生まれ変わったら魔王の兄だった   作:ジーザス

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ダンジョン試験①

「アルファス、聞いてもいい?」

「どうした?」

 

授業開始を待つ間、ミーシャが不安そうに問いかけてきた。ちなみに席順はこうなっている。

 

空席 アノス 俺 ミーシャ

 

アノスは肘をつきながらクラスメイトを見渡している。何か意味があるわけでもないが、暇な時間ほど退屈なことはない。何かをしている気になって、気分を紛らわせているのだろう。

 

「誕生日には何をあげればいい?」

 

アノスをぼんやりと眺めていたらミーシャに問いかけられた。

 

「誰の?」

「サーシャ。明日が誕生日」

 

サーシャへの誕生日プレゼントか。ミーシャが送るものなら何でも喜びそうだがな。ただそう答えただけでは、相談を受けた意味が無い。真剣に考えることにしよう。

 

女性であるならば、美容などに気を使うだろうから、〈ディルヘイド〉で手に入るレアなものを送るのもありだ。といってもサーシャはネクロン家の息女。高価なものや貴重品でも容易に手に入れることができるだろう。他人から貰ったものや記念日に送ってもらうものでは、同じ品でも価値が違う。特に親しい友人や好意を抱いている者からの贈り物は、どんなものであっても最高の贈り物になる。

 

だがサーシャに化粧品などを送るのは何かが違う。別にサーシャには似合わないというわけではない。実際、クラスの中でもトップレベルの美貌を持っている。街中を歩いても眼を引くのは当然だろう。化粧品などでないならば、ファッション道具などを送る方がいいかもしれない。アクセサリーや服を好みそうだ。

 

「ブレスレットやネックレスはどうだろう」

「サーシャは小さなものをなくしやすい」

「…なるほどね」

 

不器用ではないが大雑把な性格なのは、昨日1日でなんとなくわかっている。ブレスレットやネックレスはそれほど小さなものではない。置く場所や片付ける場所を決めていれば、簡単になくすことはないはずだ。

 

「マフラーや手袋はどうだ?」

「手袋はモサモサするから嫌い。マフラーは両親が編んでくれてる」

 

選択肢が減ってきたな。こうなったら下着・服・靴になるが。そんなものを勧めたらミーシャに嫌われそうだ。こうなれば、服でいくのが最善で最高の選択肢な気がしてきたぞ。

 

「服はどうだ?」

「服?」

「服はいくらあっても問題ない。その日の気分によって変えることもできるからね」

「決めた。プレゼントは服にする」

 

提案したものが贈り物として決定したのは何よりだ。ミーシャの期待を裏切らずに答えることができた。

 

「おはよう」

 

昨日から座っている席でミーシャと話していると、サーシャがさも当然のようにアノスの横に座った。

 

「お前の席はそこだったか?」

「班員なんだから別に構わないでしょ?近くにいた方が何かと都合がいいし」

 

当然と言えば当然か。《契約(ゼクト)》を交わしたのだから、破棄するわけにもいかない。

 

「そうそう。私の元班員がアノスの班に入りたいって言ってるのだけど」

「それならもう断った」

「はあ!?なんで断ったのよ!」

「我が兄とお前たち2人がいれば、戦力としては十分すぎる」

 

確かに俺たち4人がいれば、魔王学院の生徒全員と相手しても余裕で勝てる。俺とアノスなら単独で撃破可能なのだが、そこは必要ない情報なので割愛しておく。

 

サーシャもこのクラスでならトップクラスの実力だ。上級生と戦えば、勝つこともできるだろうし負けたとしても惜敗になる。ミーシャはそもそも戦闘が不向きだ。《創造建築(アイリス)》はどちらかといえば、守備側を強化することが主である。武器を生成することも可能だが、俺やアノスの使い方に耐えうるだけのものを創れるとは思わない。

 

要するにアノス班が負けない理由の九分九厘が、俺とアノスの実力によるものだということだ。

 

「試験によっては5人以上。学年対抗試験においては7人以上いないと参加できないのよ」

「そんな決まりがあるのか」

「先が思いやられるわね…」

 

アノスだしな。それにこの程度で根を上げていたら、アノス・ヴォルディゴードという魔族とはやっていけない。2000年前に兄弟として経験した俺が言うのだ。何より信用できる言葉だろう。

 

 

 

始業の鐘が鳴る。教壇に立っているエミリアが言葉を発した。

 

「皆さんもご存知の通り、今年は〈暴虐の魔王〉がお目覚めになる年と言われています。そこで本日は、特別授業として〈七魔皇老〉による大魔法教練を行います」

 

〈七魔皇老〉による魔法の授業ということか。エミリアが悪いわけではないが、学院の授業のレベルは低すぎる。教師になれるのだからこの時代においては、そこそこの魔力を持っていることだろう。

 

生憎、その程度の魔力は【二千年前の神話の時代】に生まれて数年後の魔族と同程度。お世辞でも褒めるわけにはいかない。それに比べれば、圧倒的に魔力の高い〈七魔皇老〉の授業であれば、俺たちでも納得のできる内容となろう。

