『残火の太刀』る   作:たわーおぶてらー

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これ書いてたら何故かユーハバッハ風味の純血悪魔主人公の話の原型が出来ていた。謎い



面倒事①

 

 

 

 

 

 山本重國は気がついた時には山本重國だった。

 そして、山本重國は山本重國であるが『山本重國』とは違う。

 

 そう表現するのは奇妙と言わざるを得ないが、これ以上ない程に的を射てもいる。

 脳裏に焼き付いた男の人生。かつて『流刃若火』を振るっていた男の生涯の記録。

 気がついた時にはその男と同じ名前であり、それ以外の何もかもが異なる人間だった。

 

 いつその記録が流入したのかは不明。

 だが、それが人間が個人として形成する人格に多大な影響を及ぼしたのは語るまでもないだろう。

 未熟な肉体と未熟な精神に欠けているとはいえ死に至るまでの膨大な記録。

 そして、人間の肉体に宿った膨大な力。

 

 その身に備わった力を自覚しながら、しかし関わりのない事だと封じて十数年。

 少年は〝浅打〟を握り、遂には記憶にある『流刃若火』を解き放つことになった。

 それを解き放つ契機は家族との死別という最悪の形で訪れ、それを機に始まった人外との敵対は遂に、堕天使の長を斬るに及んだ。

 

 堕天使の長。聖書に記された者。

 彼がこれまで斬ってきた人外の中でも頭一つ抜けた存在であるそれは、しかし山本重國にとって強敵とはなり得なかった。

 

 いいや、彼が初めて取り逃したという点を踏まえ、やはり正当に評価をし直すべきか。

 鮮やかな逃走であったと重國は内心で讃えつつ、警戒を高めるだけに終わってしまったことを気にしていた。

 

「初めて仕留め損ねた……」

 

 千年を超えて生きた老人としての記録が彼を老成させて見せるものの、その本質は生まれてから二十一年しか経ていない若造のもの。

 かつての老人が積み重ねた戦闘経験はもはや白紙に等しく、その〝斬魄刀〟は性質上、地上において全力で振るうことは出来ない。

 

 記録にある〝始解〟が使用の限界であり、それすらも長時間の解放は周囲の環境を灼き尽くしかねない為に制限がある。

 其れを突かれて逃走を許したわけだが、どれだけ言い訳を重ねても忸怩たる思いがあった。

 

 記録の最後、自らに〝元柳斎〟を名付けた老兵の死に様を知っている以上、彼は妥協を許せない。

 彼が己の目的を必ず果たすと決めた以上、その為に必要な行為であるならばどれだけ冷徹でもやり通さなくてはならない。

 

 そのために敵意のないアザゼルに斬り掛かったが、仕留め損なったということはそれが足りていなかったということである。

 それすなわち、人間を犠牲にすることを厭うなということだ。

 それを許容すればあらゆる制限なく力を振るえるが、そう簡単に許容することが出来るはずもない。

 

 それをしてしまえば最後、彼は忌まわしい人外と同じ外道に堕ちる。

 決して外道ではない正義を持つ者である重國は、無意味ではないその線引きを越えられない。

 

 覚悟ある味方を犠牲にする行為ならばまだしも、見ず知らずの誰かを犠牲にする行為は受け入れられない。

 その結果として数多の人外を討滅出来るのだとしても、彼はその一線を越えられない。

 

 つまり、『流刃若火』を扱うのにも周囲に気を配り続けなくてはならず、その先にある〝卍解〟など使用すら許されない。

 その枷を自ら受け入れているのが、彼の実情だった。

 

 そういった無意味な悩みを抱えながら、彼は今日も禅を組む。

 雑念を払うのではなく整理するために行うそれはもはや意味を成していないに等しいが、長く続けてきた習慣は自然と彼にそうさせていた。

 

「にゃあ」

 

 猫が鳴いた。

 

「黒歌か」

 

 呼ばれ、首輪についた鈴を鳴らしながら、黒猫が膝に飛び乗った。

 彼は閉じていた眼を開き、手を動かして喉を擽る。

 人型よりも猫の姿で過ごすことが多い黒歌に構うのも慣れたもので、あっという間に転がして腹を撫で回している。

 

