『残火の太刀』る   作:たわーおぶてらー

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個人的に『旭日刃』が一番好みです




切掛

 

 

 

 

 

 

 世界は悪意に満ちている。

 

 

 

 天使も悪魔も堕天使も、人も神も。皆総じて碌でなし。

 

 

 山本重國の人生において、彼ら人外とはそういうもので、人とはそういうものだった。

 

 日本にて生まれ育ち、死した後に山本重國として二度目の生を受けた彼は、前世にて出会うことのなかった人外たちを嫌悪する。

 

 悪魔は父母を陥れ、兄妹を奪われた。

 天使の下僕は理不尽に刃を振りかざし、堕天使もまた同じく。

 

 

 故に、彼はその全てを殺し尽くした。

 

 人ならざる者へと変貌させられ、父母をころして狂った兄妹を。

 それを行なった下劣な悪魔を。

 悪魔に魅入られた者の血縁だと騒ぎ、刃を向けてきた祓魔師を。

 お前は危険だと襲いかかる堕天使を。

 眷属になれと近づく悪魔を。

 正義がどうのと叫ぶ天使の下僕を。

 闘争を求める堕天使を。

 今や、唯一の家族となった黒猫を害そうとする者を。

 

 彼はその悉くを。立ち塞がったあらゆる敵対者を殺し尽くした。

 

 山本重國にはそれを成し得るだけの才能があり、それを成し遂げさせるだけの激情があった。

 

 だからこそ、彼を放置することは出来なくなっていた。

 三大勢力と呼ばれる聖書に記された三つの人外たちは、その鏖殺を無視することができない。

 

 それぞれの勢力における善悪も関係なく、山本重國という男に関わった彼らの配下は彼らの知る限り誰一人として生存していないからだ。

 悪魔の陣営ならば上級悪魔が。天使の陣営ならば高位の祓魔師が。堕天使の陣営ならば複数の中級堕天使が。

 彼らは皆一様に欠片すら残らず、灰となって発見されている。

 

 それは明らかな異常だった。

 炎に類する『神器』を保有しているにしろ、あまりにも強過ぎるのだ。

 ただの人間が上級悪魔を容易く灰に変えてしまうなど、如何に『神器』といえども尋常ではない。

 

 数ある『神器』の中でも頂点に存在する『神滅具』ならばまだしも、堕天使の長が秘密裏に調べた限りではそうではない。

 更にいえば、『神器』ですらない可能性すら存在するというのが彼の調査結果だった。

 

 明確な異端。露骨な異常性。

 尋常ならざる人間を前に、堕天使の長は接触することを選んだ。

 

 

 

 ──選んで、しまった。

 

 

 

 

 その日、山本重國は一人で暮らしているにしては少し量の多い買い物をして、自宅のある山に向かって歩を進めていた。

 両手は食料によって塞がれ、秋の黄昏空を背負って彼はいつもの様に人気のない路を歩いていた。

 

 そんな普通の光景に、異物が混ざる。

 

 彼の知覚範囲内で行使された何らかの力、場を区切るようなものの出現から結界を張られたことを理解するのに一秒も必要としなかった。

 そして、溜め息を吐く。

 ああ、またか、と。また、お前たちは死にに来るのか、とうんざりした。

 

「……山本重國だな?」

 

「お前が先に名乗れ、塵屑」

 

「ち、塵屑ときたか……」

 

 不快そうな態度を隠そうともせず、両手に提げた買いもの袋を地面に下ろした。

 既に戦うことを想定している姿に、背中から六対の翼を生やした堕天使は頬を引き攣らせた。

 

「俺はアザゼルだ。先に言っとくが今回は戦いに来たわけじゃねぇ」

 

「それで? なんだ、死にに来たか?」

 

「どうしてそうなるんだよ」

 

「騙し討ちは常套手段だろう?」

 

 なにを言ってるのか心底理解できないといった様子で、重國はアザゼルと名乗った男に告げた。

 そのことに内心で舌打ちしつつも、アザゼルはそれを表には出さない。

 争うよりも、話し合いで協力に近い関係を築く方が利益になると対峙した瞬間から感じているからだ。

 

 遠距離からこそこそと観察するだけでは分からない、対峙して初めてわかるその存在感。

 堕天使の長、魔王に比肩する実力を持つが故に感じ取れる異常な気配。

 上級悪魔などでは相手にならないはずだ、とアザゼルは得心した。

 

「……今回は本気の交渉だ。堕天使からお前個人に対しての、な」

 

「信用ならん」

 

 取り付く島もないとはこの事だろう。

 冷たい目でアザゼルを見る重國からは警戒と殺気が溢れており、言葉一つ違えればその時点で殺し合いに発展するのが丸わかりだ。

 

「鬱陶しいから教えてやるが、俺はお前たちに関わりたくないんだ。殺してるのも絡んでくるからで、こちらから殺したのは精々一度だろう」

 

「ああ、うちの部下が襲ったことについては詫びさせてもらう」

 

「……部下?」

 

