お兄様面リリィ   作:加賀崎 美咲

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「りんどお。私リリィになりたいの。だから私のシュッツエンゲルになって!」

 

 中庭で育ちすぎた花の枝を剪定していると、出会い頭に結梨はそう告げた。

 

「……えっと。つまりは、どういうことだ?」

 

 唐突な結梨のお願いに状況が上手く飲み込めず、返答に窮する。結梨は興奮した様子で説明を続ける。彼女は右手中指にはめられた指輪を示した。それはリリィがマギをCHARMに流し込む際に使う指輪だった。

 

「私ね、リリィになっても良いんだって! でも危ないから梨璃は誰かがいるときしか、これを使っちゃいけないって言うの」

 

「君は素人だから誰かが見ているべきだ。よく分からないまま無理をして、怪我をしては元も子もない」

 

「でも梨璃に頼んでも授業とかレギオンで忙しいて言うの」

 

「なるほど、それで暇そうにしている俺に目をつけた訳か」

 

「うん!」

 

 良いことを言ったと言いたそうに、結梨は鼻の穴を膨らませて、目を輝かせている。

 

 どうしたものかと考えを巡らせる。

 

「まずは、そうだな。結梨」

 

「うん」

 

「俺は君のシュッツエンゲルには成れない」

 

「ええー! 何で?」

 

「俺はすでに百合ヶ丘を卒業した身だ。今は時期的にここにいるが、しばらくしたらまた洋上に出る。だから定期的に君の面倒を見ることは出来ない。だから君のシュッツエンゲルには成れない」

 

「むぅー……」

 

 理由は理解できるけど、納得は出来ないと言いたそうに結梨は頬を膨らませ、責めるようにこちらを見ている。子供っぽい彼女の様子にたまらず笑いそうになってしまう。

 

「そう、へそを曲げるな。シュッツエンゲルには成れないが、基礎訓練くらいは見てやろう」

 

「基礎訓練?」

 

「つまり、みんなと合流出来るくらいまでは面倒を見るということだ」

 

「本当っ!? りんどお、ありがとう!」

 

 嬉しそうに結梨は飛び上がり、こちらに抱きついてきた。まるで大きな猫だ。こういう風に慕ってくれて、悪い気はしない。思わず頭をなでようと手を伸ばした。

 

 ──兄さん、頭をなでてください。兄さん、触ってますか? もう分からないんです。

 

 伸ばそうとしていた手が留まった。血に濡れて、目の焦点も合わない妹の姿が結梨に重なる。肺が凍って上手く息が出来ない。抱きつく結梨に気づかれまいと平静を装う。

 

「……? りんどお。どうしたの?」

 

「ん? ああ、大丈夫だ。何でもない」

 

 

 

 ●

 

 

 

 体育館の中にある訓練施設の中、予想外の困難が目の前に立ちはだかっている。

 

「……まさかすぐに出せるCHARMがこれしかないとは」

 

「おー、大っきい。これがりんどおのCHARM?」

 

「ああ、『元』が付くがな」

 

 滑車付きのスタンドに乗せて運んできたCHARMは俺にとって因縁深い代物だった。銘をダインスレイフ。大剣型の変型機構を有する第二世代CHARMであり、俺が在校時に使っていた学校の備品だ。

 

 反GEHENAを掲げる百合ヶ丘で、今の俺が使っているGEHENA製CHARMを持ち込む訳にはいかず、何とか使用許可の下りるものを探した。その結果、二年前から修理され、保管されたままだったこのダインスレイフが、唯一使えることの出来るCHARMだった。

 

 可能ならそのまま埃をかぶせ、時期が過ぎて破棄処分にされてしまえば良かったのにと思う。

 

 しかし使うのは結梨だ。俺ではない。ならば俺の個人的感情なんて関係ないのだろう。

 

 結梨は運んできたCHARMを拾った木の棒のように無邪気に振り回していた。

 

「りんどお、これ使って良いの?」

 

「……ああ、好きに使ってくれ。もう俺が使うことはないだろうから。君が使えば良い」

 

 ダインスレイフを振り回していた結梨に待てと声をかけ、訓練を始めることにした。

 

 まずは結梨の体内のマギをCHARMに流し込み、馴れさせる。その場に座り込み、指輪が光り、マギがダインスレイフに流し込まれていく。基本的なことは教わっていたらしい。

 

 ダインスレイフが結梨のマギと同期を終えるまで、手持ち無沙汰となった。ダインスレイフをじっと眺める結梨に、聞きたかったことを問うことにした。

 

「結梨、どうして君はリリィになろうと思ったんだ? 君には他に選べる道があったはずだ。ここを出て行き、普通の女の子として生きていくことだって出来た。どうしてだ?」

 

「りんどおは私にリリィになって欲しくない?」

 

「そういう訳ではない。ただリリィは辛いことも多い。怪我だってするかもしれない。成らないで済むならそうした方が良いと思うのは普通のことだ」

 

 結梨は少し考えるそぶりを見せる。目尻を下げて、声色は暗さを孕む。

 

「私、何もないんだ。記憶はまだ何も思い出せなくて、名前だって梨璃がつけてくれただけで、本当の名前じゃない」

 

「そうだったな。君の身元に関しては、まだ何も分かっていない」

 

「だからね。百合ヶ丘のみんなが優しくしてくれたことは、本当に嬉しかったんだ。誰かも分からない私に、名前と居場所をくれた。だから私に出来ることで、みんなの役に立つなら、私やりたいの」

 

 結梨は結梨なりの理由でリリィに成りたいと言う。ならば、俺が反対する理由もないだろう。ならば俺がすべきことなど、たかがしれている。

 

