『残火の太刀』る   作:たわーおぶてらー

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気づいたらお気に入り4500超えててめんたま飛び出しました。このような駄作にお付き合いいただき感謝します




面倒事③

 

 

 

 

 

 堕天使の長アザゼルは、目の前で胡座をかいて座る男に頭を抱えたいのを堪えながら対面していた。

 座布団の上に胡座の重國に対し、アザゼルに直座りを強制したのは猫魈の女だったが、何も言わなかったあたりから察するところもある。

 

 ヴァーリが独断で仕掛け、それを捕縛しているとは門の前で聞かされたことだが、これは相当絞られるか最悪死んだな、と一周回って冷静な思考は判断していた。

 

 何せ敵意を抱く理由はあっても友好的になる理由はアザゼルの知る限り一欠片も無いのである。ダメ元で訪問した瞬間に殺されなかっただけマシというもの。最悪首一つで襲撃回避だったが、話が出来そうなのはよかった。

 もしやと思っていたはぐれ悪魔もいるし、完全に地雷を踏み抜いてたんだなぁ、と今更肝が冷えていた。

 

 あの時斬りかかってきたのは、今も朝食を用意すると言って台所であれこれしている悪魔が理由で間違いない。掛け合いを見ている感じ、相当に親しいのだろう。敵には苛烈、中立には普通、身内には甘いタイプだと分析する。

 

 そうなると、お互い不干渉にするのは悪くない提案だと思っていたアザゼルだったが、彼女についた『はぐれ』を取り下げさせない限り完全な和解は出来る気がしない。今は穏やかな空気を纏っているが、つい先日の警戒丸出しの姿と苛烈な気配はその皮一枚隔てた裏側にある。

 

 正直絶対に争いたくないので悪魔側が彼女を狙うのを妨害してもいいのだが、そんなことをすれば戦争に向けて一直線。取れる手段は魔王に連絡して取り下げさせることくらいだが、それはそれで不可能だろう。

 

 一応、上位の堕天使がこの辺りで蹴散らされたことで一帯を悪魔側が立ち入り禁止にする口実は出来ているのだが、欲をかいた愚か者は出てくるだろう。もし仮に、万が一だが女に何かあった場合、どういう手段に出るか全く分からないのが恐ろしい。悪魔に矛先が向いて開戦した場合、堕天使の過激派を抑えられる保証はない。

 

 最近舞い込んだ新たな『神器』の保持者のことも重なり、アザゼルの胃には今にも大穴が出来そうだ。

 

「……さて、あの半魔の小童についてだったか」

 

「完全に俺の落ち度だ、申し訳ない……!」

 

「……組織の長が素直に頭を下げるとは」

 

 所々古臭い空気を纏いながら告げた重國は湯呑みを傾け、机を挟んだ先で畳に額を付けた堕天使の長を見る。間違いなく交戦を避けるためであろうし、少しでも心証を良くしたいという意図からだろう。

 

 だが、一組織の長として軽々と頭を下げていいものでは無いだろうに、躊躇なく頭を下げて謝罪する姿勢には重國も思うところがないでもない。多くの命と未来を背負う者である以上、一介の人間に頭を下げることがどれほど大きなことか理解していないはずもない。

 

 それでもなお頭を下げて額を畳に付けたという事実は、とても大きな意味のある事だった。

 

「いつまでも頭を下げていても始まらないだろう。ひとまず楽にしろ」

 

「すまねぇ……」

 

 先日の遭遇時の態度が嘘だったかのように大人しい堕天使の様子に、内心で僅かに動揺する。これは『流刃若火』が効いているな、と黒歌が絡んでカッとした過去を全肯定した。

 

 実際のところはそれに加えてヴァーリがやらかしたこともあっての態度なのだが、重國は捕らえた少年がそんなにまともに扱われているとは知らない。

 アザゼルを生かして招き入れた用件へと話を進めるべく、有利を失わないように会話を進めていく。

 

「改めて聞くが、捕らえた小童は堕天使の所属で間違いないと?」

 

「その通りだ。手を出さないように通達したんだが、逆効果だったらしく飛び出しちまってな……」

 

「ふむ」

 

「都合のいいことを言ってるのは分かってる。対価を差し出せってんなら差し出す。だからどうか、あいつの身柄を返して欲しい。この通りだ……」

 