 

何せ〈七魔皇老〉は魔王の血から生まれた生粋の魔王族だ。魔王に次ぐ魔力を持つ存在である。そんな奴らの授業が、今の時代の教師と同じというわけではないはずだ。

 

「この学院の運営が直々の授業をするのか」

「アルファスは知ってた?」

「入学直前に知った。なんせ転生してから入学まで1ヶ月しかなかったからね」

「アノスは知らないようだけど。さすが〈不適合者〉」

 

サーシャの皮肉に俺とミーシャが苦笑する。とはいえ、さすがに〈七魔皇老〉のことはアノスも覚えているだろう。自ら作りだした魔王の血を引く最初の魔族なのだから。だが〈七魔皇老〉が学院を運営しているにしても、この学院のやり方は杜撰すぎる。規則の抜け道がありとあらゆる場所に見られる。

 

「アノス・ヴォルディゴードくん、くれぐれも失礼のないように」

「ああ、気をつけるとしよう」

 

返答の言葉が信用できないのは俺だけだろうか。不敵な笑みを浮かべるアノスを見て、俺にはエミリアの雷が落ちるのが眼に見えている。どうせここで俺が何かを言ったとしても、素直に言うことは聞かないだろう。余計なことに労力を割く必要は無い。

 

「それではご紹介します。アイヴィス・ネクロン様です」

 

エミリアが名を呼ぶと、教室の後ろから黒いマントとコートを羽織り、仮面をつけた魔族が現れた。視線を向けなくともその存在感の高さが伺える。間違いなくこの魔族は〈七魔皇老〉の1人だ。

 

エミリアと比べても、その魔力は比較にならないほど膨大だ。さすがは始祖の血を引き、もっとも始祖に近い存在とされるだけはある。これだけの圧迫感と存在感があれば、誰もが頭を垂れることだろう。

 

視線を教室中に向けると、全員が背筋を正して息を飲んでいた。完全にアイヴィス・ネクロンが放つ魔力に飲み込まれている。

 

「よお、アイヴィス。久しぶりだな」

「…はぁ」

 

案の定、俺たちの近くを歩いていたアイヴィスにアノスが馴れ馴れしく問いかけた。それもエミリアが注意した5秒以内の出来事だ。といっても、アノスは〈暴虐の王〉なのだから、馴れ馴れしいのは当然だろう。

 

だが〈暴虐の魔王〉がアノスではないと信じて疑わない〈皇族〉からすれば、首切りでは済まないことだと思い込んでいた。

 

「申し訳ありませんアイヴィス様!直ちにアノス・ヴォルディゴードは除名処分に致しますので!」

『よい。久しぶりと言ったな』

「2000年ぶりだ。覚えていないのか?」

『残念ながら我は、2000年前の記憶を失っている。覚えているのは我が主、〈暴虐の魔王〉のことのみだ』

 

アイヴィスが言う〈暴虐の魔王〉とはどちら(・・・)を意味するのか。アノス・ヴォルディゴードなのかアヴォス・ディルヘヴィアなのか。

 

今回はおそらく後者だろう。前者ならば、魔力を見ただけでアノスが〈暴虐の魔王〉だと理解しているはずだ。教室に入らずとも、漏れ出る魔力を感じていただろうに。何しろ2000年前に会っており、その血から生み出された存在だ。忘れようにも忘れる事はできないはず。

 

「なら、俺のことを覚えているはずだが」

『其方は、始祖に縁のある者か?』

 

ふむ、どうやら本当にアノスのことを忘れたようだ。肉体や〈根源〉が覚えていれば、少なからず何かしらの反応するはずだ。微動だにせず問いかける様子は、真の意味でアノスが誰なのか理解していないことを意味している。

 

突如歩き出したアノスがアイヴィスの顔面を掴む。それを見た生徒とエミリアが悲鳴を上げる。それはそうだろう。始祖に次いで尊い存在である〈七魔皇老〉を、許可なくいきなり鷲掴みにしたのだから。

 

許可があったとしてもすることは良くないのだが。それが〈七魔皇老〉だろうと知り合いだろうと赤の他人であろうと。非礼をすればその一族は、〈根源〉諸共消されるのが当然だろう。下手をすれば友人までが巻き添えを喰らう。

 

「…なるほどそういうことか。悪かったな授業を始めてくれ」

「あんたなんてことを…」

「気にするな。俺があのようなことをしても問題はない」

「同じ班の2人が後でとやかく言われるかもしれないぞ」

「そうなったらそうなっただ」

 

口では注意をしているように言うが、内心はアノスがアイヴィスに対して深く追求しなかったことを疑問に感じていた。何かしら発見があったなら、その場で問いただしていてだろうから。

 

