鉄窓の南十字星 ~星になったウィッチたち~   作:多治見国繁

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今日も警察官たちのお話です
挿絵があります!


第3話

前田と立石はアルファベットで記された“Yoshika Miyahuji”の名をただ茫然と眺めていた。おかしい、そんなはずはないと頭の中に浮かぶものをかき消し否定しようとしても現実は変わらない。いったいあの宮藤がどのような罪を犯したというのか。あの朗らかな笑顔の裏に残虐な顔が隠れていたというのか。何かの間違いに違いない。しかし、おかしいと思っても、それを捜査しなおす権限は扶桑の警察にはないのだ。戦犯取り扱いに関する扶桑警察の仕事は実はそこまで多くはない。せいぜい居住の確認と逮捕の行政手続きの執行をするくらいだ。捜査自体はGHQや、裁判を担当する国の検察の仕事であり、逮捕したらGHQに引き渡して終わりだった。何ともみじめなものである。自国民の捜査さえもひとたび容疑者が戦犯と指名されたら満足にすることもできずに指をくわえて見ていることしかできないのである。あまりにもみじめな今の警察だった。前田は深く息を吐いて言った。

 

「何かの間違いだとは思うけれど……命令なら仕方ない……立石、行くよ」

 

前田は立石を連れて刑事第一課長の寺本の机に向かい戦犯リストを手渡した。

 

「課長、これの件、行ってきます……」

 

寺本は、前田からリストを受け取った。次々とリストをめくっていくと、見る見るうちに顔が曇り、深いため息をつく。

 

「ああ……頼んだよ……ようやく、長かった戦争が終わり、平和になって、無事に過酷な戦場を生き残って家族のもとに戻り平穏な日常を過ごしている中でそれを引き裂くようなことをするのは心苦しいが……GHQの命令なら仕方がない……警察も鬼ではないんだ……二人とも一番若手なのにいつもつらい任務を押し付けてしまってすまないな……」

 

前田と立石は徐にほぼ同時に首を横に振る。

 

「いえ……これが私たちの仕事ですから……では……」

 

前田と立石は、庭に止まっているジープのトラック様式の警察車両に乗りこみ、宮藤の本籍地へと向かった。宮藤の居住確認は容易である。何といっても扶桑の中でも指折りの魔法医学の名医として知られている。一応、逮捕の手続きとしては、確実に居住しているという確認をやっておかなければまずいのでやっているだけだ。

しばらくの間、前田はハンドルを握りただ前だけを見て、立石は俯きながら押し黙っていた。あまりにも重いまるでお通夜のような沈黙に耐え切れなくなり、前田が恐る恐る口を開く。

 

「ねえ、立石。信じられる?あの宮藤さんが戦犯容疑者だなんて」

 

立石は苦虫を噛み潰したように顔をしかめながらはっきりと首を横に振った。

 

「信じられるわけないじゃないですか……だって……だって……あの……あの……優しくて可愛らしい宮藤さんですよ……?私も、怪我したときや病気になったとき、よくお世話になっていましたから……赤ちゃんだって生まれたのに……」

 

「だよね……私も、宮藤さんの診療所で治療してもらったことがあるけど、宮藤さんと話したら、戦争なんて嫌いだって言っていたよ。こんなの絶対に何かの間違いに決まっている!くそっ!私たちに捜査権があれば……!こんなことには……くそっ!くそっ!」

 

前田は握っていたハンドルのど真ん中、金属の部分を何度も何度も傷ついて指の第二関節あたりから血が流れていることも気にせず我を忘れたかのように殴りつけた。車内には鈍くて重い音が響いていた。

しばらく、車を走らせると、やがて、山道へと入っていく。小高い山を少し上ったところにあるのが宮藤の実家である診療所だ。山道を走らせてしばらくすると、大きな看板と建物が見えてきた。宮藤診療所の看板だ。そして、建物は宮藤診療所。宮藤の実家である。近くの空き地に車を止めて、そっと音を立てず抜き足差し足で忍び寄る。今日は、あくまで内偵捜査であるから、息を殺して気づかれないように中の様子をうかがった。すると、宮藤が近所の人と思われる男性の老人を診察している様子が見て取れた。そして、車に戻って、宮藤が外出したりいなくなったりする時間がないかなど、行動について捜査した。しばらくの間、毎日宮藤診療所への出入りを確認して行動の特徴を導いていった。   