 勢いよく頭を下げ、再び土下座に移行したアザゼルに、重國は内心で「む?」と首を傾げた。どうにも、誘導したかったところに勝手に向かっていくくらいにはあの少年は大切な者だったらしい。

 

 いくら『神滅具』の所有者とはいえ、たかが『神器』所有者の一人にそこまでするのかと思った重國だったが、この点に関しては彼の価値観が些かおかしいという他はない。

 

 どの勢力も『神滅具』が手に入るなら喉から手が出るほど欲しいし、ヴァーリに関してはアザゼルからすればこんな所で失うわけにはいかない存在だ。それが重國からはそれほどまでに強力な『神器』なのかという感想である。そして、確かに、最後に見せようとした力は凄まじいものだったと思い返した。

 

 この世界の存在の強さの基準があやふやな重國と、魔王や神といったものを明確な基準とするアザゼルの差でもあった。とはいえ、重國に関しては仕方の無い認識のズレではある。一手間あるにも拘わらず最初から『神』を相手に出来るような力を持って生まれた彼は、その感覚の狂いを自覚できる環境にはいなかったのだ。

 

 そして、そうしたすれ違いが結果として良い方向に事を運んだ。重國からすれば本気になれば容易く殺せる相手に『神滅具』を返したところで問題は無いし、アザゼルからすればそれで返して貰えるなら組織としても多少の対価は安いものだった。

 

 果たして、重國はそのまま頷いて答えを出す。

 

「下げられた頭に免じ、幾つかの条件を飲むならば、身柄を返してやってもいい」

 

「ほ、ほんとうかッ!?」

 

「お、おう。分かったから身を乗り出さないでくれ、そっちの気はない」

 

 急に元気になって身を乗り出したアザゼルの姿に失敗したかなぁ、と不安になりつつもそれを押し隠した。顔を押し返して元の位置に戻し、予め考えておいた条件を提示する。多少順序は狂ったが、早送りできたので良しである。

 

「まず、最低条件としてあの『白龍皇』と同価値のものを差し出せ。物でもいいし人でも許してやる。ああ、人の場合は生活費も忘れずにな」

 

「…………『同価値』だと?」

 

「そうだ。もう『神滅具』は持っていないのか? ……まあ、十三しかないなら仕方ないことか」

 

「…………」

 

 アザゼルの内心の葛藤を無視して、最低条件として『同価値』の存在を要求したまま譲る気は無いらしい。どうするのかと問いかけてくる瞳は鋭く、拒否すれば間違いなく決裂するだろう。

 

 それは避けねばならないと強く思うが、かといって差し出せるものはない。確かに『神滅具』を保有する存在はいるが、彼の身柄を預けるのも大きな問題がある。

 そうなれば『同価値』のもの、存在など該当するのは一つしか残らないのだが、かといってその手段を選ぶのならば確認しなくてはならないこともある。

 

「……仮に人を差し出した場合、どう扱うつもりだ?」

 

「客人として丁重に扱う。そのくらいの優しさはある」

 

「優しさ、ね……」

 

 嘘を言っているようには見えないし、本当に手酷く扱うつもりはないのだろう。そうであるなら預けるのも吝かではないのだが、こればかりは本人の確認も必要となる為に即断は出来ないところでもある。だが、ここで答えを持ち帰らせてくれと言う訳にもいかないだろう。

 

 何せ不興を買って決裂すれば最後、アザゼルの首はこの場で宙を舞う可能性がある。内密にシェムハザに有事の際のあとは任せたとはいえ、それは最悪の場合を想定してのこと。皮一枚剥ければ現れるであろう苛烈な側面が出てくる前に話をつけれるならばつけてしまいたいところだった。

 

 特に近年は三大勢力にとっては非常にデリケートな状況が続いており、ここでアザゼルが失われるのはあまりにも痛い。そのリスクを敢えて抱えながらこうして来た以上、あの『少女』を彼に預けてしまうのも悪くない選択なのだ。

 

 ただ、アザゼルに芽生えてしまった、『神器』によってその人生を狂わされた『少女』への良心が痛むだけで。

 

「……話を飲もう。明日にでも連れてくる」

 

「左様か」

 

「…………」

 