『何かあったのか?』

『話すと長くなる。続きは授業後に直接聞くことにした』

『端的に言うと?』

『アイヴィスの記憶の中の始祖の名前が、アヴォス・ディルヘヴィアに変更されていた』

『記憶改変されたと?』

『さあな。あのアイヴィスがそのようなヘマをするとは思えないが』

 

アイヴィスが授業を行っている中、俺とアノスは《思念通信(リークス)》で言葉を交わす。アイヴィスは魔法を得意とした配下だ。そういえば敵が接近したことを知らせる魔法を開発していた記憶がある。

 

常に自身の周りで発動させていたのであれば、不意打ちで攻撃されることはないはずだ。いるとするならば、アノスに完全には従っていなかった奴ら(・・)か神族ぐらいか。

 

攻撃されたとなれば、《四界牆壁(べノ・イエヴン)》発動後だろう。神族・精霊・魔族の高位の存在が代償を払って、ようやく超えることが可能となる壁をわざわざ超え、アイヴィスに攻撃を仕掛ける。さすがにそんなことはしないだろう。

 

真に俺たちを殺し、魔族の滅亡を望むなら、代償を払ってから行動を開始するには荷が重すぎる。2000年待ってから殺すのがより確実だ。それを踏まえるとアイヴィスの記憶改変は、神族ではない何者かによる奇襲と考えられる。

 

アイヴィスが講義するネクロン家の秘術〈融合魔法〉の説明を聞き流しながら、俺はアイヴィスの記憶改変について考え込むのだった。

 

 

 

『我が主、〈暴虐の魔王〉アヴォス・ディルヘヴィアは偽りだと申すか?』

「お前の真の主は俺の弟、アノス・ヴォルディゴードだ。どうやらお前の記憶だけでなく、過去そのものが改竄されているらしい」

『確かに我は先程、2000年前に記憶を遡った。あれは…』

「〈起源魔法《時間操作(レバイド)》〉だ。お前の記憶を局所的に遡った。もっともその意味はあまりなかったようだが」

 

講義後、廊下において俺・アノス・アイヴィスの3人で話をしている。アノスはアイヴィスにつかみかかったときに、《時間操作(レバイド)》で記憶を遡ったらしい。その結果、アイヴィスの記憶として、〈暴虐の魔王〉アヴォス・ディルヘヴィアが記されていたようだ。

 

そこでアイヴィスの記憶と2000年前、アノスの名前が書き換えられたことが判明したという経緯だ。

 

『誰が我の記憶を消した上に書き換えたと言うのだ?』

「確信はない。可能性としては、〈暴虐の魔王〉としてアヴォス・ディルヘヴィアの名前に変えた者かな。お前の記憶を操作したのが、本人なのか同志なのか配下なのかはわからないけど」

 

アイヴィスの記憶を消して書き変えるほどだ。よほどの魔力を持った者だろう。2000年前に記憶改変されたのか。一定の時が過ぎてからなのか。いつ改変されたのかは特に問題ではない。あくまで誰が何のためにそんなことをしたのかを知る必要がある。

 

『…確かに吾の記憶が消されていたとしたら、その説明で全てが繋がる。だが記憶を消したのが貴様らということも考えられる。時を超越する魔法とそれを使う魔族の兄の言葉。それらを軽んじることはできないが、貴様らが〈暴虐の魔王〉に仇なす可能性も否定できない』

 

余計な思考をさせることで混乱させる。ありふれた手口として、【二千年前の神話の時代】ではよく使われたものだ。真実味があるからこそ信用してしまい罠にハマる。簡単な罠だからこそ気付かず素通りしてしまう。

 

『今のところは中立としておこう。其方らからは何か懐かしいものを感じる』

 

それだけを告げて去っていく。本気なのか冗談なのか。後ろ姿に視線を向けながら俺はため息をつく。

 

「どう思う我が兄よ」

「さあな。だが、冗談を口にできるような魔族じゃないのは確かだ。嘘か真か判断するのは、もう少し情報が集まってからだ。午後からはダンジョン試験が始まる。余計なことを考えるより、試験を受けて父さんと母さんを喜ばせることが最優先だ」

「間違いない」

 

最後の方は冗談になってしまったが、これは偽らざる本音だ。父さんと母さんの笑顔を見ることは、俺たちの心の安心に繋がる。

 

「アルファスくん」

「何か用ですかエミリア先生」

 

呼ばれて振り返ると、無表情な担任が立っていた。白服と話すのが気に食わないというよりは、面倒事を起こさないでくれというのが正しいだろう。失礼な。問題を起こすのはアノスであって、断じて俺ではない。アノスの傍にいるし、アノスの兄だから仕方ないのかもしれないが。

 

「貴方の班員の落し物です」

「どっちの?」

「サーシャさんではない方です」

 

妙な言い方をする。どうせ白服だからだろう。姉は黒服だから迫害対象にはしないが、妹は白服だから迫害対象となる。まったく子供じみた差別の仕方だ。2人とも〈皇族〉には違わないというのに。

 

「渡しておきます」

「頼みましたよ」

 