 ただ、彼女は猫は猫でも猫魈である。

 絵面は完全に猫と戯れているだけなのだが、その正体を考えると微妙な心境にならざるを得ない重國だった。

 

 

 

 

 

「……それほどの傷だったのか、アザゼル」

 

「コカビエルか。まあ半分治ったし大したもんじゃねぇよ」

 

 堕天使の本拠、『神の子を見張る者』の幹部であるコカビエルは明らかに重傷ですという様子のアザゼルを見て驚愕していた。

 アザゼルがバラキエルと共に手傷を負ったという話は幹部には共有されていることだが、包帯で全身を覆うほどとまでは話されていない。

 

 明らかに弱っているアザゼルを見て、コカビエルはその下手人として資料に書いてあった『人間』の規格外さを思い知る。

 戦争狂であり、隙さえあれば火種を撒いて戦争を再開させたい彼だが、アザゼルはそれに気づいていながらその『人間』の情報を手渡した。

 

 その意味を推測できないコカビエルではないし、アザゼルも相応のリスクは承知の上での行動だ。

 だからこそ、コカビエルの顔に狂喜が浮かんでもアザゼルは諦めたように溜め息を吐くだけに留めた。

 

「アザゼル」

 

「放置だ。通達したがあれには関わるな。『主人殺し』にもな」

 

「上手く利用すればいいだろう」

 

「失敗した時のことを考えろ、コカビエル。あの野郎、バラキエルを一撃で瀕死にしておいて全く本気じゃなかったんだぞ!!」

 

 アザゼルの記憶に焼き付いた光景を、彼は忘れることは無いだろう。

 何らかの力を解放した瞬間に溢れた炎。数秒にも満たない程度で行使される主神級の出力。

 その余波で魔王級の戦闘行為にも耐えられる結界は砕け、周辺の木々が燃え上がり金属は溶解した。

 

 その姿から感じられただけのものでも魔王数人分。間違いなく余力を余した様子から、山本重國の戦闘能力は主神級の中でも中位には食い込むほどのものだとアザゼルは断じている。

 何より、得体が知れないにもほどがある。

 

 バラキエルを一振で全身を焼いて瀕死にし、続く一太刀でアザゼルに重傷を負わせた。

 それも全く、欠片も本気ではない手抜きで。

 殺す気はあるし力は尽くしているが、それでも本気は感じられないし手を抜いているような奇妙な確信。

 

 周囲への被害を気にしたが故の結果だが、それが伝わらないことで彼の不気味さはいっそう際立っていた。

 結論としては、落ち着いて考えれば良くも悪くも分かりやすいタイプだが、人間らしい奇妙な足枷を持っている。

 正体不明、戦力は単騎で勢力間の均衡を破壊してしまうほど。

 だから放置する他ないとアザゼルは断じているし、コカビエルとて戦争への執着がある故に一先ずは関わるまいという結論を出せる。

 

 それが出来ない者が、果たしてどれほどいるのか。

 

 組織の長の指示を無視して突撃するような者に、果たしてアザゼルは心当たりがあった。

 コカビエルよりもなお質の悪い戦闘狂。ただ強い者と戦いたがる、ある意味純粋な少年。

 

 不用意に伝えてしまえば最後、あれに挑み、そして敗れるだろう。

 だが、懇切丁寧な理由さえあればある程度の自重は出来る。

 故に総督命令としてヴァーリに接触を禁じたアザゼルだが、常ならばそれでよかった対応も裏目に出ることを彼は測りきれなかった。

 

 今代の白龍皇。『神滅具』を宿す半人半魔。アザゼルが拾い、()()()()()()()()()少年。

 今や青年となりつつある彼は自他ともに認める戦闘狂であるが、それに肉親としてアザゼルに抱く情が欠片もないはずもない。

 

 本人が自覚していなかろうとも、それは衝動という形で現れるだろう。

 父親代わりのような男をあわや殺しかけ、魔王すら凌駕する実力者であるというのならば是非もなし。

 己の糧とするに相応しい実力者だと彼は飛び出した。

 