宮藤の行動の特徴は、月曜と火曜日は日中、診療所におり、水曜日は往診日、木金はまた診療所にいて土曜は午前中のみ診療所にいて、日曜はたまにどこかに出かけることが確認できた。

2週間くらい経ったころ、宮藤の居住確認と行動の確認が終了して、遂に宮藤逮捕の日がやってきた。前田と立石はいつも犯人逮捕の日に身につけていくコートを着てボーラーハットを手にした。逮捕の日はいつもこの服装で向かう。お決まりの格好だ。そして今日、逮捕に向かうメンバーである、前田以下8名は寺本課長の机の前に立って訓示を受ける。

 

「課長、行ってきます」

 

「ああ……みんな。今日まで捜査、本当にご苦労様。被疑者は戦犯容疑のウィッチだ。軍隊経験者だから、腕力もあるし、ただでさえ、魔力で体力強化される上に元エースウィッチだから一旦暴れると抑えるのはかなり難しいだろう。逃走を図ることがあるかもしれない。周囲警戒と行動監視、そして自身も受傷しないようくれぐれも留意しろ」

 

「わかりました。立石、みんな。それじゃあ、行くよ」

 

「はい……」

 

立石がみなを代表するように小さく返事をすると、前田以下8名はまるで葬列のように刑事課の部署を出ていった。

8名はジープのトラックに一斉に乗り込んで鎌倉署を出る。署を出て以来、誰一人口をきかず、俯き気味に押し黙っていた。とてもじゃないが楽しく談笑をしようなどという気にはなれなかった。鎌倉署において初めてのウィッチである戦犯容疑者の逮捕という緊張もあるが、それだけではない。今までの行動を確認する捜査の過程から、宮藤芳佳という人間がどのような人間であるのか、改めて垣間見て、全員が宮藤はおそらく罪を犯していないのではないか冤罪ではないかという疑念を強く持っていたからである。しかし、それをだれ一人として覆すことができない。無力さと悔しさに震えていた。

ほぼ冤罪だとわかっていながら、優しい母であり、魔法医という夢をかなえ、悲惨な戦争から平和な日常を取り戻した矢先に宮藤の心を引き裂くことは心苦しいことであった。

前田は手元の資料に視線を落とす。戦犯として指定されているかつて欧州を解放した英雄だった宮藤の履歴原表やGHQの捜査から判明した経歴が記してあった。

1944年に半ば強引な形ではあったが欧州戦線に出征、エースウィッチの最強集団、501統合航空戦闘団、ストライクウィッチーズに参加、その後も501部隊とともに欧州各地の解放に貢献した。その後、除隊し予備役に編入、鎌倉で実家の診療所で治癒魔法を駆使して医者として暮らした。しかし、人間同士の大戦が始まると、応召、再び戦場に立った。各地の航空隊を歴戦し、異形の怪物との戦いをも戦い抜き、いくつもの異形の怪物の巣を破壊して欧州を解放せしめたエースウィッチとして活躍したが、国が違うというそれだけの理由で憎しみあい、何の恨みもない人間と殺しあうあまりにも悲惨な戦場の実情に精神を徐々に冒されて戦争神経症になった。それでも最初は無理して飛んでいた。でも、目の前で仲の良かった親友とも呼べる戦友が敵のリベリアンウィッチに撃たれて火だるまになって堕ちていき、ついに帰らなかったことをきっかけに完全に空を飛べなくなった。宮藤は内地の横須賀海軍病院に送られた。そこでしばらく療養した。本当ならば、応召解除されるが、貴重な治癒魔法を使えるウィッチであることに加えてブリタニア語も堪能であるという極めて貴重な人材であったため、ボルネオのアンダマン島の海軍第十二特別根拠地隊の民政部に、通訳及び軍医として転属、さらにその後、ボルネオ島、バリクパパンの海軍が管理しているウィッチ俘虜仮収容所へ転勤し軍医兼尋問官として勤務したとある。

