あのダンスパーティの後、ミルはにゃん太と一緒に行動させていたカーバンクルと視界を共有し、ちょうど新人たちが浜辺でバーベキューをしていると知った。予想通りと言うべきか、貴族との食事やお喋りは気を使ってしまいどうにも気が休まらなかったため、シロエに一言断ってにゃん太の許へと転移を試みる。モフモフに癒されたい一心だった。シロエはそんなミルを恨めしそうに、いや羨ましそうに見ていたが、ミルは当然無視した。すぐに帰ってくると言うと、仕方なさそうにため息をついていた。
記録の地平線のメンバーには、予めミルが刻印したアイテムをいくつか渡している。そのアイテムのうち一つは、転移能力が付与されていた。これでMPを消費さえすれば、アイテムを所持している相手の近くへ転移することが出来る。
「ラグランダの社?それってなんだか、ダンジョンみたいだ!」
ミルが近くに来ていることに気づかずに、トウヤは直継と話していた。直継が口を開きかけた時、突如現れたミルがツッコミを入れる。
「ラグランダの社はダンジョンだよ、トウヤ。てかあれ、直継の方が反応しちゃった。」
どうやら複数のアイテム所有者が近くにいる場合、転移先の座標はランダムとなるようだ。にゃん太を目指して転移したはずのミルだったが、気がつけば直継のすぐ近くに立って居た。
「あれ、ねぇちゃ…いや、にぃちゃん?誰だ?何でおれの名前知ってんの?」
「あ、そうだった。半面着けたままだ。」
慣れない場所で慣れないことをしていたせいもあり、ミルは明らかに疲れていた。月夜の半面を着けたまま移動したおかげで、トウヤや直継、周りに居た面々を驚かせてしまった。すぐに面を外したが、みるみるうちに身体が縮んでいくその光景に二度驚く遠征組。
「って、おいおいまさかお前、ミルかよっ!?何ででっかくなっちゃってたんだ!?びっくり仰天祭りだぜ!」
「刻印を刻んだ半面の効果だよ。ホントは見た目を完全に変える能力を付与させることが目的だったんだけど、まだ試作段階なんだよね。今はまだ身体を成長させたり、逆に退行させたりすることしか出来ないんだ。」
「いやいや十分すげぇって。ほれ、肉食うか?」
「ありがと。」
いつも通りテンポの良い会話を続けていると、ミノリとにゃん太が近づいてくる。ミノリはミルが居ることに驚いていたが、丁度良いとばかりに配膳していた飲み物をミルに渡してそのまま近くへ座る。トウヤはミノリに興奮したように話しかける。
「なぁミノリっ。ダンジョン行くらしいぞ。知ってた?」
「えぇっ、ダンジョン!?」
その反応を見てミルは察した。聞かされてなかったんだな、と。
元々3週間にわたる夏季合宿であるのだから、当然戦闘訓練などを行なう想定はしていた。しかしいきなりダンジョンに出向くとは想定外だったらしい。
「えっと、私もですか?」
不安そうなミノリに直継は頷いた。
「まぁ、ミノリには少し荷が重いのは判っているんだけどな。でも、トウヤと別々の班で戦闘するよりも、同じ班の方が何かと安心だろう?」
「そりゃそうだよ。」
トウヤは同然だと首を縦に振る。ミノリとトウヤは双子だ。ミノリの方がわずかに先に生まれたため姉という立場にあるのだが、トウヤにとってミノリは姉と言う自分を守ってくれる存在ではなかった。むしろ、男である自分がミノリを守ってやらねばならないという思いが強かった。どうせこの先ずっと戦って生きることになるのだから、最初から一緒に戦うほうが良い。何より、戦闘でミノリが危険に晒された時、自分が近くに居て守ってやれないなど耐えられないとトウヤは思う。
「そう、ですね。私もそう思います。」
そしてミノリにとってもトウヤは同じような存在であった。直継の言葉に素直に頷く。
「ミノリっちは海岸組でも良いのですが、ダンジョンに慣れておくのも後々のためには貴重な経験なのですにゃー。」
「あ、なるほど分かれるわけね。」
