口悪召喚術士の異世界冒険譚   作:millseross

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ねむい。。


円卓設立
円卓会議


アキバの街。エルダー・テイルにおいて、日本サーバーで冒険者数が最も多い場所であり、言わば冒険者にとってのホームタウンとも呼べる。もちろんアキバの街に居るのは冒険者だけで無い。多くの大地人もこのアキバの街で暮らしている。

 

そんなアキバの街にひと際立派にそびえ建つ建物、ギルド会館。その一室。

 

現在ここにはアキバに集う様々なギルドの代表者たちが集結し、顔を付き合い座していた。これは後に"円卓会議"と呼ばれる、アキバの街を始めとしたこの世界に確変をもたらす会議である。

 

戦闘系ギルド代表-

〈D.D.D〉 クラスティ

ギルドメンバー:1461名

 

〈黒剣騎士団〉 アイザック

ギルドメンバー:186名

 

〈ホネスティ〉 アインス

ギルドメンバー:743名

 

〈シルバーソード〉 ウィリアム

ギルドメンバー:220名

 

〈西風の旅団〉 ソウジロウ・セタ

ギルドメンバー:64名

 

生産系ギルド代表-

〈海洋機構〉 ミチタカ

ギルドメンバー:2547名

 

〈ロデリック商会〉 ロデリック

ギルドメンバー:1881名

 

〈第8商店街〉 カラシン

ギルドメンバー:669名

 

サポート系ギルド代表-

〈三日月同盟〉 マリエール

ギルドメンバー:61名

 

〈グランデール〉 ウッドストック

ギルドメンバー:31名

 

〈RADIOマーケット〉 茜屋

ギルドメンバー:21名

 

円卓会議主催-

記録の地平線(ログ・ホライズン)〉 シロエ

ギルドメンバー:5名

 

集まった者たちは、このアキバの街の顔とも呼べる様々なギルドのギルドマスターを務めている。唯一、シロエの所属する記録の地平線はその限りではないのだが。

 

この円卓会議はシロエが主催するものであり、ここに集まった者たちは皆、シロエから招待状を受けここへ集結した。"アキバの街について"という表題の招待状だ。

 

ある者は訝しげな表情で、ある者はどこか楽しそうに、ある者は興味なさげに、周りに座る面々を観察している。自分以外には誰が招集されているのか。そして主催者であるあの男たちは。

 

目をつむり深くゆっくり呼吸するシロエ。これはシロエが始めた会議と言う名の戦争だ。本人がそう思っており、そしてそれは間違っていない。この場で、アキバの今後が決まる。いや、決めるために集めたのだ。

 

シロエの右後ろに立ったにゃん太が小さく話かける。恐らく、励ましの言葉や心配の言葉をかけているのだろう。そう思ったミルは、にゃん太の言葉が切れたタイミングでシロエの左肩に小さな手をのせる。大丈夫、信じてると言う様に。そしてそのミルの想いは全てシロエに伝わった。

 

立ち上がり、胸を張った姿勢でシロエが冒頭の挨拶を行う。

 

「皆さん、本日はお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。僕は記録の地平線のシロエと云います。…今日は皆さんにご相談とお願いがあってお招きしました。多少込み入った話です。時間が掛かるとは思いますが、どうぞお付き合いください。」

 

皆一様に真剣な表情でシロエを見やる。そんな中、アイザックがこの場の空気にそぐわない気軽さで声を発する。

 

「挨拶は適当に切り上げて構わない。茶会のシロエ。別に知らない仲でもないだろう。」

 

「黒剣騎士団のアイザックさんですね。ありがとうございます。それでは早速ですが、内容に入らせて頂きます。ご相談と言いますか、提案と言うのは、現在のアキバの街の状況についてです。ご存知の通り大災害以降、僕たちはこの異世界に取り残されてしまいました。地球に帰れる目処は未だ全くと言って良いほど経っていません。そして変える手立ても、僕の知る限り全くありません。」

 