戦犯容疑は俘虜への拷問及び不当な処刑と人体実験、抗扶ゲリラ容疑者取調べに際して現地住民の拷問と虐殺に関与した疑いと書かれていた。大方、人違いか何かであろう。しかし、容疑者として手元にある写真は宮藤のものである。前田は、深いため息をついて空を仰いだ。

やがて、ジープは宮藤診療所の前に到着し、8人は一斉に降りる。扉越しに診療所の中を少し覗いてみると、今日も忙しく患者の診察に勤しむ宮藤の姿が見えた。待合室では宮藤の娘だろうか一人の赤子が遊んでいた。場合によっては宮藤が家族に会えるのは今日が最後になるかもしれない。そう考えると心苦しくて涙が出てくる。しかし、これが仕事だ。前田と立石は目配せをして扉を叩いた。中からは老婆が出てきた。芳佳と同居する祖母、秋本芳子だった。前田は警察手帳を懐のポケットの中から取り出してそれを見せながら代表して口を開いた。

 

「鎌倉署の者ですがね。宮藤芳佳さんはご在宅ですか?」

 

突然の警察の来訪に秋本芳子は戸惑っていた。

 

「鎌倉署……?芳佳はうちにおりますが……警察が何の御用ですか?」

 

すると、前田と祖母のやり取りが聞こえたのか、診察室から出てきた。前田はそれを宮藤の姿を認めると宮藤の方を向いて言った。

 

「あなたが、宮藤芳佳さんですね。」

 

「は、はい……そうですが……どなたですか……?私に何か御用ですか……?」

 

宮藤もまた、スーツを着て突然訪ねてきた謎の人物たちに戸惑っている様子だった。前田は努めて冷静に語りかける。

 

「鎌倉署のものです。戦争中の兵歴のうち、航空隊以外での兵歴はアンダマンの海軍第十二根拠地隊とボルネオの第二南遣隊第ニ警備隊ですね?」

 

芳佳は不安げにコクリと頷く。前田は立石たちの方向を振り向いて頷いた。戦犯の被疑者、宮藤芳佳はこの人で間違いなく、今から逮捕をするぞという合図だった。

 

「今の時刻は?」

 

前田は立石に今の時刻を聞く。逮捕指令の執行の合図だ。立石たちは一斉に前へ進み出る。立石は腕時計をちらりと見ると代表して前田の問いに答える。

 

「8時51分です」

 

前田はポケットに手を突っ込み何かを探りながら芳佳に告げた。

 

「8時51分ね。宮藤芳佳さん。貴方を戦犯容疑で逮捕します」

 

前田は宮藤の細くて小さな手首を掴むと、手を突っ込んでいたコートのポケットから銀色の手錠を引っ掴んで取り出した。宮藤は訳がわからないという顔をして明らかに狼狽、困惑して戸惑っていた。

 

「戦犯……?えっ……?えっ……?」

 

前田が銀色でギラギラと不気味に光る手錠を芳佳の手首にかけようとすると、芳佳は身に覚えのない罪で訳もわからず逮捕されてはたまらないと激しく抵抗した。

 

「ま、待ってください!な、何で私が!せ、戦犯だなんて!あり得ません!嫌だ!やめて!やめて!違います!人違いです!私はやっていません!もっと……もっとしっかり調べてください!」

 

宮藤は尻尾と耳を出して魔力を発動させると、前田の手を振り払う。魔力が込められた状態で振り払われた前田の手から手錠が弾き飛ばされて宙を舞い、遠くへと飛んで落下した。芳佳はそのまま逃げるつもりだ。それを確認して前田は叫ぶ。

 

「あ!こら!暴れるな!みんな!まずいよ!尻尾と耳出した!取り押さえて!」

 

前田の声に、立石をはじめとする沢山の刑事たちが押さえつけにかかる。しかし、宮藤はさすがウィッチだ。何人もの刑事で押さえつけても今にもそれをはねのけそうな勢いだった。逃しはしまいと宮藤の体の上でなんとか頑張っていたが振りほどかれるのも時間の問題だった。しかし、警察もそのようなことは想定済み。秘策を用意していた。

 

「前田さん!立石!いつものを頼む!早く!もう限界だ!」

 

必死の思いで宮藤を制圧していた同僚の刑事が叫ぶ。しかし、あの手はなるべく使いたくない。非常手段を取るのは警告してからでも遅くはないだろう。

 

