お兄様面リリィ   作:加賀崎 美咲

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 天から熱を伴う光線が降ってくる。それは敵の生存を許さない裁きの輝きだ。ゲーボルグの光の一部が変形して発生する遠隔操作可能な光刃が放つ閃光は、命中した瓦礫やコンクリートを融解させていく。

 

 直接は命中させない。それでは梨璃まで消し飛んでしまうから。あくまで二人を引き離すために攻撃を加えていく。タイミングを見て直接切りに行くが、これを梨璃はCHARMで防いでいく。ギリギリと言えどレアスキルで加速した一撃を防ぐとは、どうやら目の良さは優れたものがあるらしい。

 

 つばぜり合ったまま、一線を越えないために説得を続ける。

 

「だが、いつまで持つだろうか。いい加減、そのヒュージを引き渡してくれないか梨璃」

 

 すでに彼女はボロボロだ。すでに制服、露出した膝のあちらこちらに擦り傷が突き、息も乱れ、CHARMを持つ手は震えている。誰の目にも限界は近かった。

 

「ダメです! お兄様が結梨ちゃんを傷つけないと約束するまで、私は結梨ちゃんから離れません!」

 

「では、君が諦めてくれるまで続けるだけだ」

 

 CHARMをなぎ払い、梨璃を吹き飛ばす。閃光、斬撃、攻撃をいくつも重ねる。

 

 余波で周囲の廃墟が破壊される中、梨璃とヒュージは皮一枚攻撃を避けて逃げ続ける。偶然では無い。手加減しているとはいえ、避けているのは梨璃自身の実力に他ならない。結夢の元でリリィとしての研鑽を重ねた、その成果だ。だからこそ理解できない。

 

「敵と戦うために鍛えた力。それを何故、敵であるはずのヒュージを守るために使う梨璃」

 

「何度も言っています! 結梨ちゃんが敵のはずはないからです。お兄様こそ、どうして分かってくれないのですか!」

 

「ヒュージは敵だ。例外は無い。君はどうして敵を許せる。君だって故郷をヒュージに奪われた被害者だろうに」

 

 俺は知っている。一柳梨璃は甲州撤退戦の折、故郷を奪われて難民となっている。家族は無事であったとしても、知人全員が無事であったはずは無く。彼女だって親しい誰かをヒュージに奪われたはずだ。

 

 そのはずなのに、どうして君はヒュージをかばえる? 

 

「分からない。君は俺と同じはずなのに、なぜ俺たちは道を違える? ヒュージが憎くはないのか?」

 

「ヒュージは敵です。でも、……でも結梨ちゃんは私たちの一員です。悪いヒュージなんかじゃないんです」

 

「悪くないヒュージ、か……」

 

 梨璃の言う言葉に手が止まった。武器を下ろし、これまでのことを思い出す。

 

 攻撃が止まったことに驚き、梨璃とヒュージは警戒をやめずCHARMを構えたままこちらを見た。

 

「200と8だ」

 

「……え?」

 

「ヒュージが俺から奪った大切な人たちだ」

 

「子供の頃を過ごした村を襲われた。俺と妹以外のみんな死んだ。たった五分の出来事だった。その日、空阿村の住人200人がたった一体のヒュージに殺された。次は五年前、津軽海峡敗戦の時。俺はレギオンのみんなを失った」

 

「それだけじゃない。仲間は敵に殺されなかった。俺が殺したんだ」

 

「……殺した? お兄様が、だれを……?」

 

「生きたまま、操られて敵になった。どうしようも無かった。助ける方法が無かった。だから、……だから。俺が殺した」

 

 それは俺の罪。今も背に重くのしかかる戦う意味。

 

「え、そんな、だって」

 

 梨璃は困惑している。告げられた言葉の意味を飲み込みきれず、動揺した瞳を揺らしたまま、俺の言葉を聞き続けた。

 

 俺は履き続ける。使命と義務感の根底にある真っ黒にくすぶったままの怒りを。敵を許せぬ理由を。その過去を

 

「生きたまま、意識があるまま、背中を預けた仲間を、愛した先輩を、愛おしい妹を、肉片になるまで切り刻んだ。お前が持っている、その忌まわしいダインスレイフでだ!」

 

 ヒュージは息をのみ、手に持ったダインスレイフを信じられぬように見た。

 

「みんな痛いと叫んでいた。助けてくれと願った。なぜ殺すと恨み言を吐かれた。……そして、それなのに俺は悪くないのだと許した」

 

 あなたは悪くないと、みんなが言った。自分を斬り殺す俺に向かって。みんなの血に濡れながら、みんな微笑んでいた。俺が少しでも傷つかないように、最期まで。頭が変になりそうだった。