眉をひそめシロエを睨む者もいれば、俯き表情に影をつくる者もいる。だが、どう思おうともこれは事実であり、無視して良いほど軽いものでもない。誰もが分からないということ。それは分かっている。あまりにも情報がないのだ。突然この世界に舞い込んでしまった。そして帰ることができない。

 

シロエは一度参加者の表情を伺い、そしてまた話し始める。

 

「一方、そんな状況下でアキバの街の空気が悪化している。多くの冒険者がやる気を無くしています。逆に自暴自棄になっている人もいます。経済情勢はボロボロで、探索の効率は少しも上がっていません。この状況を、僕たちはどうにかしたいと考えています。そういったことを話し合い決定するために、この会議は開かれました。」

 

落ち着いてる。にゃん太の激励と、ミルの信用と。仲間たちの、記録の地平線の心が一つになって、自分を支えてくれている。シロエはいま、とても活き活きとしていた。

 

「集まって何になる?」

 

「面倒だな…。」

 

「何故今なのだ?」

 

「言わんとすることは分かるが、いったい何が出来るというのだ。」

 

メンバーはざわめき、各々が思ったことを無秩序に口にする。そんな中、不信感の募る今の空気を一刀両断するように、よく通る声でシロエに対し質問を投げる者がいた。ホネスティのギルドマスターであるアインスだ。

 

「それは、以前失敗した中小ギルド連絡会のようなものですか?」

 

「近いです。しかしそれは失敗したと聞いています。」

 

大手ギルドに対抗すべく、アキバの街に存在する中小ギルドが集まって自分たちの利益を守ろうと行動したことがあった。その集まりには、今この場に居る三日月同盟やグランデール、RADIOマーケットも参加していた。

 

しかしそれは失敗に終わっている。各々のギルドが自分たちだけの利益を守ろうと思考するあまり、やりたい事や理想を突き合わせるだけで会議や話し合いとは言えない様な有様であった。妥協、といったものが一切存在しない、ただの都合の押し付け合いとも取れるような何か。それが中小ギルド連絡会だった。

 

今回のこれも同じようなものなのではないか。失敗した前回の続き、延長線上の集りなのではないか。そう思っている者は少なくないだろう。

 

「今回は少し趣旨が違います。現在のアキバの状況の改善についてです。」

 

「そう言うことなら、俺たちは抜けされてもらうわ。」

 

シロエがそう言い放った直後、大きく音を立てて席を立ったものが居た。シルバーソード、ウィリアムだ。集まった時からイライラを隠そうともせず、眼を鋭く尖らせ、腰のサーベルの位置を直しマントを翻す。

 

「ご存知の通り、シルバーソードは戦闘系ギルドだ。街の雰囲気なんて関係ない。ここは帰って来てアイテムを換金するだけの場所だ。つまり、俺たちにとっちゃ雰囲気が荒れてようが荒れてなかろうが、知ったこっちゃねぇ。どうだって良いんだよ。街のことは街に興味のある連中でやれば良い。別に、相談するのが悪いとは言わねぇ。時間の無駄だと思うがな。ただ俺たちはそんなことに興味がない。俺たち抜きでやってくれ。」

 

シロエにとってウィリアムの行動は予想通りとでもいうものだった。これだけのそうそうたるメンバーが集う中、皆仲良く自分のような得体の知れないものの話を聞いてくれるとは思っていない。もっとも、シロエが思っている以上にシロエのことを知っている者は多くいるのだが。

 

ただそこでシロエにとって予想外のことが起きた。退出しようと背を向け歩いていたウィリアムに対し、ミルが声を掛けたのだ。個人的に聞くようなものではなく、むしろウィリアムを通してこの場に居る全員に話しているような。

 

「シルバーソード、ギルドマスター。ウィリアム・マサチューセッツ。問おう、貴殿の眼にこの世界はどう映っているのか。貴殿はこの世界に来て、今まで何をしてきたのか。」

 

「これはこれは。まさかアンタが俺に話しかけてくるだなんて、光栄だな。茶会のミルセロス。」

 