エミリアの背中を見送ることなく、掌に渡された物を見る。どうやら印をミーシャが落としていたようだ。

 

「何故あのような言い方をする?」

「白服だから呼びたくなかったんだろうね」

「そもそもわからぬ。何故姉妹で黒服と白服に別れているのだ。同じ両親なら黒服でいいはず」

「サーシャの言った魔法人形(・・・・)というのが、何かしら意味を持っているのかもしれないな」

 

詳しくは本人たちの口から聞くしかないだろう。2人が言いたいことなのかは別にして。それにミーシャが口にした誕生日プレゼントのことも気になる。

 

今年入学した生徒は同年代のはず。サーシャとミーシャが姉妹であることは事実。双子なのかはたまた同じ年に生まれたのか。サーシャのプレゼントがあって、ミーシャにないのもおかしな話だ。ダンジョン試験が終わる頃に聞けばそれもわかることだろう。

 

 

 

午後、指定された場所に集まってエミリアから説明を受けていた。

 

「本日は、デルゾゲードのダンジョンに挑んでもらいます。ルールは簡単です。班ごとにダンジョンに置かれている魔法具・武器・防具などを集め、その合計得点で順位を決定します。所有権は班リーダーが有します。それでは始めてください」

 

エミリアの試験説明終了と同時に、試験の開始がアナウンスされる。クラスメイトたちは我先にとダンジョンへ潜っていく。急いだところで試験時間は1日以上あるのだから、落ち着いて行動すればいいものを。

 

ダンジョン内にある魔法具の数は、俺やアノスでさえ把握できないほどだ。2000年前にそのぐらいあったのだから、これまでに奪われていたとしても、根こそぎなくなることはあるまい。

 

ましてや〈宝物庫〉にあるものは誰も見つけられない。他の班がダンジョン内の魔法具をすべて集めたとしても、〈宝物庫〉にはそれ以上のものがたくさんある。価値あるものが得点を得るのなら、〈宝物庫〉にある物品を片手の数持ち帰れば余裕で100点はとれるだろう。

 

何しろあれらは、俺たちが珍しいと思ったものを置いている場所だ。ダンジョン内に置かれている魔法具とは、価値の次元が違う。

 

「ミーシャ、落とし物だよ」

「ありがとう」

 

エミリアから渡されていた印をミーシャに渡す。そう簡単には落ちないはずだが、留め金が緩んでいたのだろうか。

 

「ちょっと急がないの!?出遅れたら根こそぎ持ってかれるわよ!?」

「最下層にある王笏さえ持ち帰れば満点評価だったよな?焦らずのんびりとやればいいさ」

「なんでそんなに呑気なのよ。それに最下層には教師さえ行ったことがないのに。それに地下に王笏があるって伝承があるだけよ」

 

また伝承か。噂だけで評価基準を設けるとは、教師も異なことをする。その眼で確認してから言えと言いたいが、生憎そんなつまらぬ事で文句を言う必要もない。相手にされないどころか俺の評価まで右肩下がりになりかねない。

 

「王笏は《魔王軍(ガイズ)》を強化する杖という話だったな?」

「ええ。始祖が作ったと言われているわ」

「それならある」

「また適当なことを言って」

 

さすがにアノスの言葉は信用できなかったか。だがアノスははったりを口にしたりしない。できないことなどないのだから、言う必要もない。

 

「どうしてわかる?」

「此処が何処か忘れたか?」

 

ミーシャの問いに俺たちは悪い顔を浮かべる。

 

「「此処は俺たちの城だ」」

 

2人は頭に?を浮かべているが百聞は一見に如かずだ。行けばわかる。ということで俺たちはダンジョン内に入っていった。階段を降りながら歩いていくと、黒焦げになった魔物が大量に倒れている。先に入った生徒が軒並み倒してくれているようだ。

 

そういえば、2000年前にも理性を持たない魔物は多く存在したな。理性がない故に敵味方関係なく攻撃する。戦争では厄介この上ない存在だった。無駄に数は多く生命力も高い。囲まれれば死しかないと言われたほどだ。人間にも神にも精霊にも敵とされた魔物。駆逐されたと聞いてはいたが、俺たちが死んで使われなくなったダンジョンに潜んでいたようだ。

 

ダンジョンはかつて戦士を育成するための修練場として使われてきた。生き残る可能性が低い子供を投げ入れ、生きて帰ってきた者を戦争に投入する。四つの世界に隔てるまでそれは続けられた。今思えばなんとも酷いことをしていたものだ。ここで散った多くの命はさぞ苦しんだことだろう。家族にも会えず仲間も死んでいく様子は地獄だったはずだ。

 

「これぐらい倒してもらわねば困る」

「のんびりしてないで案内しなさいよ雑種」

「魔王を雑種呼ばわりするとはな」

「魔王は〈皇族〉に転生するのよ。混血なんかには転生しないわ」

 

どうやらサーシャも、始祖は純血にしか転生しないと思い込んでいるらしい。誰がそんなことを決めたというのか。魔王か?神か?転生する際の器となるのは単なる偶然でしかない。転生する器が決まっているなどありえない。

