体育館の扉を開くと、やはり窓は無いが、普通の体育館の風景が広がっていた。正面の舞台は入学式風の飾りつけがしてあり、そのスタンスは崩さないらしい。
「やっぱり、全然人がいない……」
そう。これだけ装飾にこだわっているのに、人影は全く見当たらない。……はずだったのに、舞台から俺たち17人の誰かのものではない声が聞こえてきた。
「全員集まったようだし、そろそろ始めよっか!」
直後、舞台に現れたのは、ヌイグルミだった。
「え? なにあれ……?」
「今のって、あのヌイグルミが喋ったのか?」
「ちょっと! ボクはヌイグルミじゃないよ! ボクはモノクマ。この学園の、学園長なのだ!」
モノクマと名乗ったヌイグルミは、そんなことを言った。ヌイグルミが学園長? そんなわけあるか。
「ちょっと待て! 『この学園』ってことは、ここは希望ヶ峰学園なのか!?」
「はいはい、まずは落ち着いてよ。起立! 礼! おはようございます!」
という、モノクマの挨拶に反応する奴は居なかった。
「もう、挨拶はちゃんと返してよ! これだから、最近の若者は……って言われちゃうんだよ! ……と、それはさておき、まずはオマエラの、これからの学園生活について説明します! オマエラのような才能溢れる高校生を保護するため、この度希望ヶ峰学園は、生徒に“この学園内だけ”で共同生活を送ってもらうことにしたのです! 期限は無期限!」
「学園内だけで、共同生活……? それに、無期限って……死ぬまでずっとってこと!?」
「そういうことになるね」
学校に生徒を幽閉するなんて、そんなことが希望ヶ峰学園で計画されていた、ということか……!? こんなことなら、あらかじめクラッキングして探っておくべきだったか……?
「ちょ、ちょっと待てよ! 突然そんなこと言われたって、信じられるわけないだろ!」
「だったら、後で思う存分調べてみたらいいよ」
「そもそも、私たちが入学するのって、まだ先のはずじゃ……?」
「え? いやいや。オマエラは今日から入学なんだよ。忘れてるだけじゃない?」
これは、完全にとぼけているようにしか見えないな……。それに、学園に向かった記憶もないのに、突然ここにいたことの説明もつかない。
「ま、ぶっちゃけ、ここから出る方法は、無い訳じゃないよ。その名も、“卒業”!」
「入学したばっかりなのに、卒業なのかよ」
「そんなツッコミするなんて、余裕だね? 暗堂クン?」
名前も知っている、と……。
「オマエラには、学園内での“秩序”を守った共同生活が義務付けられた訳ですが、もし、その秩序を破った者が現れた場合……その人物だけは、学園から出ていく事になるのです」
「秩序を破るとは……?」
「それは……人が人を殺すこと、だよ。殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……殺し方は問いません。簡単でしょ?」
殺人。普通に過ごしていれば、馴染みの無いもの。それと軟禁、どちらかを選べというのか……。
「“希望”同士が殺し合う、“絶望”的シチュエーションなんて、最高にドキドキするよね~!」
「ふ……ふざけたことばっかじゃねぇか! なんだよ! 人を殺せって!」
と言いながら、平川がモノクマに詰め寄る。しかし、すぐに柏木が止めに入った。
「うぷぷ。やっぱり賢明だね、柏木クンは。言い忘れていたけど、校則違反者には、グレートな体罰を発動しちゃうからね」
「な、なんだよそれ……」
「じゃあ最後に、オマエラにこれを渡しておきます。これは、電子生徒手帳です。大事なので、失くさないように!」
全員に渡された、スマートフォンのようなそれを起動すると、最初に自分の名前が表示された。そして、いくつかの項目の中に“校則”というものがあった。それを開くと、校則というより、このおかしな学園生活のルールのようなものが書いてあった。
1. 生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。 共同生活の期限はありません。
2. 夜10時から朝7時までを”夜時間”とします。 夜時間は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。
3. 就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。 他の部屋での故意の就寝は居眠りと見なし罰します。
4. 希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。 特に行動に制限は課せられません。
5. 学園長ことモノクマへの暴力を禁じます。 監視カメラの破壊を禁じます。
6. 仲間の誰かを殺したクロは”卒業”となりますが、 自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。
7. 電子生徒手帳の他人への貸与を禁止します。
8. 鍵のかかってるドアを壊すのは禁止とします。
9. 校則を破った者にはおしおきをします。
10. なお、校則は順次増えていく場合があります。
「では、これで入学式は終了となります。それじゃあ!」
最後に言いたいことだけ言って、モノクマは去って行った。
しばらく、体育館には沈黙が流れ、状況を理解できない、という雰囲気だった。しかし、俺はそこまで不安もなかった。一生の幽閉生活。その脱出方法は殺人。校則違反者には体罰。それはつまり、校則に注意し、殺されないようにさえしていれば死なないということだ。一生牢獄に監禁されるのなら話は別だが、この学校のような狭くはない場所で衣食住を保証され、“超高校級”が揃っているならば、あまり不自由も無さそうだ。
とは言っても、まだ気は抜けない。こんなおかしなことを実行している犯人なのだから、また意味不明なことをやらせようとしてくるかもしれないし、ここに居る他の奴らはおそらく、今すぐにでも外に出たいはずだ。
「こ、これから、どうする……?」
「も、もちろん、脱出の方法をみんなで探って……」
「ちょっと待って。それって危険じゃないかな?」
「殺人をしないとここから出られない。それを実行しようと思っている人が居たら……」
「ま、回りの奴らを信じられねぇってことか……!?」
いつ、誰に狙われるか分からない。そんな疑心暗鬼が渦巻く絶望的状況。幽閉された閉鎖空間で、協力し合うことすら出来ないのだ。
そうして、俺たちの絶望的学園生活が始まったのだった。
メインタイトルの『俎上』とは、“まな板の上”転じて“危険な場所”とかです。