「俺のこと知らねぇのかよ……」

 

「知らん」

 

 敵だから殺す。ただそれだけのことだ。

 相手がその勢力内でどんな立場にあるかなぞ、彼には関係の無い話である。

 故にどこの誰かなぞ知らんとアザゼルも理解して、ある程度の説明を挟んで説得する流れへと変えた。

 

「じゃあ改めて自己紹介してやるよ。俺はアザゼル。『神の子を見張る者』の総督を務めるアザゼルだ。単純に堕天使でいちばん偉い奴って思ってくれていい」

 

「……そうか」

 

「今回は、三大勢力で密かに有名なお前さんと相互不可侵にしておきたいと思って直接出向いたんだが……三大勢力は分かるか?」

 

「理解している」

 

「よし、それなら少し楽だな。これで知らないって言われたら困ってたわ」

 

 ははは、と乾いた笑いを零すが重國は無反応だ。

 欠片の隙もなく、アザゼルの挙動を観察している。

 

「既に理解していると思うが、俺たちはお前を警戒している。特に俺は、直接出向くことを選ぶくらいには警戒してるし評価もしてる」

 

「殺し過ぎた、というわけか」

 

「その通りだ。どの勢力もお前のことを警戒している」

 

 数の暴力でぶつかれば殺せるだろう、というのはアザゼルたちの共通の見解だ。人である以上、時間と数で押し切れる。

 だが、それをしてまで殺しにかかる必要がないのも事実。

 更にいえば、彼の存在を正確に把握しているのもアザゼルたち各勢力の長と一部だけ。

 とはいえ大々的に示してしまえば間違いなく問題が起きるため、アザゼルはここで不可侵を結んで周辺一帯への立ち入りを禁止するつもりだった。

 

 三大勢力の首脳陣で秘密裏の相談を行っている上での、アザゼルによる独断専行。

 後になって問題が出る可能性もあるが、彼は事を急がねば手遅れになりかねないと考えていた。

 彼の知る限りの情報を照らし合わせれば、山本重國から交渉の席に着こうという気が完全に喪失するのも十分に有り得るからだ。

 

「ただまあ、俺はここら辺を三大勢力は基本的に立ち入り禁止にすることで、お前さんの平穏を維持しようと思ってな」

 

「堕天使の長が敵対勢力にも強制力を発揮出来るとは初めて聞くが?」

 

「そりゃああれだよ、トップは裏で繋がってるってやつだ。こいつは極秘も極秘だがな」

 

「……思ったよりくだらない話だったか」

 

 トップは裏で繋がりを持ちつつ、下っ端は昼夜を問わず血で血を洗う争いを繰り広げている。

 どうしようもない背景があるが故の事態だが、そんなことは関係のない重國の中で彼らの評価はまた一段と低下した。

 それと同時に、それが真実かどうかは定かではないにしろ、その極秘を明かしてでも交渉をしたいという姿勢を理解する。

 

「……まあいい、続きを話せ」

 

「お、乗り気になったか? 話がわかるやつは好きだぜ」

 

「早くしろ、晩飯が遅くなる」

 

 交渉の席に着く姿勢は見せるが、内容次第であるということに変わりはない。

 欠片でも納得のいくものがなければ、彼は躊躇いもなくその力を振るうだろう。

 

「まず一つ、この周辺での三大勢力への積極的敵対は禁止。こちら側もお前への積極的敵対を禁止する」

 

「相互不可侵なら当たり前だな」

 

「二つ、定期的に連絡を取り合うこと」

 

「……まあ、悪くは無いか」

 

 連絡を取り合うことには明確な利益がある。

 互いに約定を違えていないかを確認できるし、何らかの問題があれば会話が行える連絡先というのは重宝するものだ。

 特に、悪魔には『はぐれ』が存在することを重國は知っていて、それが悪魔からはみ出した彼らにとってのあくであることも理解していた。

 

「最後に三つ目だが、俺にお前の刀を少し調べさせて欲しい。これについてはここから更に交渉したい」

 

「それは拒否する。お前たちに預けたくない」

 

「いや、その信頼をここからだな」

 

「知らん。それを受けろというなら話はなしだ」

 

「…………ちくしょう、調べたかったが仕方ねぇな!」

 

 胡乱な目で見られているのも気にせず、残念そうに頭を掻いて声を荒らげる。

 重國の目で見る限りは嘘を吐いていない以上、これもまたこの堕天使の本心なのだろう。

 

「あー、あとあれだ。言い忘れてたんだが、悪魔側が今度はぐれを討伐したいらしくてな」

 

「はぐれを?」

 

「ああ、この交渉が上手くいったらお前と敵対しないように縛った上でお前と交渉。対価を差し出してはぐれを狩らせてもらうって算段らしい」

 

「…………」

 

「かなり有名らしくてな。名前はなんだったか、あのはぐれ。あー、たしか……」

 

 

 

 

 

「『主人殺し』の黒歌だったか?」

 

「………………」

 