 

サーシャとアノスが痴話喧嘩してるのを、後ろからミーシャと観戦する。なかなかにどうして面白い。サーシャとアノスのコンビは、意外にもマッチしているのかもしれない。

 

「〈宝物庫〉に良い服がある。それをサーシャに渡せば喜んでくれるだろう」

「本当?」

「もちろんだよ。ミーシャも好きなものを選ぶといい。誕生日は?」

「...明日」

「双子なのか」

 

ふむ。そうなら2人にプレゼントを送る必要があるな。サーシャは服でミーシャには何を送るかが問題だ。ミーシャの好みはわからない。服でもよさそうだがアクセサリーが似合いそうだ。俺が選ぶよりミーシャに選んでもらった方が、似合うものを手に取るだろう。センスのない俺には誕生日のプレゼント選びは荷が重すぎる。

 

「私はいらない」

「そんなことを言うな。最初にできた友人の誕生日に、何も渡さないのは気が引ける。それに母さんに知られたら小言の雨が降る」

 

小言の雨とはなんぞや。まあ、夕食の間ずっと何かを言われるのは眼に見えている。それも嫌だがミーシャが喜んでいる顔を見たいのもある。

 

「ちょっと行き止まりなんだけど!」

 

どうやら話をしている間に、サーシャがたどり着いたようだ。

 

「焦るなサーシャ。隠し通路がある」

「え?うそ。…何も視えないわよ?」

 

アノスが言うように《魔眼》で壁を見るが、何もないとサーシャが不満を漏らす。そりゃそうだ。対策しているのだから見えるわけがない。2000年前に俺たちが施した結界を、《魔眼》を向けただけで見破られては困る。そもそも魔法で見えないようにしているのだから、魔法を使ってわかるはずがない。

 

「対策してるからな。見ていろ」

「きゃあ!」

 

アノスが壁に歩いていくと崩壊した。瓦礫の音に驚いてサーシャが悲鳴を上げる。まあ、いきなり壁をぶち抜いて先に進めば、驚いても仕方がないだろう。

 

「隠し通路だ」

「…全然隠し通路じゃないわ」

 

アノスのドヤ顔を見てサーシャがツッコむ。確かに壁を建てただけで、隠し通路にするというのは味気ない。これを造ったとき、アノスに何かしら仕掛けを付けようと言ったら、そんなものは必要ないと一蹴されたのを思い出す。

 

ダンジョンといえば、行き止まりの先に書かれた謎・ボタン・パズルなどを紐解いて、隠し通路を見つけるのが醍醐味だ。もちろん俺はそれを得意としていない。解くのも苦手だし作るのも苦手だ。

 

今思えば作らなくてよかったと思える。

 

「こんなところにあるなんて」

「最下層はここからしか行けないよ。それ以外の階段を降りても中層までしか降りられない」

 

通路を抜けると光が差し込んできた。昔はよくここを遊び場にしていたから、とても懐かしい光景だ。アノスと一緒に駆け回ったり、魔法や剣の修練をしたのを思い出す。

 

俺には【二千年前の神話の時代】における両親の記憶があまりない。いや、正確には2人とも(父と母)を知らないのだ。何故なら父は《亡霊》であり、母は俺が生まれた瞬間に死んだのだから。《亡霊》とは本来、死んだ者のことをいう。父の表現としては、《生きた亡霊》というのが正しいかもしれない。生きていながら《亡霊》のように存在する。一般人からの〈転生者〉である俺には理解できないことだが。

 

ヴォルディゴードの一族は《滅びの根源》を持つ。誕生とは相容れぬ関係を意味する。生と滅は破壊と再生の関係と同じだ。滅びの誕生(・・・・・・・・)は理に反する。それによりヴォルディゴード一族が生まれ落ちる際、身篭っていた母体は子の誕生と共に死を迎える。

 

俺とアノスの誕生は、母たちの命との引き換えによるものだ。

 

故に俺には両親の記憶がない。母とは誕生と共に死別し、父は誕生と共に行方不明になった。2人のことを聞こうにも誰も話さない。2人による箝口令なのかはわからない。それでも2人のおかげで今の俺がある。会えない悲しみはあれど、憎しみや寂しさはない。血をわけたアノスがいるのだから。

 

俺にその記憶が無ければ、アノスにもその記憶があるわけがない。死んだ母さんから生まれたアノスは、俺と同じで愛情の温もりを知らない。だから今の母さんや父さんがとても愛しく思うのだろう。

 

記憶がないのは《転生(シリカ)》の失敗ではない。ただ、その記憶を知らないだけだ。自身の《根源》を見つめていると、サーシャが不思議そうに呟く。

 

「これって太陽の光?」

「日光と月光が外から取り込める造りになっている」

「この場所、魔法発動のための触媒になってる。自然魔法発動のためかしら」

 

よく勉強している。知らなければ単なる綺麗な場所としか認識していないだろう。それにしても2000年前とは少し違う。光の傾きがわずかにずれている?いや、今はそれよりもやることがある。王笏の確認と〈宝物庫〉を開けることだ。

 

先へと進むと巨大な扉が目の前に現れる。2000年前はこの扉を絶えず魔族が出入りしていたな。

 

「…なんて大きな扉なの」

「反魔法がかかってる。《獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)》級でも破れない」

「じゃあどうやって開けるのよ!?」

 

まったく学ばないなサーシャは。魔法を使って破ろうとするから破れないのだ。頭を使えばすぐにわかる。人が扉を開ける時にする行動とはなんだ?開ける方法は何がある?スライドする?引く?

