日も落ち、台所で食器洗いを手伝っていた。
元々炊事当番のキリサキさんと手伝いを買って出たツラヌキさんの三人でちゃちゃっと終わらせようと桶に張られた冷たい水に悪戦苦闘する。
ツラヌキさんがずっと口を動かしていたので、退屈ではなかった。
「詩織は紫苑さんとはいくつ離れてるんだ?結構歳の差あるだろ」
「十離れてます。両親がいなかったので、姉様が親代わりだったんです」
「ほう。そりゃいい女になるわけだ紫苑さん。それにしても十離れてるってことは詩織は十六か」
しれっと歳を言い当てられたのに驚いてうっかり手を滑らせて小皿を落としてしまったが桶の中だったので無事だった。
姉様の年齢を知っていなければ出てこない台詞。
もしかしてツラヌキさんは姉様にも手を出して……!
「おっと大丈夫か……ってなんだよその目は」
「女性の敵に向ける目です」
「なんだよ別に悪いことはしてないだろう。なあキリ?」
「さぁな」
キリサキさんはツラヌキさんをそう冷たく突っぱねた。
男は寡黙な人がいいと言っていたおばちゃんの言葉は正しかったとこの場で思う。
「そういえば……」
「ん?なんだ?」
「あの、皆さんってその、本名なんですか?キリサキさんとかツラヌキさんとか……皆さん名前の最後が『キ』で終わってるじゃないですか。偶然そういう人達が集まったと言われたらそれまでですけど……」
そうは言うがそんな可能性は限りなく低いだろう。
「これは
「鬼名?」
「ああ。鬼は修行を終えると鬼名を与えられ、鬼を辞めるまでこの鬼名を名乗る。それが基本だ」
鬼を辞めるまで……。
「それじゃあ鬼を辞めてからは……」
「鬼を辞めてからは
なるほど……。
鬼という字は『キ』とも読むので恐らく皆さんの最後の『キ』は『鬼』なのだろう。
しかしどうにも私は実感が湧かない。
鬼というものは恐ろしいものと幼い頃に言い聞かされてきたのでどうにも人間を守る鬼というものが想像出来ない。
いや、昨日出会った鬼が私を助けてくれたのでこうして生きていられるわけなのだが……。
「あの、昨日私を助けてくれたのって……」
「ああ、それならイバラキさんだ」
「あとでちゃんとお礼しないと……。あの、イバラキさんはまだ戻られないんでしょうか?」
「昨日逃げられた魔化魍を追撃するって言ってたからなぁ。イバラキさんのことだから、仕事は早いと思うが……」
「正直、どの程度かかるか分からん。童子を失ったことで姫も慎重になり身を隠しているだろうからな」
「そう、ですか……」
イバラキさんはいま、戦いに赴いている。
私がこうしているなかで、彼は命をかけていた……。
木々が鬱蒼としげる深い森の闇は深い。
魔化魍の奴等がどこから現れてもおかしくはない闇の中を一歩、一歩と進んで行く。
四月ではあるが、まだ少々夜は肌寒い。
いや、もしかしたら恐ろしくて寒気を感じているのやもしれない。
「まさか」
自信の考えを否定し、そう吐き捨てる。
魔化魍が恐ろしい?
そんなわけはない。
これまで何体もの魔化魍共を土塊としてきたのだ。
それに相手は土蜘蛛。
これまで五匹は倒してきたのだ、大した相手ではない。
『では、なにを恐れる?』
声が聞こえた気がした。
己に問いかける声が。
『お前が恐れているのはあの女であろう?』
『紫苑の妹』
『奴に知られるのが怖いのであろう』
「うるせぇ」
己が声を否定するために呟く。
そんな呟きは闇へと吸い込まれて、消失した。
問いかける声も聞こえなくなり、呼吸を整えて再び歩を踏み出す。
すると、目の前の茂みが揺れたので身構えるがなんてことない。自分が遣わせた音式神『
「見つけたか」
そう問うと瑠璃狼は首を縦に振り、その身体を円盤状に変えて俺の手へと収まる。
そして、それを音叉へと接続し回転させ、瑠璃狼の見たものを頭に流し込む。
こうやって、音式神が得た情報を元に鬼は魔化魍を探す。これが基本。初歩中の初歩である。
得た情報を元に森の中を抜ける。
暗い森ではあるが、そこらの人より森の中を歩き慣れているため難なく進む。
そして……。
「ここか……」
開けた場所に出ると目の前には高い斜面。
崖の下のようだ。
だが、魔化魍……土蜘蛛の姫の気配はない。
瑠璃狼は確かにここで姫の姿を捉えていた。
音式神の気配を察して逃げたか?
