カチャカチャと食器を洗い食事の後片づけを行うにゃん太と、きゅっきゅっと布巾でテーブルを拭くセララ。そんな忙しそうな2人を尻目に、鼻歌を歌いながらソファにうつ伏せに横たわり、両足をパタパタと上下させているミル。絵に描いたような平和な日常。数日前まで思いつきもしなかったセララにも、この光景はもはや見慣れたものとなっていた。
あれからミルとにゃん太は、セララが寝ている間に各々出来ることをやった。
にゃん太はセララが起きたら美味しいご飯を食べてもらおうと、自慢の腕を振るい豪勢な料理を作り上げた。ミルとの2人生活であったなら、しばらくの間は食材を節約して使っていただろう。だがセララはきっと、男達から逃げるのに必死でこれまでまともな食事にあり付けなかったろうと思えた。食材はまた買うか、そうでなくともフィールドへ出てモンスターを狩れば手に入る。既にススキノ周辺のフィールドはミルと2人で調査していたため、それほど食生活は切羽詰まっている訳でもない。そんなことよりも、セララに美味しい料理を食べてもらい、セララを笑顔にすることの方がよっぽど大事なことであった。
ミルはまた召喚獣による周辺地域の調査を行っていた。これまで同様カーバンクルに街中を歩いてもらい、ススキノの街周辺の戦闘可能エリアには”
雷獣は、”
ミルの視界には、常に全く別の景色が複数同時に見えている。これはパソコンのディスプレイをいくつか用意し、その全てにそれぞれ別の画面を表示させているような感じだ。ミルにとっては、この程度の情報処理は朝飯前(既に朝食は食べているが)だと感じるほど簡単なものだった。一般的に、エルダー・テイルというゲームをやる時はゲーム画面と攻略サイトを同時に見ながらプレイする。エルダー・テイルを9年もやっているような廃人ゲーマーであるミルが、レベル90の冒険者の身体で同じことを行おうとすれば、画面がいくらか増えたところでそこまで難しさは感じない。むしろ、この状態こそが正常であると言っても過言では無いだろう(それは言い過ぎだが)。
セララを助けることができたのは、運の要素が強かったとミルは考える。カーバンクルに街を歩いてまわるよう指示していなければ、もしかしたらセララを助けることはできなかったかもしれない。今回は間一髪のところでセララを助けることができたが、セララと同じような目に遭っているエルダー・テイル初心者や、この街に住まう大地人が居ないとも限らない。いやきっと居るだろう。ミルはそう確信できるほどに、今のススキノの街の雰囲気や自分たちが置かれた状況を客観的かつ正確に捉えていた。
そしてそれは何も街中に限った話ではない。戦闘行為禁止区域である街中では、恐喝や恫喝はあれど直接的暴力は成立しない。だが一歩街から出てしまえば、衛兵システムの適用範囲外となってしまう。つまりモンスターや
トランスポートゲートが使用できないとはいえ、別の街に向かう冒険者がいてもおかしくない。それに、大地人だってずっと街中に居続ける訳ではないことをミルはもう知っていた。商人や旅人だっている。そんな人たちをターゲットに、モンスターや冒険者が襲ってくる可能性も十分に有り得る話だった。
ミルはそういった理由から、街中だけでなく街周辺も気にかけておいた方が良いと判断した。そして、カーバンクルと違い多少なりとも戦闘能力を有し、移動のスピードがそこそこ速く、ある程度の範囲を数でカバー出来る雷獣は、まさに街周辺の探索にうってつけだと考えた。これで少しでも被害を抑えることが出来るはずだ。
果たしてミルの予想は大当たりであった。冒険者は大神殿で蘇りはするが、当たり前のように腹はすく。そして味のする料理は世間に広まっていないため、調理せずとも味のする素材アイテムやレアなアイテムを目当てにしたPKが大勢増えたのだった。
もちろんPKなとど言う低俗かつ野蛮極まりない行為をミルが許すはずもなく。雷獣で虱潰しに見つけては、牙で噛みつき爪で引っ掻き、数の暴力で追い払い続けた。
そんなことを続けること数日、ある時セララの所属する三日月同盟のギルドマスターからセララに念話がかかってきた。内容としては、セララの安否確認と、ギルドマスターの知り合いがセララを助けにススキノへ向かっているとのことだった。
「マリエールさんからまた連絡がありました!あと少しでススキノへ到着するそうですっ!」
「もうですかにゃ。それはそれは、中々やりますにゃあ。セララちを助けに来る冒険者がどんな人達なのか、大変興味がありますにゃあ。」
「早いね〜。こっちに向かってるとは聞いてたけど、まだアキバの街を出発してそんなに時間経ってないでしょ?ふーん、僕と同じで召喚術士なのかな?」