 

違う。

 

「頭を使えサーシャ。壊そうとするから行き詰まる」

「魔法が効かぬなら」

 

俺とアノスが扉の半分に分かれて立つ。片手に力を込めると扉が滑らかに開いていく。まるで来訪者を労いながら内部へ誘うかのように。

 

「「魔法以外で開ければいい」」

「…馬鹿力」

「言っただろう?我が兄と俺は自力が違うと」

 

中に入ると懐かしい空気が胸に流れ込んでくる。2000年もの間、誰にも使われなかった部屋には、ホコリひとつ落ちていない。部屋の奥には中々の魔力を放つ物体が鎮座している。あれは紛れもなく俺たちが求めた王笏だ。誰にも盗られず2000年もの間、手に持つ者を待ち続けたのだろう。

 

「これで満点は確実だな」

「触ってもいい?」

「ああ」

「ミーシャおいで」

 

サーシャが王笏に目を奪われているうちに、俺はミーシャを呼び寄せる。壁かと思われたそこは、押すと開く扉となっている。ある部分にしか備わっていない秘密の部屋だ。

 

つまりその先が〈宝物庫〉である。サーシャを視線でアノスに託して部屋へ入る。見渡せば華麗に装飾されたあらゆる物が並んでいる。魔法具・武器・防具・皿・アクセサリー・服など。口にすることが難しいほどおびただしい数がある。この中から選ぶとなるといくら時間があっても足りない。

 

もちろん用途や種類によって分けているから、目的のものを探すとなれば案外楽かもしれない。

 

「好きなものを選んでいいよ」

「…あれがいい」

 

数秒見渡しただけでそれと決めた。サーシャに似合う服がこれだとすぐに見つけたのだろう。魔力の宿った万物は人を寄せつける。

 

俺たちが選ぶのではなく、向こうが俺たちを選ぶのだ。所有するのに相応しい存在であると。魔剣士(キャバリエ)ならば剣が主を。魔導師(メイジ)ならば杖が主を。ならばその服はミーシャではなく、サーシャを主として認めたということだ。

 

「〈不死鳥の法衣〉だな。身にまとった者に、不死なる炎の恩恵をもたらす代物だよ。確かに色合いといい能力といいサーシャにはお似合いかもしれないな」

 

魔法で折りたたみミーシャに渡す。するとミーシャは幸せそうにその法衣へと頬擦りをする。十分堪能したミーシャが、ふと視線を外した先には小さな指輪が置かれていた。

 

これを眼につけるとは中々珍しい。

 

「〈蓮葉氷の指輪〉だよ。その冷気が七つの海を氷で埋め尽くすと言われている。この指輪はミーシャを主として認めたみたいだ。付けようか?」

「ううん、私はいらない。これで十分」

「そうか」

 

本人が要らないなら無理強いはしない。余計なことをして不快な思いをさせるのは好ましくないし。

 

「プレゼントとしてサーシャに渡さないとな」

「うん」

 

小走りで〈宝物庫〉を出ていくミーシャを見送ってから、俺は〈蓮葉氷の指輪〉を胸ポケットにしまう。これがミーシャを主として認めたならば、ここに置いておく必要も無い。いつかミーシャに渡すタイミングがあれば渡せばいい。誰もいないこの場所に置いておくのは気が引ける。それに氷の魔法を使っていたかつての魔族は、誰一人としてこれに認められなかった。

 

どれほど力を持とうともこれは主を選ばなかった。2000年経って、ようやく自ら主を選んだのだ。今渡さずして。次の適合者がいつ現れるのかわかったものではない。

 

渡すことができればそれでいい。

 

〈宝物庫〉から出ると、ミーシャがサーシャに法衣を渡しているところだった。恥ずかしそうに渡すミーシャと、嬉しそうに受け取るサーシャ。相反する表情だがなかなかどうして微笑ましい光景だ。見ているこっちも微笑んでしまいそうだ。それをアノスが笑みを浮かべて見ている。

 

2000年前は、このように心の底から笑うことなどなかった。戦いに明け暮れて、笑う余裕も時間のないあの頃はもうない。誕生日に相手の喜ぶものを渡せる。なんと優雅な一時だろうか。

 

