2人が融合する直前まで、俺たちは楽しい時間を過ごした。サーシャとミーシャがどのように育ってきたのか。サーシャの変な行動やミーシャの落ち着いた態度の成り立ち。
俺とアノスの過去。アノスが意外とブラコンだったことなど。本当に死ぬかもしれないという日に、俺たちはとても楽しい時間を過ごした。
「ミーシャ・サーシャ、入学試験の〈適性検査〉の出題を覚えているか?力はあるが魔王の敵性に乏しい娘と、力はないが魔王の適性に長けた息子がいた場合、2人が死にかけていたときにどちらを助けるべきかという問いだ」
「覚えてる」
「覚えてるわよ」
アノスと2人の前を歩きながら問いかける。〈宝物庫〉から移動し、サーシャが〈自然魔法〉の触媒となっていると気付いた場所に向かう。あれほど魔力に満ちた場所は他にはないだろう。
俺とアノスなら2人を融合させず、今までと同じように暮らす人生を与えられる。だがそれを行うには膨大な魔力が必要だ。俺とアノスでも足りるが、貯蔵があっても損はない。
もっとも慣れ親しんだ場所で行う魔術行使ほど、強力なものは存在しない。
「2人はなんて答えた?」
「魔王に優れた息子」
「魔法に優れた娘よ」
なるほど。互いの性格が答えにでたというわけだ。これが2人を黒服と白服にわけられた理由の一つだろう。親が決めたとはいえ、ミーシャはサーシャなのだから純血だ。
「俺とアノスはそんな答え方はしない」
「じゃあ、なんて答えるのよ」
「「両方救うだ」」
選ぶ必要はない。俺たちは救える命を救う。できるだけの力があるのだから無駄な命を散らす必要は無い。
「そんなことできるわけ…」
「過去を変える。別々の魔族だったとすれば、午前0時になっても消えることはなくなる」
簡単に過去を変えることはできない。膨大な時間を操作すれば、ならず者を排除しようとでしゃばってくる輩もいるはずだ。だがたった2人の命を救うだけだ。その程度で処断されても困る。
「どうやって」
「新たな〈根源〉を2つ呼び出せば、4つが融合して2つになる」
《
「時間を遡るのは2人だ。俺たちが戻っても〈根源〉が融合されない限り、1つに戻るという運命は変えられない」
「でもそんな大魔法を私たちは使えない」
「《
《
「始祖がアノスであることを信じよ」
魔王がアヴォス・ディルヘヴィアだと信じてきた2人には酷なことだ。今すぐ信仰心を捨て、新たな君主を崇めることなど簡単なことではない。口先で言えても肉体や精神は、その感情を捨てることなどできない。
だがするしかないのだ。本当に互いが互いを想い、未来へと進むための1歩を踏み出すために。未来を望むなら今を打ち破りたいなら。〈根源〉そのものからアノスが魔王の始祖だと信じなければならない。
「始めるよ」
俺が《
俺に突き刺さろうとした剣が弾き返される。それと同じくして激しい剣と拳の応酬が始まる。数秒後、距離をとった魔族を見れば、予想通りの奴が立っていた。
『もう遅いぞアノス・ヴォルディゴードとアルファス・ヴォルディゴードよ。その姉妹は《
「もう起きているのにか?」
『何?』
やはりアイヴィスはこの時を待っていたのだ。俺たちの後をつけ、2人のことを聞き、この時間に命を助けようとすることを見越して。その思考はアイヴィスによるものなのか。それとも何者かに誘導されて予測した結果なのか。本人に聞かぬとわからないだろうが。
「我が兄と俺が、不意打ち程度で人助けを止めると思ったか?」
『させぬ!』
「我が兄よ、可能な限り急げ。守りながらの戦いはそれなりに気を張る。余波を与えずに戦うのは俺の真の戦い方ではない」
わかっているさ。だがこの魔法を使えるのは、2人が1つに戻ろうとする瞬間のみ。どれだけ早く始めたかくても、そのタイミングが来るまでは何もできない。
アノスがアイヴィスを魔法で圧倒しているのを、背後に感じながらその時を待つ。10秒ほど待っていると午前0時に重なる瞬間が来た。
「《
時を止めて遡ろうとすると、謎の空間が突然現れた。ミーシャとサーシャが何が起こったのか理解できないらしく、互いの手を強く握りあっている。
やはり出張ってくるか。過去をねじ曲げようとする輩を裁くために、〈神界〉からわざわざ神がやってくる。
「時間の秩序を司る〈時の番神〉、エウゴ・ラ・ラヴィアズのご登場だ」
空間にひび割れが生じ、仮面をつけたフード付きの黒いコートを着た何かがそこを通り抜けてくる。その異質さにミーシャとサーシャが驚愕する。これほどの違和感を放つ存在は今の時代で決して見ることがない。