「結梨の気持ちは分かった。君の理由を、俺は否定しない。理由があるなら、君は前に進み続けられる。そのための手助けを、俺はしよう」

 

「うん! 私、頑張るよ」

 

 そんな世話話をしているうちに、ダインスレイフの同期が終了した。マギが通り、結梨は馴染んだようにダインスレイフを構えたり、振ったりしてみせる。

 

 結梨は敵を倒すための武器を構えた。その姿を見て、俺が感じていたのは期待よりも悲しみだった。

 

 

 

 ●

 

 

 

「それでは、始めていこう。リリィの身体能力はマギによって強化される。だからこれからやるのは、過剰なほど大型な武装であるCHARMを上手く扱う方法だ。結梨、俺に斬りかかれ」

 

「え? でもりんどお怪我する?」

 

「素人の攻撃が当たるほど、俺は弱くない。全力出かかってきなさい」

 

「むぅっ!」

 

 素人とバカにされたことが気に障ったのか、結梨は小さく頬を膨らませる。目に物見せてやろうと、先手を取ったのは結梨だった。

 

 マギを足にまとわせ、強化した脚力で前へ飛び出る。その動きは彼女が素人だということを忘れてしまいそうになるほど筋の良い動きだった。少しあった彼我の距離はなくなり、手に持ったダインスレイフを結梨は俺めがけて振るう。

 

「えいっ!」

 

「動きは良いが、やはり大ぶりだな」

 

 こちらに横凪になって向かっているダインスレイフの切っ先を下から蹴り上げる。思わぬ方向へ力が加わったダインスレイフに引っ張られ、結梨は重心を崩し倒れ込みそうになる。

 

 浮いた結梨の下に潜り込んで手首を掴み、腕を究めて一本背負いの要領で投げる。大きな音を立てて、結梨とダインスレイフがマットに叩きつけられた。

 

「んー! 何で当たらないの」

 

「まず武器を大ぶりにし過ぎだ。たとえ攻撃が当たったとしても、武器は放さない。どんな状況下でも反撃することを忘れるな。状況の主導権を相手に与えて受動的に成るのは悪手だ」

 

「てやっ!」

 

 言われたことを理解しているのか、していないのか。結梨はダインスレイフを拾い上げ、もう一度突貫を試みる。体を大きく使い、三次元的に動く。正面からだけでなく、横凪ぎ、潜るような一撃、様々な工夫を試しては、手を変えていく。

 

 本当に素人なのかと驚きながら、ダインスレイフをいなしていく。一回、二回、三回と武器を振るうたびに結梨の動きが洗練されていく。

 

 その動きには見覚えがあった。動きの所々には結夢の面影がある。俺の知らない誰かの動き、体裁きに俺の動きが融合していく。全く違う質の動きが、結梨の中で溶け合い、彼女の戦い方が形をなそうとしていた。驚嘆すべき学習速度だ。

 

 数時間もすれば、結梨の動きは中堅クラスのリリィと見まごうばかりに洗練されていた。

 

「よし、ここまでにしよう。これ以上は素手ではきつい。また続きは今度だ」

 

「えー、もっとやろうよ。……あっ」

 

 そう言いながらヘナヘナと、が膝を折って座り込んでしまう。

 

「あ、あれ? 足が重くて、動けないや」

 

「初日から頑張りすぎだ。次はペース配分を考えて戦えるようになることが目標だな」

 

「……うん」

 

 動けなくなったのが悔しいのか、結梨は難しい顔をして床に大の字に成って転がる。転がって動かない結梨を片手で持ち上げ、空いた手でダインスレイフを拾う。訓練室の貸出時間が迫っていた。

 

 抱えられた結梨が顔だけをこちらに向けた。

 

「りんどおは強いね。全然勝てなかった」

 

「年期が違うからな。六年も戦っていれば、それなりに強くもなる」

 

「どうやったら、りんどおくらい強くなれる?」

 

「目標を持つことだろうか。そうだな、もうすぐ競技会が百合ヶ丘で行われる。そこで活躍が出来るように頑張ろう」

 

「……うん。りんどおはどんな目標があるの?」

 

 俺の目標。なんと答えたら良いだろうか。そうだな。言葉を選べば。

 

「ずっと追っているヒュージがいる。そいつを倒すことが俺の今の目標だ。生きている理由と言っても過言じゃない」

 

「りんどお、悲しい匂いがする」

 

 そうだろうなと心の中で呟く。心当たりが多すぎる。

 

「そんな匂いがしたか?」

 

「うん、みんなみたいに……。ううん、もっと深くて、もっと悲しい匂いがする」

 

「悲しくならないために頑張っているのに、悲しい匂いはなくならないな」

 

 つい感傷的な台詞を呟いていた。目を伏せ、何を言えば良いのか分からなくなる。

 

 いつの間にか、体をひねって、結梨はこちらに抱きついていた。

 

 いつか誰かにしてもらったような、安心させようとする優しい抱きしめかたで、慰めるのために頭をなでられる。

 

「りんどお、頑張ってる」

 

「そうか、うん、ありがとう……」

 

 結梨に褒められて、ひどく満足している自分がいる。こうして誰かとゆっくり、心の中で思っていることを話したのはいつ以来だろうか。

 

「りんどおが困ったら、その時は私が助けてあげるね」

 

「そうか。頼りにしている」

 

「むぅー……。信じてない。いいもん、りんどおよりも強くなって、私がりんどおを助けちゃうんだから」

 

 それは楽しみだ。本当に。

 

 競技会まであと一週間。どこまで結梨が強くなれるか楽しみだ。

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