダキアではこれが半年の俸給だったのかしら?」
「はい。」
墓に供えるものを買って、あとはそう使うことは無かったけれど。結局ダキアに置いてきてしまったし。
「そうなのね……。とにかく、10ポンドで間違いないわ。どう使うもあなたの自由よ。」
そう言われて半ば追い出されるように部屋を出た。
――
部屋に戻ったら給金を机に置いて頭から布団をかぶった。
目を閉じてじっとしていると、扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ。」
布団から出るのが手間だったのでそのままで呼び込む。失礼しますという声は宮藤の声だった。
布団から顔を出して確認すると、居心地悪そうな宮藤がドアの近くに居た。仕方ないので布団を出て立ち上がって対応する。
「どうしたの、宮藤さん。」
「えっと、あのね、クリンさん今日のお昼あまり食べてなかったから、もしかして好きじゃない物があったのかなって思って……。」
なんだ、そういうことか。たしか今日は宮藤が料理を作ったんだ。たしかペリーヌが豆料理に文句をつけていたな。扶桑の料理は特殊だから私の口に合わなかったのかと心配になったらしい。
別に口に合わなかったわけじゃない。食欲が無かったのだ。でも食事に同席しないと怒られるかなと思って、同席はしていた。
それに栄養が足りない分は無理矢理レーションで補っていた。
「ぜんぜん。美味しかったよ。特にあのプティングかな?甘くて美味しかった。」
宮藤の扶桑料理にはプティングに似た見た目の料理があった。扶桑ほど遠い国でも同じような料理があることに驚いて印象に残っていた。
「……甘かったんですか?」
しかし、宮藤は不思議そうな顔で私を見た。……もしかして味間違えたかな。
「い、いや!間違えた、甘くはなかったんだった!でも美味しかったよ。」
「……それならよかったです。」
結局宮藤はそれだけを確認して部屋を出ていった。