 

「許せるものかっ! 皆をあんな目に遭わせたヒュージを。みんなを守れない弱かった自分を。仲間を殺してのうのうと生きている自分を!」

 

 みんなを傷つけたことを仕方の無いことだったと、過去に出来ない。したくない。みんなの犠牲は無駄じゃ無かったと胸を張れるように、少しでも多くの敵を倒さなきゃいけない。

 

 そうで無ければ許してもらえない。

 

「だから誓った。ヒュージを殺すことが俺の生きる意味だと。ヒュージに何もかもを奪われた。故郷も、仲間も、そして家族でさえも。だから死ぬその時まで敵を殺し続けると誓った」

 

 死者は沈黙などしない。暗い地の底から今も、腐り落ちた眼球のあった窪みで俺を見続けている。

 

 今も死者に背中を押されながら、前へ倒れるように進んでいく。

 

 止まることは許されないのだから、立ち塞ぐものはすべて踏み潰していくしかない。だから俺は問わねばならない。

 

「お前はそれでもヒュージをかばうのか」

 

 

 

 ●

 

 

 

 あれほど騒がしかった廃墟群は元の静けさを取り戻していた。

 

 梨璃は答えられない。復讐に身をやつした人間に向ける言葉を彼女は持っていないから。

 

 竜胆は何も言わない。幸福な未来を疑わない人間を説得する言葉を持っていないから。

 

 だから彼女は諦めないのだろう。傷ついて、傷ついて、それでも立ち向かうのをやめず。だから、それが折れるとすれば、それは周りが折れてしまった時だ。

 

「りんどお、私が抵抗しないって約束したら、梨璃は助けてくれる?」

 

 梨璃を優しく押しのけ、ヒュージが俺の前に立つ。彼女はまっすぐに俺を見ていた。

 

「結梨ちゃん!?」

 

「っ! ……ああ、約束しよう。元より、梨璃と敵対したのは君をかばったからだ。君を討伐したのなら、彼女と対立する必要は無い」

 

 急な物わかりの良い態度に驚いて手が止まる。

 

「ねえ、りんどお。私がいなくなる前に一つ聞いても良い?」

 

「…………」

 

 沈黙は肯定だ。彼女は笑って言った。

 

「私、みんなに会えて、りんどおに出会えて良かった。りんどおは?」

 

 花のように柔らかい微笑み。遺言のような問いかけは俺を酷く動揺させる。

 

「な、何が言いたい…………」

 

「例え短い時間だったとしても、この百合ヶ丘でみんなと一緒にいられて良かった。こんな形で終わっちゃうのは残念だけど。私、りんどおのこと、恨まないよ」

 

 あの時傷つけてしまったみんなと同じ顔で、

 

「生きることを許されない命だったとしても、私の中をいっぱいにするものが梨璃の、みんなの、りんどおの優しさだったことが嬉しい。りんどおが私に優しくしてくれたこと、忘れないよ」

 

「だからもう良いの。りんどお、私のために悲しまないで。りんどおが悲しいと、私はとても悲しい」

 

「自分を殺す相手を、お前は気遣うのか」

 

 いけない。彼女をヒュージだと思い込もうとする仮面が剥がれかけている。けれど。分かっていても、言葉を止められない。

 

「どうして。どうして今になってそんなことを言う。お前は生きたかったんじゃないのか」

 

「そうだよ。でも今、生き残れたとしても、きっと今回みたいに私は追われる。きっとそれは生きている限り続くんだ」

 

 それは諦観だ。諦めたのではなく、大切な何かのために生存を切り捨てる自己犠牲への寛容。

 

「だからもう良いの。りんどお、終わらせて」

 

「結梨ちゃんっ!」

 

 そうだ。俺は彼女にそれを強いて、だからここまで迫った。だと言うのに、この胸の内を占める気持ち悪さは何だ。

 

「……分かった」

 

 ゲーボルグを振り上げ、後は下ろせば任務は終わる。だと言うのに、それ以上何も出来ない。手が震える。力が入ってくれない。

 

 世界が止まってしまったような静けさ。俺も、梨璃も、結梨も、動けない。動いてしまえば、何かが決定的に壊れてしまうようで。

 

 レアスキルによる発光ばかりが強まっていく。背にしたマギの翼が、目を閉じたまま祈るように手を合わせる結梨を照らす。

 

 彼女は今何を考えているのだろうか。今日までの日々だどうか。自分という存在についてだろうか。それともあり得たかもしれない未来か。

 

 でもそれはやってこない。今俺が摘み上げてしまうから。

 

「なんで俺はこんなことをしているのだろうな」

 

