お兄様面リリィ   作:加賀崎 美咲

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「走れ、走れーっ!」

 

「負けるなっ、いっけー!」

 

 少女たちの声援が校庭に響いている。声援を受けた選手たちは全力を出し切ろうと奮起し、白熱する試合が声援をさらに加熱させていく。

 

 結梨の訓練を始めてから一週間が経った。今日は目標にしていた競技会当日。天気は気持ちの良い晴天、急遽建てられた父兄席テントで賑やかな競技会の様子を眺めていた。隣には学院長代理。

 

 今日の主役である生徒たちを眺めながらしかし、俺たちの表情は優れない。

 

「先日から学院周辺を何やら騒がせている連中がいる」

 

「リリィの運動会となれば注目する者たちもでましょう。言ってはなんだが、いつも通りでは?」

 

「そうだな、これまでもなかった事案ではない。問題はその連中の中にGEHENAの気配がないことだ」

 

 良くも悪くも、GEHENAのリリィへ持つ関心は旺盛。取れるデータは、どのようなものも欲しがる。それが気配もないとなると、怪しむのも無理はない。

 

 そしてその話をわざわざこの場でする意味は明確だ。何か知っているかと問われている。衰え始めているといえど、その眼光は健在。鋭い視線はごまかしを許さないだろう。

 

「いえ、私は何も聞いていません」

 

「個人的な見解で良い、どう思う」

 

「結梨君への関心があったにも関わらず、私への接触が期間前の一度きり、というのが解せません。知識に貪欲な彼ららしくない。何かに忙しくする余りこちらに手が回っていない、というのが自然でしょうか?」

 

「何か他のことを優先している……。なるほど、腑に落ちる回答だ。もし連絡があれば、こちらにも報告するように」

 

「ええ、あればの話ですが……」

 

 楽しい競技会だというのに二人の間に流れる空気は重い。胸を満たすのは親代わりだった人を苦労させている後ろめたさ。そんな気分をどこかへ追いやろうと、競技会の方へ意識を向ける。ちょうど結梨が競技に出場しようという場面だった。

 

 こちらに気がついた結梨が元気に大きく腕を振っている。こちらが手を振り返したのを見て、彼女は出場選手の一団に合流していった。

 

「そう言えば、結梨君の訓練をお前が面倒見たのだったな?」

 

「ええ。何でも一人では梨璃君が許してくれないそうで」

 

「そうか……。あの子をどう思う?」

 

「筋は良いです。経験を積ませれば、ゆくゆくは百合ヶ丘を支える逸材になるかと」

 

「そうか。卒業生のお前に余計な苦労をかける」

 

「いえ、好きでやっていることですから」

 

 そんな話をしているうちに競技が始まる。結梨が参加しているのは、空中に射出されたプレートを奪い合うもの。ブザー音と共にリリィたちが走り、跳躍する。

 

 跳び回るリリィの中で突出して動きが良いのは結梨だ。初参加ながら同級生はもとより、上級生にも食らいつき、ポイントを稼いでいる。

 

「……あの動き、お前によく似ている。ずいぶんと動きが良い。記憶を失ってはいるが、体は覚えている訳か?」

 

「いえ、結梨の動きは素人同然でした。一週間であそこまで成長した。実に感心する他ない成長ぶりです」

 

 試合の終了を示すブザー音が鳴る。

 

「やった! 結梨ちゃんが1位だよ! 偉いっ!」

 

 たくさんの声援を切り分けて、梨璃の喜ぶ声が聞こえる。嬉しさをこらえきれないようで、ぴょんぴょんと跳びはね、結梨を捕まえて抱きしめていた。

 

「どうやらお前の指導能力は落ちていないようだ」

 

 理事長代行が嬉しそうに言う。その脳裏に過っているのはきっと彼女の顔だろう。

 

「妹……、桔梗の時とは違います。今回は結梨が特別優れていたことが大きい。自分に誰かを導く能力はありません」

 

「そう卑下する必要もないと思うがな。今からでも遅くはない、また百合ヶ丘に戻って来る気は?」

 

 それはとても魅力的な話だった。けれど、それを受け入れるわけにはいかない。

 

「……お話は嬉しいですが、やはり戻れません。俺はGEHENAとの関係を切れない。それはこの百合ヶ丘では致命的です。ヤツを追うのに、GEHENAの力は必要不可欠なんです」

 

「もう、あれから五年も経ったのだな……」

 

 五年だ。たった一体のヒュージを倒すのに費やした時間。それだけの時間が経った。それなのに未だ討伐は叶わず、俺はまだ追いかけている。

 