今の時間は午後9時といったところか。夕方の6時に入ったから、かなり早い段階で王笏を手にしている。ダンジョン試験終了時間は明日の朝9時。今頃、クラスメイトは可能な限り魔法具を集めている頃だろう。

 

焦らずともここで楽しく時間を過ごすのもいい。だが気になることを解決しておくべきかもしれない。

 

何故サーシャは黒服でミーシャは白服なのか。

 

何故サーシャは両親に育てられ、ミーシャは親代わりに育てられているのか。

 

何故サーシャにプレゼントが必要で、ミーシャには必要ないのか。

 

誰にも干渉されないこの場でしか聞けない。

 

「ミーシャ・サーシャ、感動の手渡し中に申し訳ない。どうしても聞きたいことがある」

「アルファス?」

 

ミーシャの不思議そうな眼が辛い。わかっている。俺は何故サーシャとミーシャが差別されているのか知っている。

 

だがアノスが理解するには、俺も知らないということを知らせるべきだ。2人がそれを望むかはわからない。でも俺は聞きたい。2人の口から。

 

「ミーシャとサーシャは何故差別されているのか教えてくれないか?それにミーシャ、君は何故プレゼントを必要としないのか教えて欲しい」

「…聞いてどうするの?」

「言いたくないならいい。けど友人として魔王の兄として聞いておきたい。この国の在り方を変えるために」

 

腐りきったこの国を治すにはまだまだ力が足りない。純粋な魔力の力ではない。民がついていきたいと思う力が必要だ。たった2人の友人の確執さえ払いきれない者が国を変える?大馬鹿にも程がある。小さなことを成しえない者が、大きなことを変えることなどできない。

 

「…知りたい?」

「本当に言いたくないなら言わなくていい」

 

苦渋に満ちたミーシャの顔を見たくない。だが辛いのは俺だけじゃない。ミーシャの方がよっぽど辛い思いをしている。

 

「言いたくなかった。でもアルファスとアノスは友達だから」

 

覚悟を決めたミーシャが、普段は見せない真面目な顔つきで言葉を発した。

 

「…15歳の誕生日、午前0時に私は消える」

「魔法人形とサーシャが言ったことと関係があるのか?」

 

ミーシャが横に首を振る。隣ではサーシャが無表情にミーシャを見つめている。何も感じない。悲しみも憂いも。正の感情も負の感情も一切感じない。まさに無の状態でいる。

 

「魔法人形という言い方は正しくない。ミーシャ・ネクロンは元々この世界に存在しない」

「どういう意味だ」

 

ミーシャはそもそも存在しない魔族。存在しない(・・・・・)というのが謎だ。現にミーシャはこうして人と話し、食事をし、睡眠を取っている。命なきものにそのようなことはできない。

 

いや、あるにはあるか。禁忌の魔法として開発された魔法そのものであれば、魔族でもなければ人でもないと言える。だがあまりにも非人道的な魔法であったため、開発者共々葬り去ったはずだ。

 

《魔眼》で視ても魔族のようにしか見えない。

 

「私は元々サーシャだった」

「根幹は同じ魔族ということか?分離したとしても〈根源〉はまったく同じものになるはずだ」

「ある意味私とサーシャの〈根源〉は同じ。でも胎児の頃に私はサーシャから切り離された。だから〈根源〉が同じでも、本当の肉体を持たずに生まれた私は、サーシャと〈根源〉が異なる」

 

2000年前、1人を2人に分離する魔法があった。使えたのは極一部の魔族のみ。ましてや俺やアノス以外であれば、使える魔族はほんのひと握りだ。〈七魔皇老〉の中でも魔法に突出した2人しか思い当たらない。そして〈分離魔法〉を最も得意とした者は…。

 

「アイヴィスの仕業か」

 

ミーシャが頷く。なんと愚かな魔法を造り出したのか。無理矢理生み出された魔族は、基本的に不安定な存在だ。生まれること自体が奇跡に近い。生まれたとしても言葉は話せず魔法を使えない。そして短命として認知されている。

 

長い時を生きられる者など俺は見たことがない。ミーシャは意志を持ち、魔法を使い、人と話し、食事をする。普通の魔族が生きるためにする当たり前のことを、生命を失う恐怖を持ちながら行ってきた。

 

哀しい。あまりにも悲惨な運命だ。何故わざわざそのようなことをしようとしたのか。アイヴィス・ネクロン、かつてはそのようなことを考える奴ではなかったはずだ。

 

「…アイヴィスはミーシャとサーシャに〈分離魔法〉を発動すると同時に、〈融合魔法〉を施したんじゃないか?」

「どうしてそれを…」

「〈根源〉を分ける魔法は長続きしない。いつかは1つに戻る日がくる。つまり15歳の誕生日がその時だということか」

 

15年の人生など短すぎる。その先に続く人生においてもっとも輝かしくなる時間だ。その人を形づけると言っても過言ではない年齢で終わるなど、俺は断じて許さない。

 