そう思った矢先、足下に転がる大きな石ころだと思っていたものが別のものだと気付いた。
「こいつぁ……姫の腕か!」
土塊となっていた姫の腕。
特徴的な蜘蛛の脚のような腕だったものである。
そしてそれに気付いた瞬間、地面がひび割れ、細長い脚が地面に根を下ろす。
「なるほどな。てめぇの親を食ったってわけか!」
現れたのは土蜘蛛。
自身の親である姫を喰らったことで育ちきった
茶色い体色なのは地域差というやつだろう。
「てめぇには感謝してやるぜ。てめぇだけ倒せば済むからなぁ!」
護神鬼の羽織を脱ぎ捨て、右手に構えた二つ折りの音叉を開く。
そして現れる鬼の顔。
これは鬼へと変身するためのもの。
『変身音叉
イバラキのためのものである。
右手で構えたそれを右肩に打つと澄んだ音が響き渡り、額の前に音叉を翳すと鬼の顔が自身の額に現れ波紋を打つ。
そして己が鬼名を名乗った。
「──────
紅蓮の炎が勢いよく燃え上がった。
己が身体を焼く業火。
否、これは邪なる魔化魍を祓う清き炎。
その炎の中で、肉体が変化していく。
「すぅ………ハァッ!!!」
両腕を思い切り開き、炎を振り払いその姿を現す。
赤黒い体色に銀色の襷をしているような装飾が施され、頭部には同じく銀色の二本の角。
そして荊の名を冠する通り、その身体の至るところには銀色の棘が備えられていた。
「ちゃっちゃと終わらせてやらぁ!!!」
勢いよく飛び出し土蜘蛛へと迫る。
近付けまいと土蜘蛛は糸を吐くが全て回避してみせ、思い切り土蜘蛛の細い脚を前腕で殴り付けた。
これが結構響いたようであるが相手は蜘蛛。
残り七本も脚があるので一本どうにかなったところである。
反対の前肢が踏み潰そうと迫るのを受け止めた。
力比べ。
体躯の大きな魔化魍であるが……。
「チィ!!!おらぁ!!!!!」
鬼の筋力を持ってして土蜘蛛を押し返した。
背中から倒れた土蜘蛛は体勢を直すことが出来ずに蠢いている。
今が好機!
土蜘蛛の腹の上に飛び乗ると帯に備えられている小さな薄い太鼓のようなもの『音撃鼓
すると小さな太鼓はみるみる巨大なものとなり人が打つ太鼓としては大きなほど。
そして、この音撃鼓に『清めの音』を打ち込むことで成体の魔化魍を倒すことが出来る。
腰に装備している
だが……。
「チッ……クソが……」
手が、動かない。
金縛りにでもあったように、手が、身体が、動きを止めてしまった。
どうしても、
あの時のことを思い出してしまって、撥を手に取れない。
戦いの最中、こんな風に動きを止めるのは殺してくれと言っているようなものである。
土蜘蛛の脚が、荊鬼を突き刺さんと獲物を前にした蛇のように少しずつ、少しずつ迫る。
もう、いつでもこいつの命を奪えると土蜘蛛が確信した瞬間、空から、大地から小さき者達の反攻を受けた。
主を救おうとした音式神達である。
『ピィーーーッ!!!』
音式神『茜鷹』の鳴き声が荊鬼の耳をつんざいた。
ここでようやくハッと戦いに意識を取り戻した荊鬼は迷いを振り切り音撃棒を手に取った。
彼をそうさせたのは、自身の命が危機的な状況に置かれていたということから発する命の防衛本能。
決して、音撃棒を抜きたいから抜いたわけではなかった。
そして、荊鬼は技を繰り出した。
「音撃打!
力強く振るわれる清めの音。
魔化魍である土蜘蛛はこの音に苦しみ、逃れようとするがもう遅い。
「でぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
何度も何度も清めの音を叩き込まれることで土蜘蛛の力は弱まっていき……。
「ハァッ!!!」
型が終わると、土蜘蛛は土塊として爆散した。
元の大地へと還ったのだ。
魔化魍とは大地が悪気にあてられたことにより生まれたものであるとされている。
鬼はそんな魔化魍をこうして悪気を清め元の土として大地に還す役割を担うのだ。
こうして、清められた土があることで大地もまた清められ新たな生命を育むことだろう。
「あぁ、くそ。なんだってんだ……」
荊鬼は自身の不甲斐なさを詰った。
最近ようやっとマシになってきたというのに、あの女が来たせいかまた逆戻りしてしまった。
その手に握る撥を腰に戻すと鬼の変身が解かれる。
鬼の変身による炎などによって燃えない、破けない糸『
イバラキの肩に茜鷹がとまる。
「なんだ?心配してるのかお前?」
『ピューイ』
「心配いらねえよ。今日はちょっとついてない日だったのさ。明日になりゃ元に戻る」
そう茜鷹に言い聞かせると茜鷹を円盤に戻して中央の穴に紐を通す。
他の音式神達も同じようにして腰にぶら下げていき回収完了。
あとは拠点にしたとこまで戻って馬に乗って帰る。
帰る頃には朝になるだろう。
空を見てそう判断し、イバラキは再び帰路についたのだった。
ようやく変身、戦闘ですお待たせしました……
これでよしじゃねえわ他にも鬼たくさんいるんですけどぉ!
他の面々はちょっとまた待っててね()
あとオリジナル設定も出たのでしばらくしたら設定資料も投稿します!