二千年前の神話の時代では、ごろごろと存在したものだ。当たり前のように眼にして当たり前のように散っていく。神は秩序だ。己を創る秩序にのみ従う。侵されれば何者であろうと正そうと争う。
だからこそ俺は神を憎んだ。神の秩序に従わないというくだらぬ理由で、多くの同胞が殺された。〈根源〉諸共二度と生き返らぬように。
だが神でなかろうと、自分の考えに従わない奴らを罰するのは当然のことだ。気にくわないから邪魔だから消す。誰もが等しくやってきたことを、神は秩序として捉えて行動する。
「できれば目をつぶってもらいたい。1人の魔族の命を救うだけだ」
『許さぬ。時間の流れを乱そうとする者には裁きを下さん』
どうあっても引かぬということか。だがそれはこちらとて同じ。大切に仲間の命を救うことは悪いことではない。ましてや運命を決められて生まれるなど許されることではない。
空間に伸ばされた手が何かを引っ張り出してくる。その先には、アノスによってボロボロにされたアイヴィス・ネクロンがいる。
この空間に出てきた瞬間から、アイヴィスの仮面やフードとコートの傷が消えていく。
「治った…」
「違うよ。あれはアイヴィスの傷がない状態まで、時間が強制的に戻されただけだ」
さすがは時間の秩序を与えられた神だ。俺たちとは違う力ですべてを戻す。だがおかしな話だな。時を変えることが罪なら、時を動かした神も同じだというのに。
時を動かすのが駄目なら動かした者を裁けばいい。だが奴は別の何かの時間を動かした。己の秩序を守るために別の秩序を破るか。
なかなかにどうして潰しが甲斐がある。
『汝に時の神の力を授ける。時間の流れを乱す者を滅せよ!』
〈時の番神〉が消えていく。いや、アイヴィスの〈根源〉に同調しているのだ。アイヴィスの見えていなかった両腕が、大鎌に変化していく。
〈時の番神〉の言葉は、つまり時間の流れを意図的に変えた俺ではなく、アノス・ミーシャ・サーシャまでも殺すということか。関係者すべてを殺す。相変わらず秩序にしか従うことのできない愚かな神だ。
「アノス、2人は俺が責任を持って預かる。だからお前はあいつを倒せ」
「言われなくともそのつもりだ」
では、任せよう。全信頼をアノスに預けて、俺は2人が別々の魔族として生まれるように仕向けるだけだ。
「続けるぞミーシャ・サーシャ」
「こんな時に何を!」
「いいからやれ!アノスがお前たちを救うために戦っているんだぞ。それを無駄にしてまで自分を殺そうとするな!」
互いが互いを生かそうとするなら、俺は両方を助ける。それだけの力が俺にはある。助けられるならばいつまでも何度でも助けよう。生きたいと願い、幸せをこの手に掴みとりたいなら。
願うな。祈るな。信じよ。誰が魔王で誰がこの世界を守ったのか。
神か?否。
精霊か?否。
勇者か?否。
魔王か?否。
誰でもない。
全員だ。
大精霊が、創造神が、勇者が、魔王が平和を望んだのだ。終わりの見えない怨念と怨嗟が、尽きることなく続く争いを終わらせるために。
そしてそれは間違ってなどいなかった。格差はあれど、誰もが当たり前のように日常を過ごすことができる日々が。こうして今ここにあるではないか。
『時の神の力と始祖の力を持つ我には勝てぬ。運命は誰にも変えられぬ。我が不死身となった時点で。否、貴様が2000年前の戦いから逃げた時点で!』
「ほう、どうやら俺のことを忘れたわけではないらしい。お前の言動は何一つぶれていないようだな」
『貴様が何をしようと運命は変えられぬ。時の神の力を見せてやろう!』
何をするかと思えば自身の力ではなく、授かった時の神の力を使うのか。己の力で勝つのではなく借りた力で勝つ。なんと愚かな。
他人の力を借りることが悪いとは言わない。それは誰かの支えで生きていることと同じだからだ。自分の力と他人の力を合わせて戦うなら理解できる。だが他人の力を自身の力のように見せるのは、三下のような雑魚が行う力に溺れた者の末路だ。
その先には何も無く、暗闇しかその視界には映らない。
『針や止まれや時計や止まれ。万物余さず永遠に。時計や止まりて時間止まりし!』
時間を完全に止めるか。確かに時の神だからこそ成せる技だ。時が止まれば動くことも思考することもできない。だが甘い。
その程度で俺たちは止まらない。何者も俺たちの歩みを止めることはできない。止められるのは己の意識のみ。
『バ、バカな!何故動ける!?時が止まったのだぞ!』
「「時間を止めた程度で、俺たちの歩みを止められると思ったか?」」
《魔眼》が発動すれば俺たちは止まらない。《無の魔眼》はあらゆる事象を
