1週間後。
「案の定、俺は後衛になったか」
「不満だった?」
「いや、ミーシャと話ができるからむしろ嬉しい」
これは紛れも無い本音だ。ミーシャとの会話はストレスなく、気持ちよく進んでいく。これほどストレスを感じない会話はないだろう。
父さんも母さんも悪くないが、いささか早とちりすぎるので頭痛がすることがある。アノスは敵を作るのが至極上手だ。父さんと母さんとは違った頭痛を引き起してくれる。
消去法的に考えて、ミーシャが最高の会話相手になるのだった。
「なんか恥ずかしい」
「本音は隠さず言うのが吉だよ。隠さなけれならないときもあるけど、今は別段隠す必要もないからね」
無表情な中にも照れくさそうなものが垣間見える。こういった表情を見せてくれるのは、素直にありがたいと思える。あらゆる感情を見せるということは、それ相応の友好関係を築けている証拠だ。
入学試験から1週間程度続く友人関係で、信頼してもらえるのは友人冥利に尽きるというものだ。
さて、現状報告をしておこう。俺たちは現在、サーシャ・ネクロン率いる班と模擬演習を行っているところだ。ディルヘイドの外に広がる〈魔樹の森〉でである。ここでならどれだけ派手に魔法をぶっ放しても、街に被害を出すこともない。遠慮せずに戦えるのだから、演習には持ってこいの土地だ。それに大量の魔力で満ちたこの場所なら、一夜のうちに完全回復してみせる。いくらでも破壊し放題といったところか。
「アノスはどうするの?」
「決まっている正面突破さ。そろそろサーシャ・ネクロンも《
《
如何に模擬演習であっても、せこいことをすれば文句を言われる。だがこの程度で負けるようでは意味がない。それにこの演習で負けたら面倒なことになる。アノスか俺のどちらか1人でもいれば負けることはないのだが。
それでもミーシャとサーシャが《
『サーシャ様、敵陣に3つの城が建てられました』
『おそらく2つは罠ね。この短時間でミーシャは完全な魔王城は建てられない。時間稼ぎをして堅牢にする作戦よ。そうなる前に叩くわ。まずは先発部隊を敵陣へ…「それはどうかな」えっ!?』
割り込んだだけで驚かれてしまった。
『馬鹿な!こちらの《
「暗号術式が低次元すぎる。秘密を話していますと敵に教えているのと同じだ」
普通であれば、《
もっとも解読した通信が偽物であることも否めないのだが。このようなお巫山戯で、カモフラージュをする必要などないと考えるのが妥当だ。もちろん二重三重の罠を張っているかもしれない。それがないことは1回視ただけでわかっている。聞こえた言葉を聞けば、解読されたり介入される弱さではないと思い込んでいたようだ。
本当につくづく甘い。奴等が利用している暗号術式は、【二千年前の神話の時代】で使われた教本に書かれている程度のものだ。今ではそれさえ暗号強度としては最高レベルのようだが。それに俺が《
ここら一帯に満ちている魔力は森そのものだ。そこに魔族が放つ魔力の波動が流れれば、違和感や異物感が混入するのは当然のこと。
「アルファスは凄い」
「2000年前なら当たり前の能力だよ。もっとも今の時代では異能として扱われそうだけど」
後ろで配下の戦いを見ていればいいはずの
『…まさか〈転移魔法〉?たとえそうであっても
アノスが何をしているのか《
『無駄よ。反魔法も多重に掛けられているわ』
アノスが魔王城に触れようと手を伸ばしたのを見て、サーシャが勝ち誇ったように呟く。どうもこの時代の魔族は、魔法にだけ重きを置いているようだ。
「魔法だけを気にするとは。戦闘という意味をまったくわかっていないな」
「魔法で勝てないのにどうするの?」
「簡単な事だ。力で捻じふせればいい」
俺の言葉通り、アノスが反魔法を貫いて魔王城を鷲掴みにする。片手で城を持ち上げると、傍受した《
「地力の差に驚いたか」
「馬鹿力」
「この程度で驚いてたら、あっという間に脳の許容量を突破するよ」
「その時はアルファスに治してもらう」
いくらでも治してやるさ。おっと、そうこうしている間にアノスが魔王城をぶん投げている。あの大きさの城を投げ飛ばすのは意外と楽しそうだ。投げることが早々ない今の時代で、体験できる相手は幸せだろう。
単純に俺が遊びたいだけなのだが。
「遊んでるわりには手加減がすぎるな」
「あれで?」
「アノスがもう少し強く投げていたら、城は跡形もなく崩壊していた。耐えきるだけの強度を、存外に持ち合わせていたことを褒めるべきかな」
こちらとは違って大勢で造り上げた魔王城だ。そこらの魔族が創造する魔王城とは、安易に比較できないほど強固な物だろう。だが生憎、ミーシャが築いた3つの城はそれぞれが向こうに劣らぬ堅牢さを持ち合わせている。力を分散させながらも引けを取らない城。ミーシャの潜在能力にはまったく驚かされる。
『…《
『「ほう」』
投げ飛ばされた魔王城から聞こえたサーシャの決意に、俺とアノスは同時に微笑む。《
【二千年前の神話の時代】では、1人が当然のように使用していた。今の時代では、皇族の実力者が20人集まってようやく成功率2割程度だ。どれだけ魔法技能が低迷しているかがまったくよくわかる。
20人の実力者が長い時間をかけて習得できるものだというのに、サーシャ・ネクロンはこの僅かな期間で、実戦で発動できるだけの練度まで高めたのだ。戦況をいち早く取り込む情報収集能力。的確且つ最適な策を打ち出す情報把握力。そしてその総てを可能にし、配下から絶大な信頼を得る指揮能力とカリスマ性。
