「我々は、猛士という組織の者だ」
猛士とは、聞いたこともない組織だ。
一体どこの、なんのための組織なのだろう?
「イタダキさん。話していいのかよ?」
なんとも軽薄な声が後ろから響いた。
あの軽そうな男性の声だろう。
「紫苑君の家族ともなれば、知っていた方がいいだろう」
「あの、姉様は……」
「ああ、すまない。簡潔に言えば紫苑君は猛士に所属する
その言葉を飲み込めずにいた。
どういう、こと?
姉様が、鬼?
「鬼とは古来より魔化魍と呼ばれる魔を祓う者達のことを言う」
「魔化魍?」
「そう。君を襲ったのも魔化魍の一種だ。童子と姫と呼ばれるもので餌を集める役割を担う。親とでも言えばいいか……。まあ、魔化魍は置いといてだ。魔化魍と戦う者。それが鬼。ここまではいいかい?」
まだ理解も納得も出来ていないが、とりあえず飲み込むこととする。
「まあ信じられない話だとは思うがそういうことだ。昨夜君も見ただろうしな。それで、鬼達が所属する組織を猛士という。総本山は吉野にあってあちこちに支部がある。そしてここは猛士の関西支部特別班京都守護隊。通称『護神鬼』。俺は
「か、角……?」
堂々と、自慢気に自分を角?筆頭?と言ったので困惑する。
えっと……?
「猛士では位を将棋の駒に
後ろのキリサキという男性がいまいちどういうことか理解していない私の様子を察してくれたのか説明してくれた。
簡潔で分かりやすい。
この人から全部教えてもらいたいなんてことを思ってしまったのは内緒である。
「まったくイタダキさんは。筆頭になれて
「仕方ないだろうラン。嬉しいものは嬉しいんだから」
照れながら頭を掻くイタダキさん。
やはり、この人は人が良い。
この威圧的な空気の中にあってただ一人親しみがわく。
「たっく。筆頭ならもっと締まりのある筆頭でいてくれ」
「ははは。バラは手厳しいな相変わらず」
そうだそうだ。
もっと優しい言葉をかけてあげるべきだ。
そういうことばっかり言っていると嫌われてしまうぞ。と、心の中で叫ぶとイバラキという男は私を睨みつけてきた。
また心を読まれてしまった。
……そんなに顔に出ているかなぁ?
「おほん!イタダキさん。話を戻しますよ」
「あ、いや~すまない源さん。えーと、そうだ護神鬼まで話したんだ。それでだ、君のお姉さん。紫苑君は護神鬼に所属する鬼に
「なるはずだった……?」
ということは、姉様は護神鬼には入らなかった。
そういう口ぶりであった。
「さっき、昨年末に京へと出かけたと言ったね。ちょうど同じ頃、護神鬼が設立されて紫苑君は合流する予定だったんだ。しかし、紫苑君は護神鬼には合流しなかった」
「それじゃあ、姉様は……。二月前までは返事があったんですよ!それまでの間は一体……」
「三ヶ月前に紫苑君と京で会った時、彼女はこう言っていたんだ。『別の任務を与えられた』と。だから紫苑君は二月前まではその別の任務にあたっていたんだ。もしかしたら今も任務は継続中で、訳あって返事を出せないでいるのかもしれない」
優しい声色でイタダキさんはそう言ってくれた。
しかし、一番あり得る可能性を。
自分も想像したが、すぐにそんなわけないと切り捨てた可能性を。
イバラキという男は、無情にも口にした。
「魔化魍に殺されたってのが一番濃厚な線だがな」
「バラ!」
イタダキさんが叱りつける。
だが、この男はどこ吹く風といった様子。
この、人は……!
「当然だろう。鬼というのは常に死と隣り合わせ。仲間が知らぬ間に死んでるなんてイタさんだって経験あるだろう」
「だがなバラ……」
「おいお前。黙って江戸に帰れ。さっきも言ったが京は危険だ。だから帰れ」
この人は……。
この人だけは……!