 とある筋から身柄を渡された一人の少女の未来を決めてしまったことに罪悪感を感じ、大切にしてやってくれと言おうとして口を噤む。どの口で言うんだろうなと内心で自嘲して、組織の長としてより利益を獲得出来るものを選んだことを心に刻みつける。

 

 きっと、重國がその内心の全てを知れば、悪党になりきれない悪党だと評価しただろう。だがそんなことはなく、彼は組織の長として()()()判断が出来るのだろうなと思われるにとどまった。

 

 アザゼルの苦々しい顔から始まった取引だが、これはあくまでも最低条件。堕天使側、アザゼル側に対する重國からの担保の要求でしかない。身柄を返して重國が獲得したいものは別にある。

 

「先に聞くが、彼女の『はぐれ』の認定は取り消せるか?」

 

「無理だ。悪いがそればかりは魔王の管轄になる。その上、悪魔社会は転生悪魔に対してあまり良いとは言えない環境だ。魔王が取り消したくても難しいとは思うぜ」

 

「……まあ、凡そ予想通りか」

 

「……どうするつもりだ?」

 

「いや、別に? お前に言っても無理だろうとは思っていたからな、地道にやる。それにお前は堕天使だろう?」

 

「それはそうなんだが……」

 

 いまいち釈然としなが、思っていたよりも軽い反応にアザゼルは安堵した。これで『はぐれ』認定を取り消すように働きかけろと言われていたらと思うと気が遠くなる。思っていたよりも理知的というか、理解があるというか。

 

 どうにも、初見の時の印象と噛み合わないチグハグさを感じて仕方がなかった。だが、感情の制御が未成熟であると仮定すれば無理のない話でもないとアザゼルは一人で納得する。かなり入れ込んでいるようだし、味方する空気を出せばいいのではとすら思う。

 

「あんまり言いたくねぇが、悪魔は間違いなく狙ってくるぞ?」

 

「承知の上だ。その上でお前に要求することがある」

 

「……おう」

 

「可能な限りでいい、この一帯に近づくな」

 

 極めて軽い要求に、アザゼルは拍子抜けしてしまった。そんな要求を飲む程度は難しいことでは無いし、好き好んでこんな爆弾に関わりたくもない。あのコカビエルであってもリスクとリターンを考慮すれば関わらないだろう。

 

 アザゼルが目をまん丸にしているのを見つつ、重國は次々と要求を重ねていくことを決めた。

 

「連れてくるということは、こちらに預けるのは人なんだろう?」

 

「……ああ、そうだ」

 

「その人の食費を毎月、指定した口座に振り込め。二、三万もあれば足りるだろう」

 

「……お、おう。割と金に困ってんのか?」

 

「預金はあるが節約は基本だ」

 

「……仕事、回してやろうか?」

 

「…………………………」

 

 長い沈黙が降りた。目は見開かれ、驚愕したと顔全体で表現して硬直している。その様は完全に予想外の出来事に遭遇した時のそれで、冷静で穏やかだった気配は動転して荒れ狂ってすらいた。余程お金について悩んでいるらしい。

 

 内心で印象が二転三転していくアザゼルだったが、同時に山本重國という青年の性格が見えてきた。長い経験から導かれた思考と垣間見えたその本質に、思わず頭を抱えたくなる衝動が湧き上がるのを抑えられない。

 

「………………次の要求の話だ」

 

「いいのか?」

 

「次の要求の話だ」

 

 たっぷり五分ほど唸っていたが、無かったことにしたらしい。仏頂面で無理矢理話を切り上げた姿にアザゼルももはや何も言わず、次の要求を飲む構えを取った。

 

「魔王と会いたい。場を整えろ」

 

「なんだと?」

 

「魔王に会うと言っている」

 

「いや、それはわかるが……」

 

 何故だ、という思いが強い。直談判してどうこうなる問題でもないだろうし、この辺りに近寄らないようにしろと言えば対価を要求されるのは分かっているだろう。だからこそ会おうとする理由が不明なわけだが、会わせること自体は可能なために断ることはない。

 

 全くもって解せない。会って話が拗れて険悪になりました、なんて洒落にならない。魔王は愚かではないが、為政者として譲れないものもある。噛み合わなくて戦闘、なんてオチは避けねばならない。だからせめて理由を聞こうとアザゼルが決めれば、それよりも先に重國の口が動いた。

 

「まあなに、少し話をしておこうと思ってな?」

 

「…………」

 

