生まれ変わったら魔王の兄だった   作:ジーザス

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入学試験②

〈適性検査〉を終えてアノスと2人で門を出る。質問内容が気に入らなかったらしく、アノスは先ほどから少しばかり不機嫌そうな顔で横を歩いていた。

 

「不満そうだな」

「これが教育機関なのかと疑うほどに落ちぶれている。2000年の間にここまで成り下がっているとは」

「文明の発展と衰退は生き残った存在次第だ。肉体が滅んで眠りについていた俺たちが、上から目線でとやかく言えることじゃないさ」

「それを考慮したとしてもだ」

 

嘆息しながら歩を進める。橋を渡ろうとした時に左袖を掴まれた。振り向けば無表情に俺を見上げるミーシャがいる。待ち人来たりというよりは、飼い主が帰ってきたことを喜ぶ子犬が適切だろうか。

 

「何をしている?」

「待ってた」

「俺たちを?」

「後でって言ってたから」

 

思い返せば言った覚えがある。何気なく返した言葉が、また会おうという意味合いになっていたようだ。深い意味を込めた言葉では無かったのだが。

 

待たされたことへの文句が1つ2つあっても可笑しくないというのに、むしろ現れたことにほっとしているようにみえる。見えはしないが見える魔法があったなら、しっぽと耳が小刻みに揺れていることだろう。ミーシャは犬か猫かと言われれば、間違いなく猫に近い。眠たげな無表情さは猫そのものだ。

 

「遅くなって悪かった」

「質問に答える時間は人それぞれ。それにこのぐらいは待ち時間に入らない」

 

魔法陣から開放されて、周りを見た時にはアノスしかいなかった。部屋を出ていく気配もなかったのだから、優に10分は差があったはず。それを待機時間とみなさないのは、心の余裕があるからなのか。はたまたそういう性格なのか。どちらであっても、俺たちが文句を言う筋合いはない。それなら感謝する方が適切な返答だと思う。

 

「待ってくれた礼とはいかないけど。よければ家に来るか?」

「家に?」

「入学祝いと称して、母さんと父さんが夕飯を準備しながら待っているだろうからね。女性が1人増えたことに文句を言うような人たちじゃないよ。むしろ喜ぶと思う」

「…いいの?」

 

不安そうな声音だ。自分にはその価値がないとでも言いたいのだろうか。まあ、確かに人間とは言いきれない存在だから、自分には自由意志がないと言えなくもないが。だがその程度で断るほど俺は悪人じゃない。

 

「むしろ来てほしい。初めて話した同級生だからね」

「行く」

 

自らの意思決定で言葉を発してくれた。先程とは違った高揚した声音は、こちらがつい笑みを零してしまうような柔らかさがある。

 

「じゃあ、行こうか。掴まってくれ」

「飛行魔法なら使える」

「それより速い。アノス、よろしく」

「人使いが荒いな我が兄は」

 

先程まで空気に徹していたアノスが苦笑を浮かべる。だがその顔は、構ってもらえて喜ぶ子犬のようだ。実際は、在り方自体が反則級の魔王なのだが。

 

ミーシャが俺の袖を掴んだのを確認してから、アノスの肩に右手を乗せる。生憎、初対面の女性に対して手を繋ぐという行為は俺にはできない。恥じらうという気持ちも無きにしも非ずだが、本意は相手の感情に触る可能性があるからだ。たとえば、話すのが大丈夫でも触れられると拒否反応を示してしまう異性恐怖症だったり。単純にそこまで親しくなっていない異性が、いきなり手を繋ごうとしたら不安を抱かせてしまう。

 

精神的余裕を奪って楽しむような性格を、俺は持ち合わせていない。優しいミーシャなら何も言わないだろうが。

 

「《転移(ガトム)》」

 

アノスが術式を展開すると、淡い光が俺たちを包み込む。瞬きする間に転移は終わっており、ミーシャが目を開ける頃には自宅前に移動していた。

 

「〈太陽の風〉?」

「父さんが鍛治職人で店をやっている。今のは転移の魔法だ」

「【神話の時代】の〈失われた魔法〉…」

 

