お兄様面リリィ   作:加賀崎 美咲

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 つらい時、かなしい時、自分ではどうしようもない時に、人は助けを求める。ピンチの時にどこからともなく現れて恐ろしいモノを全てやっつけてくれる。そんな無敵のヒーロー。きっと誰しも一度は、そんな都合の良い存在を求めたことがあるはずだ。

 

 でも大人になると誰もそんなことをしなくなる。例えどれほど切に救いを求めても、ヒーローなんて、現われないんだって知ってしまうからだ。無駄なことはしない。助けて貰えることなんてないんだって経験を重ねて、人は少しずつ大人ってやつになっていく。私もいずれ、そういう期待をしない大人の一員になっていくのだと思っていた。

 

 あの日までは。

 

 記憶に強く残っているのは燃えて焦げ臭くなった街並み。正体不明で巨大な侵略者である『ヒュージ』によって破壊された跡形もないその場所にその人は立っていた。

 

 恐怖で足がすくみ、座り込んでしまった私と、感情の起伏を感じさせない無機質なヒュージ、その二つを分かつように彼は立っていた。振り下ろされた重厚なヒュージの腕を、こともなく片手で受け止め、乾いた血がこびりついた顔で笑みを作り、怯える私を安心させようと彼は優しい声で語りかけた。

 

「よく頑張った。もう安心して良い。ここからは俺が受け持とう」

 

 言い終わると同時に槍が振るわれる。槍を振ることで起きた爆発音と同時に恐ろしいヒュージに大穴が開いて沈黙する。あんなに恐ろしい怪物があまりにもあっけなく滅び去った。

 

 その日、確かに私はヒーローに出会った。つらい時、かなしい時、自分ではどうしようもない時に、どこからともなく現われて助けてくれる無敵のヒーロー。そんなおとぎ話のような人が確かにいた。

 

 残骸となったヒュージを踏み潰して新手が現われる。両手で数えることが出来ない大群の敵を前にして、彼は怯む様子を少しも見せず、槍を構えるとこちらに振り向いた。

 

「ここは俺に任せて君は逃げると良い。何、大丈夫だ。ここから少しいった所で軍人たちが拠点を作っているから、そこまで走って保護してもらうんだ。出来るね?」

 

 私が大丈夫だと答えると、彼は敵めがけ地を駆けた。爆発音と破砕音を後ろに私は反対側へ走り出した。後方でいくつもの戦闘音がする。あれほどヒュージがいたはずなのに、私に迫ろうとする個体は一度もいなかった。

 

 安全地帯へと駆けていく途中、私は一度だけ後ろを振り向いた。大地を蹴り、武器を手に敵と戦う彼。その姿は炎のようだった。自らを灯火にして、後から続く者たちが進むべき道筋を照らす篝火。それが彼の在り方なのだとおぼろげに私は察した。

 

 これが人類最悪の防衛戦と伝えられる甲州撤退戦で、それでも人類が絶望することのなかった圧倒的な希望、世界最強のリリィと呼ばれる新庄竜胆の戦いであった。

 

 百合ヶ丘女学院所属生徒の手記より抜粋

 

 

 

 

 リリィとは人類の希望である。50年前、突如現われた人類に敵意を持って対立する謎の巨大生命体ヒュージ。マギと呼ばれる未知のエネルギーを用い、通常兵器が通用しない彼らは瞬く間に世界各地に危機をもたらした。しかし人類が滅びることもなかった。

 

 マギを操り、CHARMと呼ばれる大型武装を振るう、うら若き少女たちが、それまでの兵器群に取って代わり、ヒュージから人類を守護する存在となった。

 

 そんな存在であるリリィたちはそれぞれ学院や企業に所属している。様々な立場から一騎当千のリリィたちが人類の存続のために戦っている。

 

 ある時、誰かがふと呟いた。無数にいるリリィの中で、最も名の通ったリリィは誰か。その疑問に対して人々は一余に口を揃えて、同じ名を挙げるだろう。新庄竜胆、その名を。

 

 最強のリリィと名高く、そして珍しい男性リリィ。年齢は18であり、紆余曲折を経て今は百合ヶ丘女学院に所属する彼は、今日帰還の日を迎えていた。

 