「オロチの首は今まで何本落とした?」

 

「すでに12本。しかし首はただの末端、切り落としても意味がありません。ヤツは未だ健在を見せつけるように、時折ヒュージゲートを通じて太平洋に現れては周囲に破壊をもたらしていく。ヤツの本体さえ発見できれば……」

 

「ヤツを追うのはお前の勝手だ。だがその後はどうする? ヒュージと戦うことだけがお前の人生ではなかろう」

 

「いえ、ヒュージ殲滅が俺の生きるすべて。それを叶えるまでは他のこと考える必要はありません」

 

「一途なことは美徳だが、過ぎれば頑固と変わらない。お前が百合ヶ丘にいた頃とは違うのだ」

 

 競技会は和気藹々と進んでいく。一つ一つに試合が決着するたびに歓喜の声、悔しがる怒声が上がる。みんな楽しそうだ。

 

 こんな姿の百合ヶ丘を俺は知らない。俺がいた頃はもっと殺伐として、悲しい顔をした者の方が多かった。ヒュージ殲滅を誰もが掲げ、一体でも多くの敵を倒すことばかりを考えていた。戦いの方針も敵を一体でも多く倒すことから、一人でも多く無事に返す方向へ。

 

 あの頃の百合ヶ丘はもうない。本当は、俺もそんな流れの一つにならなければならないのかもしれないと考えてしまう。

 

 ──私たちをあんな目に遭わせたヒュージを見逃すの、兄さん? 

 

 いや、ダメだ。ヒュージを倒すことをやめるわけにはいかない。それ以外の自由などあってはならない。生き残った者は、倒れていった者たちの意思を受け継ぐ、責任があるんだ。

 

 逃げることは許されない。

 

「……ヤツを倒すまでです。それだけは譲れません」

 

「本当に頑固に育ったものだ。誰に似たのだか……。まあいい。今日は競技会だ。彼女らの雄志を目に焼きつけて、ゆっくりと考えるがいい」

 

 

 

 ●

 

 

 

「それでは! 本日の最終競技、選抜リリィによるエキシビションマッチを行います!」

 

 グランドの中心、特設ステージの中に影が二つある。一つはヒュージだ。工廠科が作成した模擬戦用の人工ヒュージが今日の試合のために調整され、静かに試合開始を待っている。

 

 そんな人工ヒュージに相対しているのは、なんと結梨だった。彼女が出場しているとは聞いていなかったから脅かされた。

 

 聞いてみると元々出場予定だった生徒の代理として出場しているらしい。

 

「結梨ちゃん……」

 

 心配した様子の梨璃がステージの端を掴んで縋りついていた。他の一柳隊の面々も固唾を飲んで見守る中、試合が始まろうとしている。

 

 始まる直前、結梨が一度だけこちらを見た。どこか期待するような視線、ああいう顔が何を言いたいのか俺にも覚えがある。

 

 ──が・ん・ば・れ

 

 口を大げさに動かして、口パクで言葉を伝える。伝わったようで、結梨は嬉しそうに表情をほころばせて拳を強く握って見せた。闘志は凜々としているらしい。ならば指導役がやることは何もない。

 

 ブザー音が響く。試合開始だ。

 

 ヒュージの電源が入り、動き出した。

 

 三本足のヒュージが飛び出す。大柄の機体に見合わない素早い動きで結梨に迫る。足を使った押しつぶし。結梨は大きく飛びことで足を逆に足場にして本体に斬りかかる。

 

 それは上手いかない。本体から伸びた触手を模したマニピュレータが結梨をはたき落とす。結梨も手に持ったダインスレイフを盾に衝撃を和らげ、受け身を取って着地した。

 

 互いが距離を取って、仕切り直す。

 

「すごく強い……、でも勝てないわけじゃない!」

 

 身を低く屈め、結梨が突入する。

 

 一進一退の結梨とヒュージの戦いを、周囲のリリィは手に汗を汗を握りながら観戦している。

 

「そこよ! 間髪おかず、攻撃を続けなさい!」

 

「行けぇ! 隙を突くのよ!」

 

「もっと動き回って、攻撃の隙を与えないで!」

 

 興奮を抑えられず、何人かのリリィは思い思いに結梨へとアドバイスを送っていた。百合ヶ丘のリリィの一員として、誰もが結梨を応援していた。

 

 ヒュージの攻撃を避け、結梨が大きく跳ぶ。体をひねり、膝を落として着地する。着地と同時に前へ飛び出す姿勢だ。

 

