「結梨、選びなさい。北海道へ行って、竜胆お兄様に会うか、それとも合わずにいるか」
「お姉様!?」
あまりにも包み隠さない真っ直ぐすぎる夢結の物言いに梨璃が絶叫した。嫌な予感がした梅は、予想が悪い方に的中して、顔を覆って天を仰いで現実から努めて目をそらしている。
他の一柳隊の面々も似た反応だ。みな夢結の不器用さをすっかり忘れていた。真摯に伝えたつもりの夢結が周りの反応を解せず眉をひそめている。
「……いいの?」
そう問いかけたのは結梨だった。竜胆にもう一度会っても良いのか。彼女はそう問いかけている。なぜみんなが彼女を竜胆から離すように動いていたのか、十分に理解していた。
これからみんなの思いやりを無碍にしてしまうことも。それなのに自分を許してくれるのかという確認だった。
そんな風に考えてしまう結梨に夢結は柔らかく微笑む。
「良いも悪いもないわ。あなたが決めて、あなたが選ぶの。大丈夫、可愛い妹の我が儘を一つ叶える。それくらいの器量、あって当然よ」
「夢結……」
それでも、結梨に勇気はなかった。気持ちは決まっているのに、それを言葉にすることのなんと難しいこと。けれど勇気は一人で放つものではない。
結梨の手を梨璃がそっと包み。
「結梨ちゃん、良いんだよ。結梨ちゃんがそうしたいなら私たちはきっと力になる。だって、みんな結梨ちゃんが好きで、結梨ちゃんの力になりたいって想ってるんだから」
「梨璃……。……うん、ありがとう。私、決めたよ」
きっとそうしなければ私は一生後悔するから。だから今思うことをちゃんと言葉にしよう。
「私、りんどおに会いたい。会ったからって、何が出来るのか全然分からないけど。でも、何もしなかったら、きっとこのままだから。……だからみんなの力を貸して欲しい」
不安はある。状況が好転する予感などほんの少しだってない、けれどみんなが一緒なら頑張れる気がした。
「……なら決まりね。これより一柳隊は進路を北海道にとります。目的はあくまで目標であるヒュージの討伐。ただし途中で新庄竜胆と遭遇した場合、結梨に状況を一任する。そういう感じでどうかしら?」
『了解!』
竜胆のもとに結梨を届ける。一柳隊のなすべきことが決まった。
●
一柳隊は防衛軍が保有する航空機を足にすることで北海道に向かっていた。防衛軍からの正規の要請でチャーター可能な旅客機での旅は快適だった。
初めて搭乗する航空機の窓から見える景色に結梨は目を輝かせている。
「わーあ……、すごく高い。鳥になったみたい」
リリィは身体の力をマギで強化し、それなりに跳躍することは出来るが、雲と同等の高さは目新しかった。空を見上げて遠くにあった雲がこれほど近いことに結梨は不思議な高揚感に包まれている。
窓から遙か下の地上を見下ろせば、自然の風景にまばらな人工物、都市や家屋が点在していた。だが北上して行くにつれて、甲州を超えると途端に自然の緑が世界のすべてへと変わっていった。
東北より以北の地域はそのほとんどがヒュージの占領下であり、ぽつぽつと防衛軍の駐留基地があるばかりだ。それ以上陸の上を飛んでいてはヒュージの対空攻撃を食らう可能性があり、航空機は新潟県を飛び越え、日本海沖から国土に沿うように進路を変えた。右側の窓からはやがて本州から隔絶された土地、北海道が姿を見せる。
「……あれが北海道。りんどおの生まれた場所」
結梨の目に映る北の大地は大きな影を落としたようだった。人工の明かりは人類軍の基地が複数あるだけで、そのほとんどが生い茂った手つかずの森林に飲み込まれていた。
「ええ、あそこが竜胆お兄様が生まれた地。と言っても十年前に放棄されて、元の都市の面影すら残っていないようだけれど」