ウィリアムのこの言葉に対し、またもざわめきが起こった。今度は先ほどの比ではない程に大きく、どう収めようとシロエが狼狽する程だった。ほとんどの者は、今までミルの存在を気にしてはいなかったのだ。なぜならミルの見た目は中学生ほどであり、恐らくシロエの側近か何かであろうと思われていた。

 

曰く、獣を愛し獣に愛される子ども。

曰く、ロスト率ゼロのプレイヤー。

曰く、幸運の女神(男)。

曰く、理想の召喚術士。

曰く、絶対に死なない、死なせない。

 

エルダー・テイルにおいて、ミルの姿を知っている者は少なかったが、ミルの名前だけは”腹黒メガネ”の異名を持つシロエ以上に知られていた。

”獣狂い”と”完全万能型(パーフェクトオールラウンダー)”。

その名を知らないプレイヤーはよほどのモグリかにわかと言われること間違いないだろう。伝説の集団である放蕩者の茶会を伝説たらしめる存在、その筆頭ともいわれるプレイヤー。それがミルセロス。彼の噂は様々で、そのどれもが根も葉もないもの。などではない。そう言われるだけのプレイヤースキルと経験を、ミルは9年間で培っていた。そう在らなければならない理由があった。

 

ざわめきは次第に収まっていった。その理由がなぜか、シロエには一瞬分からなかった。だがミルに視線を向けて分かった。ミルは怒っていた。いや、傍目からは絶対に分からないだろう。事実シロエにも本当にミルが怒っているのか判断しかねる部分があった。無表情、抑揚のない声で淡々と問いかけるミルに、シロエは言いようのない不安を感じた。

 

「その質問の答えは既に言ったぜ。俺たちは戦闘系ギルドだってな。ここはエルダー・テイルの世界で、俺はシルバーソードのギルドマスター。今まで何してたかって?決まってんだろ、戦いだよ。高レベルのモンスターがうようよいる様なフィールドへ行って、今までと同じように戦闘してたんだよ。キーボードとマウス動かして敵を倒すか、テメェの身体張って敵を倒すか。違いはそれだけだろ。今日だって、あの茶会のシロエからの招待状が届かなきゃ、どこかへ狩りに出る予定だった。」

 

「貴殿はこの世界をゲーム時代のエルダー・テイルと同じだと考えているという事だな。そして大災害後はギルドとして戦闘を行っていたと。なるほど理解した。邪魔をしたな。」

 

ミルはそう言い放つと、もう話すことは無いもないとばかりに一方的に会話を切り上げ、円卓へと向き直った。当然、そのような態度を取られて黙っているウィリアムではない。

 

「おい、言いたいことがあるから呼び止めたんじゃねぇのかよ。はっきり言ったらどうなんだ。」

 

「既に答えは得ている。今の貴殿と話すことはもう何も無い。戦闘系ギルドとしての役目を果たすと良い。」

 

一瞬たりとも目を合わせず、どころか背を向けた状態でミルは言葉を発する。ウィリアムはそんなミルの態度に幻滅し、言葉を返すことなく部屋を去った。

 

糸が張り詰めたような空気の中で、シロエが閑話休題とばかりに話を戻す。

 

「11席になってしまいましたが、先を続けます。皆さんをこの場へとお招きしたのは、先ほどシルバーソードさんが言った通り、アキバの街の自治問題に対して話合う機関”円卓会議”の結成を呼びかけるためです。当面の目的は大きく2つ。まず、アキバの街の雰囲気の改善。具体的には、活気を再び取り戻すような方向に誘導すること。もうひとつが治安を改善すること。当面はこの二点を中心に据えて、ゆくゆくはアキバの街の自治に関して問題解決が出来る機関を目指します。」

 

静寂が蘇る。今の話を聞いて、誰がどのような意見を出すのか、そういった考えからの沈黙であるだろう。各々が互いの腹を、考えを探り合っている。

 