「宮藤!警告する!これ以上暴れると君に苦痛を与えなくてはならない!私たちもできればこのような手はとりたくないから大人しくしろ!」

 

前田は語気を強めて警告した。しかし、宮藤は言うことを聞かない。宮藤も一度逮捕されてしまえば、自分の身に何が起きるかということを理解しているのであろう。前田はもう一度先ほどよりももっと強く警告する。

 

「宮藤!もう一度言うよ?警告する!これ以上暴れるなら君に苦痛を与える。かなり強い苦痛だ。大人しくしろ。私たちもこのような手はとりたくない。」

 

しかし、宮藤は暴れることをやめなかった。前田と立石はしばらく芳佳の様子を見守っていたが、もはや、非常手段を取るしかない。

前田は深いため息をつき、立石に合図を送った。立石は前田の意図を読み取り、小さくうなずく。

前田と立石は立ち上がり、手に力を込めた。すると、前田と立石の体を淡い青い光が包み込み、二人の頭に獣の耳が、腰のあたりに尻尾が現れた。二人はウィッチだったのである。二人の正体はただの刑事ではない。彼女たちは戦前から、ウィッチの力を犯罪に悪用しようとする輩を専門に逮捕するウィッチ犯罪対策係のウィッチ刑事だった。

前田は、宮藤の前で仁王立ちになり、目をギラギラしながら宮藤の前に立ちふさがった。宮藤も圧倒されて少し気圧されている。

 

「さて、宮藤。どうしても、暴れるのをやめる気は無いのね?わかった。宮藤がその気なら、こちらも考えがある。少し痛いけど、我慢してよ?」

 

 

前田は宮藤の右手首を、立石は左手首を掴む。すると、宮藤は突然苦しみ始めた。前田と立石はほかのウィッチから魔法力を吸い奪い取るという特殊な固有魔法が使えた。つまりは、宮藤の強大な魔法力がほとんど空になるまで吸い取ってしまおうというわけだ。

 

「うっ……くっ……うあっ……な……なにこれ……苦しい……うわぁぁぁっ……!痛い!痛いよ!力が……!」

 

芳佳は苦しみ悶えて、更に暴れまわる。

 

「みんな!押さえて!ここが踏ん張りどころだよ!」

 

宮藤を制圧しようとしていた刑事たちが最後の力を振り絞って芳佳を抑える。宮藤が苦しみ始めて10分ほどした後、宮藤の頭から耳が、尻から尻尾が消え、魔法陣もなくなって先ほどまでの大暴れが嘘のように宮藤は大人しくなった。宮藤はまるで全速力で駆けてきたかのように苦しそうに前田は額にうかぶ玉のような汗を手のひらで拭って、芳佳の手首を片手で掴みながら、もう片方の手を立石の方に向けて叫ぶ。

 

「立石!わっぱ!早く!」

 

立石は慌ててポケットの中から手錠を出して、前田に手錠を渡す。前田は手錠を立石からひったくり、芳佳の右手に手錠をかけた。

 

「宮藤芳佳さん……ずいぶん手間取らせてくれたね……まあ、わからなくもないよ……特に外地の現地軍は戦犯に対して殊更に厳しい判決だって聞くし、芳佳さんも新聞なんかでその末路を何度も見てるはず……でも、すまない。これも命令なんだ……本意ではないけれど、仕事である以上は執行しなくてはならないんだ……ごめん……許して……宮藤芳佳さん。あなたを戦犯容疑で逮捕します…… 」

 

宮藤は強制的に立たされると、前田たちが乗ってきたジープに連行される。その間もずっと宮藤は泣き叫びながら、抵抗しようとしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やめて!やめて!私は違います!絶対にやってません!」

 

「芳佳!芳佳!」

 

「話は署で聞きます!大人しくしろ!暴れるな!」

 

「や、やめて!やめてよ!私はやってない!」

 

混沌として辺りには怒号と叫び声と悲鳴のような声がこだましていた宮藤はトラックに押し込められて横須賀警察署に連行され、拘留されたのである。

 




今回、挿絵をみー太郎様(@mi_tarou0412)が担当していただきました。
素敵な挿絵をありがとうございます!
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