お兄様面リリィ   作:加賀崎 美咲

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「俺の役割はヒュージを滅ぼすこと。だからこの場で処刑する。梨璃、そのヒュージから離れなさい」

 

 手に持ったゲーボルグの光刃の切っ先を向け、梨璃に避難を促すが彼女は動いてくれない。ヒュージと俺の間に立ち、まっすぐこちらを見ていた。

 

「結梨ちゃんがヒュージな訳がありません」

 

「さっき資料を見せただろう。あれが証拠だ。その個体はヒトの形をしたヒュージ。その結論は揺るがない。だから処刑する」

 

「それでも、おかしいです。処刑だなんて。何も悪いことなんてしてないのに」

 

「リリィがヒュージを討つのに理由がいると? ヒュージは生きているだけで俺たちを攻撃する、滅ぼすべき敵だ」

 

 梨璃はどう告げても動く気はない様子。時間の無駄だ。今納得出来ないのなら、後からしてもらえば良い。今すべきことを、迅速に。

 

「君とここでそんな論議をするため来たわけではない。今すぐそこを退くといい」

 

 一歩踏み込み、ゲーボルグを構える。狙うは最短距離、最小の動きで、急所を刈り取る。ヒト型ならば、首を切り落とせば致命傷になるはず、そうでないなら死ぬまで切り刻めば良いだけのこと。

 

 マギを励起させる。マギに比例してゲーボルグの光刃が光量を増していく。ヒュージと目が合う。人の姿をしたヒュージ。おれは今からこの子を手にかけなければいけないのか。

 

 気がつけばCHARMを握る手は力み、ゲーボルグの警告表示が空中に投影されて、レアスキルが発動仕掛けていることを警告していた。

 

「……使い勝手が悪い」

 

 周囲を見る。この場には梨璃や史房、他の生徒会の面々もいる。ここでレアスキルを使ってしまえば、周囲に被害をまき散らしてしまう。

 

「みんなこの場から離れたまえ。君たちを巻き込むつもりはない。俺に君たちを傷つけさせないでくれ」

 

「それは結梨を処分しようとしていることと、矛盾しているのではないかしらお兄様?」

 

 凜とした声がこの場に加わった。結夢だ。CHARMを手にした結夢は俺の横を通り抜け、梨璃とヒュージを守るように立ち塞がった。

 

「お兄様、あなたはリリィを守るために戦っているのではなくて?」

 

「そうだ。俺にはお前たちを守る義務がある。そのためにヒュージを討つことは、至極当然のことだ」

 

「なら、あなたは結梨を守らなければいけない。彼女はリリィよ。あなたには彼女を守る義務がある」

 

「その個体はヒュージだ。すでにそう結論づけられた。それは揺らぐことのない事実だ」

 

「りんどお……」

 

 ヒュージが悲しげに俺の名を呼ぶ。やめろ。人間みたいな顔をするな。お前はヒュージなんだろう? 

 

「やめてください、二人ともっ!」

 

 口論を続ける俺たちに梨璃が割って入った。彼女らしくもない怒りに満ちた表情で、たしなめるような口調で食ってかかる。

 

「二人ともどうしてそんな口げんかをするんですか! 結梨ちゃんが何か悪いことをするはずがありません!」

 

「本当にそう言えるのか?」

 

「……え?」

 

 梨璃は優しい子だ。当たり前の優しさを持っていて、当たり前のようにそれを、困っている誰かのために使える。だからこそ、彼女は危うさの中にいる。疑うべき前提を彼女ははき違えている。

 

「そのヒュージはリリィに見えるのかもしれない。だがその個体が本当に無害なのか、君に断言できるのか?」

 

「な、何を言って……」

 

「今はリリィの一員として頑張っているのかもしれない。けれど、それは本当に彼女がそうしたいから実行しているのか? 我々の信用を勝ち取り、好機を見て後ろから刺さないとどうして言える」

 

「結梨ちゃんがそんなことをするって、本気で言ってるんですか!?」

 

「そうなるかもしれない。そうはならないのかもしれない。しかし危険があるのなら、それは排除するべきだ」

 

「そんな理由で結梨ちゃんが死ななきゃいけないなんて、そんなの間違っています!」

 

「では、仮にその個体が真にヒュージで、誰かを傷つけたときに、君は責任を取れるのか? 死んだ誰かの家族、仲間、友達になんて言って言い訳する」

 

「だから結梨ちゃんはそんなことしませんっ!」

 

「純真だな。疑うことすら出来ない。だがそれでいい。君たちにこんなことは任せない。汚れ役は俺が受け持とう」

 

「ダメね、お兄様。梨璃も意固地ではあるけれど、あなたも人の話を聞く気が端っからないのね」

 

 あきれた声と共に、結夢が制服のボタンを一つちぎって地面へ投げつけた。簡易的な閃光手榴弾であるボタンは、衝撃で爆発して鋭い閃光を周囲にまき散らす。まぶしさに視界を奪われてしまう。光が収まり周囲を見渡しても、梨璃とヒュージの姿はなかった。逃がしたようだ。

 

「結夢。彼女たちを逃がして、どうするつもりだ」

 