転移(ガトム)》はしっかりと後世に語り継がれていたようだ。だが〈失われた魔法〉という時点で、誰も使うことはできないようだが。確かに《転移(ガトム)》は難易度の高い魔法だ。それでもある程度習熟した者であれば、近距離といえど移動する事ができる。

 

【神話の時代】で齢10にもなれば、友人宅への移動手段として当たり前に使っていたほどだ。今では俺とアノスしか使えないらしい。

 

店のドアを開けて中に入る。

 

「いらっしゃ〜い。あ、お帰りなさい2人とも」

「「ただいま母さん」」

 

奥から若々しい容姿の母さんが駆け寄ってきた。こうして見ると、本当に可愛らしいと思えてくる。父さんはカッコイイと言えるほどではないが、穏やかで熱血な性格が相まって、お似合いの夫婦だと子供の俺たちでさえ思うことがある。

 

「それで…どうだった?」

「合格したよ2人とも」

「おめでとう!生まれて1ヶ月で学院に合格しちゃうなんて、どうしてそんなに賢いのぉ?」

 

俺とアノスを抱き寄せながら、嬉しそうに頬ずりしながら問いかけてくる。魔王とその兄の転生だからなんて言えないか。いや、言ったとしても「さすが私の息子」と言って、容易に受け入れてくれるだろうが。

 

「今日はご馳走ね。ねぇ、何が食べたい?」

「そうだね。じゃあ、「きのこグラタンがいい」…」

 

答える前にアノスが即答していた。弟よ、考える楽しみというものをくれてやってもいいのでは?まあ、アノスがこの世で一番好きな料理が、きのこグラタンだであるし俺も好きだから仕方ない。それに母さんの作るきのこグラタンは絶品だから文句を言えるはずがない。

 

「魔王の大好物がきのこグラタンでは示しがつきません!」と、アノスが配下に言われていたのを思い出すな。大好物はそれ以上に好きなものがないから大好物なのだ。大好物を簡単に変えられるのであれば、言われたときに変えている。

 

アノスはその言葉にもぶれずに、大好物はきのこグラタンだと言い張ってきた。高級食材が大好物であっても、俺たちは文句を言うつもりはない。そいつの大好物を変えようとするのは、人の中に入り込むのと同じだ。

 

誰にでも選ぶ権利はあるのだから。

 

「うふふ。そう言うと思って下ごしらえしてあるのよぉ〜」

 

やはり、アノスがそう言うとわかっていたようだ。思い込みだったのか予測していたのか。さすがは俺たちの母親である。

 

「あら、どなた?」

 

俺たちを楽しそうに愛でていた母さんが、入口で静かに佇むミーシャに気付いた。

 

「紹介が遅れた。彼女はミーシャ・ネクロン、試験会場で出会ったんだ」

「よろしく」

「なっ!」

 

紹介しただけだというのに、そこまで驚くことだろうか。むしろ、友人ができたことを喜んで挨拶ぐらいするべきだろうに。

 

「まだ1ヶ月なのに…まだ1ヶ月なのに…。もうお嫁さんを連れてきちゃったよぉぉぉぉぉぉ!」

 

盛大に誤解されている。仲良くなったことを伝えただけだというのに。それもミーシャが自然体で俺たちの会話を見ていたことが、評価アップして脳内変化されたのだろうか。いや、紹介という言葉をそういう意味(・・・・・・)に捉えたのかもしれない。

 

「すまない。母さんはかなり早とちりでな」

「なんとなくわかってた」

 

アノスが代わりに謝罪すると、ミーシャは空気に飲まれることなく落ち着いて返事を返す。すると、工房から父さんが期待に満ちた顔で飛び出してきた。

 

「でかしたぞ!それでこそ我が息子だ!今日はご馳走だな!派手に祝おう!」

「ええ!ええ!」

「お父さんも…」

「「見ての通りだ」」

 