トランスポートゲートが使用できないこの状況下において、それでもなお距離が離れたアキバからここへ来るという事は、確実にレベル90以上の冒険者だろうとにゃん太とミルは予想していた。
しかし例えレベル90の冒険者だとしても、ここへ到着するのはもっと時間がかかるものだと思っていた。エルダー・テイルにおいて、長距離を移動する際には馬を利用することが多い。アイテムを使用すれば、誰でも馬に乗ることができるからだ。
だが件の冒険者達がアキバを出発してから1週間も経ってない。馬であればアキバからススキノまで長くて1ヶ月、最低でも2週間はかかるはず。つまり、移動手段は馬ではない。それよりももっと速い何か。
そこまで考えたミルは、召喚術士の存在に思い至った。召喚獣に乗って移動しているのであれば、馬よりもずっと速くここへ来ることができるだろう。
「んー、でも数人を乗せて馬より速く移動できる召喚獣なんて居たかな〜。ユニコーンは早くても基本一人乗りだし...。」
ミルがどうやって来ているのだろうと移動手段の予想をたてていると、セララが不思議そうに尋ねてくる。
「あのぅ、召喚術士ってどんな職業なんですか?」
「召喚術士は言葉通り、契約した召喚獣を召喚し闘う魔法攻撃系戦闘職のひとつなのですにゃあ。様々な召喚獣を駆使して闘うことで、沢山の状況で役に立つことが出来るのですにゃ。他の職業には無い圧倒的な対応力が魅力の大変素晴らしい職業なのですにゃあ。」
「召喚獣はそれぞれ得意としてることがあるんだよ。例えばセララも知ってるこの子はカーバンクルって言って、戦闘能力は無い代わりに回復能力があるって感じ。召喚術士は最大16種類の召喚獣と契約することができるから、色んな事態を想定して、契約する召喚獣を厳選しなきゃいけない。でも組み合わせ次第で、ありとあらゆる状況に対応することができる万能な職業なんだよ。」
「ほぇぇ~、じゃあミルさんも色んな所で活躍できるんですね!すごいです!カーバンクルもすごく可愛くて素敵ですよね~!でも、そんなにすごい職業なら、皆さん召喚術士になれば良いのに…。」
カーバンクルを抱き上げ柔らかな毛並みを堪能しつつ、思ったことを素直に口にするセララ。疑問はもっともだとベテラン2人は説明を補足する。
「今話したのは召喚術士のメリットだね。逆にデメリットというか、召喚術士の難しい所も沢山ある。例えば、召喚獣を召喚するためには魔法と同じようにMPを使う。だから思いつきでどんどん召喚しちゃうと、肝心な時にMPが切れちゃって召喚獣を召喚できないってことにもなりかねないんだよ。」
「あらゆる場面に対応できるが故に、これから起こりうる様々な未来を想定した上での適切なMP管理と召喚獣の選択が必要なのですにゃ。小さな可能性も見逃さず、それに対応するための策を練る。口で言うのは簡単なのにゃ。」
「一秒単位で状況が変化する戦場で、どれだけ正確に未来を予想し対応する策を考案できるか。そしてそれを実行できる実力を有しているか。対応能力が高い分、結構シビアでプレイヤー本人のスキルが高くないといけないんだよ。」
「万能な能力を生かすも殺すも、使い手次第と言うことですにゃあ。」
「それに、エルダー・テイルに召喚獣として契約できるモンスターは100種類くらい居るんだけど、そのすべての召喚獣と契約できるって訳じゃない。モンスターだって、いくら召喚術士のレベルが高くても気に入らないやつとか自分を大事にしてくれない様なやつを主人になんてしたくないって思うのは当然だ。」
召喚獣が自分の意思で主人を選んでいるかのような物言いに、セララは疑問を抱いた。ミルの言葉通りだと、モンスターは心を持っていて、自分自身で考えて契約の是非を判断しているということになる。人間のように。
「同じだよ。召喚獣は人間と同じように心を持ち、思考し、判断することができる生き物だ。怪我したら痛いし、悲しかったら涙を流す。好きな人と一緒に居たら嬉しくて思わず尻尾を振っちゃう。この子たちにだって、ちゃんと感情があるんだ。」
言葉にせずとも十分に伝わる。カーバンクルの頭を撫でながら優しく微笑むミルからは、確かな愛情が感じられた。セララはふとにゃん太を見やる。にゃん太はミルが話している間、ずっとミルに視線を注いでいた。見ているこちらが恥ずかしくなってしまうような、甘く優しい眼差し。見た目も、歳も、何もかも違う筈なのに、この2人はとても似ていると思った。
だって2人は同じものを。我が子を慈しむような、偉大な愛を抱いていたから。
早速出ましたオリジナル召喚獣"雷獣"。そして"群にして個"。書いてる途中で思いつきました(笑)まぁでもいい感じにハマった気がする。次回もお楽しみに。