目が覚めた。
しかし、頭はまだ完全には起きていないようでしばらくぼうとして……思い出した。
あの怪異達のことを。
そしてはっきりとした頭で気付く。
「ここは……?」
どこかの屋敷だろうか?
飾り気はない部屋で、布団に寝かされていた。
念のため確認するが、着物は着ていた水色のもの。袴にも特に何かされたような形跡はない。
荷物も枕元に置かれていて、中身に手をつけられた様子はない。
盗られたものはなかったと安堵していると、障子が開き壮年の男性が現れた。白髪混じりの
そして私の推測通り柔らかな笑みを浮かべ、怪しい者ではないと言っているようだった。
男性は部屋に入ると丁寧な所作で正座したので私も姿勢を正して向かいあった。
「起きていたんだね、良かった良かった。失くした物とかないかい?」
荷物の確認をしていたことを察せられたのかそう問われた。
「あ……はい。盗られた物とかはないようです。えっと、その、ここは……」
「ここは……まあ、怪しい者ではないから安心して」
怪しい者ではないというが、怪しい。
急に胡散臭くなってきた。
怪しくないというのなら、名を名乗り、身分を明かせるはずなのにそれをしないというのは何故だ。
「昨夜のことでお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
昨夜のこと……。
あの怪異と、そして鬼のこと。
話しても、信じてもらえるようなことではない……。
「大丈夫。我々はあなたのお話を全て信じますとも」
心を読まれた!?
やはり怪しい……。
あの妖達の仲間だったりしないだろうか?
「取って食いもしませんから大丈夫ですよ。あなたは面白いですね。顔に全てが書かれているようですから」
「そ、そんなに顔に出ていましたか……?恥ずかしい……」
顔から火が吹き出そうなほどに、熱い。
自分がこんなに分かりやすい人間だったなんて……。
「君は面白いねぇ。そういえば、お名前は?」
「あ!すいませんまだ名乗っていませんでした。私、江戸より参りました
頭を下げるが、男性から何の反応もない。
どうかしたのかと、少し頭を上げると男性は何やら考え込んでいるようだった。
「あの、何か……?」
「ああ、いや。なんでもないよ。知り合いと同じ名字だったからもしやと思ってしまってね」
旧い、知り合い……。
まさか、早速
「あの!
「君……もしかして紫苑君のご家族かい?」
やはり
まさかこんなところで早速見つかるとは思わなかった……。
「はい!姉様を捜して京を目指していてその途中で……」
その途中で、あの妖達に目をつけられてしまった……。
先程、この男性は全て信じると言ってくれたが……。
「よし、紫苑君のこともまとめて話をしよう。ついてきなさい」
男性は立ち上がりながらそう言った。
姉様のこともまとめて……?
一体、どういうことなのだろうか?
とにかく、この男性について行くしかないようだ。
意を決して、私も立ち上がり、男性についていった。
思っていたよりも広い屋敷だったようで、中庭の植木は緑に萌えて春の到来を感じさせる。
日の高さからまだ昼前ということを知ると「この部屋ですよ」と案内されて男性に引き続いて失礼しますと部屋に入る。
中の部屋は私が寝かされていた部屋とは違い、掛軸や季節の華が生けられていた。
だが、そんなものよりも目を引くのは部屋にいた男達である。
男達はそれぞれただならぬ気配を発し、緊張感が部屋中に漂っている。
飲み込まれて、しまいそうだ。
このただならぬ雰囲気に。
呆然と立ち尽くしていると、上座に座っている体格が良く人も良さそうな男性が「さあ座って座って」と笑顔で仰ったので言われた通りに座って向かい合う。
目の前には体格のいい男性。その右隣には女の私も羨むような綺麗な長髪をひとつに纏めた美丈夫と呼ばれていそうな男性。左には私を案内してくれた初老の男性。
右手側には壁に寄りかかり含みのある笑みを浮かべた私より少し歳上そうな男性。
真後ろにはなんというか、軽そうな男性と、それとは真逆の寡黙そうでキリッとした、傍らに刀を置いている男性。そして私と歳が変わらないような可愛らしい少年が控えていた。
計七名。
男だらけの空間に放り込まれた、私。
やはり、緊張は解けない。
居心地悪いなんてものではない。
「イタダキさん、実は……」
壮年の男性が体格のいい、イタダキと呼ばれた男性に耳打ちをするとイタダキ?さんはかなり驚かれた。
「あぁ、失礼。君は紫苑君の……妹さん、でいいのかな?」
「は、はい……。私は静女紫苑の妹です。あの、姉様のことを何か知っているのでしょうか。もし知っていらっしゃるのでしたら……」
「まずはこっちの話からだ。てめぇの話は後だ」
「す、すいません……」
総髪の男性にそうきつく言われたのでおとなしくする。
どうにもこの人は苛ついているようで怖い。
苦手な部類の人だ……。
「こらバラ!そんなきつくあたるんじゃない。すまないね。どうにも不器用な奴で……。だが悪い奴じゃない。それに、昨夜君を助けたのは彼なんだ」
「えっ……。そ、その節はありがとうございました!」
まさか、この人が助けてくれたなんて……。
気を失った私をここまで運んでくれたのだろう。
「けっ、見た目より重くて苦労したぜ」
「なっ!私はそんなに重くありません!」
女にそんなことを言うなんて……。
やはりこの人は苦手。いや、嫌いだ!
