思った以上に○○な世界
つんざくような悲鳴が少年の耳を刺激した。むくりと起き上がり、きょろきょろと辺りを見渡す。白だ。服も髪も肌も瞳さえもが白い少年。陽の光がその髪を照らすと、淡い碧色に輝いている様にも見える。空からしんしんと降り注ぐ雪景色も相まって、幻想的で儚げな存在感を放っている。
「ここは、ススキノの街...?」
ここが普通の町中であったなら、さぞ道行く人々の視線を集めていたことだろう。だが、ここは普通ではない。少年が視線を向けた先には、沢山の人間がいた。そして人間以外にも、猫人族や狐尾族、狼牙族といった獣の特徴を持つ者達も。その誰もが、混乱と恐怖に満ちていた。
少年は呆然とした様子で、けれども明確な意志を持って虚空に指を滑らせる。
「ステータス画面が開ける。ここは...エルダー・テイルの世界?」
どうやら少年は、いや、今この場に居る冒険者風の装いをした者達は皆、エルダー・テイルというゲームに酷似した世界に来てしまったらしい。
見慣れた風景に見慣れた装い。ただし画面越しだったそれらが、たしかに今、少年の目の前に広がっている。
ドクンっ。
「心臓、動いてる。手、冷たい。ちょっと寒い。生きてる。」
ドクンっと、心臓が脈動する。少年の薄い胸を、力強く打つように。寒さからくる動悸?否。これからどうなるのかと言う不安?否。気づいたら
「っふはは、やば。なんか笑える。意味わかんないけど、とにかく僕は冒険者で、ここはエルダー・テイルによく似た世界なんだ。」
やった...!
少年の胸の内に湧いた感情は、歓喜。隠しきれないほどの喜びだった。無意識に口角が上がる。目じりが下がる。頬が緩むのを抑えきれなかった。少年はいつも、いつも思っていた。つまらない現実、興味のないリアル。自分の生きる世界はここでは無い。剣と魔法の世界だ。画面越しに広がるこの1/2の地球こそが自分の、本当の。
「っていうか、うるさいな。落ち着いて現状確認も出来ないじゃないか。どこか静かな所に行こう。」
少年は身を翻し、細い路地へと入っていった。
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ベットにうつ伏せになりながら両足を交互にパタパタと上下させ、忙しなく指を動かしている小さな影。目の前には、自身のステータス画面が開かれていた。
名前 :ミルセロス
種族 :法儀族
メイン職業:召喚術士 レベル90
サブ職業 :刻印術士 レベル90
どうやら、自分の装備やアイテム、スキルの確認を行っているようだ。いくら日頃から望んでいたとはいえ、これほどまでに状況への順応が早いのは元々の素直な性格故か。
「あ、フレンドリスト見れるじゃん。白い表示がログイン中で灰色がログアウトって訳か。ふーん、
そこへガチャリと扉の開く音が響いた。大きな紙袋を抱えた背の高い猫人族が入ってくる。
「外はまだまだ混乱の最中ですにゃあ。食料はある程度買ってきましたから、当分は出歩かない方が良いですにゃ。聞いていますかにゃ?」
「聞いてるよ〜、にゃん太。おかえり、モフモフして良い?」
「ただいまですにゃ、ミル。吾輩のブラッシングは後でお願いしますにゃ。まずはちょっとした物でも作りますかにゃあ。お腹が空いていては、良い考えも浮かばないのにゃあ。」
肩や頭に着いた雪を払いつつ、取って付けたような語尾を平然と口にする"にゃん太"と呼ばれたこの男。
「あ、だったらコマンドに頼らず、通常通りに料理してみて。コマンド操作したらおかしなものが出来ちゃったから。てか名前略さないでよー、その呼び方だと本名と一緒だからドキッとするでしょ。ミルセロスー!」
そう言ってミルは机の上にある食べかけのサンドウィッチを指さした。にゃん太はミルの言動を気にするでもなく、サンドウィッチを口にする。すると、驚いたようにピタりと動きが停止した。
「これは...味が、しないですにゃあ。食感も水に浸した煎餅の様で、些か料理と呼ぶには難しい代物ですにゃ。」
「うん。サブ職業が料理人じゃ無いからかも知れないから、一度にゃん太もコマンドで作ってみて。それでも味がしないんだったら、実際に作るしかないね。」
それを聞いたにゃん太は虚空に指を滑らせ、料理を一品出現させる。そして一口食べた後、買ってきた食材を抱えて何事も無かったかのようにキッチンへ向かって行った。
ミルはにゃん太の様子から、あぁ味はしなかったんだなと察することが出来た。
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にゃん太が実際に調理して作った料理はとびきり美味しかった。今まで食べたことがない程の美味しさと温かさで溢れていて、ミルは生来の動物好きな性格も相まって、にゃん太の首筋に抱きついてしまった程だった。
「ふぅ、危うく僕の今後の胃袋どころか将来まで捧げちゃうところだったよ。全く油断も隙もないよね、それが大人のやり方なのかい、にゃん太?」