「2つの魔法の特性を活かして、より強い魔族を作ろうとしたのか」

「〈分離融合転生魔法《分離融合転生(ディノ・ジクセス)》〉。それが私たちにかけられた魔法」

「アイヴィス・ネクロン、記憶だけでなく思考までねじ曲げられていたか」

 

2000年前のアイヴィスなら決してしなかったことだ。何者かに身体を乗っ取られているのだろう。思想が変わった可能性も否定はできない。だが始祖を違えているならば、これまでに何らかの操作を受けている可能性が高い。

 

「…普通に過ごしたかった。でも運命は決まっている。私が消えてサーシャが残る。私が消えても誰も気にしない」

 

何時の時代も突然死ぬことは有り得ること。それは人間だろうと魔族であろうと関係ない。精霊や神は特殊な成り立ちだ。人間や魔族と比べる事はできない。

 

「15年が私の一生。死ぬ前に思い出が欲しかった。いない者として生を受けた私に、わざわざ話しかける魔族はいない」

 

どこの誰とも分からない魔族に、わざわざ話しかける者はいないだろう。今の時代は純血と混血が差別される世界だ。純血でありながら混血の証である白服を着ていれば、名前を知る必要性も関わる必要もない。

 

「でもアルファスが話しかけてくれた。アノスが班に誘ってくれた。家に連れて行ってくれた。2人が友達になってくれた。それだけで十分」

 

何故そんな悲しいことを笑顔で言える?絶望しかない運命に僅かな光が差し込んだから、それ以上求めることは無いと言うのか?

 

俺だったら理不尽な世界を恨んでいる。何故自分は求められて生まれた存在ではないのか。必要とされる存在として生まれなかったのか。誰が自分を必要としたのか。何も求められず何も与えられない人生。そんなものが当たり前のようにあってはならない。

 

「…ミーシャは私から生まれた。より強い魔族を生み出すためだけの存在しない魔族だとしても、私にとっては大事な家族なの。いなくなるなんて絶対に嫌!」

「魔法人形だと言って拒絶していたお前が何を言う。ミーシャの扱いがどんなものだったのか、お前が知らぬはずがあるまい」

 

アノスがサーシャに怒りを向ける。当然のように家族と同様、ミーシャをいないものとして扱っていた。そう口にしていたサーシャが、今更いなくなるのが嫌などと口にする権利はない。

 

「…今までミーシャに嫌われるようにしていたのは、全部この先の人生をミーシャに譲るためよ。今日の午前0時に私たちはひとつになる。融合する瞬間に私たちの意識は、どちらかが表になって片方は消える。本当なら私が残るけど、ミーシャが消えるのを拒絶して私が意識を持つのを拒絶すれば、ミーシャの意識が残る」

「ミーシャが拒絶せず、サーシャが拒絶すればどうなる」

「…私が残る」

 

俯き握った拳を震わせるサーシャ。本気ならば眼に《破滅の魔眼》が浮かんでいることだろう。

 

「サーシャ、顔を上げてくれ」

「何よ」

 

恐る恐る上を向いたサーシャの瞳を見て、俺はほのかに微笑む。アノスも同じように微笑みを浮かべている。

 

「サーシャ、お前の言葉を真実として受け取った。ミーシャ、俺はお前を必ず助ける」

 

だがミーシャは首を横に振る。

 

「必要ないよアルファス。生まれることを本心から望まれなかった私は、消えていくのが運命。友達ができて好きな人ができた。当たり前に生活することができて嬉しかった。私の人生には奇跡が起きた」

 

ミーシャの発言に俺の微笑みは姿を消す。

 

何で心の底から笑顔を浮かべれるんだよ。死ぬんだぞ。もう二度と誰にも会うことができないんだぞ。自分の運命を自分で勝手に決めるなよ。

 

そう思った時には、俺はミーシャを抱きしめていた。

 

「アルファス?」

「勝手に自分の価値を決めるな。俺には許せないことが2つある」

「何?」

「諦めと裏切りだ」

 

自分にはできないから他人に求めず諦める。味方より敵の方が都合がいいから裏切る。2000年前に俺は何度もそれを経験した。

 

「ミーシャ、決まった運命でも最後まで諦めるな。死ぬその時まで決して諦めるな。他人がお前を助けようとすることを裏切るな。お前を助けたいと思っている奴らが、死ぬ気でお前を助けようとしているんだ。その行為を裏切るような言葉を発するな」

 

他人が決意したことを邪魔することは許されない。だが間違った決意をしたときだけは別だ。他人が望み、本人が望むことが相反することならば、どちらが正しいかなんてわからない。

 

でも、どれだけ自分が必死なのかを伝えることが大切なんだ。死ぬ覚悟と別れる覚悟は違う。

 

「ミーシャ、お前はどうしたい」

「…みんなと一緒に過ごしたい」

「サーシャ、お前はどうしたい」

「決められた運命なんてぶち壊してやる。私もいつまでも一緒にいたいわ」

 

なら決まった。やることはただ一つ。2人が今日まで当たり前のように過ごしていた日々を、これからも送れるようにするだけだ。

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