「お兄様は頭を冷やしてもう一度考える必要があるわ」

 

「分からないことを」

 

 なぜ分からない。どれ程、今のこの状況が危険なものに転化する可能性があるか、理解していないのか。今一番危険なのは他ならない梨璃だ。どうして分かってくれない。逃げて、時間が解決してくれるとでも思っているのか? 頭に血が上る。ならば警告だ。こちらは本気だと教えなければ。

 

 逃げたところで意味はない。そう遠く離れていなければ、気配で追えるのだから。西へ向かっている。廃墟群の方へ逃げようという魂胆らしい。

 

 ゲーボルグの光刃を砲撃用の仮想砲身へ変形させ、狙い撃つために構える。無意識に発動していたレアスキルに対する警告をゲーボルグのが告げるが承認し、発射態勢に移行する。レアスキルの最大稼働を意味する光の翼が背から生まれ、警告画面がけたたましく警告音を鳴らし始める。

 

「いけない! 撃たせないわっ!」

 

 CHARMを持った結夢が無理矢理にでも止めようと、突撃を繰り出し始めたがもう遅い。

 

 後は引き金を引くだけだ。視界のはるか遠く、ヒュージが梨璃に手を引かれて遠ざかろうとしている。

 

 収束する光。引き金に手をかけ、そして。

 

「そこまでだ。竜胆」

 

 待ったをかける声があった。理事長代行だ。彼は手に数枚の書類を携え、この場にやってきた。

 

「理事長代行、邪魔しないでいただきたい。私にはヒュージ殲滅の役割を果たさなければいけません」

 

「そういう訳にもいかんのだ」

 

 これを見ろ、と彼は手にした書類をこちらに突きつけた。一枚はレギオン出動に関するものだ。

 

「お前の所属するレギオン『クリームヒルト』は活動休止中だ。こちらが許可を下すまで、この百合ヶ丘での一切の戦闘行動を、学院として正式に停止させてもらう」

 

「何をバカなことを。クリームヒルトはすでに解散したはず。メンバーの全滅をもって……」

 

「書類上はまだ所属していることになっている。申請をサボったツケだな。それともお前は無許可で出撃を行うつもりか?」

 

 それは暗に、これ以上行動すれば百合ヶ丘女学院からの除籍を示していた。だがそれは足を止める理由にはならない。

 

「なら、仕方がありません。それは諦めることとします。優先すべきはヒュージ……」

 

「そう言うと思っていた。だからこちらも持ってきた」

 

 こちらが本命だと、理事長代行はもう一枚の書類を開示した。それは国連の核兵器使用許可の一時停止命令だった。対象は当然、俺だ。

 

「──っ! どうやってそんな許可をとりつけた……」

 

「なに、権力や、個人的な貸し借りを駆使すればなんとやらだ」

 

 やられた。国連の許可がなければ、レアスキルを使えない。これを破ってしまえば、国連の協力を得られず、ヤツを追うことも出来なくなる。

 

 おとなしく武器を下ろすしかない。

 

 これではあのヒュージを追うことは出来なくなってしまった。これからもう一度許可を申請するとしても、半日はかかる。

 

「……ずいぶんと手が早いのですね」

 

「結梨君がヒュージに由来する個体ということは、こちらでも独自に調べ上げていた。ならばお前がどう動くかなど、火を見るよりも明らかだ。何事も予測と準備だ」

 

「……これから書類の申請をさせていただきます」

 

「ああ。ゆっくりと手続きをさせてもらおう」

 

 

 

 ●

 

 

 

 理事長代行の介入により、竜胆の追跡は一時中断させられた。梨璃と結梨はつかの間ではあるが逃走する時間を稼ぎ、鎌倉の西方、旧長谷地区まで逃走する。二人は、廃墟となったビルの一つに身を隠していた。

 

 こっそりと割れた窓から顔を出し、追っ手がいないことを確認した梨璃がゆっくりと息を吐きながらその場に座り込む。

 

「竜胆お兄様、追ってこないみたいだね……。結梨ちゃん大丈夫?」

 

「うん、平気……」

 

 そう答える結梨の言葉に覇気はない。弱ったように彼女はその場で小さく膝を抱えてうつむいたままだ。元気のない様子の結梨に梨璃は心を痛める。

 

「まったくもう。竜胆お兄様も酷いよ。結梨ちゃんが悪いことするだなんて、そんなのあり得ないのに。一方的に決めつけて……」

 

「でも、りんどおの言ってること、間違ってたのかな……」

 

「間違ってるよ! だって、結梨ちゃんは誰かに酷いことをしようなんて、考えたことないのに。それなのに危険だから処分なんて、そんなのおかしいよ」

 

 結梨を信じられるのなら、梨璃の主張も間違いではないのだろう。しかし結梨が安全な存在かなんて、結梨自身にすら証明のしようがない。リリィだと思っていた自分が、敵であるヒュージであると告げられ、自分が何なのか分からなくなってしまっていた。

 

 ヒュージということはそれ程までに悪いことなのだろうか。

 