今ここにいるメンバーで一つの組織を作るのであれば、それは確かにアキバの街にある程度の影響を与えることが出来るだろう。この会議に集まったギルドのギルドメンバーの総数は6000を超える。アキバの街に住むプレイヤーのおよそ1/3に匹敵する数である。更にここにいるギルドはすべからく他方に顔が利く者たちばかりである。その影響力は恐らく想像以上に大きなものだ。

 

ここに集まったメンバーの合意が取れれば、アキバの街の住民全ての合意をとることはさほど難しくはない。もちろん、シロエが結果的にそうなるように会議への招待ギルドを選んだのだが。

 

「そのまえに、メンバー選定の基準を教えて貰えるかな。」

 

アキバにおける最大の戦闘系ギルド、そのギルドマスターであるクラスティからの質問が飛ぶ。心得たとシロエは淀みなく答える。

 

「えぇ、分かりました。まず黒剣騎士団、ホネスティ、D.D.D、西風の旅団の各ギルドについては、戦闘系の大規模ギルド、もしくは功績の高いギルドを選ばせて頂きました。先ほどお帰りになったシルバーソードもそうです。次に海洋機構、ロデリック商会、第8商店街は生産系を代表する三大ギルドとしてお招きしました。三日月同盟、グランデール、RADIOマーケットは小規模ギルドの代表としてです。」

 

「最後に上げた3つのギルドに関しては、ギルド単体としてお呼びしたと言うよりは、ギルド未加入者やこの席にはお呼びできなかった小規模ギルドの意見を汲み上げるために選ばせて頂きました。ギルド自体が小規模であるからと言って、その発言の重みには無視すべきではありません。また、もしこの会議が成立するとすれば、そのような行動をお願いすることになるかと思います。」

 

メンバーは今の説明に納得できたようで、辺りを見渡しつつシロエに頷き返している。

 

「君たちは?」

 

クラスティはそう言って、シロエとミルを見つめる。言い逃れは許さないと言わんばかりの眼光だ。ミルはクラスティと目も合わせようとしない。というか、大きく白い瞳は焦点があっていないようにも見えて少し不気味だ。会議に飽きちゃったのかな、と余計なことを考えつつシロエが答える。

 

「記録の地平線は開催者兼発案者として臨席しています。」

 

つい最近できたばかりの、参加人数も10人に満たない小さなもの。そんなギルドを率いるギルドマスターがどんなにアキバの街を思い声を上げたところで耳を貸すようなもの好きは居ない。記録の地平線は、シロエ自身が設定したこの会議の参加条件を満たしていない。

 

だが、そんなことは関係ない。

 

参加資格など持ち合わせていない。ではその参加資格のあるものが起こす行動を待っていれば、アキバの街は今より良くなるのか?自分よりも先にこの街の雰囲気を良くしようと動いたギルドがあっただろうか。

 

断じて否だ。待ち望んでいるだけでは何も変わらない。これはエゴで我儘である。そんなことは承知している。ただシロエは、もう遠慮しないと決めた。そうやって気持ちに踏ん切りをつけ、自分のギルドを立ち上げたのだ。

 

「つまり参加資格を得るために、わざわざこの会議を主催したという訳だね?君たち2人の連名で招待状を送ったのは、参加メンバーが招待に応じる可能性を少しでも上げるためと見て良いのかな。」

 

「その通りです。」

 

本来ならギルドマスターであるシロエの名前を書いて招待状を書くつもりだったのだが、ミルの案によりシロエとミルの連名での主催となった。セララ救助の際のロンダークの言動を思い出したミルが、連名にしたらシロエと自分の名前に釣られて参加する可能性が上がるのではという思いつきからだった。結果その予想は大当たりだった。見事に不参加率0%を飾ったのだ。一席空きができたが。

 

「で、仮にその会議が発足したとしてどんな手段で治安を取りしまる?いやそもそもこの場合、問題にしている治安の悪化とは何だ?」

 

「現在アキバで一部のギルドが初心者保護を名目に軟禁状態に置いているのは周知の事実ですよね?そのような状況は健全だと言えません。」

 

 真っ向から突きつけられた言葉に、“黒剣”のアイザックはひるむ。彼には思い当たる節があった。

 

