入学試験の数日後。割り当てられた教室に入ると、もう既に大半の生徒が席に着いていた。この場にいないのは、少しばかり友人と共に席を離れている者だけだろう。つまりは、俺とアノスが最後だということだ。授業開始まで数分ともなれば当然なのだが。
「皆の者、良い朝だな。今日からこのクラスは俺が支配してやる。逆らう奴らは皆殺しだ!」
入室早々、猛々しく宣戦布告するアノスに俺は頭を抱える。場を弁えぬ言動と周囲を巻き込むトラブル基質。これも魔王として魔族を従えたアノスのカリスマ性なのだが。アノスの台詞を聞いて、当然の如く生徒たちは「何を言ってるんだアイツは」という視線をくれる。巻き添えで俺まで変なレッテルを貼られそうだ。
中には蔑むような視線を向けている者もいる。その張本人は黒服で、俺たちが白服だから敵意を向けているだろう。純血か混血かの違いで制服を分けるのは別に構わない。だがそれを蔑む理由にしてはならない。差別のために分けているようなものだ。実際、そう仕向けるための違いなのだろうが。
「ふむ、2000年前は鉄板のジョークだったのだが」
「アノス、2000年前と今を同じと考えるな。当時の常識と今の常識は別物だ」
魔法の技量や考えの差がその例だろう。かつて当たり前だった魔法が、今では〈失われた魔法〉と言われたように。純血だろうと混血だろうと、平等に扱っていた2000年前のように。
アノスの爆弾発言に巻き込まれながら、俺は空いている席に腰を落ち着けた。選んだ理由は、隣が連続して空いている席はない上に、知り合いが既に座っていたからだ。別に席が空いていないわけではないが、空いていたとしても黒服の場所だけだ。座ったところで勉学にさしつかえることは無い。俺がよくとも向こうがそれを拒否するだろう。
余計な災いを起こすのは、アノスだけで十分だ。
「おはようミーシャ」
「おはよう」
「浮かない顔をしているみたいだけど」
無表情で感情が読み取りにくいミーシャだが、昨日1日話したことでそれなりには理解できるようになった。無表情な中にも複雑な感情が混じっていると。
「アノスに向けられる視線が嫌だったから」
「仕方ないさ。白服だし〈不適合者〉の印があるからね」
「〈不適合者〉?」
俺の右側に座ったアノスが不思議そうに問いかけてくる。どうやらアノスは、肩のエンブレムの意味を詳しく知らないようだ。ちなみに俺は七芒星の印を与えられている。白服ではあるが…。
「そのエンブレムのことだよ。〈適性検査〉で適正がないと見なされた者に与えられる紋章だ。魔王学院は魔王の血を引く魔王族だけが入学を許可される。これまで魔王族で魔王の適性がないと判断された者はいない。だがアノスは適性がないと判断された。アノスは学院始まって以来の〈不適合者〉だ」
「妙だな。問いには間違いなく答えたはずだが。…我が兄よ、魔王の名前を何と答えた?」
〈適性検査〉の問いは、簡単に言えば常識問題だ。それを知らずして入学する者は、適性がないと言われるのは当然かもしれない。その問いと答えが互いに間違っているのであれば、おかしいのは学院側だが。
「〈暴虐の魔王〉
「…アヴォス、誰だそいつは」
「知らない魔族はいないそうだ」
間違って語り継がれた名前が浸透している世界で、間違った名前が語り継がれているなどと言うのは自殺行為に近い。特に皇族からすれば、名前を穢した不埒者だとして粛清対象とみなすことだろう。学院を運営しているのも皇族ならば、間違った名前を答えたアノスを〈不適合者〉と判断してもおかしくない。
「よく知っていたな」
「情報を知っていて損はないさ。特に2000年も経てば、俺たちが知っている世界とは、大きく異なっていることがあるだろうしな」
「〈暴虐の魔王〉はどんな奴だと言われている?」
「冷酷さと博愛を併せ持ち、常に魔族のことを考え自らを顧みず戦った…らしい」
「…なんだその完璧超人は」
伝承というものは、時代を重ねる毎に誇張されていくものだ。正しく語り継がれることもあるだろうが、大きく解離した伝説となることも多々ある。その偉大性を失わないために、配下が完璧な存在として崇め続けたなど。考えればきりがないぐらいにある。
「始祖の思考や感情に近いほど適性が高いと言われてる。今もっとも適性があるのは…」
話していたミーシャがふと視線を逸らす。そのタイミングで俺たちの後ろを通る何者かがいた。どうやらその人物に話の内容を聞かれたくなかったらしい。黒服に白服の自分が、始祖について語っているのを聞かれたくなかっただろう。