「まったくイバラキさんは女の扱いがなってないからいけないや。それじゃ
壁に寄りかかって胡座をかいていた青年が茶化すように言った。
「ランキ。てめぇそれはどういう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
二人の間に険悪な雰囲気が漂う。
なんというか、置いてきぼりだ。
「こらこら喧嘩してる場合じゃないよ。すまないね詩織君。やんちゃな人ばかりで」
「い、いえ。大丈夫です……」
「それで、まず。ええと……何から話せばいいのやら……」
困ったような顔を浮かべる壮年の男性。
向こうから切り出してくれないと私も困るのだが……。
「まず、昨夜の話から伺うのがよろしいかと」
「おっ、そうだね。いやぁキリサキ君はこういうのに向いてるねぇ」
キリサキ君と呼ばれたのは私の後ろにいた寡黙そうな男性のようだった。
「それじゃあ詩織君。昨夜のことを聞かせてもらえますか?」
「分かりました」
そして、私は昨夜のことを話し始めた。
私は江戸から京に向けて東海道を歩いていたのですが昨夜は満月で夜も明るいし、京も近くなっていたので少しでも早く着きたかったので夜も歩こうと道を進んでいたのです。
その途中、あの二人組が現れて……。
逃げ回っていたところをその、鬼に、助けられて……。
「なるほどなるほど。それで、京に来た理由は……紫苑さんのことかい?」
体格のいい男性が訊ねる。
首肯して、京に来た理由も説明する。
「はい……。昨年末に京に出かけて、文でやり取りしていたのですが返事がなくて心配になって……」
「それで、一人で遠路はるばる江戸から京へ……ううっ!」
なんと、泣いた。
男が。
「あ、あの!泣かれるようなことでは……」
「もうこれだからイタダキさんは。この人、人情話とかそういうのに弱いから。気にしないで」
「は、はあ……」
若い男性がそう言うのでそうなのかもしれない。
まさか、身の上話を聞かせてこうして泣かれるとは思わなかったけれど、この人がいい人だというのは理解した。
しかし……。
「お前。今の京がどういう状況か分かってんのか?」
怖い人が、口を挟んできた。
「どういう、状況というのは……」
「どうもこうもねぇ。尊王攘夷つって浪士共が好き勝手して、幕府の連中も色々と動いてきな臭ぇ。そのうち戦でもするんじゃねえかなんて噂もある。そんなところにのこのこ女一人で来るなんざ命が何個あっても足りねえよ。……魔化魍もいるしな」
最後の方は聞こえなかったが、言っていることは最もなことばかりであった。
年の初め、一月には老中安藤信正が坂下門にて尊王攘夷派の浪士により負傷するという事件が起こったばかり。
江戸でこれなのだから実際に朝廷のある京はもっと過激なこととなっているだろう。
確かに、軽率かもしれない。
しかし……。
「姉様は私にとってたった一人の家族なんです!心配になって当然じゃないですか!それに……私は覚悟してきたんです!絶対に姉様を見つけるって!」
怖い人に食ってかかる。
しばらく睨み合うと怖い人は根負けして「ああ、そうか」と言って目線を逸らした。
「とにかく、君のことは分かったので我々のことも話そう。それが君のお姉さんのことにも繋がる」
「皆さんのことが、姉様に……?」
姉様とこの人達に関係が?
けど、一体どんな関係だというのだろうか。
とにかく、彼等の話を聞こうと気を引き締め、姿勢を正す。
イタダキという人物が咳払いをすると、私の目を見て静かに語り始めた。
「我々は、
「猛、士……」
この出会いが私の運命を大きく変えることとなる。