 自嘲するような言葉と共に、頬を熱いものが伝っていく。

 

 ごめんなさい結梨。俺は酷い人間だ。誰かを守るためなんかじゃない。エゴのためにお前を殺そうとしている。ヒュージ退治なんかじゃない。これは殺人だ。

 

 俺はお兄様失格だ。

 

 ゲーボルグを振り下ろす。目映いばかりの閃光と熱量が結梨を包もうとして、

 

 真横から別の閃光が俺たちを地域一帯、もろともに吹き飛ばした。

 

 

 

 ●

 

 

 

 閃光が過ぎ去った。結梨を焼き消そうとしていた熱量はそのまま、こちらに向かってきていた熱戦の迎撃に使われた。三人分の立つ地面を残して、辺り一帯が溶かされガラス化している。

 

 こんなことを出来る存在は一つしかいない。ヒュージだ。海岸線の向こうの沖合。ここからでも確認できるほどの巨体を持ったヒュージが、鏡のような部位を使ってマギの熱戦を放ったようだ。

 

「あれがヒュージ……?」

 

 図らずもヒュージに命を救われる形となった結梨は、目を見開き初めて見るヒュージに目を奪われていた。

 

 ヒュージは結梨を助けたのだろうか。その様な意図を疑ってしまうほどのタイミングで放たれた光線。だがそうではなかった。

 

 間髪を入れず第二射が放たれた。二人を守るために前へ飛び出しながらマギを励起し、二度目の光線へマギをぶつけることで相殺する。結梨を巻き込むことを全く意に介さない強大な砲撃。結梨を同属だとあのヒュージは認識していない。

 

 後ろを振り向くと結梨は初めて遭遇する実践の空気に動揺して身をこわばらせている。梨璃も結梨を守ろうと寄り添い、動けそうにない。

 

 そんな二人をヒュージが意にかけるはずもなく、更なる攻撃の準備のためマギを収束させていく。

 

「ヒュージは私を仲間だとは思わないんだね」

 

 ヒュージに攻撃される現実を前にして結梨は力なく呟いた。これで本当に彼女に居場所がないことが確定してしまった。彼女はリリィと認められなければ、ヒュージに同胞と認知されない。

 

 どちらにもなれず、しかし異物として狙われ続ける立場にしかいられない。

 

「あれらに仲間意識なんてものはない。ただ暴れ、破壊するばかりだ。だから駆除しなければならない」

 

 更に放たれた光線をなぎ払い、ゲーボルグにマギをありったけ注ぎ込み、最大駆動に移行する。熱を伴う光線が周囲にプラズマを発生させ、光を放つ推進する巨大な弾丸を形作る。

 

 収束し、放つ。

 

 ヒュージの放った熱戦を両断しながら、ゲーボルグの光が海の上を走り、遠方のヒュージに命中する。塔のような構造だったヒュージの一部が消し飛んだ。

 

 一部が欠けたものの、ギガント級ヒュージを倒すには足りない。これくらいの阻害であれば奴らは動き続け、いずれは再生する。通常であれば。

 

 レアスキルの光を浴びたヒュージの表層が大きく膨張しては収束し、その形象を崩壊させていく。再生できないことに困惑した様子を見せるヒュージであったが、なす術もなく肉片となって散っていく。それはどこか病的な滅びの印象を与える光景だった。

 

 振り返ると、異様なヒュージの朽ち方に二人は唖然として、何もない海を呆然と見ている。

 

 ──お前もこれから、ああなる。ごめんなさい結梨。

 

 そう、思った瞬間だった。

 

 酷く嫌な、悪寒がした。周囲のマギがざわついたからだ。

 

 目が合った。蛇の目。巨大な蛇の目。青く、深く、暗い瞳が背後にいた。音もなく、その巨体を現出させて、攻撃の予備動作を終えようとしていた。

 

「オロチーっ!」

 

 ヤツの名を叫び、マギを再励起させ、光の翼を展開する。

 

 準アストラ級特異個体『オロチ』は鎌首だけの巨体を、ヒュージの使う空間跳躍能力であるケイブの湾曲した空間からもたげていた。

 

 俺のレアスキルが活性化する。マギから生成される特殊な中性子が空間に放出され、光を帯びる。ヒュージ細胞をぐちゃぐちゃに崩壊させる放射線に似たそれは鱗のようなオロチの表層を崩していくが、ヤツがそれを気にかける様子はない。

 

 ヤツは真っ直ぐただ一点、結梨を見ていた。目的は分からない。ただヤツが何をしようとしているかはすぐに分かった。無事な鱗がほつれ、連なった苔のような職種を生成し、絡み取るようにそれを結梨へと伸ばした。