ヒュージによる侵攻によって引き起こされた文明の破滅に夢結は表情に影を落とす。もし自分たちが負ければいずれ鎌倉だって、あのようになってしまうのだ。
かろうじて樹木の繁殖を防いでいる基地の一つに向かって航空機が高度を下げ始める。
その時だった。大きな衝突音とともに航空機が大きく揺れる。何が起きたか、窓から外を見てみると。大型の航空ヒュージが航空機に追いつき、食らいつこうと迫っていた。
「みんなCHARMを構えなさい。打って出るわよ」
「外に出るんですか!?」
ダインスレイフを持ち、物々しい面持ちで夢結が突風吹く高高度へ出ようとしていた。飛行する航空機の外に出るなど自殺行為に他なく、二水が悲鳴を上げて止めようとしていた。
「──!? 待って、夢結。何か来る……?」
結梨の中で不思議な予兆が電流のように走った。これが何なのか上手に言語化できないが、夢結が外に行くべきでないことは分かった。
「どういうことかしら結梨? 説明してちょうだい」
「言葉にはし辛いけど……。でも、どうしてか大丈夫だって分かる」
「よく分からないわ……」
結梨の根拠のない確信めいた言葉に夢結は困った顔をする。現に航空機のすぐそばにはヒュージが迫っていて、危機にいるのは明らかだ。
ヒュージが一度航空機に体当たりをして、機内は大きく浮いたような状態になった。手近なものを掴んだまま、鶴紗が待てないと動く。
「まずいぞ。このままだと仲良く墜落だ。牽制でも何でも、とにかくヤツを遠ざけないと──」
外へ飛び出そうと、緊急脱出用の扉に手をかける鶴紗。だがその手は窓の外から漏れた極光を見て止まった。
まばゆいほどの極光の正体はマギによる砲撃だった。航空機にあたるすれすれに幾つもの極大交戦が飛び交っていた。砲撃がヒュージを捉え、巨体を崩壊させながら、ヒュージが墜落していく。
「りんどお、だ。梨璃。あれ、りんどおの攻撃だよ!?」
「竜胆お兄様なの? 分かるの結梨ちゃん?」
「間違いないよ! バアって光って、空気が燃えていくの。あれはりんどおだよ」
直感的にあれが竜胆の放ったものだと結梨には分かった。状況を飲み込めずにいる梨璃は、ただ落下していくヒュージをぼんやり眺めていた。
「あそこに、りんどおがいるんだ……」
そのまままっすぐと結梨たちを乗せた航空機は、光線が放たれた防衛軍の基地へと降りていく。予想していたよりもあっけない再会の予感に拍子抜けをしつつも、それが叶ったことに結梨は顔を明るくしていた。
●
「今日はここまで。きつい練習だったけど良くついてきたわね。明日も頑張りましょう?」
「……はい」
息も絶え絶えとなった竜胆が地に這いつくばりながら友里香へ返答する。今日は竜胆のリリィの訓練の日だった。教官役となった友里香が竜胆にリリィの戦い方を教えようと張り切っていたが、初心者の竜胆はボロ雑巾のように扱かれて動かない。
動かない竜胆を心配して、離れて様子をあがめていた妹の桔梗が駆け寄った。
「兄さん! ……もう、ボロボロになって……、友里香お姉様も、お姉様です。こんなになるまで、イジメル必要もないじゃないですか……」
「あら、これくらいで根を上げていたら、困るのは竜胆なのよ。ヒュージは手加減してはくれないのよ。それともあなたは竜胆が死んでも良いと想っているのかしら?」
「そういう言い方は卑怯です!」
「でも事実よ。リリィになりたいのなら。これくらいは乗り越えないと」
厳しい訓練は生存を願う友里香の思いの裏返しだ。リリィの生存率は低い。酷いときで七割を切ることだってある。それが分かっているから、竜胆は友里香の厳しい訓練に文句を一つ言わない。