「なんでも、ここらで確認されて以降は行方知れずだから、隠れてるんじゃねぇかって話だ。猫又の上位種だったらしいし、案外猫に化けてたりしてな?」

 

「……そうか」

 

「ああ、そういやお前って猫飼ってんだったか? そこの袋にマタタビ入ってるな」

 

「あいつは可愛いぞ」

 

「ははは、そうかい」

 

「ああ、だからまあ──」

 

 そこで、アザゼルの背筋に悪寒が走った。

 言いようのない寒気。久しく感じていない感覚。焼け付くような気配。凍えるような殺意。

 彼はその瞬間、確かに死を予感した。

 

「お前は殺すよ」

 

「訳が分からねぇぞクソッタレ!!」

 

 刹那の内に握られた刀が鞘から奔る。

 長らく戦争は無かったとはいえ、完全に鈍っているわけでもないアザゼルはそれを上空に逃れることで回避するが、いきなり敵対したことへの困惑は隠せない。

 そして、堕天使の長に死を予感させる異常性。

 

 引き金は不明。実力は未知数。

 ただ、必要な会話を行っていたら急に殺意を剥き出しにした。

 確実になにかあるが、狂人の類である可能性も彼の立場からすれば捨てきれない。

 

 真実は飼い猫を狙う悪魔に対し、堕天使の長を殺すことで警戒を高めて付近に近づけないようにする為なのだが、アザゼルがそれを知るはずもない。

 そして、彼がそれを語ることも無いだろう。

 山本重國は人外の敵。触れれば灼け死ぬ業火であれば、今はそれでいい。

 

 空中を踏んで接近してくる重國を光の槍で迎撃しつつ、殺意を剥き出しにしながらも冷静に詰めてくるその戦い方に舌を巻く。

 

 決して無理をせず、無茶をしない。確実に一手一手を積み上げ、いつか現れる詰みを逃さない戦い方だ。

 歩法も剣技も隙がなく、鍛え上げられたそれは天賦の才を磨き上げたものだ。

 それは、戦いを積み重ねて初めて到達できるはずのもの。

 道場稽古では決して身につかないものだった。

 

「随分と、戦いなれてやがるなぁ!」

 

「お蔭さまでな」

 

 皮肉混じりの叫びも軽く返され、白刃が閃く。

 お互いに未だ全力では無いものの、肉体性能は測られている。

 そして堕天使の長として優れた身体を持つアザゼルだが、重國はそれに容易く肉薄していた。

 打ち合う毎に明白になっていくその強さに、アザゼルは背筋を冷たい汗が伝うのを感じる。

 

 このまま正面からバカ正直に打ち合えば、いつか殺されるのは自分だという確信があった。

 それほどまでに近接戦闘において重國は突き抜けており、明確に区別人という枠組みを飛び越えた武勇を誇っていた。

 

 そして数十合を重ねた後、自然と彼我の距離が開いた。どちらともなく後方に跳躍し、生じた逃してはならない好機。

 瞬時に光槍の弾幕を形成。

 飛び道具を持たない重國に対する、これまでの観察結果から導かれた『神器』の有効射程を出た位置からの攻撃。

 

「ここらで引き分けってのはどうだ?」

 

「ぬかせ、鳥もどき」

 

 もはやまともに会話を行う気もないらしい。

 距離を取ろうとするアザゼルに空を駆けて追い縋る重國へと、遂に百を優に超える光槍の弾幕が放たれた。

 

 加えて、放たれる端から次弾を形成。発射。

 弾幕を以て動作を封じ、その手数と距離の有利を最大限に活用して仕留める。

 念の為に用意した強力な結界が軋むが、手応えがある以上は結界が壊れてでも攻撃し続ける必要がある。

 

 今はまだ耐えられても、人間である以上その限界は堕天使であるアザゼルよりも先に来る。

 器用にも刀一本で捌き続けているようだが、秒間百発を超える弾幕をいつまでもそれで耐えられるはずもない。

 有効打にはなり得ていないが、確かに直撃しているのをアザゼルは感じていた。

 

「俺はこのまま押し切って殺すからな! 後悔しても遅せぇぞ!!」

 

 ただ、どうしてか。

 得体の知れない感覚が拭えない。

 心に根付いた不安が拭えない。

 このまま時間をかければ殺しきれるはずなのに、そんな気が欠片もしない。

 次の瞬間には全てを覆されているような、そんな予感。

 

 それを実現するかのごとく、重國の言葉がアザゼルの耳朶を打つ。

 

 

 

 

「万象一切灰燼と為せ」

 

 

 それは終わりを告げる刀の解号。

 言葉と共に高まる力の波涛は刹那の間にアザゼルを凌駕し、結界を粉砕する。

 

 光槍も何もかも、それの前には無為と化す。

 

 解き放たれるのは一つの窮極。

 

 

 

 全てを燃やし、灼き尽くす豪火。

 

 

 

 

 

 

 その恐ろしき刀の名を。

 

 

 

 

 

「────『流刃若火』」

 

 

 

 

 

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