 

「えっ!? い、嫌ぁ、痛い!」

 

 オロチの触手のようなものは、とりついた生物の神経系を上書きするように乗っ取り、支配下に置くものだ。ヤツは結梨を奪い去ろうとしている。痛みに耐えかねて涙を流す結梨と、目が合った。

 

 ──助けてっ、りんどお

 

「その子に触るな!」

 

 頭に血が上る感覚。あの日の悲劇の再現だった。体を乗っ取られ、敵となってどちらかが倒れるまで戦うしかない。そんなのはもうたくさんだ。もう繰り返したくなんかない。

 

 レアスキルの放射線を最大出力で放出する。青白い光と共にゲーボルグが光の奔流を吐き出し、なぎ払うように振るう。

 

 フェイズトランセンデンスで無限化したマギはヒュージを消し去り、後に残ったのは無事な姿の結梨だった。

 

「ああ、良かった……。今度は助けられたんだ……」

 

 そう安心したのがダメだった。

 

 助けることができたという喜び。それがどうしようもない油断を誘った。今回は違うと、そう安心して前を見て、また青い巨大な瞳がいた。

 

 敵はもう一匹いた。一匹じゃなかった。大きく開かれた歯のない顎。ヤツはなんとしてでも結梨を連れ去ろうとしている。のっぺりとした意思を感じさせない瞳が、大きく喜色に歪んだ。あざ笑っている。ヤツは俺を馬鹿にして、あの時と同じと笑っている。

 

 マギを放った直後で、もう一度放つことも出来ない。だから使えるものは己の身一つ。地面を蹴り、前へ飛び出す。結梨を掴み後方へ投げ飛ばし、間抜けに開いたオロチの口に左腕をたたき込む。口が閉じられ、肉がぶつ切りにされる重たい音がした。

 

「せめてお前だけでも! 腕の一本、くれてやる!」

 

 痛みに耐えながら、もう片腕でオロチの頭部を掴み逃がさない。やったことはないがマギを食われた腕に集中させ、解き放つ。オロチの頭部だったものは木っ端微塵となって内側から爆発した。けれどマギの過剰な励起よる発光は収まらず、周囲を包み込んでいく。 

 

 ●

 

 

 

 雨が降っている。気絶していたらしい。マギに当てられ、その場にいた三人とも気を失っていた。

 

 放射性フェイズトランセンデンスは核反応に似た作用で周囲の水蒸気を昇華させ、ヒュージ細胞を崩壊させる黒い雨が辺り一面に降り注いでいる。

 

 この雨はヒュージを殺す雨だ。雨は平等に降り注ぐ。俺に。梨璃に。そして結梨に。

 

 無事だ。俺も、梨璃も、結梨も。誰も傷ついていない。雨に濡れる体。彼女にヒュージ細胞がないことを証明していた。

 

 詰まるところ、俺のしたことのすべては無意味だった。独りよがりで妹たちを危険にさらしただけだ。

 

 体を起こそうとして、重心を崩してその場に倒れ込む。泥と雨の味がした。酷く苦い。

 

 左に視線をよこすと地面がある。あるはずの左腕がなくなっていた。

 

 これは身勝手に振る舞ったことへの、ふさわしい罰なのだろう。

 

 重心が乱れ、マギの枯渇する体をふらつかせながら立ち上がり、その場を後にしようと歩き始めて、

 

「待って」

 

 呼び止める声がした。結梨が意識を取り戻してこちらを見ている。倒れたときに切ったのか額から血を流している。赤い血だった。彼女は人と変わらない。

 

「どこに行くのりんどお」

 

「オロチがここ鎌倉にまで出現した。これまでなかったことだ。だから警戒網の再構築を議論しなければならない」

 

「そうじゃないよ。りんどおはどこに行っちゃうの?」

 

「この雨をもってお前がリリィであることが証明された。俺は同胞を攻撃した咎人として相応の処罰が下る。だからもう、お前に会わないよ」

 

「待ってよ」

 

「悪かったな。お前には酷いことをした」

 

 傷ついた体を引きずって黒い雨の中を歩く。冷たいな。

 

 後ろから結梨が俺の名を呼ぶ声がした。繰り返し何度も、何度も。それはすすり泣く声に変わっていって。

 

 やがて雨の音にかき消されていった。

 

 ●

 

 真島百由の調査により、一柳結梨を正式に人間と判断。政府による彼女への処分命令を撤回。

 

 本日をもって新庄竜胆を百合ヶ丘女学院を除籍処分とし、

 以降、身分をG.E.H.E.N.A.所属とする

 




前編終了
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