「そんなこと出来ません!姉様の無事を知るまでは……!のこのこ帰るなんてこと……出来ません……」
袴を握りしめる。
涙が溢れて、零れ落ちる。
姉様が、死んだなんてこと、信じたくはない。
まだなんの確証もないというのに……。
「……まあ、イタさんの言う通り任務中ってだけかもしれねぇ。吉野に確認取れば分かるだろう。源さん、悪いが後で一筆頼む」
「そうだね。式神に送らせれば明日か明後日には返事が来るだろう」
「え……」
その言葉が、あの悪鬼羅刹のような男から出たとは思わなかった。
「えっと、その……ありがとうございます!」
床に額をつける勢いで礼をした。
私のためにわざわざそんなことをしてくださるなんて……。
「礼を言われるようなことじゃねえ。たださっさとお前に帰ってもらいてぇだけだ」
イバラキさんはむすっとした顔でそう言うと立ち上がり、部屋を出ていった。
別の仕事があるという。
イバラキさんがいなくなったので、もう話を切り上げようということになりその場は解散。
私も部屋に戻された。
ふう、とため息をつく。
昨夜から色々なことがありすぎて自分でも知らないうちに疲れていたようだ。
しかし、ため息はいけない。
姉様がよく私に「ため息をしたら幸せが逃げてしまう」と言っていたのでため息は極力しないようにしていたというのに……。
……それにしても、暇だ。
部屋でゆっくり休んでいてと言われたが、なにもすることがない。
なにもすることがないと暇である。
そして、不安が募り、嫌なことばかり考えてしまう。
家にいた頃は家事だ内職だと忙しかったので何かしていないと落ち着かない。
「そうだ、何か手伝えることがないか探してみよう」
今はとにかく体を動かしていたい。
男所帯で女性の姿が見えなかったので炊事などは自分達でやっているのかもしれないし、それなら手伝える。
それに、姉様のことのお礼もしたい。
そうと決まれば、部屋を出て……。
「何をしている」
「わっ!?」
唐突に声をかけられた。
心臓が止まるかと思った。
見ると、縁側で茶を飲む長髪を後ろ髪で結っている男性がいた。
隣には、日本刀が置かれている。
あの寡黙そうな人物であった。
「えっと……キリサキ、さん?でしたよね?」
「左様」
「その、何をしているんですか?」
「あんたの監視だ」
静かに彼はそう言い放った。
かんし?
漢詩?
けど筆も紙もないし違うかんしのようだ。
かんし……かんし……監視……。
「かっ……!監視ってなんでですか!?」
監視という言葉に気付いて問い詰める。
なんで私が監視なんかされなればならないのか!
「部外者だからな。もしかしたら魔化魍に利用されている人間が俺達のことを探っているかもしれない。若しくは魔化魍そのものか。そういう理由であんたを監視するよう命じられた」
「そんな……私は人間です!」
そう反論するとキリサキさんは湯呑みを置いて私に目線を向けた。
なんとも静かで、水鏡のような目……。
「安心しろ。誰もあんたを魔化魍とは思っていない。単に形式上の問題というだけだ。そうでなければ、正直に監視しているなど言わない」
「あっ……確かに……」
「ところで、部屋を出た理由はなんだ?」
「そうでした!その、何かお手伝い出来ることはありませんか?体を動かしていないとなんだか落ち着かなくて……。炊事でも洗濯でもなんでもやりますから!」
私がそう頼み込むとキリサキさんは少々考え込んでしまった。
一応、監視されているという身だから好き勝手されるのは駄目なのかもしれない。
「キリサキく~ん。交代の時間だよ……って、何してるの二人で?」
キリサキさんを呼ぶ声が聞こえると、あの場にいた優しそうな、なんというんだろう、言っちゃいけないのだろうけれどあの中にいた男性の中では優男の部類に入る。どこか、頼りなさそうな印象を受けてしまう。
緑色の着物のせいか草のようでもある。
「ああ、何か手伝えることはないかと言われてな。どうしたものか」
「手伝えること?んー監視の身だからなぁ。けどまあ……一緒にいればいいんじゃないかな?今日の炊事当番キリサキ君でしょ?手伝ってもらえばいいよ。僕も監視がてら手伝うからさ」
「そうか、タツマキがいるなら百人力だ。というわけで、炊事だ。行くぞ」
そう言うとキリサキさんは綺麗で無駄のない所作で立ち上がり足早に行ってしまった。
「ああっ!置いていかないでください!」
「ははっ。キリサキ君は行動が速いからね。あっ、さっきキリサキ君が言ってたけど僕はタツマキ。よろしくね」
「あ、よろしくお願いします静女詩織です」
「うんよろしくね。さて、早く行かないとキリサキ君に怒られちゃうから追いかけるよ!」
「は、はい!」
小走りでタツマキさんと共にキリサキさんを追いかける。
なんとなくだが、たしかにキリサキさんは遅刻とかには厳しそうだ。
きっと、誰もがみんなそうだと思うが、怒られるのは嫌なので早く行こう。
台所は広かった。
屋敷も広いので台所が広いのは当然に思えるかもしれないが、そんな広い台所で炊事するのが三人だけなので余計に広く私は感じた。
しかし、キリサキさんとタツマキさんは三人もいると狭く感じると言う。
普段は一人か二人で炊事しているかららしい。
「まあ、ここにいるの十人ぐらいなものだしね。それに、献立も具材を鍋に入れて煮ただけってのが多いし」
タツマキさんはそう言うと冗談っぽく笑いかけてくれた。思わず、こちらも笑顔になってしまうような素敵な笑顔だった。
「だが、タツマキは料理が上手い。俺達の中では一番だ」
確かにタツマキさんは手際がいい。
芋の皮を剥く包丁も危なげはないし、私よりも早く丁寧だ。
そしてキリサキさんも同じくらい上手い。
「けどキリサキさんも切るの上手じゃないですか」
「ただ切るのが得意なだけだ。それ以外はあまり得意ではない」
「キリサキ君は上手い方だと思うけどね。他の人が作るやつ大体大味だから」
なるほど、男性らしいと納得すると同時にこれまで出会ってきた男性達と比較すると……。
「けど、こうして台所に立って料理するなんてすごいです。男子厨房に入るべからずって言うじゃないですか」
「孟子の一説だな。あれは本来は違う意味らしいが……まあいい。俺達鬼は
また、専門的な単語が出た。
ひしゃ?