ミルはダンジョンという言葉と海岸組と言う言葉で、今回の遠征における大まかな流れを察したようだった。しかし、ミノリはわからないと首をかしげる。
「海岸組?分かれるってどういうことですか?」
ミノリの疑問にミルが答える。
「今回の遠征に参加している初心者の数は約60人くらい。だけどその中でもレベルは結構バラバラでしょ?10前後の子たちも居れば、あと少しで40超えそうな子たちもいる。ミノリとトウヤは20から30の間だから、参加者の中でちょうど真ん中くらいだね。」
2人はミルの話を聞きながら、うんうんと頷く。
「レベルに差があるってことは、技術や経験に差があるってことだ。つまり必要としているものが違う。だから全員一緒くたにして戦闘させるよりも、レベルの近いもの同士でパーティを組んで、そのパーティに見合った訓練をさせた方が効率が良いって訳。で、肝心のミノリとトウヤに見あった訓練って言うのが。」
「「ラグランダの社!」」
「そう言うこと。」
ぱっ!っと花開いたように初々しい笑顔でダンジョンの名前を宣言した双子に対し、ミルはよくできましたと言うように笑って答える。
ラグランダの社は地下遺跡をモチーフにしたダンジョンであり、出現するモンスターのレベルには幅がある。大体20レベルから35レベルの冒険者が挑戦するこのダンジョンにおいて、29レベルであるトウヤはまさに中央値。切り抜けるには技術だけでなく、精神面の影響も大きいものとなるだろう。
トウヤは押さえきれないと言わんばかりの闘志をその目に宿していた。
一方、ミノリのメイン職業レベルは21だった。サブ職業である裁縫師のレベルは32と比較的高めではあるのだが、それは戦闘において役に立つものではない。ミノリにとってこのダンジョン攻略は、よっぽど苦戦を強いられることが予想できる。だからこそ一緒に居て守ってやらないと、という使命感にも似た何かがトウヤを湧き立てる。
「まぁ、その辺の詳しい説明は直前にでもしますにゃ。レベル29と21ならそこまでバランスは悪くないのですにゃあ。そのレベル差は双子らしい華麗な連携で埋めていけば良いことですにゃー。」
にゃん太はアジの塩焼きにカボスを絞り、美味しそうに頬張る。完全に腰を落ち着けたにゃん太。今日はもう料理から解放されたのだろうと判断したミルは、壷に入った日本酒を近くのお椀に注いで労うようににゃん太に渡す。にゃん太は嬉しそうにそれを受け取り、満足げに飲み干した。
その揺れる尻尾にミルとセララの視線は釘付けである。だがミルは知っていた。食事中ににゃん太に抱き着くと後が怖いのだということを。モフモフを必死に我慢している様子が直継の笑いを誘った。
「なぁっ!ミル兄はもうずっとこっちに居るの?」
トウヤのその言葉を聞いていた面々は、確かにミルはいつまでこちらに居られるのだろうと興味を持つ。それからミルに視線が集まった。
「ん~、ずっとは無理だなぁ。何ならすぐ戻るってシロエに言っちゃったし。あ、でもダンジョンの下見くらいはやるつもりだよ。」
重なるダンスと会食、そして存外しつこいセルジアッドからの「素顔が見たい」と言うお願いを躱し続けたことによる疲労、ストレスが溜まっていたミルは、(本人にとっては)低レベルゾーンであるラグランダの社の下見ついでにストレスを発散させようと考えていた。
「ラグランダの社なんて、ゲーム時代に飽きるほど見ただろ?今更下見なんか必要とは……ひぇっ。」
直継はミルの顔を見た瞬間変な声を上げてしまった。この自分より年下であるはずの少年は、まるで躾のなっていない犬を、狗を見るような目で自分を見ているではないか。こら、やめなさい。少年少女たちが今にも泣きそうな顔でお前を見つめていることに気づかないのか。
今の発言の何が悪かったのか、と直継は自分の発言を思い返すが、特におかしなことを言ったとは思えなかった。
