空木、悟り   作:悪霊の遊佐

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[前編]

[プロローグ]

激しい痛みが全身を襲うと共に、甲高い音が遠くで響き渡る。一瞬にして意識が飛びかける。

痛みが来ると分かった瞬間に彼女の身体を抱き締めるも、間に合わなかったか一瞬分からなかった。

なぜなら、真っ赤に染まる光景は自ら発したものか、彼女が発したものか、或いは両方か、両方としてどちらがどれだけ多かったか分からなかったからだ。

道が、真っ赤に染まる……。抱き締めていた熱は徐々に失われていき、自分も力が徐々に抜けていく。

遠くから、いつもは見送る赤いサイレンが自分達の元へ来るのが分かる。

そのまま飛び交う声を横目に、自分は最後まで手放さなった意識をそこで手放した。

せめて自分はどうなっても、彼女だけは助かって欲しい……。

 

 

 

目覚ましの音に目を覚ます。どんな夢を見ていたか覚えていないが、懐かしい夢だった気がする……。

ただ、感覚としては懐かしい感覚だったが、嫌な夢を見た気分にもなった。

身体が重い……。昨日は夜更かしし過ぎたからな……。

朝の身支度を終えて、そう言えば通帳の記帳をするようにメールが来ていたことを思い出す。

普段お金を出すのはキャッシュカードだから、どうしても通帳の存在は希薄になってしまう。

 

「………ん?」

 

普段は触らない、大事なものばかりが入っている引き出しの一番上。そこには1冊の少しボロボロになった本と一枚の写真が入っている。

昔と言う程古くも無く、この間と言うには時が経ってしまった、今より数年は若い自分と、その隣には快活な女の子がピースをして写っていた。

忘れもしない、あの光景を……あんな別れ方を……。

 

横に置かれている手帳を手に取り、中身を確認して同じ所に入っている通帳を取り出して閉める。

 

「さて、今日も頑張りますか!」

 

[前編]

「ん、これは……」

 

 レッスン終わり、何か新刊が出て居ないかと立ち寄った本屋さんのワゴンセール。

 1冊税込み220円で、もしかしたら掘り出し物が見付かるかもしれないと言う有り触れた謳い文句に惹かれて目を向ける。

 在庫処分セールと言うだけあって、状態は良いけど初回刊行日がそこそこ古い。

 けれども、大事なのは年代じゃない、中身だ。どれだけ表紙が色褪せたとしても、中身が色褪せる訳じゃない。

 だから、私は表紙と裏に書かれているさわり、つまりは導入部分を見てその本を買おうか考える。

 そんな中で目に入ったのは『空木、悟り』と言うタイトルの本。

 とても薄い、多分15分で読み終えれてしまうのではないかと思ってしまう程に、とても薄い本だ。

 普通の人は数ある本の中の一冊でしかない、けれども私は当然その本を手に取ってしまう。

 

 空木、悟り……宇津木、聡里……

 

 全く同じ音に思わず笑みが浮かんでしまう。けれども、笑みは浮かんでも笑い飛ばそうと言う気にはなれなかった。

 空木エリカ。作者は全く知らない人だけれども、なぜかこの作者には興味が沸いた。

 これが処女作なのか、作品リストには他の作品が無い。これが第二版以降だったならば載っていたのかも知れないが。

 それからさわりの部分に目を通し、驚きと、何とも言えない感情を受けた私は、その本を、カバーを掛けて購入した。

 

§

 

「聡里ってば!」

 

 強めに呼ばれた名前で私は集中していた本から、声の方へと視線を向ける。

 そこには少し怒った表情の利恵が立っていた。どうやら、何度も名前を呼んでいたらしい。

 

「……ごめん、何?」

「もう夕食の時間なんだけど」

「え、もうそんな時間?」

 

 時計に目を向ければ、いつも呼ばれる時間よりも少し遅い。それ程までに集中していたらしく、多分本当に何度も呼ばれていたのかも知れない。

 続きは気になるけど、これ以上皆を待たせるわけにも、折角作ってくれた夕食を食べない訳にも行かない。

 栞を挟んで机に置いた文庫本に、利恵の視線が向けられる。ブックカバーが掛けられているからタイトルまでは分からない。

 

「よっぽど集中して読んでたみたいね。何読んでたの?」

「余命1ヶ月の女の子が亡くなる……いや、書けなくなるまでのエッセイかな?」

「へぇ……。なんてタイトルの本なの?」

「……『空木、悟り』」

「へ?」

「ほらこれ! 最初タイトルに惹かれて手に取ったのは認めるけど、今じゃ別のタイトルだったとしても読んでただろうなって思えるわ」

「聡里がそこまで言うんなら、我輩もちょっと読んでみたいかも。読み終えたら、借りても良い?」

「うん。利恵にも読んで欲しいかも」

 