敵にしておくには惜しい人材だ。魔力も申し分ないし何よりあのキャラを俺たち3人は持ち合わせていない。同じ班になれば明るく楽しいメンバーになれる。
半壊した魔王城から、魔法陣で描かれた大砲が構築されていく。実力者20人でようやく成功率2割程度になる魔法を、ほんのわずかな時間で展開するとは。存外にサーシャの班員もそれなりの強者揃いなのかもしれない。いや、サーシャの天才的な指揮力に感化されたというべきか。普段なら出せない実力を無意識のうちに引き出す。当然の如く成すその統率力は、俺を凌ぐ可能性がある。
魔力によって構築された大砲がこちらに狙いを定める。各自の特性を活かしながらそれぞれの魔力を発動し、それらを十数倍に引き上げる〈集団魔法〉。これが《
『みんなの気持ち、私が預かったわ。いくわよぉぉぉぉ!喰らいなさい雑種!《
「俺がやろう」
『わかった』
《
「この短期間でよく完成させた。褒美を受け取れ」
右人差し指に炎を灯して発射させた。木々を薙ぎ倒しながら飛来する《
『相殺された!?』
『いえ!向こうは健在です!』
『ちっ、みんな回避!』
そう言いながらも、自分は配下を守るために多重の反魔法を発動させている。
魔王城を構築していた瓦礫の中で、唯一生存しているサーシャの目の前にアノスが《
『…まさか1人で《
『違うぞ。我が兄が放ったのは《
『うそ…炎属性最低魔法に負けるなんて』
『お前らとは地力が違うのだ。それに我が兄は時に俺より強い』
そこまで煽てられると照れるな。確かにアノスより優れたものがあるにはある。だが人を動かすのは力ではない。心で動かさなければ配下は付いてこない。アノスにはそれができる。アノスより優れていようと、配下を導く能力が高くない俺は魔王に適さない。
『死になさい!』
『断る』
《
いつかはアノスを越える《魔眼》を持つかもしれないが。アノスが《滅紫の魔眼》を浮かべながら、見下さずにサーシャを見下ろす。
『《魔眼》…どうしてそれを』
『お前にできることが俺にできないと思ったか?まあいい。とりあえずこれからお前は俺の班員だ』
『仕方ないか。《
アノスとサーシャは、班別対抗試験前にある約束事をしていた。アノスが勝てばサーシャがアノス班に。サーシャが勝てばアノスが
『俺のわがままだけではない。妹も仲良くしたいそうだ』
アノスの言葉と同時に、俺とミーシャは《
「サーシャ、怪我してる」
「こ、これぐらい平気よ。そう、ミーシャのために動いたのね。お優しいことだわ」
嘲るような声の中にも嬉しさが感じられた。まるで自分以外の誰かが、ミーシャに優しく接する存在がいることが嬉しいとでもいうように。もっと素直に「ありがとう」と言えばいいと思うが。
「それもないわけではないが、柄にもない個人的な感情もあったのだ。1つは我が兄に効果がないとはいえ、《破滅の魔眼》を向けたこと。本来ならば串刺しでもよいのだがな。如何せん今の時代は、そういう行為は常軌を逸すると評される。班員になればその不敬も気にしなくて済む」
俺としては特に気にしていないのだがな。敵意を向けられるのには慣れているし、あの時に喧嘩を売ったのは俺だ。怒りを買ってもおかしくないことをした。
だがアノスはそれを野放しにできなかったらしい。かつて〈暴虐の魔王〉として恐れられたアノス。誰にも見せなかった側面がある。それは意外とアノスがブラコンだったことだ。幼い時から俺の後ろを追いかける無邪気さは、〈暴虐の魔王〉と呼ばれるようになってからも変わらなかった。ついぞ配下・勇者・大精霊・創造神に知られることはなかったが。
「まだ私を勧誘した理由はあるんでしょ?」
「そうだな。正直に言うと、お前の《眼》が綺麗だった」
「なっ///」
予想外に褒め言葉をもらってサーシャが赤面する。それと同時に《破滅の魔眼》が発動する。ミーシャによるとサーシャの《眼》は、感情が昂ることで自然と浮かぶらしい。
制御できない魔法は危険だ。最初のうちは周囲だけで済むが、いつかは自分自身まで〈破滅〉させてしてしまう。制御できない自分への怒り、他者を殺してしまった罪悪感。それらの積み重ねで心は崩壊していく。
制御できるだけの腕を手に入れるには、魔力の向上と長期間の感情の昂りを抑える訓練が必要だ。今から始めれば間に合わずに死ぬこともないだろう。
「本当だぞ。そこまで綺麗な《眼》を俺は見た事がない。《魔眼》は強力であれば何でも良いというわけではないのだ。聞いているのか?」
「…聞こえないわよ馬鹿」
小さく零された言葉が俺たちに届く。褒められることはあっても、《魔眼》を褒められたことはないのだろう。いや、《魔眼》の強力さを褒められることがあっても、色を褒められることはなかったというのが正しいかもしれない。
「アノスはたらし?」
「かもな」
「はいそこ。イチャイチャしない」
ミーシャと小声で話しているとサーシャに怒られる。
「なんだサーシャ。羨ましいのか?」
「勝手に斜め上の解釈をしないで!」
からかっただけなのに本気で怒られてしまった。サーシャはからかわれることが嫌なのだろうか。それともからかわれたことがないから、どう反応したらいいのか迷っているのか。どちらにせよからかい甲斐のあることは理解した。するとミーシャが廃墟と化した周囲を見渡しながら言う。
「木とか大丈夫?」
「気にしなくていい。自然は壊れても勝手に戻るだけだからね。さてと、試合も終わったことだし教室に戻ろうか」
アノスと2人でサーシャ班の生徒を、《