 後ろに回られ、急旋回するヒュージ。かまうことなくヒュージに向け突進する結梨。接近する結梨をなぎ払おうと、ヒュージはマニピュレータを横に大きく振るう。

 

 ──あえて受けて、流して斬る

 

 結梨が選んだのは回避ではなく、攻撃の続行。ダインスレイフを斜めにたてて攻撃をいなす。結夢がよくやる手だ。彼女の教えも、結梨の一部となっているらしい。

 

 詰まった距離。大きくダインスレイフを振る。なでるような斬撃が足の関節を両断した。

 

「まだまだぁ!」

 

 たとえ攻撃が当たったとしても、武器は放さない。どんな状況下でも反撃することを忘れるな

 

 残った二本の足を器用に使い、ヒュージは結梨に反撃を試みる。撃ち落とすようなマニピュレータの攻撃。刃を立て、逆にマニピュレータをすりおろすように切り上げた。

 

 マニピュレータを失い、重心が変わったことでヒュージが大きく姿勢を崩す。勝敗は決した。

 

「これで、終わりっ!」

 

 短いステップを繰り返し、ヒュージを翻弄する。ダインスレイフは結梨を見失い、目をもしたカメラを右往左往させた。もう遅い。

 

 結梨はヒュージの頭上にいた。ダインスレイフの切っ先を下に向け、最小限の動きで構え、体重を乗せた最高の一突きをお見舞いした。半ばまでダインスレイフが突き刺さり、ひねって引き抜く。

 

 核を破壊されたヒュージは爆散した。

 

 勝敗が決した。結梨の勝利だ。固唾を飲んで見守っていたリリィたちが、一斉に歓声をあげて彼女の勝利を祝福している。

 

「梨璃! みんな! 私やったよ!」

 

 勝ったことに喜ぶ結梨。梨璃たちが彼女を胴上げし、勝利の喜びを分かち合っていた。その姿を遠くから眺め、同じように彼女の勝利を喜んだ。

 

 席を立つ。隣にいた理事長代理に止められた。

 

「おや、どこに行こうというのかね。結梨君はおまえの言葉も待っていると思うが」

 

「いえ、それは梨璃や結夢たちがやってくれるでしょう。俺は買ってくるものがありますから」

 

「……なるほど」

 

 理事長代行が小さく笑う。こちらの意図などお見通しらしい。

 

 

 

 ●

 

 

 

 扉が閉まる音がする。潜水艦の一室。自分の部屋として使っている部屋に戻ってきた。

 

 時刻はすでに夕方。百合ヶ丘を出て、予約していたものを受け取りに出かけただけだが、思っていたよりも時間がかかってしまった。もうすぐ夕食の時間。これ以上は遅れられない。

 

 着ていた私服を脱ぎ、いつもの戦闘用背広に着替え、机の上においたものを見た。昔、園芸部にいた頃、先輩がお茶会に持ち込んでいた洋菓子店のケーキだ。ケーキの善し悪しなんて分からないから、知っている店のおいしいケーキを買ってきたが、遠くにあるから時間がかかってしまった。

 

 今日は結梨が頑張って、結果を出したのだ。なら、指導役として、お兄様として、精一杯褒美をやらなければいけない。そうしたかった。

 

 このケーキを持っていったら、結梨はどんな顔をするだろうか。喜んでもらえるだろうか。

 

 きっと喜んでもらえる。顔をほころばせ、ケーキを頬張るに違いない。今頃、結梨の祝勝会を開いている。すぐに行くと伝えている。足取り軽く、部屋を出ようとした。

 

 その時だった。携帯電話が着信を知らせた。画面を見て顔がこわばる。液晶はGEHENAの名を示していた。

 

「新庄様でしょうか?」

 

 通話口から聞こえるのはGEHENAとの連絡によく現れる声だった。

 

「……もしもし。新庄です。すいませんが、今日は立て込んでいて。可能なら明日でもよろしいでしょうか」

 

「お忙しいところすみません。しかし至急、お耳に入れたい情報が」

 

「ですから、明日伺いますから、今日のところは……」

 

「一柳結梨はヒュージです」

 

 世界が静止した。携帯電話を持つ手がこわばって、心臓の音が酷く五月蠅い。

 

 こちらが黙っているのを良いことに、GEHENAは続ける。

 

「検査の結果。一柳結梨の遺伝情報は、我々が研究していたヒュージをもととしていることが判明しました。つきましては新庄様には該当のヒュージに対処していただければ幸いです」

 

「た、対処?」

 

「ええ、細事は新庄様にお任せします。我々としては逃亡したヒュージを野放しにされなければそれで問題ありません。ではこれで」

 