 結梨は思う。あんなに優しかった竜胆が、出自がヒュージという一点を知ったことであれほどまでに態度を変えた。そこにあったのは冷酷なまでの殺意だった。それほどまでに竜胆がヒュージへ向ける怒り、殺意は尋常ならざる。

 

「ヒュージが憎いから、りんどおも、あんな風に怖かったのかな。みんな私がヒュージだって知ったら、あんな風に怒って来るのかな」

 

「そんな悲しいこと言わないで、結梨ちゃん……。お兄様だって、話せばきっと分かってくれるよ。だってあんなにも結梨ちゃんのことを、大切に思っていてくれたんだよ」

 

「でもそれは私がリリィだったからだよ。ヒュージって初めから知っていたら、きっとりんどおは……」

 

 ためらいもなく、感情もなく、駆除していただろう。そう思いたくはない。けれど、そうなっていたのだろう。

 

 ヒュージであるから、結梨は討たれなければならないと竜胆は言う。

 

「ねえ、梨璃。ヒュージって何? 私はヒュージに似ているの?」

 

「全然違うよ!? だってヒュージは恐ろしくて、みんなを傷つける存在で、結梨ちゃんとは似ても似つかなくて……。あっ……」

 

「そうなんだ……。りんどおは私のことを、そういうものだって思っているんだね。なら、しょうがないよ」

 

「ち、違うよ。結梨ちゃんはそんなのじゃないよ。普通の、みんなと同じ普通の女の子だって……。ヒュージとは違うよ」

 

「じゃあ、もし私がヒュージの所に行っても、そこにも居場所はないんだね」

 

「それは……」

 

 ヒュージを出自に持つリリィ。どっちつかずの半端者。敵と敵、憎み合うもの同士の間に立つもの。どちらで生きていこうと、爪弾きにされることは明白で、そのどちらの場所にも、結梨に居場所は初めから用意されていなかった。

 

 どこにもいられない。受け入れてもらえない。孤独な存在。それが結梨だった。居場所のない存在に自分は定義できない。彼女はリリィどころか、ヒュージにさえ成れない。

 

「でもね。私、生まれてきて良かったって思うんだ」

 

 ただ一つ、すがるべき縁が結梨にはあった。

 

「結梨って呼んでもらえたこと、嬉しかった」

 

 それは名前だ。結梨は誰かに望まれて生まれたわけではない。実験の副産物として、偶発的に命を成した。それがたとえただの偶然だったとしても、結梨は確かにこの世に生を受け、名を与えられて祝福された。

 

「梨璃が私を結梨って名付けてくれて、私は結梨になったんだよ」

 

 憎む敵ではなく、慈しむ同胞として。

 

「梨璃が名付けて、みんなが私を結梨って呼んでくれたから、私は自分を結梨だって、ヒュージじゃなくてリリィだって思わせてくれた」

 

 誰かがこの存在を結梨と呼んだ。そのすべてが彼女を結梨にしていった。

 

「だからね、もしこれからどうなっても、私は梨璃に感謝してる」

 

「結梨ちゃん……」

 

「ありがとう、梨璃」

 

 きっとこれから逃げ切ることは無理だろう。どれ程逃げようと、結末がどうなるか分からない結梨ではなかった。

 

 今こうして話している時間だって、運命が与えてくれたわずかなチャンス。結梨はそう思うことにした。だから後悔しないように、心残りがないように、思いの限りを、あるはずのなかった居場所を、それが限られた時間だとしても、与えてくれた梨璃に、伝えたかった。

 

 夢のような時間が終わる。その前に。

 

「……もう一回、りんどおに結梨って呼んで欲しい」

 

 そんなささやかな願いを結梨はこぼした。願ってはいけないことなのだろうか。

 

「ああ、そんなこと願う必要はない。何故なら、お前はこの場で消えるのだから」

 

 轟音と閃光。破壊の暴風が結梨たちのいる四階建ての建物を包み込んだ。隠れ潜んでいた二階より上、壁も床も天井も、何もかもが吹き飛び、青空が頭上に現れた。

 

 空には雲があるばかり。違う。吹きざらしとなった廃墟の一角に誰かが立っている。

 

 太陽の光を遮るように莫大な光量が空の一角を占める。発光するマギの翼。発生源たる青年は感情を読み取れない暗い瞳で、保護すべき少女と少女の形をした敵を見下ろしている。

 

「余計な手続きに手間取った。だがそれも、もうお終い。これから死ぬことに悲しむ必要はない。自分の境遇に怒る必要もない。せめてもの慈悲だ。痛む間もなく、楽にしてやる」

 

 ゲーボルグの光刃が結梨に向けられる。結梨の願い虚しく、竜胆は止まらない。リリィはヒュージを滅する装置だから。敵を殺すことで、一人でも多くのリリィを守る。

 

 そういう風に自分を定義したのだから。

 

「りんどお……」

 

 その名を呼べど、殺戮装置は止まらない。

 

 武器を手に対峙する以外の道は無い。彼に与えられた力で、彼と戦うことでしか、結梨は生存を勝ち取れない。何のため生きるのかも、自分では分からないのに。

 

 勝利者のいない虚しい戦いが始まろうとしていた。


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