「愚物ならばまあ、堕天使の代わりに滅ぼしてやっても良い。悪い話ではないと思うが」

 

 恐ろしいことをしれっと述べる姿に怖気がした。出来る出来ないの話をしようとしても、喉元までせり上がったそれを口に出すことは出来ない。心のどこかで、この男ならやりかねないと思ってしまったから。

 

 ただの人間。神の領域に踏み込んだ力を持つとはいえ、冥界という広大な土地に住む悪魔を滅ぼすことなど不可能なはずなのに。何故か。アザゼルにはそう思うことは出来なかった。

 

「最後の要求だ」

 

「おう」

 

 そんなアザゼルの心境を推し量るつもりもないのか、或いは推し量ったからこそ畳み掛けているのか。仏頂面を崩さない重國は湯呑みを一度傾け、その後に湯呑みが机に置かれる音が妙に響いた。

 

「三大勢力とやらで何かあれば俺に伝えろ。時と場合によっては手を貸してやる。特に悪魔絡みか、弱みになる案件ならなお良い」

 

「……は?」

 

「曲がりなりにも均衡とかいうのを保ってきたんだろう。俺が手を貸してやってもいいと言っているんだ」

 

 例えば、これが三つ巴の戦時下であったとして。果たして、各勢力がこれほど穏当な部類に入る手段で人を自陣に加えようと動くだろうかと考えた時、重國の脳内でそれは即座に否定される。

 

 無理矢理転生させて悪魔にする乱雑なやり口は増えていただろうし、堕天使は『神器』を宿した者を容赦なく殺して手に入れていただろう。天使もまた同じく。それに何より、それで最も困るのは何も悪くない無関係の人間だ。

 

 いつの日かの、山本重國の家族のような。争いなどと無縁の存在が、今よりももっと多く傷つくことになる。それならば、今を維持しながら改善に向かわせた方がいい。重國にとって多くが悪である彼らにも罪なき命はあり、無垢なる子はいることを知ってしまっているから。そういった感情と多数の利益の天秤を計り、彼は折り合いをつけている。

 

 それはそれとして黒歌は家族なので別枠なのだが、重國という傘が大きくなればなるほど彼女を守ることも出来るようになるだろう。要は三大勢力への『貸し』の押しつけだ。悪魔に手を貸して返済として『はぐれ』を取り消させたり、黒歌から聞いた主人だった悪魔の調査だったりをさせればいい。

 

 そういった次の打算に繋がる最後の要求だが、そうであるとは知らずとも、その裏側に何らかの要求があることはアザゼルにも伝わった。それが黒歌に関することだろうとも直ぐに予想できる。そして彼らにとって大きな利益になることも理解出来るが故に、断る道理はない。

 

 何よりも、山本重國という『力』は強烈だ。

 

「ハッ、そこまで体張ってあの悪魔を庇いてぇのか」

 

「『家族』だからな。当然だ」

 

 茶菓子に手を伸ばす重國は心底からそう思っているのだろう。答えに淀みはなく、声には相応の重みがあった。

 

「全ての要求を飲んだなら一度帰るといい。あの小童は土蔵から出しておこう」

 

 煎餅を片手にさっさと行けと手を振る姿に完璧に毒気を抜かれ、来る前と後で百八十度変わってしまった印象に思わず溜息を吐いた。取引とは名ばかりの要求の押し付けだったが、アザゼルとしては得難い収穫となった。

 

 彼が『山本重國』という人間を少なからず理解したことは、間違いなくプラスに働く。

 

 積極的に争いを好むのではなく、必要な争いを必要だから行うだけ。敵には苛烈に、味方には甘く。会話の場ではそれなりに。それらも全て()()()()()。結局のところ、アザゼルとバラキエルを殺しかけたのも必要だと感じて行った効率のいい手段に過ぎない。ヴァーリを生け捕りにしたのだってそうだ。

 

 そして、その行動の起点は『家族』と呼ぶ猫魈の悪魔だ。ドラゴンの逆鱗に等しいそれにさえ触れなければ、意外と付き合うのは楽そうだとアザゼルは認識した。それが正解かどうかは別として、彼はまずまずの成果を得ることは出来た。

 

 後に互いがどのような結末になろうとも、今この瞬間において、彼らはきっと最善を選べたのだと信じていた。

 

 

 


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