比翼の鳥 作:しぐれ煮
一話
グリュンヴァルトの町は変わらず平和だった。野営地から近いといえど軍人として鍛えられた私が徒歩で丸一日かかる距離だ、平民にはそこまで実感がないのだろう。
この日は夜も遅いので町に着いてすぐ宿に泊まったがそこの食堂で妙な噂を聞いた、どうも最近この辺で幽霊が出るらしい。
幽霊。恐らくレイスの事だ。聖教国*1の教えでは古の時代に魔王*2が滅ぼした国の死者が外法で操られている存在らしい。魔物の中では下位の存在だが魔法を使うと言われている。
まあ魔王なんて存在は所詮おとぎ話だ、この辺に死霊術師でもいるのだろう。多くの場合死霊術師*3はイカれたやつが多いからあまり会いたいものでは無い。
私は宿を出て町の入口近くの馬宿へ向かった、ここに預けた馬を回収するついでに馬車も買ってしまうことにしよう。
「ご苦労、帝国軍少尉のベルガだ。昨日の夜に預けた馬を回収しに来た」
「これはこれは少尉様、こんな朝早くからご苦労様です。今連れてこさせるので少々お待ちください」
「それと馬車を買えないか?荷物と人が4人ぐらい乗れるもので良い」
「馬車…それでしたら小金貨1枚*4ほどのものがございます。実物を拝見致しますか?」
「いや構わん、どれくらいかかるか?」
「そうですね、半刻*5もあれば門の外に馬車と馬を用意しておきます」
「分かった、半刻後にまた来る」
そう言って私は馬宿を後にした。管理人の男が大袈裟な礼をして見送ったが私が戦場から逃げたと知ったらどう思うだろうか。
食料品を買うために街を歩きながら私は考える。
戦で死んだ士官学校からの友人は逃げずに戦い死んだ。それに対して私は死ぬ勇気が出ずに逃げた。
「…私は臆病者だ」
歩きながら私がそうつぶやくと、その声が聞こえたのか私があまりにも辛気臭い顔をしていたからか見知らぬ娘が声をかけてきた。服装からして修道女だろう。
「あの、騎士様何かお悩みでもございますか?もし良ければ私に話してみませんか?」
「私が悩んでいると、何故そう思った?」
「いえ、その、今にも死にそうな顔をしておられたので……。もしかしたら悩みでもあるのかと思いまして声を」
「……ああ、確かに私は今悩みがある。だがわざわざ時間をとるほどでは─」
「そんな顔をして何を言うのですか、そこに私が泊まっている宿があります、そこで話を聞きましょう」
そう言って修道女は私の手を引っ張り宿の自室まで連れ込んだ。なんて押しが強い女だ。というか若い娘が軽率に自室へと男を入れるのはどうかと思う。
「私は巡礼の旅をしているアイリスと申します。騎士様の名前は?」
「ベルガ、ただのベルガだ」
「ベルガ様ですね、ベルガ様は何を悩んでおられるのですか?」
「…知り合って四半刻*6も経たない人間に語るようなことではない。心配する気持ちはありがたいが─」
「もっとお互いを深く知れれば良いのですね?ならば私はベルガ様について行きましょう。北の連邦との戦線に?それとも王都に向かうのですか?」
「王都に向かう予定だが、アイリス嬢には巡礼の旅があるだろう。無理に着いてこなくても」
「いいえ、なにかに悩む人を見捨ててまでして行うものではございません。それに王都へはまだ行ってないので」
困った。この娘、想像の三倍は押しが強い。恐らく私が何と言っても無理やり着いてくる気がする、
まあ一人で馬車と言うのも味気ないものだ、1人ぐらい同行者がいても良いかもしれない。
「…分かった、ちょうど馬車を買ったところだ。アイリス嬢を乗せる程度ならまだまだ余裕があるから乗っても良い。それに乗合馬車よりも乗り心地は良いだろう」
「ありがとうございますベルガ様、王都までの道のりで貴方を深く知れるよう努力させていただきます。無論ベルガ様も私の事を知れるように致しましょう」
「…………そこまでして知るほどのことではない。半刻後に門の前で待っていてくれ」
そう言って私は部屋を出た。妙な娘だ。
アイリス嬢の分も食料品を買い出さねばならない。野営用の寝具は予備があるから良いとして薬と一人旅をしているだろうから最低限の備えはあると思うが、短剣の一本ぐらいは買っておいた方が良いかもしれない。
まさかとは思うが物取りの類では無いだろうな……
悩んでいる間に店に着いた。歴史を感じる石づくりの建物だ。
高級な黒檀の木から作ったドアを開けると中は人で賑わっていた。
ブラガンサ商会、軍の物資にも関わっている国一番の商会だ。この店で揃わないものはほとんど無いと言っても良い。
ちょうど兵站の担当者もいる、話しておくべきか。
「失礼、二人分の保存食を頼む。七日もあれば良い。それと傷薬も頼む」
「これはこれは、ベルガ大尉殿ではないですか。二人分の保存食と傷薬で……、もしや北の戦線で何かございましたか?」
「いや、戦線は膠着状態だ。私は色々あって少尉に格下げされて左遷される事となった。数日以内に連絡されるとは思うが以降兵站は私ではなくグロウン中尉の管轄となった。これからもよろしく頼む」
「なんと!大尉殿が左遷させるとは信じられませんな」
「……私にも色々あるのだ、詮索しないでくれると助かる」
「大尉殿、…分かりました、二人分の保存食と傷薬ですね、他になにかありますかね」
「そうだな……、非力な女性でも扱えるような短剣と弓はあるか?」
「短剣と弓ですね、もちろんございます。どの程度の格のものをお望みでしょうか」
「初心者用で良い、使うのは若い娘だ」
これでアイリス嬢も最低限の自営はできるだろう。もし盗賊にでも襲われて怪我をされたら目覚めが悪い。
「全部で小銀貨4枚*7になります」
「感謝する」
「いえ、大尉殿にはお世話になりましたので」
本来なら恐らく大銀貨1枚*8になる所を値下げしてくれたのだろう。今までの給料は全て友人の経営する孤児院に寄付していたから非常に助かる。こんな事になるのなら少しは貯めておけばよかったな。
父から渡された小金貨5枚が無くなるまでに何とかして金を手に入れねばならない。
一章終了時に貨幣の価値、物価、給料等をまとめた物を投稿します。
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