 アザゼルの耳にヴァーリの独断出撃が知らされるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 どれほど強大な存在であろうとも、山本重國はただの人間に過ぎない。

 

 食事を摂らねばならないし、睡眠も必須。誤魔化すことは出来ても解決することは出来ず、無理をした先に良いことは無い。

 大学に通っているとはいえ、それ以外は特に何もしていない重國は基本的に早くに眠り、朝日に合わせて起床する。

 

 起きたら軽く素振りを行い、朝食を用意。

 食べ終えた後、必要があれば大学や買い出しに。なければ屋敷を出ずに素振り、刃禅、黒歌による授業などを行う。

 昼食後も同じであり、夕飯を食べ終えたら風呂に入って寛いで寝る。

 

 現代人らしい娯楽に触れることもあるが同年代に比べれば圧倒的に少なく、ともすれば武士か何かのような生活だ。

 人外が絡めば多少なりとも変動するが、それでもそれを大きく変えることはこれまでなかった。

 

 悪く言えば平坦であり、良く言えば穏やかな生活だ。

 

 彼が黒歌をただの黒猫だと思って拾った時から変わらない生活は、彼女にとっても好ましいものだった。

 護られる申し訳なさこそあれど、己を家族と言って憚らない不器用ながらも真っ直ぐな男。

 主人を殺めたことで追われ続けるだけだった生活ではなく、穏やかに過ぎてゆく何の変哲もない日々。

 

 生き別れてしまった妹を気にかけるものの、彼女は彼女で名前を変えて生きていると知ってしまっている。

 ならばその平穏を脅かす必要もないと判断してしまえば、あとは己の欲望に一直線。

 

 かつてボロボロだった黒猫は今や艶やかな女として無骨な青年の傍らにあり、女として共に暮らしている。

 黒猫の姿であることが多いものの、それは好いた男の趣味に合わせてのこと。

 自称猫好きである重國は猫の姿で擦り寄れば相好を緩ませて構ってくれるし、彼女がそれに味を占めるのは当然の結末だろう。

 

 今日もまた、彼女は黒猫の姿で重國の肩に張り付いている。

 

「んなぁ……」

 

「ふむ、よしよし。落ちるなよ」

 

 彼は歩いて山から街に降り、街から山へと戻る。所謂、散歩という行為を肩に猫を乗せて行うという、パッと見奇行と思われかねないことをやっていた。

 普通、肩に猫は乗せない。乗ってもそのまま歩く人間に張り付くようなことはしない。

 

 よって割と目立っているのだが、今どき珍しい着流しで肩に猫を乗せて散歩する姿も長く住んでいる者たちからすれば見慣れたもの。

 近所というには些か遠いが、近所付き合いによって、山の屋敷に住む者として認知されている。

 

 そうして特に姿を隠していない為に、ヴァーリが彼らを見つけるのは容易かった。

 帰路に就く姿を視界に捉え、逸る心を何とか抑えながらも誘われるようにして彼らの屋敷の前へと到達する。

 

 そこまで来てようやく振り返った重國の表情は険しく、黒猫は肩から飛び降りて屋敷の中へと姿を消した。

 

「何か用か、悪魔と龍の気配を纏う少年」

 

 見抜かれている、とヴァーリは感じた。

 己の裡にある力の根源を初見で見抜く慧眼。流石であると、内心で感心した。

 現実は肩に乗せていた黒猫に教えてもらっただけだが、世の中には知らなくてもいいことがあるのである。

 

「……なに、ちょっと腕試しをしたいと思ってね。噂によれば、あのアザゼルを倒したそうじゃないか」

 

「……面倒な」

 

 心底面倒だと吐き捨てるように告げた重國の左手に、鞘に納まったままの刀が現れる。

 外見に特別目立ったところはない。しかし、ひと目でわかるほどの存在感。

 尋常の武器ではないとヴァーリは構え、屋敷の奥から放たれた力の波動が強固な結界を構築した。

 

 

「一先ず半殺しだ。死なないように足掻けよ、小童」

 

 

 

 

 

 

 

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