黒服は白服を見下す傾向にある。それに始祖は純血に転生すると伝えられているため、白服である混血に転生するわけがないと断言する。白服が始祖について語っているのを聞けば、変な言いがかりをつけられないとも限らない。
黒服の前で始祖について語ることは、ある意味白服の中ではタブー扱いとなっている。とはいえ、表立って言えないのは己に力がない証拠だ。だが、それは仕方がない。純血や上級貴族は、物心ついた頃から英才教育が始まる。適齢期になるまで独学でしか魔法を学べない混血は、入学時点で大きな魔法の差をつけられてしまう。争いごとになれば負けることは必須。
負ければ執拗な嫌がらせが待っているだろうし、単独で勝っていても大勢の黒服が出てくれば立場は危うくなる。大勢が敵でも勝てるだけの力をつけるまでは、大人しくしておくべきというのが、白服内での暗黙の了解となっているのだ。
鐘が鳴ると、1人の魔族が教壇に上がった。どうやらこの人物が教師ということになるらしい。
「2組の担当を努めますエミリア・ルードウェルです。まずは班わけを行います。1人をリーダーとして数人のグループを作り、学校側にリーダー名義で申請してください。班数に上限はありません。リーダーを希望する人は立候補をお願いします」
班別対抗試験ね。果たして俺たちに味方する存在がいるのだろうか。別にいなくともアノスと2人でも突破するのは可能だ。だが班別なのだから、せめてあと1人加えたメンバーで挑みたいものだな。
「ただしリーダーに立候補するには、この魔法を使えることが条件になります」
担任が黒板に手を触れると、複雑な術式が表示される。〈軍勢魔法《
魔法効果を及ぼす集団の構成員をそれぞれ
「1週間後に《
手を挙げたのは、黒服の生徒3人・俺とアノスの5人だ。手を挙げた黒服の生徒3人が、どれほどの魔力を持っているのか。《魔眼》で見ることも容易いが、試験まで楽しみに取っておくのも悪くない。
「…アルファスくんとアノスくんの兄弟ですか。残念ですが白服。つまり混血の生徒には資格がありません」
ふむ、おかしな話だ。《
一言も
言っていることが対極的だとわかっているのか?いや、発言からして、担任は〈皇族派〉だと考えていい。今の言葉は、《
「支離滅裂な発言だ。最初に《
「回答を拒否します。白服に《
何を以て使えぬと申すのか。断言するなら見てから判断しろというものだ。
「なら、使えることを証明すればいいのだろう?《
「できなければ不敬を謝罪して自主退学してもらいます」
俺の代わりにアノスが名乗り出る。魔王として君臨したアノスは、《
アノスと言葉に応じた担任が《
「これを仕上げたのは皇族か?」
黒板に浮かぶ魔法式を眺めながらアノスが静かに問う。
「もちろんです」
「欠陥品だぞ」
「そんな、有り得ません!2000年もの間に1度たりとも間違ったはずは…」
だろうな。アノスの言葉は、皇族が代々受け継いできた伝統を否定するものだ。一刀両断されればムキになるのは理解できる。
だがアノスが言ったように、今黒板に映し出されている《
今このタイミングで修正すれば、アノスや俺が使えるということを示す証明にもなる。アノスが少し魔法陣を書き換えると、魔法効果が大幅に上昇した。
アノスが書き換えたのは、魔法陣に魔力を流す魔力回路と配下に流すためのパスの部分だ。より具体的には、魔力回路の分岐変更とパスの増設。魔力回路は細いほど術式が小さくなるので、魔法の使用が容易になる。かといって細くしすぎれば、流した魔力に耐えられずに崩壊することもある。パスの増設は1人に繋がるパスを増やすこと。1つに流せる魔力量は決まっているが、そのパスが増えれば流れる魔力量は倍となる。
「…立候補を許可します」
仕方なくといったところか。講師たる者が気付けず生徒が気付く。プライドを踏みにじられたと思っても仕方がない。アノスが書き換えたことに驚く生徒が大勢いる。白服が、何故そのようなことができるのか戸惑っているようだ。
「静粛に!次は班わけを行います。立候補した生徒は自己紹介を」
「ネクロン家の血族にして〈七魔皇老〉が一人、アイヴィス・ネクロンの直系。〈破滅の魔女〉サーシャ・ネクロン、どうぞお見知り置きを」
俺たちから見て1番奥のブロック。そこに座っていた黒服の少女が自己紹介を始める。金髪をツインテールにした少女だ。勝気な容姿は、自然に人を動かすことに慣れているようにも見える。
「ネクロン…ミーシャが言っていた姉か?」
「うん」
昨日の帰り道に聞いていた姉だそうだ。確かにあの容姿と声音からして、ミーシャとは真反対とも言える性格だ。ミーシャが騒がしいと言うのもそれなりにわかる気がする。