ボロボロの体を起こし、もう一度与えられたCHARM、ダインスレイフを構える。瞳は闘志で輝いている。闘志を絶やさない竜胆に友里香が笑みを深くした。
「分かっています。俺は弱い。敵と戦える力が欲しい。そのためだったら、何だって乗り越えてみせます」
「そう……。戦う意志はあるのね。いいわもう少し続けましょうか」
「行きます!」
疲労困憊の体に鞭打ち、前へ飛び出す。ダインスレイフを振るう。けれど友里香は余裕綽々と攻撃をいなしていく。攻撃と防御の応酬に気をよくした友里香が竜胆を叩きのめしながら叫ぶ。
「そう! 前へ常に動きなさい。まず武器を大ぶりにし過ぎ。たとえ攻撃が当たったとしても、武器は絶対放さない。どんな状況下でも反撃することを忘れないで。状況の主導権を相手に与えて受動的に成るのは悪手!」
竜胆の攻撃をいなし隙を見つけては、重い一撃と友里香の助言が同時に叩き込まれる。ボロボロになりながら経験を体に刻んでいく。個人戦闘技術を重視していた世代の百合ヶ丘女学院で行われていた教育方針は、竜胆をか弱い少年からリリィへと変えた。
●
結梨たちを乗せた航空機はヒュージの襲撃というハプニングこそあったものの、竜胆の遠距離砲撃支援もあって無事に防衛軍の基地に着陸した。
航空機から退出し、飛行場に降りる。結梨は見せる風景を忙しく見渡している。
そのマギの砲撃は竜胆によるものだ。そう確信していた結梨は竜胆はどこにいるのだろうと周囲を見回していた。
そして姿はすぐに見つかった。一柳隊を出迎えるためだろう。防衛軍の事務官とともに航空機のそばで待機していた竜胆は、酷く驚いた表情で結梨を見つけた。
支援のためにどこかのガーデンのリリィが派遣されると聞いていたが、それがよりにもよって一柳隊、結梨だとは想っていなかった。
「りんどおっ!」
結梨は飛び出す。失ったものを取り戻そうとその手を伸ばして、
「よく来ました。私は防衛軍に嘱託しているリリィ。貴方たちの任務についての詳細はこちらの方が説明します」
あまりにも事務的な声色。感情を感じ取れないそれは、明確な拒絶に他ならない。伸ばしていた手を、結梨は想わず引っ込めてしまう。結梨を見る竜胆の瞳だ。かつて彼女を追っていた時の憎悪と哀愁の混ざった激情はどこにもなく、ただひたすらに無関心に結梨を映していた。
「りんどお、私りんどおと話がしたい。少しでも良いの、時間を……」
「私はこの後に出立します。残念ですがあなたと共にする時間はありません」
「そんな……」
とりつく島もない物言いに結梨はひるんでしまう。それ以上結梨が何も言わないのを見ると、事務官に断って竜胆はその場を後にしようと歩き始めた。
「ちょっと待ちなよ竜胆お兄様」
竜胆を引き留めたのは意外にも鶴紗だ。彼女は怒ったように竜胆をにらみつける。
「こんな北方の端くんだりまで来たんだ。素っ気なくするのは『お兄様』らしい態度じゃないんじゃないか?」
誰かのためにここまでもの申す鶴紗が意外だったのか、竜胆は目を丸くする。付き合いの長い鶴紗にそう言われて、竜胆は仕方がないと結梨に向き合った。
「先ほどの態度を謝罪する」
「りんどお……。なら少しでも良いから……」
「だが済まない。数時間後に出発するから忙しいのは本当だ。だから君と話せる時間はない。これから墓参りに行かなければならない」
「……墓参り?」
竜胆は少し顔をうつむかせ、
「今年が七周忌なんだ」
空阿航空基地はかつて空阿村と呼ばれた集落の跡地に建てられた施設。よく見れば竜胆の着ている背広は通常のものではなく、葬祭ようの喪服。
彼は墓参りのため、偶然のこの場にいたのだ。七年前に失った故郷の追悼に。