その直継の反応を見て、自分の失言に気づいていないのだろうと判断したミルは、飼い犬の躾は飼い主の役目と自分に言い聞かせながら懇切丁寧に説明する。
「この駄犬。」
最初の一言は説明と言うより罵倒であったが。それをにゃん太が窘める。
「はぁ、ったく。直継、お前まだここがエルダー・テイルの世界だと思ってるのか。ここへ来る道中なにも無かったからって気ぃ抜きすぎ。引率者がそんなんじゃだめだろう。お前は子供たちを守る立場なんだから。」
訳も分からないまま怒られる直継。ただこう言った時は本当に自分が悪いのだと経験上理解していた直継は、素直にしゅんと肩を落とす。そしてミルはそういう場合、相手が理解できるまで丁寧に教え、答えに導いてくれることも知っていた。にゃん太はミルの言いたいことが解っているようで、あえて口を挟まない。
「ここはノウアスフィアの開墾が導入されたエルダー・テイルの世界だ。踏破したことのあるダンジョンが、そのまま流用されているとは限らない。アップデートされたことで、ダンジョン内の仕様が変わっているかもしれないだろう。今更、なんてことはないんだよ。むしろ今こんな状況だからこそ、入念な下調べが必要なんだ。」
そう言われて、直継はミルが言いたいことを理解した。
ここは自分たちが知っているエルダー・テイルの世界ではない。それはもう大災害が起きてから今までで十分理解していたはずだった。だが甘かった、ミルが言った通りだ。ゲーム時代にそうであったからと言って、今も尚そうであるとは限らない。対象レベルが変っているかもしれない、出現するモンスターが違っているかもしれない。危なかった、このまま下調べもせずにトウヤたちを送り出していたら、もしかしたら。ミルはあえて口にしなかったのだろうが、トウヤたちを。ー死なせていたかもしれない。
直継は自分の軽率さを恥じた。自分だからと引率を任せてくれたシロエにも申し訳が立たなかった。そしてそれは直継だけではなく、周りでミルの話を聞いていた他の引率者も同様だった。皆一様に、気づかなかったと自分を責めたような顔をして、それを新人たちに悟られまいと必死に取り繕っていた。
それを見たミルは仕方が無いとばかりに直継に近づき。チョップをかました。突然の衝撃に思わず痛がる直継。痛みよりも驚きの方が強かったのだが、反射的に痛いっ!と口に出ていたのだ。目の前まで来ていたミルは先ほどと違って、優しい目をしていた。
「ん、解ったんなら良い。お前ひとりで背負ってるんじゃないだろ。何のためのギルドで、何のための引率”組”だよ。今ここで気づけて良かった、教えてくれてサンキュー。それで終わりだろ。」
ハッとした直継は、本当にお前は歳下かよっと思いながら、笑顔でお礼を口にする。
「おう!サンキューな、ミル。」
「うむ。よきにはからえ。」
「ははっ、なんだそりゃ!」
「ミルも直継っちも、相変わらず仲良しだにゃー。いいことですにゃあ。」
「え~?僕、直継なんかよりにゃん太の方がずっと好きだし仲良いよ~?」
「っおい!そりゃ一体どういう意味だっ末っ子!」
「うわっ。やめろ抱きつくな固い。モフモフになって出直してこいっ!」
あっと言う間に沈んだ空気が霧散し、笑い声が響き渡る。引率組も初心者組も関係なく、ミルと直継の会話に笑っていた。
トウヤとミノリは、自分と同じギルドに所属する大先輩たちを尊敬した目で見つめていた。2人は自分たちがまだ弱い子どもであることを理解していた。だからこそ、あんな風に対等に並んで話し、笑いあうことに純粋な憧れを抱いていた。
早く強くなりたい。早く、あんな風に。そのためにも、まずはダンジョン攻略だ。
トウヤとミノリはお互いの考えが解っているかのように、同時に顔を見合わせ、コクりと頷き合った。
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「とは言ったものの、ぶっちゃけ可能性は低いと思ってたんだけどねぇ。」