「”EXPポッド”の件だな?しかしあれは法に反しているとは言えないだろう。」

 

「貴殿は何か思い違いをしているな。現時点において、この世界に法など存在していない。」

 

今まで沈黙を貫いていたミルが、またも突然声を発する。アイザックは一瞬狼狽えたが、気を持ち直し否と唱える。

 

「言いがかりだな、獣狂い。法は確かに存在する。現に戦闘行為禁止区域で戦闘を行なえば、そのプレイヤーには死というペナルティが与えられる。衛兵がそうやって対処するのは紛れもない事実だ。」

 

「現在の日本における法律の数はおよそ1900にも上る。更に法律の他に、勅令・閣令・政令・府令・省令・規制・条約・基準・告示など、ありとあらゆる反してはならないルールが存在している。まとめて法令と呼び、それらを集約した書物を”六法全書”などと称するのだが聞いたことがあるかな。」

 

いきなり何の話だとでも言うような顔をするアイザックに対し、ミルは先ほどよりも感情のこもった声を発する。先ほどまでと比べて、威圧感が少し減ったように思う。

 

「つまりそれほど多くの法を定める必要があるほど、人間は愚かで卑しい一面を持つ生き物なのだということだ。貴殿は先ほど”戦闘行為禁止区域での戦闘を行えばそのプレイヤーには死というペナルティが与えられえる”とそう言った。それで?現代日本には1900を超える法があるのに対しこの世界にはそのひとつだけか?たったそのひとつのシステムだけで人間が生きていけると本当に思っているのか?」

 

「そもそもそれは”結果”であって”法”ではないです。ただ単純に法則として、ミルが言ったようにシステム的にそうなっているだけ。もっと明確に言うならば、戦闘行為禁止区域内で戦闘をするという”原因”に”衛兵からの攻撃”という結果があるだけです。それはルールとすら呼べない、ただの現象でしか在りません。僕らが認めた訳でもなく、作り上げたものですらない。そんなものが”法”である訳がないでしょう?」

 

言葉に詰まるアイザック。同様に何も言えないその他のメンバーを諭すように見渡すミル。シロエは静かに言葉を続ける。

 

「僕は先日ススキノの街に行きました。そこでは〈ブリガンティア〉というギルドが、NPCや冒険者の若い娘を攫っては、プレイヤーに奴隷販売をするビジネスを企てていました。」

 

会議の参加者達がぎょっとしたような表情でシロエを見る。

 

「幸い、大災害時にススキノに居たミルとにゃん太班長の尽力のおかげで、ブリガンティアの企みは事前に防ぐことが出来ていたのですが。先ほどの話で言えば、これも”違法”ではありません。衛兵に攻撃されませんので。僕らが言う”法”ってそういう物ですか?この世界では有りです。少なくとも仕様上可能ではある。 『出来るか出来ないか』でいえば、『出来る』。それも、する者のレベルが高ければ高いほど簡単に。でも”法”というのはそれとは違いますよね。僕が今問いたいのは、『僕たちが僕たち自身に対してそれを有りと認めるのか?』という部分です。”法”は本来そう言うものです。僕らが僕ら自身を律するルールを何処におくか、それが重要なんです。」

 

「僕がススキノに居る間、毎日朝から晩まで従者を召喚して街中と街周辺を巡回してもらってた。そうすることで、街中での恐喝や恫喝、窃盗に性的暴力、拉致監禁を防ぐためだ。街の外ではPKやMPKだって当然ある。従者と共に僕が出向いて直接対処することだってあった。そんな僕をターゲットにした複数人の冒険者に囲まれ攻撃を受けたことだってある。…アキバに来たのが大体1週間前かそこらだが、既に26件ほどのそれに類する行為を未然に防いでいる。だから言っているんだ、現状この世界に法なんてものは存在しないと。」

 

今やっと、本当の意味でこの世界の危険性を理解した。そんな顔をしたメンバーに対し、やっとミルの表情が少し柔らかくなる。まぁ、それでも無表情であることに変わりはないのだが。なんというか、纏う雰囲気の問題なのだ。その代わりと言ってはなんだが、どこかにゃん太の笑顔が黒いような。