 そう言って私達は部屋を出た。

 本の厚みはそれ程でもなく、中身も病院と言う閉鎖空間の中で得られた情報程度で似たような事しか書かれていない。

 けれども、あるページと言うか、ある日と言うべきか、多分前書きにも書かれてた『ある人』が出てから彼女の雰囲気は変わっていく。

 概要としては、病気で徐々に気分が沈んでいく中で『彼』と出会い、笑顔が増えたことで、彼女の気分が段々と晴れていく。

 けれども、そんなある日、彼は怪我が治り、退院してしまう。それから仕事も忙しいのか、彼は病室に現れなくなり、そして彼女もまた……。

 そんな悲しき出会いと別れの本だった。フィクションとしてはありきたりだけれども、ノンフィクションならば、物凄く感情が伝わって来る。

 そう言う内容の、彼女達の、彼女達だけの物語だ。けれども、こう言ってしまうのも何だけれども、最後まで読み終えた感想としては、何と言うか、中身が無い。

 中身が無いと言うよりは、抜けて居る様な感じがする、モヤモヤした違和感のようなものがあると言うべきかしら。

 さっき言った『ある人』が出てから彼女の雰囲気は変わったけれども、彼女が死期に近付いたからなのか、男の人の行動が勝手だし、話も中途半端に終わってる気がした。

 読み終えた本を利恵に渡して、そんな感想を抱いた私だったけれども、それは利恵も同じことを思っていたらしく、翌日一緒にマネージャーさんとタクシーでレッスンに向かってる中で同じ感想を抱いていた。

 

「どう思う、利恵?」

「この日記、違和感あったかな。日記って普通、日付が書かれるものだけど」

「そうね。まぁ日記の書き方なんてひとそれぞれだとは思うけれども……」

「なに、誰か日記でも書き始めたの?」

 

 そんな話をしていると、マネージャーさんも興味本位で声を掛けて来る。

 日記を書いているのではなくて、日記をノンフィクション小説として販売されていて、利恵と感想を言い合っていた前置きをして、私は本を見せた。

 マネージャーさんのことだから、笑われそうな気もしたけれども、マネージャーさんは以外にも、何も言わずにその本をじっと見ていた。

 

「懐かしいな」

「読んだ事あるんですか?」

「うん、昔ね」

「どう思いました、これを読んで」

「読んでも意味分からないよね。中身がすかすかになった本だし、男は勝手だし、変な本だよ。ノンフィクションと謳って、実はフィクションなんじゃないのかな?」

「だったら出版社はとっくに潰れてそうですけどね。この出版社はまだ健在ですよ」

「そうなんだ」

「マネージャーー」

「利恵、着いたよ。オーディション頑張って」

「え? あ、うん……。それじゃマネージャー、聡里、また後でね」

 

 利恵は何かぎこちない表情を浮かべながら車を降りて行った。

 タクシーはそのまま事務所を通り過ぎて、その先のオーディション会場へと向かい、私はいつもの様に自分の力を精一杯出し切ってオーディションに臨む。

 

 

 

 その日の帰り、別件の仕事で居ないタクシーに再び利恵を乗せて、私達は寮へと戻る。

 そのタクシーの中で、利恵はやはり考え事をしていた。

 何を考えているのか聞こうとすると、利恵は同じタイミングで私に声を掛ける。

 

「ねぇ聡里、マネージャーの発言、なんか変じゃ無かった?」

「変? 変ってどう言う風に?」

「『空木、悟り』の本を見せた時の感想、覚えてる?」

「えっと、昔読んだ事あって、読んでも意味が分からない、中身がすかすか、男は勝手で変な本、実はフィクションなんじゃないか、だったっけ?」

「大体そう。その中でも、中身がすかすかの所、具体的になんて言ったか覚えてる?」

「具体的……?」

「マネージャーは『中身がすかすかになった本だし』って言ったの。普通『中身がすかすかな本』って言わない?」

「考え過ぎじゃない?」

「だと良いんだけど、どうにも腑に堕ちなくて……。もしも『すかすかになった』経緯を知って居たら、最初の『読んでも意味わからないよね?』って発言も意味が変わって来るし」

「考え過ぎよ。あのマネージャーに、この本に対してそんな思い入れがある様に思えない。もしも利恵の言うように、本当にマネージャーの言葉に意味があるんだとしたら、それは……」

「それは?」

「……とにかく、考え過ぎだから、気にしたらだめよ」

「うん、分かった、もう考えないようにするよ」

 

 そう言って私達は寮へと戻る。

 ……もしも利恵の言うように本当にマネージャーの言葉に意味があるのだとしたら、それは、マネージャーがこの小説になんらかの形でかかわっていることに他ならない。

 

「ところで聡里、ごめん、あの本なんだけど、鳴にも貸して良い? なんか興味持っちゃったみたいで」

「鳴が? 珍しいわね。別に良いわよ」

「うん、ありがとう」

 

 それからはいつもの日常へと戻って行った。

 

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