 鎌倉の沿岸沿いにある、放棄された土地に建設された百合ヶ丘女学院はその校舎から海が見ることが出来て、その一角には大型船を迎え入れる港が建設されている。普段は人が寄りつくこともないその場所に、普段とは違って幾人もの人影があった。

 

 百合ヶ丘女学院の生徒たちが色めきだって、やって来る船を今か今かと待ち望んでいた。その中で周囲に促されて良く分からないまま、とりあえず来ただけの少女、一柳梨璃は何故周囲がこれほど盛り上がっているのか分からずにいた。

 

「皆とても嬉しそう……。でもどうしてこんなに集まっているのかな?」

 

「ええ!? 梨璃さんご存じないのですか?」

 

 璃璃のつぶやきが聞こえたのか、隣にいた二水が大きく目を見開いて驚いている。良く分かっていない彼女の様子を見て、彼女は璃璃にも分かるように話し始めた。

 

「今こちらに向かっている船には、あの新庄竜胆様が搭乗なさっているんですよ」

 

「竜胆様って、あのテレビに良く出ている?」

 

「そう! その竜胆様です。国防軍と直接契約しているリリィで、世界最強の一人と名高いあの竜胆様です」

 

「そんな人がどうしてこの百合ヶ丘に?」

 

 新庄竜胆という名前には梨璃も聞き覚えがあった。だからこそ、そんな有名人がどうして百合ヶ丘女学院の港に来航するのか分からなかった。

 

「それはもちろん、竜胆様が防衛軍と個人契約をされながら、この百合ヶ丘に所属するリリィでもあるからです。長期の任務を終えられると百合ヶ丘に帰還なさっているんです」

 

「へー、そうなんだ……」

 

 熱弁し口調に熱がこもる二水に対して、梨璃の返事は気が抜けていた。その人物がすごいということは何となくわかったけれど、いまいち鮮明なイメージが分からなかった。むしろ自身のシュッツエンゲルである夢結とどちらが優れているのだろうかと考えていた。

 

 温度差のある二人が同じ沖のほうを眺めていると異変が生じた。

 

「梨璃さん、あれっ! 見てください!」

 

 先に気がついたのはレアスキル「鷹の目」を持つ二水だった。彼女の指さす方、静かだった海原が大きくうねった。

 

 海面が大きく泡立ち、そして爆発するように巨大な水柱が隆起した。水柱の正体はヒュージだった。

 

「潜水するヒュージ!? まだ遠いけど、……かなり大きいっ!」 

 

 無機質な装甲を持った人類の脅威が、ゆっくりと六本の足を使って海岸へ向けて侵攻を始めている。まだ海岸からは遠いため、正確な大きさは曖昧ではあるが、明らかに危険と分かる大きさをしていた。

 

 ヒュージの存在に、迎撃ししなければ、何かしなければと動揺する梨璃は自分以外の生徒、特に二年生以上の上級生が落ち着き払っていることに気がついた。それぞれヒュージを認識して各々のCHARMを取り出しているものの、動こうという様子はなかった。

 

「皆様? ヒュージ来てますよ? 動かないんですか?」

 

「ああ、そうか。そういえば梨璃はお兄様にお会いしたことがなかったわね」

 

「お姉様っ!? それってどういう……」

 

 気がつけば梨璃の隣にはCHARMを携え、こちらに向かっているヒュージを横目に見る白井夢結がいた。状況に置いていかれるばかりで、忙しないシルトに夢結ははにかむ。

 

「大丈夫、梨璃。見ていなさい。あれが私たちのお兄様よ」

 

 侵攻するヒュージのすぐそば、揺れていた波が不自然に大きく隆起すると、黒い巨体が水面から天届かんとして飛び出した。黒いそれは艦船だった。潜水が出来るように製造された船体は凹凸が少なく、どこか鯨を連想させる。丸みを帯びたシルエットの中、その先端だけが違った。

 

 小さな突起のように見えたそれは人影だ。誰かが海中から飛び出した潜水艦の先端に立って、百合ヶ丘を襲うとするヒュージを見下ろしていた。

 

 爆発するような衝撃があって、人影が潜水艦の先端から消える。跳んだ先は横にいたヒュージだ。横合いから殴りつけられたようにヒュージの巨体がくの字に湾曲する。

 