「ミルがにゃにを言っているのか全く解らないのですにゃあ。それはそうと、何か情報は有りましたかにゃ?」
にゃん太はミルの冗談とも本気ともとれる言葉を華麗に受け流し、そう問いかける。
「情報ねぇ...今ススキノの街を見てまわってるけど、とりあえず都市間トランスポートゲートは機能してないみたいだよ。街は全体的に雰囲気わるーい。ま、こんな状況だから仕方ないけど。」
ミルのメイン職業である
「それだと長距離の移動が困難ですにゃあ。特にレベルの低い冒険者は拠点の移動が出来ないとなると。」
「辛いだろうね。ギルドに入ってるなら良いんだけど、"ノウアスフィアの開墾"をきっかけに新規介入したプレイヤーも多いだろうし。」
2人は考える。ある程度レベルの高い冒険者ならいざ知らず、初心者にとってこの世界は、右も左も分からないような異世界同然なのだ。不安や恐怖、混乱は自分たちの比ではないだろう。
「信用出来るギルドが見つかるまで初心者は保護する方向で。ここに連れてきて良いでしょ?」
「もちろんですにゃあ。若い芽を育て導くのは吾輩達年寄りの義務であり喜びなのですにゃあ。」
「僕年寄りじゃないんだけどピチピチの学生だよ!?なんてこと言うのさ!」
「エルダー・テイル内では大ベテランなのですにゃ。」
「そりゃそうだけどさ〜。」
楽しそうに、しかし真剣に今後の行動方針を話し合うベテラン冒険者達。その後も2人の情報共有は続いた。まず予想通りと言うべきか、ログアウトメニューが存在しないこと。バグの報告を運営側へ行えないこと。そして、ゲーム時代のアイテムや装備、自身の保有するスキルは問題なく使用出来ること。フレンドリストに登録している相手であれば、念話が可能であること。そしてなにより。
「大地人、だよねぇ。彼等はどう見ても人間だ。僕達冒険者よりもずっと人間に近い。」
「ミルの言う通りですにゃあ。食材を買った時も、本来
にゃん太は実際にススキノの街へ出て、品物を購入した。その際の店員、つまりNPCの応対は、普通の人間のそれと同じであると気づいた。ゲームであれば決められたセリフ、決められた行動しかとることが出来ないはずのNPCが。
そして、それは召喚獣の視界から街を見て歩いているミルも気づいていた。情報を求めてNPCが経営する酒場へと入ったカーバンクルに気づいた店員が、頭と喉を撫でできたのだ。愛らしい、とでも言うように。その感情は、ミルが自身の召喚獣達に抱いているものと同じであった。こうしてミルは、大地人はゲーム時代のNPCと同じ存在ではないと判断したのだった。
「困ったなぁ...。これじゃ大地人への被害も増えそうなんだけど。そりゃそうだよな~、こんなに訳の分からない状況で、混乱して困惑して不安になって苛立って。それで自分は強い冒険者で、目のつくところに自分より弱い
「こらこら、口が悪いですにゃあ。ミルはもう少し正しい言葉を使うのにゃ。」
「街の雰囲気は最悪。この状態がしばらく続いた場合、犯罪率が上昇することは目に見えてる。...いや、犯罪なんて存在しないな。その言葉は正しくない。だって今この現状、この世界には法律なんて存在しないんだから。法が無ければ罪もない。あるのは主観に基づく倫理観だけ。つまり、法が無いんだからイコール何しても良いって考える
性懲りもなく汚い言葉を使うミルを咎めるように、にゃん太が口をはさむ。
「街中は戦闘行為禁止区域なのにゃあ。攻撃しようものなら、その相手が誰であれ衛兵が対処するシステムが存在しますにゃ。」
「確かに衛兵は戦闘行為禁止区域内における戦闘を強制的に防止するシステムだ。でも、じゃあ戦闘行為って何?どこからが戦闘行為と見做されるの?武器を抜いてからかな。攻撃魔法を使用してからかな。バフは?召喚獣による攻撃を行う場合は?殴ったり蹴ったり、関節技だったりはどう判定されるんだろうね。そして少なくとも恐喝や恫喝は戦闘行為に該当しないみたいだよ。だって、もう既にそういう事態に陥ってるし。」
ミルは街中を見てまわる内に、この状況に苛立った冒険者が周りに居る他の冒険者や大地人に対して怒ったり叫んだり罵ったりしている姿を目にしていた。にも拘わらす衛兵が来ていないことも、しっかりと確認していた。つまり、そういった言葉による口撃は戦闘行為ではないという証明であった。
それを聞いたにゃん太は端正な眉をひそめ、考えるようなそぶりを見せる。
にゃん太が今考えていることは、恐らく自分が考えていることと同じであろうとミルは判断した。
「嫌がる相手に無理やり~っていう性犯罪が増えそうだ。あぁ、それも犯罪じゃないのか。」
思った以上にクソな世界かも。
しんとした部屋の中で、ミルが呟いた汚い言葉が小さく響く。その言葉を咎める様に、またにゃん太はミルに厳しい視線を向けるのだった。
にゃん太班長好きです。