比翼の鳥 作:しぐれ煮
戦場
剣を磨き終わった。高級士官用の天幕の中は大変静かであり、先程帰った同僚が残した手紙のみがある。
天幕が風になびく音が聞こえ始めた、どうやら雨が降り始めるようだ。
雨の中名も知れぬ兵士が幾人も戦い、そして死んでいく。
無論私とて例外ではない、高級士官と言っても所詮は下級貴族の次男坊であるので。
六ヶ月前のことである。士官学校を卒業した私は激戦区である北の連邦との国境地帯の近くにある町に配属されることとなった。
このグリュンヴァルトの町は山が近く、自然豊かであり、私にとって大変新鮮なものに感じた、今まで帝都から出たことの無い私にとっては。
戦況が進み、町から離れ軍の野営地に移動してはや三ヶ月が経った。
毎日連邦の兵と睨み合い、時には局地的な戦闘が起きその度に名も知れぬ兵が死んでいく。あの関を落とすにはあと二ヶ月は必要だろう、何せ士気が低い。
相手は強固な関に閉じこもり、安全な位置から弓に油に投石と好き放題攻撃できるのに対してこちらは高所を取られてる上に武器も食料も足りていないのだから。
昨日まで寝食を共にした仲間が次の日には何も出来ずに一方的に矢で撃たれ物言わぬ骸となる、この恐怖は体験した事が無い人間には分からないであろう。
幸いにも私は高級士官でありあまり前線へ出ることは無いが、それでも既に同じ指揮官の位にある人間が五人は死んでいる。
初めは一人ぐらいなら死ぬだろうと思った。士官学校を卒業した優秀な人間とは言えど所詮は人間である、運が悪かったのだろうと思った。
二人、三人目となると少し恐ろしくなった。昨日まで同じ天幕で戦術について議論をした仲間が頭を射抜かれ、赤く、まるで潰れた柘榴のように、真っ赤な脳漿をぶちまけた。その亡骸を見て吐かなかった自分を褒めたいものである。
四人目は私の友人であった。士官学校の同室であり、共に学び、夢を語り合い、辛い訓練を乗り越えた友人であった。関の裏手にある山から奇襲をかけようとした際に山中に潜む敵に囲まれ、五人を道ずれに死んだと聞いた。
彼が死んだ時とうとう次は私の番だと思い、恐怖に震え、いつもは飲まない酒を飲んだ。
五人目は私の上官であった。少々適当な人間であったが義に厚く人望があった。この戦が終わったら婚約者と式を挙げる予定だったらしい。
私もこっそり酒を分けてもらったり相談に乗ってもらったりとたいそう世話になった。
そんな彼が死んだことで私は軍を辞める決意をした、遂に死ぬ事が、この戦場にいる事が恐ろしくなったからである。
私は父へ手紙を書いた。父は軍の高官であり、次男とはいえ頼めば何とかしてくれるだろうと思ったのだ。
父は激怒するであろう、私の籍は抹消され、平民として生きていくことになるかもしれない。
だが平民に身を落とすことより戦場で死ぬほうが恐ろしかった。
平民では一生かけても着れないような金銀で装飾された絹の服より、一食で貧民の食事半年分以上の値段がする高級な料理より、皆から憧れの目で見られるような高級士官の位より、なによりも命が惜しかった。
そして先程同僚から私に父からの手紙が渡され、私はこの地を去る事となった。
幸いにも勘当とまでは行かなかったが、侯爵家の次男から単なる騎士の位にまで格を落とされほとんど平民のような扱いで北東の険しい山脈にある小さな村を守る軍人として生きる事となった。
そこはあまりにも厳しい山脈、そして常に雪に覆われた大地のおかげで我々より北方に住み寒冷地に強い連邦の人間でも越境できない地であった。
今まで南方の侯爵領や北方でも比較的暖かいグリュンヴァルトの町に居た私には未知の世界だ。
肉親としてせめてもの慈悲なのか小金貨を5枚*1渡された、これは普通の平民が月を十回跨ぐ程度は働かずに暮らせる額である*2。ちなみに俗に言う高級士官であり、大尉の位まで登り詰めた私の月の給料が中金貨1枚であった。
私は戦場で失態を冒したという名目で大尉から少尉まで降格された上に左遷されたので月の給料は小金貨3枚*3にまで下がってしまったが。
鎧を身につけ剣を腰に差し支給品の高級士官用のコートを着る。
外に繋いだ愛馬に食料、水、簡易的な天幕などを背負わせこの地を去る。
幸いにも今日は七日に一度の聖教国が定める祈りの日であり、この日だけは戦は起こらない。先程同僚には別れの言葉も交したところであり、後はもう新しい赴任先である北西の村、リンデンドルフへ向かうだけである。
「……」
最後に敵の関を見つめ、私はこの地を去った。
まずは南下して王都へ行くことにした。手紙には一年以内に赴任先へ到着しろと書いてあった。今の季節は秋であり、夏以外常に雪の降り積る北東の山脈地帯へ向かうのは難しいという判断だろうか。
とりあえずグリュンヴァルトの町で小さな馬車を買って馬に引かせることにしよう、歩くのは良いが荷物が重いのは面倒だ。
初めて書いた戦記物です。
多分恋愛ものになるかもしれないです。
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