 三度の砲撃のような衝撃波が連続した。

 

 ヒュージの巨体に踏み込んで飛び上がった。空襲で体を大きくしならせ、その反動で手に持った槍型のCHARMを投擲した。CHARMが轟音を立てながら飛来して、ヒュージを竹を割るように裂いていく。

 

 そして耐久の限界をいとも容易く超えて、ヒュージは爆散した。

 

 爆風を追い風に小さな人影が海の向こうから海岸へと落ちてくる。人影は数十メートルの高さをものともせず着地し、リリィたちの前へ立った。

 

 人影の正体は青年だった。好奇心と責任感とが現れた碧眼。黒い髪を刈り上げた年若い青年。対ヒュージ用に設計された戦闘用背広に袖を通した彼の名を知らぬ者はこの場にはいない。

 

 新庄竜胆。この百合ヶ丘女学院に所属するリリィであり、世界最強に名を連ねる者の一人だ。

 

 その彼が今母校であり、活動拠点でもある百合ヶ丘に帰還した。

 

「ただいま妹たち。元気にしていたか?」

 

 

 

 ●

 

 

 

 百合ヶ丘に帰還するのは実に四ヶ月ぶり、実に一学期ぶりであった。周囲を見渡すと百合ヶ丘女学院に所属するリリィの卵たち、つまりは俺の妹たちが港に集合している。半ば恒例行事と化した俺の出迎えに、わざわざ来てもらって申し訳ない気持ちと出迎えてもらった嬉しさで胸がいっぱいになった。

 

 一人一人の顔を見ていくと見覚えのない娘たちも数多くいる。当然だ。新年度が始まっているのだから、新入生が入ってきたのだ。

 

 そこまで頭の回らない自分に呆れていると、見知った顔がいた。割と付き合いの長い夢結が新入生を二人連れていた。彼女のシュッツエンゲルである美鈴が亡くなった件があったから、ここに来ていることは意外だ。何か良い変化があったのだろうか。

 

 ふと興味を持ち、声をかけた。

 

「初めましてだ。俺は新庄竜胆。この百合ヶ丘に末席に連なるリリィであり、君たちの先達だ。君は新入生だろうか?」

 

「え? も、もしかして私ですか!?」

 

 自分に声がかかると思っていなかったようで、桃髪の新入生はひどく驚いていた。夢結の隣にいた彼女が顔を紅く染め、答えにもたついているのを見かねて夢結が割って入る。

 

「私の梨璃をいじめるのもその程度にしてほしいですね、お兄様」

 

「いじめるなど、とんでもない。かわいい新入生に挨拶をしただけじゃないか。それにしても、『私の』ということは彼女は君の?」

 

「ええ、シルトです」

 

「そうか、君は良い出会いをしたんだな」

 

「……何ですその緩みきった笑みは。もうっ」

 

 生暖かい視線がむず痒いのか、顔を紅くして夢結はそっぽ向いてしまう。顔を紅くする癖は彼女のシルトによく似ている。そんな彼女の様子が面白くて、クツクツと笑いが溢れる。

 

「あ、あの! 私、一柳梨璃っていいます! 夢結様とはシュッツエンゲルの契りを交わした一年生です!」

 

 ひとしきり笑った後、夢結のシルトから自己紹介を受けた。他愛のない話をしながら脳裏で思考する。

 

 ──そうか。ではこの子が、例の第一発見者の。

 

 事情を聞かねばならない子を探す手間が省け、世間の狭さを感じる。これがこの百合ヶ丘に帰還した目的は二つ。一つは単純な定期的な武装のメンテナンスのため。

 

 もう一つは百合ヶ丘の砂浜に打ち上げられたという身元不明のリリィの調査。

 

 ──ああ、気が重い。これがあの悪名高い、妹たちに被害を被ることも辞さないGEHENAからの依頼でなければ、どれ程良かっただろうか。

 それでも構うものか。ヒュージから妹たちを守れるのなら、ヒュージを滅ぼせるのなら、俺はどんな手段だって使ってやる。妹たちは守る。ヒュージは壊す。もう二度と間違えないために。




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