出来上がった夕食を三人で運んでいると、赤毛のあの軽そうな男と出会った。
なんとなく、苦手な部類の人である。
「ん?なんでそいつ連れてるんだ?」
「何か手伝えることはないか~って言われたから夕飯作るの手伝ってもらったんだよ」
「へぇ。働き者だな。いい嫁さんになるよ将来」
赤毛の男はそう褒めてくれた。
まあ、働き者だとは周りから言われていたので慣れているが……。
「ツラヌキ君駄目だよ~?この間だって舞妓さんと修羅場になってたでしょ」
タツマキさんの言葉にやはりそうかと納得した。
何処と無く、助平そうな顔というか、女の敵という感じがしたのだ。
こういう甘い顔をしている男ほど気を付けろと、長屋の隣に住んでいたおばちゃんがよく言っていた。
「タツマキお前見てたのかよ!?違うあれは向こうが勝手に……」
「冷めるから早く行くぞ」
「は~い」
キリサキさんの号令で先に進むことに。
折角の夕飯が冷めるのは勿体無い。
「おい!待ってくれよ!あれは向こうが勝手に俺と夫婦になるとか言い出してだな、それを聞いた木村屋のタエちゃんが……」
膳を並べていると、ツラヌキという男が弁明しに追いかけてきた。
二人の女の子の名前が出てきた時点でもう色々と駄目だと思う。
「もうさ、結婚して女遊びやめたら?」
「いや、ツラヌキが止められると思うか?こいつの妻となった女性が悲しむばかりになるぞ」
「そっか……そうだね……。そっちの可能性の方が高いね!」
キリサキさんとタツマキさんは言いたい放題。
しかし言われてもしょうがないと思うし、私も色々と言ってやりたいぐらいだ。
「おいおい。俺は自分から女を泣かすような真似はしないぜ。結婚したらきっぱり女遊びは止める。絶対だ」
「舞妓の子泣いてたよ?」
「ちゃんとよく聞け、自分からだ。あいつは勝手に泣き出したから計算には入れん」
「だそうだけど、詩織ちゃんはどう思う?」
「えっ!?急に私に振らないでくださいよ!」
「いいから、思ったことを言え」
思ったことって言われても……。
「……理由はなんであれ、女の子を泣かすなんて最低です」
しまった、もう少し角の立たない言葉を選べば良かった。
言われたツラヌキさんは、数歩後ろによろめくと尻餅をついた。
そして、がっくりと項垂れた。
分かりやすく凹んでいる。
「あっはっはっ!やっぱりツラヌキ君は僕達男の言葉より女の子の言葉の方が効くね!」
「ああ……心臓を槍でぶっ刺されたような気分だ……」
「す、すみません!その、あまり気になさらず……」
声をかけても項垂れたままのツラヌキさん。
キリサキさんに放っておけと言われたので、放っておいた。
彼のために私に出来ることは無さそうだから、ごめんなさい。
配膳を終えると、ぞろぞろと皆さんが集まってきた。
イタダキさんに手伝ったことを伝えると特に咎められるようなことはなく、むしろお礼まで言われてしまった。
そしてさっきとほぼ変わらぬ顔触れで夕食の時間となり私もここで食べることになったのだが……。
「どうしたラン?食欲がないのか?」
ラン(確かランキだったはず)と呼ばれた青年は一切食事に手をつけない。
どこか具合でも悪いのだろうか?
しかしそんな風でもない様子で私のことをじっと見つめている。
顔にご飯粒でもくっ付けてしまっているのだろうか……?
顔に触れて確認するがご飯粒はついていなかった。
それでは一体なんで私のことを……。
「これ、君が作ったんだよね?」
「は、はい。そうですけど……」
何か、問題でもあっただろうか……?
「君、魔化魍でしょ。それでこの料理には毒が仕込まれている。違う?」
「ち、違います!私は人間ですし毒なんて入れてません!」
キリサキさんが誰も私のことを魔化魍だとは思っていないと言っていたが、まさか疑っている人がいるとは思わなかった。
「ラン!失礼なことを言うな!詩織君は魔化魍ではない!立派な人間だ!その証拠にこの味噌汁は旨い!」
それは人である証拠として充分なのだろうかと思ったがそれはさておきイタダキさんがこう言ってくれたので少しはランキさんも懲りたようだった。
「そうだよランキ君。ちゃんと僕が
「ああ、俺も見ていたが不審な動きは何もなかった」
一緒に炊事をしたタツマキさんとキリサキさんも擁護してくれた。
「そうだぜランキ。大体毒仕込まれたってんなら俺達もう死んでるぜ」
「それは毒の種類にもよりますけどねツラヌキさん。まあ、タツマキ君とキリサキ君が見てたなら安心か」
そう言うと、ランキさんは食事に手をつけ始めた。
それからは黙って、さっさと全て平らげると足早に出ていってしまった。
「あの、すいません……。私が作ったから……」
「詩織君が謝ることはない。ただ……ランには少し事情があってな。初対面の人間には警戒心が強いんだ。最近はマシになってきたと思っていたんだが……。とにかく、あいつの代わりに謝罪する。すまなかった」
「そんなイタダキさんが謝ることじゃ……」
頭を下げるイタダキさん。
その姿は組織の長というよりも、家族が悪いことをしたので謝っているような気がした。
「あいつは昔、住んでた村を魔化魍によって失った孤児なんだ。そしてその魔化魍というのが人間の姿に化ける能力を持っていて、あいつの親に刷り変わっていたらしい。それ以来、初対面の人間をまず魔化魍じゃないかどうか確認する癖がついてしまって……。昔は苦労させられたものだ」
懐かしむ顔で言うイタダキさん。
幼い頃にそんなことがあったのなら仕方ないだろう。
幼少の頃に強烈な恐怖を体験すると大人になっても忘れられないと聞いたことがある。そして、ずっとその恐怖を抱えることになると……。
「イタダキさんはランキさんのこと、ランって呼ばれてますけどランキさんとは付き合いが長いんですか?」
「ああ。ラン、それからバラとはもう十年以上の付き合いなんだ。というのもランを助けたのが俺の師匠で、師匠がランを連れて帰って来て以来、俺が親代わりになったんだよ。まだ元服してすぐだったのにいきなり子持ちにさせられて困ったよ」
穏やかな笑みを浮かべて話すイタダキさんの脳裏にはランキさん達との思い出が映し出されているのだろう。
そういう話をされると、姉様のことを思い浮かべてしまう。
優しく、私の親代わりでもあった姉様。
今、どこにいるのですか……?
星空の下を飛ぶ一体の赤い鳥。
アカネタカという名を持つこれは音式神と言って、鬼が主に情報収集に用いる式神である。
詩織の姉、静女紫苑のことを記した手紙を脚にくくりつけ飛ばされたそれだったが、謎の攻撃が右翼を砕き、錐揉みしながら落下していく。
落下していった先は、何者かの手の上だった。
山中にいるというのに、高価そうな洒落た柄の紅い着物を羽織る男はアカネタカの脚にくくりつけられた手紙を取るとアカネタカを投げ棄て、手紙に目を通した。
「……ほう。あの女に妹がいたか……」
一通り目を通した男はそう呟くと、どのような仕掛けか一瞬で手紙を燃やし尽くした。
妖しげな紅い炎。
暗闇の中、照らされた男の瞳は紅かった。
次回、ようやく戦闘です()