さすがのミーシャでも、父さんの早とちりには流されるしかなかったらしい。どうやら母さんの早とちりへ状況理解HPを総動員していたようだ。すべて使い果たしたところに、父さんの追撃がクリティカルヒットしたらしい。瀕死状態ではさすがに受け止められなかった。そう考えるのが妥当だと思えるな。

 

 

 

一騒動が落ち着いた頃。両親が閉店作業をしているのを、俺たちは3人で仲良く見守っていた。すべてを終えてから2階へ移動して夕食の準備だ。5人分のきのこグラタンを父さん特性の釜で数分焼く間に、テーブルの準備を進める。

 

アノスとミーシャを席につかせて、俺はせっせと必要なものを置いていく。2人に手伝わせなかったのは、俺が個人的にこういう作業が好きだからだ。2000年前は俺がアノスの世話をそれなりにしていたし、ミーシャは客人だから手伝わせるわけにもいかない。そういうこともあって、俺は母さんと父さんの手伝いをしていたのだった。

 

「沢山あるからね。ミーシャちゃんも好きなだけお代わりしてってねぇ〜」

「いただこう」

 

準備を終える頃に、きのこグラタンが焼き上がる。両親の絶妙な火加減・焼き加減・時間配分には、俺でも脱帽するしかない。席に着いて軽く話をしてからスプーンを手に取る。一口運ぶと、ミルクソースの甘み・チーズの風味・きのこ特有の食感が、口一杯に広がる。2000年前と比べて、格段に素材の味が上がっている。

 

庶民でこのレベルを味わえるとは、魔法の技術が衰えていたとしても文句を言えなくなりそうだ。隣を見れば、アノスが満足そうに口を動かしている。俺も似たようなものだから何も言わないが。

 

「食べてるときの顔はまだまだ子供だよねぇ」

 

俺たちが満足そうに食べているのがお気に召したようだ。母さんも満更では無い様子で笑みを浮かべている。

 

「ちょっと聞きたいんだけどね。ミーシャちゃんはこの2人の何処が好きなのかな?」

「「ブッ」」

 

あまりの声音の変貌ぶりと質問内容に、俺とアノスは口に入っていたきのこグラタンを吹き出してしまう。

 

「優しいところ」

「「そうか?」」

「手紙を拾ってくれた」

「人が落としたものを拾うのは当然だと思うけど」

「あれは大切な手紙。失くしたくない大切なもの」

 

ふむ、何気なく落ちた手紙を拾っただけなのだが。どうやら好感度上昇に一役買っていたらしい。といってもまだ会って数時間でしかないのだが。

 

「そうなの!そうなのよぉ!本当は2人だけで〈ディルヘイド〉に来るつもりだったみたいなんだけど、私たちが寂しがるだろうからって連れてきてくれたのよ!それでどんなふうに出会ったの?どっちから声をかけたの?」

 

母よ、そこまで興奮することではないぞ。父よ、さぞ当たり前かのように首で相槌を打つのを止めるのだ。母が母なら父も父というわけだが、それに対してさぞ当たり前かのように話を聞いているミーシャも凄い。

 

「話しかけてきたのは…」

「俺の方だ。落ちていた手紙の近くにいたのがミーシャだった」

「我が兄が深い意味を持って声をかけたわけではない」

「まあ、さっすがぁ。自分から声をかけるなんてこの女たらしぃ」

「「あのねぇ(なぁ)母さん」」

「ところでお代わりはいる?」

「「もらおう」」

 

どうやら話と夕食の主導権を、母さんが完全に掌握したようだ。それに流される俺たちも問題なのだが。

 

「そう言うと思って沢山作ってたのぉ〜」

「今日も美味いよ母さん」

「隠し味は愛情だからねぇ〜」

 

愛情ほど美味い調味料はこの世にないとまで思える。母さんの腕が良いのか食材が良いのか。両方とも考えられるが、母さんの言う通り愛情があるからこそ美味なのだろう。ミーシャの口にも合うようだし、文句を言うのは野暮であるし言う気はさらさらない。俺たちは入学試験に合格したことも相まって、普段より多くのきのこグラタンを食するのだった。

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