将棋の駒に準えると言っていたので飛車だと思うが何をする人なのだろう?
「飛車っていうのは鬼と一緒に行動して支援する人達のことだよ。昔は桂馬とか香車って言ったらしいけどね」
「お二人には飛車の人はいないんですか?」
「いないねぇ。特に護神鬼は集団だからつけなくてもいいだろうって上からの御達しでね」
「上って、確か吉野に手紙を送ると仰っていましたよね?そこが『上』なんですか?」
「そうそう。鬼の里って呼ばれてね。猛士の総本山。えらーい人とかつよーい鬼がたくさんいるんだよ」
偉い人と強い鬼。そして鬼の里と聞いて、幼少の頃に姉様から読み聞かせてもらった桃太郎の物語に登場する鬼ヶ島のようなものを想像してしまった。
吉野と言えば桜だというのに。
そういえば、まだ気になることがあった。
「あの、鬼って言いますけど皆さん人間、ですよね?あの夜見たのとは違う姿ですし……」
「鬼というのは人が鍛錬の末に成るもの。昔話に出てくるような鬼という妖怪とはまた別物なのだ」
なるほど。
どうしても昔話の鬼達を想像してしまうから違和感を覚えたのか。
それにしても……。
「私、姉様が鬼になるような鍛錬をしていたなんて知りませんでした……」
「確かにあの人、鬼の鍛錬を積んできたようには見えなかったな。線も細かったし」
それをあなたが言うかと思って苦笑いを浮かべたが確かにその通りで姉様はとても淑やかで町でも評判の美人。
とてもじゃないが鬼というのは想像出来ない。
「しかし奥州のフブキという女鬼も女性らしい風貌であった。あまり、関係ないのやもしれんな」
「なるほど……。女性で鬼をやっている人はどのくらいいらっしゃるんですか?」
自分も同じ女性として気になったので質問するとタツマキさんが「うーん」と唸った。
「そうだなぁ。引退するまでに一人会えるかどうかって言うよね?」
「吉野勤めなら珍しくもないと聞いたが、並の鬼ならばそんなところだろう」
「やはり、男の人の方が多いんですね……」
「ま、昔から男社会だしね。修行も厳しいし」
「鬼に男も女も無いからな。皆等しく鍛錬を積む」
鬼になるほどの鍛錬を姉様はいつしていたのか?
私がまだ寺子屋に通っていた時だろうか?
寺子屋に行っている間、姉様が何をしていたかなんて分からないし……。しかし、それでは修行というにはあまりにも短すぎはしないだろうか?
朝から昼までが寺子屋で、家に帰れば姉様が出迎えてくれたのだ。
たったそれだけの時間で修行なんて……。
「さてと、じゃあ僕は折角だしあと一品作るから詩織ちゃん鍋お願いね」
「分かりました!……詩織ちゃん?」
「ん?あれ、名前間違えた?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」
「安心しろ。タツマキはいつもこうだ」
キリサキさんが澄ました顔で言うと、タツマキさんが何の話?と問う。
それをキリサキさんは流すとタツマキさんが食い下がる。
なんとなくだが、お二人の人となりは理解出来た。
思っていたよりもここは、優しい人達の集まりなのだろう。
すまない……
全然変身しなくてすまない……
あともう少しだけ待っていてください……