「親のどちらかが違うのか?」
「両親は同じ」
アノスの言葉に、ミーシャはいつも以上に無表情に答える。よほどこんがらがった家族関係なのだろう。
「ならばミーシャも純血のはず。何故黒服と白服などに別れている?」
「家の人が決めた」
「アノス、お前の番だ。疑問は後で取っておけ」
「やれやれまったく。〈暴虐の魔王〉アノス・ヴォルディゴードだ。言っとくがお前たちが信じている魔王の名前は、真っ赤な偽物だぞ。俺こそが真の魔王だ」
「はぁ…」
度重なる宣戦布告発言に、俺は額に当てながら肘をついて露骨なため息を吐く。隣からミーシャが頭を撫でてくれたので、頭痛はほんの少しで引いていった。感謝の代わりにミーシャの頭を撫でると、ミーシャの顔がいつも以上に綻ぶ。
どうやらミーシャは、頭を撫でられるのが好きなようだ。救われた時には褒美として頭を撫でてやってもいいだろう。そうこうしているうちに他の生徒の自己紹介が終わり、希望するリーダーの周辺に集まるのだった。
数分後、案の定と言うべきか当然と言うべきか。アノスの周りに集まったのは、俺とミーシャだけだった。他は黒服の生徒2人の元へと集まっている。他の白服の生徒は、立場がないように2人の周辺で縮こまっている。
ミーシャを見れば、複雑そうな視線を姉に向けている。行きたいのか行きたくないのか。葛藤しているようにも見えるが、決心しているようにも見える。
「姉と同じ班がいいなら行っていいよ」
「アルファスとアノスの班がいい。今から行っても拒絶されるだけ。それに2人は友達」
友人と家族を比較して友人を選ぶか。普通ならできないはずだが。ミーシャと姉の間には、俺たちが踏み込めない大きな溝があるのだろう。ミーシャと話していると、噂の姉が俺のところにやってきた。
「アルファス・ヴォルディゴードだったかしら。貴方の班員は2人しかいないようね。しかも、そのうちの1人は出来損ないのお人形さんだし。命も魂も意思もない魔力で動くガラクタ人形が班員だなんて滑稽ね」
「お前に名乗った覚えはないけど。ミーシャが人形だろうと魔族だろうとどうでもいいよ。命も魂も意思もなかろうが関係ない。ミーシャは俺の大切な友人だ。蔑ろにするような奴は、ミーシャの家族であっても許さん」
【二千年前の神話の時代】は、あらゆる物に魔力が宿っていた。それは石だろうと樹木だろうと例外はない。人形にだって魔力を分け与えれば、活動することだってあった。それらに命がなくとも魂がなくとも意思がなくとも魔法概念に照らせば、生命というくくりにまとまる。そのことがわからないようでは魔法概念がなっていない。
「調子に乗るのもいい加減にしなさい。この混血魔族」
見上げるとサーシャの瞳に《魔眼》が宿っている。瞳に走る魔力回路は、その色と発する魔力量でランク付けされる。今俺が目にしている《魔眼》は、【二千年前の神話の時代】に見たものに近いランクだ。
頬が緩むほどには刺激のある魔力だった。
「《破滅の魔眼》!?」
「やばいぞあいつら!」
他の生徒から危機感を示す声が届く。音がする場所に視線を向けると、教室中の壁に亀裂が走っている。《破滅の魔眼》がもたらす〈破滅〉という概念が物体に作用した結果だ。
だがそれを俺・アノス・ミーシャは平然として受け流す。
「何で《破滅の魔眼》が効かないの!?」
「お前の《魔眼》程度で、俺の《魔眼》を越えられると思うか?」
《魔眼》を発動させて、サーシャの《破滅の魔眼》を下から覗き込む。魔力が乏しい者であれば、サーシャの魔力量で〈破滅〉という概念に従って死に至ることだろう。この場合は、肉体なのか〈根源〉そのものなのか分からない。使用者と被害者の魔力量差によって変わるので、一概に本質的な死に至るとは限らないのだ。
「な、何よその《魔眼》は…」
「《虚無の魔眼》。あらゆる事象を
それと同時に、教室の壁に走っていた亀裂も元に戻る。事象の無効化は万物に作用することがない。無効化できる数と範囲には制限があるのだ。《
そもそも《
「中々の魔力を持つ《眼》だ。俺たちの班に入らないか?お前ほどの魔力があれば、この試験は余裕で突破できる。それにミーシャと仲良くできるぞ」
「その人形を妹だと思ったことは1度もないわ!」
《魔眼》を発動させながら叫んで、自分の席に戻っていく。
「どうやら嫌われてしまったようだ。とにかく俺たちは3人で勝ち抜く必要がある」
「気にするな。俺たちが前衛・ミーシャが後衛で戦えば負けるはずもない」
「頑張る」
ミーシャの気合いの入った言葉に、俺たちは思わず笑みを浮かべるのだった。