 

 

シロエの第一目標であった、「無法地帯である異世界において自分を律する必要がある」と全員に認めさせることは達成と言える。

 

2人が紡いだ言葉、その事実と現状について改めてメンバーは考える。その上で自身の意見を声高らかに伝えようとするものやどうすれば良いか分からないといった風に口を閉ざすものも居た。

 

どうやら、意見は割れているようだ。シロエとミルの言う通り、何かしらのルールや決まりごとを作るべきだという意見。そしてその様な合意形成は実現不可能だという意見だ。

 

「ではもし仮に、会議の存在自体を認めないという勢力がアキバの街に現れたらどうします?つまり、この円卓会議の方針に逆らう勢力と言うことです。」

 

どこまでも冷静かつ的確な質問をしてくるクラスティが、いかにも実際に起こり得そうな状況が起きた場合について質問する。シロエもその質問に冷静に応える。

 

「戦います。具体的にはアキバの街から追放します。仮に潜入したとしても、その活動は非常に困難になるでしょう。解散させることも当然視野に入れます。」

 

この発言には誰もが驚いた。当然だ。ギルドを解散させるとは、言葉で言うのは簡単だが実現は困難である。この世界において”死”さえそこまでの抑止力を発揮しない。冒険者は死んでも大神殿で生き返るからだ。つまり究極的に言えば、どんな状況に陥ろうとも自殺してしまえばそれで解決する可能性が高い。そんな中ギルドと言う組織に致命的ダメージを与えるには限りなく困難だ。

 

「はっ。結局は俺たちみたいな戦闘ギルドの助けが無けりゃ出来ねぇだろうが。十や二十だったらまぁ、まだ良いさ。そうやって処罰も出来る。だが、例えばここに集まったようなギルドひとつが会議には従わない、会議の決定は無視する、”法”なんてクソ喰らえって言いだしたら、そりゃ戦争だぜ?仮に会議が発足したとしても、その会議で扱う一個一個の案件で合意に達する保証なんて有りはしない。むしろそんな状況で意見なんかまとまるのか?反対意見をまとめようと思ったら戦争になっちまいました、じゃ会議の意味なんて無いだろ。」

 

アイザックの意見は筋が通っている。会議に集まったメンバーは口々の同意の呟きを発し、3度目のざわめきが広がる。例えば、彼の黒剣騎士団はギルドメンバー数が190近く存在し、且つ全員のレベルが85以上と言う戦闘のエキスパート集団である。そんな彼らが反旗を翻せば、事実上対抗は厳しいものである。PKを行ったところでギルドに対し決定的なダメージなど与えられない。そもそもそんなことを好んでやりたいとも思わない。

 

「やはり現実味が薄いと言わざるを得ないのではないでしょうか?その会議を成立させる意味はあるでしょう。しかしそれによって実際的な拘束力を発揮するとは思えませんね。」

 

クラスティの発言に対しシロエが静かに挙手し発言する。同時にミルがにやりとほくそ笑む。悪戯が成功したような、やっとここまでたどり着いたかとでも言いそうな。俗に言う、『わるいかお』である。

 

「本日。今から約4時間ほど前ですが、僕はこのギルド会館と言うゾーンを購入しました。」

 

誰もが一瞬思考を停止させた。目の前に立つ男の言った意味が分からなかった。そして耳で理解してもなお、頭で理解が出来なかった。

 

「当然ながらゾーンの設定権は僕にあって、その権利にはゾーンの入退場に関するものも含まれています。つまり、僕がブラックリストに指定した人たちは、ギルド会館を使用できません。即ち、ギルドホールも銀行施設も貸金庫も使用できないことを意味します。」

 

誰かがこう呟いた。”真っ黒だ”。そして、”混ぜるな危険”であると。

 

 




最近口悪くないな〜。あ、ミルくんがですよ?
そろそろ悪くしないとな〜、と思います。
そしてにゃん太に怒られるまでが1セット。

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