 それだけ言って担当は通話を切り上げた。

 

 部屋に無音が戻ってくる。

 

「結梨がヒュージ?」

 

 手に持っていた箱を放してしまう。ベチャリと中のケーキが潰れる音がした。

 

 壁に体を預け、そのに座り込んだ。世界がひっくり返ってしまったような、足場の崩れる感覚。頭がまともに動かない。

 

 どうなっている。訳が分からない。

 

 携帯電話が光る。すがるように画面見た。GEHENAから、資料が送られてきた。結梨がヒュージであるという証拠が突きつけられる。

 

 何かも間違いだと思っても、目に映るものが現実だ。

 

 結梨はヒュージだ。人類の敵だ。

 

 俺の敵だ。

 

 でも彼女は結梨だぞ。結梨なんだ。

 

 そう思おうとしても、現実は何も変わってくれやしない。

 

「俺は……、俺はどうしたらいいんだ」

 

 答えてくれる人など、誰もいやしなかった。

 

 

 

 ●

 

 

 

 明くる日。結梨は梨璃に伸びた髪を整えてもらっていた。屋上でタオルを首に巻き、はさみが少しずつ髪を切っていく。

 

「どお、結梨ちゃん。これくらい?」

 

「うん、ありがとう梨璃」

 

 髪を切り身を整える。印象が変わるかもしれない。誰かに見られたらそう思われるかもしれない。誰がそう思うのだろう。結梨の脳裏には竜胆の顔があった。

 

 そう竜胆だ。

 

「……りんどお、昨日のパーティーに来なかったね。来るって言ってたのに」

 

「そうだね。お兄様、忙しかったのかな?」

 

 パーティーに来ると思っていたから、なぜ来なかったのだろうと梨璃は考えてみた。確かに来ると彼は言っていた。結夢が言うには私服に着替えて外出し、その後帰ってきたはずなのだ。

 

 だから分からなかった。

 

 髪を切り終わり、かたづけていると声をかけられた。そこにいたのは、百合ヶ丘の三人の生徒会長だ。三人とも難しい顔をして梨璃を、いや違う、結梨を見つめていた。

 

「結梨さん、来てもらえないかしら」

 

 三人を代表して、出江史房が問いかけた。

 

「おー……?」

 

 結梨は状況がつかめず首をかしげ、彼女を見た。

 

「……あなたに捕獲命令が出ているのよ」

 

「捕獲命令?」

 

「日本政府はあなたをヒュージと断定したのよ、結梨さん」

 

「……え?」

 

 あなたはヒュージ。そう告げられて、結梨は言葉を失う。目をぱちくりと開いては閉じ、状況を理解しようと一生懸命頭を働かせた。

 

 そしてどうにもならないことが分かった。

 

「嘘ですそんなの! 結梨ちゃんがヒュージだなんて、そんな……」

 

 沈黙する結梨をかばうように、梨璃が前に出て、史房に食ってかかった。けれど彼女は冷静だ。上に流されることはなく。

 

「……GEHENAが開示した資料によって結梨さんがヒト化したヒュージであることは間違いないのよ梨璃さん。分かったのなら、そこをお退きなさい」

 

「ダメです。結梨ちゃんを連れて行くだなんて、そんなのダメに決まっています!」

 

 それでもと梨璃は食い下がる。史房たちも無理強いは出来なかった。彼女たちだってこの決定に納得していない。みんな結梨がどのような娘で、愛すべきリリィの一人であるかを知っているのだから。だから何とか出来ないか、みんなは考えていた。

 

「──ああ、連れて行く必要はない」

 

 沈黙を破る声があった。いつの間にかその場に彼はいた。

 

 見たこともない、柄だけの槍型のCHARM。GEHENA製の『ゲーボルグ』を手に、新庄竜胆は梨璃と結梨の前に立っている。

 

「りんどお……?」

 

 一瞬、結梨は彼が誰なのか分からなかった。見せたことのない冷たい瞳で前を見る竜胆。

 

「梨璃。危険だから、そのヒュージから離れなさい」

 

「お、お兄様……? 何を言って……」

 

 手にしたCHARMにマギを流し込む。マギクリスタルが発光し、欠けていた部分を補うように、光が柄から噴出して刃を形成した。

 

 竜胆はCHARMを構え、切っ先を結梨に向ける。その瞳には結梨が映っている。滅ぼすべき、敵として。

 

「俺は新庄竜胆。俺の仕事はヒュージを滅することだ」

 

 彼は今、敵を滅ぼすためにここに来ていた。

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