戦闘装備に着替えたミルは今、一人でラグランダの社に居た。直継を真剣に説き伏せていたミルだったが、その可能性は低いと思っていた。なぜなら、ラグランダの社は比較的アキバの街に近いフィールドゾーンであり、また大して新しい場所でもなかったため、今更ここを強化アップデートなんてしないだろうと高を括っていたのだ。だからあの後、皆が寝静まった後にさっさとひとりで終わらせようとやってきたのだが。
「蹴散らして。
1本の螺旋角を携えた白い馬が、その背にミルを乗せたまま10数体のスケルトンを轢き倒していく。ユニコーンには神聖な力が宿っているとされており、アンデット系のモンスターには効果抜群の相性である。それでもHPは削りきれなかったが、脚を潰したことで機動力はほぼ0となった。
「平均レベル83ね。ったく、ストレス解消にならないじゃん。どうしてくれんの、これ。念話したら絶対にゃん太に怒られるし。なんでまた1人で行ったのにゃーって。今のちょっと似てなかった?」
フルフルと首を横に振るユニコーン。流石はベテラン冒険者とその従者である。モンスターレベルは決して低くはないのだが、まだまだ余裕を持って対応出来ている。
ミルはユニコーンの能力で、極わずかな回復魔法を常時展開させていた。アンデット系のモンスターは回復魔法によって逆にダメージを受けてしまうために、その性質を利用した回復攻撃であった。さらにユニコーンは陸上機動力に秀でており、ただ高速に移動するだけで相手を倒すことが出来ている状態であった。
ここは通常のラグランダの社よりもずっと下に位置するフィールド。ステータスには"ラグランダの霊界山脈"と記載されていた。
初心者組が攻略する手筈のダンジョン内を、低レベルのモブモンスターを蹴散らしながら歩いていたミルは、突然行き止まりへと突き当たった。いや、正確には施錠されたドアがあった為に、行き止まりだと思ったのだ。引き返そうと思った瞬間ドアが開き、その奥から音が聞こえてきた。風が走り抜ける音なのか、なにかの叫び声なのか、ミルには判断できなかった。
一応何かあった時のために、ミルはそのドアの前に刻印アイテムを落として中へと入っていった。
ドアを潜りしばらくなだらかな下り坂を進むと、大きな広場に出た。その広場には青白い灯りが灯っており、薄暗く不気味な雰囲気ではあるが、全く見えない訳では無い。
広場を挟み、自分の後ろにある一本道と対面する向こう側には同じような通路が見えた。
その瞬間、モンスターがポップした。見渡す限り骨、骨、骨。スケルトンだ。しかもただのスケルトンではない。スケルトンソルジャー、スケルトンアーチャー、スケルトンソーサラー、そしてネクロマンス・スケルトン。
「従者召喚ーペガサス。
兎に角数が多い上にレベルが81~85と高い。ミルは瞬時にペガサスを召喚し上空へ避難した上で、フィールド全体にペガサスの範囲指定回復魔法を発動。これにより、アーチャーとソーサラー以外の攻撃が届かない上空から敵のHPを減らし続けることが可能となった。
本来ならレベルの高いスケルトンたちをちまちま倒すのがセオリーなのだろう。しかし相手にはネクロマンス・スケルトンもいるため、倒した端から操られてまた倒す、といった無限ループを期待されていた筈である。
そんな常識知ったことかとばかりに、ミルは無情にも
相手がアンデット系であれば、ミルには負けなど存在しないという自負があった。まぁ、慢心はしないが。永遠と殺し続けたせいかリポップすることも無くなり、ミルは地上へと降り立つ。
そしてペガサスにお礼を言って還るよう促し、目の前に続く道へと進んでいく。
次はどんな敵が来るんだろうと、少しの期待を胸に宿して。
さてオリジナル編です。
全てが謎です。行き当たりばったりです。
頑張ります。