『時の流れは変えられぬ!それはこの世界の摂理、神が定めた運命!』
そんなくだらない理など俺はいらない。決められた運命、終わりが決まっている人生など誰も必要としない。運命を決めるのは、人生を決めるのは誰でもない。本人がその意思でその願いが決めるのだ。
誰かが意図的に作り出すものではない。神が作った運命だと?ふざけるな。何故魔族の運命を神が決めるのだ。運命は自由に選ぶものだ。誰にも指図される筋合いはない。
ミーシャは奇跡が二度も起きたと言った。サーシャはこんな運命なんかぶち壊してやると言った。その言葉が〈根源〉からの叫びだと俺は理解した。
2人はこの先も一緒にいたいと願い、俺たちにそれを任せた。俺たちが必ず助けると約束した。誰にもその邪魔はさせない。
「魔王とは何だアイヴィス、エウゴ・ラ・ラヴィアズ。力か?称号か?権力か?どれも違う。どれでもない。俺が俺であることが魔王であるということだ」
俺の言いたいことをアノスが代弁してくれる。おかげで俺は2人にすべての意識を向けられる。時を止められた2人は口にすることも動くことも叶わない。
だが俺たちの言葉は届く。耳に魂に〈根源〉に。俺たちが言う言葉に偽りなどなく、真に2人がこの先も一緒にいられることを願う言葉。
「ミーシャ、奇跡が起きたと言うなら俺たちがそれを現実にしよう。サーシャ、お前が運命をぶち壊したいなら俺たちがそれをぶち壊そう」
誰かに頼んだっていい。誰かを頼ってもいい。自分1人でできないなら、誰かと手を取り合って乗り越えろ。巻き込むことは申し訳ないことだと思い込むな。
救いたいと願う者は巻き込まれたと思わない。相談してもらえないということは信頼されていないと思いこむ。だが俺たちは気にしない。存分に迷惑をかけろ。存分に依存しろ。
そのすべてを俺たちが受け止め赦しを与えよう。
「願うな。祈るな。ただ信じろ。目の前に立ち塞がるあらやる困難と理不尽を、俺たちが全てぶち壊してやる。俺たちが歩むその道程を迷わずついてこい!」
2人がそれぞれの《魔眼》で時の呪縛を破る。
「アルファス・アノス・サーシャの4人で生きる!」
「力を貸してアルファス!こんな運命に負けたくない!」
お前たちが望むなら俺たちは惜しみなく手を貸そう。見返りなど必要ない。本当に望むものを手に入れさえすれば、俺たちは何も文句はない。
「やっとわかった。貴方は本当は目覚めていたんだって!」
「では信じよ!始祖を魔王を!アノス・ヴォルディゴードが真の魔王であると!」
「「信じる!」」
「《
2人がアノスが真の魔王だと〈根源〉から信じた瞬間、俺は2人を15年前に送り込んだ。2人が過ごした15年間の記憶が流れ込んでくる。
嬉しい記憶、哀しい記憶、寂しい記憶。
外から見える本を読む
家から見える外を歩く
これが当たり前だと思ってた。でも間違っていた。
2人が15年前の2つに分かれた〈根源〉に手を伸ばす。触れるとそれぞれが融合し、別々の魔族が母胎に刻まれる。4つの〈根源〉が融合され、2つの〈根源〉となり2人の魔族として認識される。
ミーシャが消える未来が消え去ったのだ。
「よくやった。さすがは俺の配下だ」
「アノス、力を合わせるぞ」
「頼むぞ我が兄よ」
初めて使う魔法だ。慣れない作業による疲労は意外と重い。本来なら俺の魔力で2人を15年前に送り返しても、ここまで時間はかからなかった。
だがアノスが守ってくれているという安心があっても、内心ではアイヴィスのことを意識してしまう。同時に多数のことを実行するのが苦手な俺からすれば、アイヴィスの攻撃を警戒しながらの魔法行使は中々の重労働だ。
だが2人が過去を変えたのならば、俺が2人を気にする必要は無い。2人の〈根源〉に反魔法を5つほど重ねておけば、如何に時の神の力を手にしたアイヴィスであろうと、短時間で簡単には壊せまい。
「喜べアイヴィス、ようやくお前の相手をしてやれる。魔王とその兄による直々の裁きだ。二度と味わえぬ宴だぞ」
『我の2000年に渡る計画が!許さぬ許さぬぞぉ!』
いくらでも罵るがいい。俺たちが求めたのは2人の安全だ。決められた運命を破壊し、自由な運命を与える。誰もが自由に生きられる世界を俺たちは望む。
それを破壊するというのなら、お前たちが振りかざす尽くを破壊しよう。誰にも邪魔はさせない。魔族だろうと〈皇族〉だろうと神だろうと例外はない。
俺たちは魔力を解放する。アノスの足元から陰が湧き上がり宙に伸びていく。俺の上から光が舞い降りてくる。それらが実体を得るように形を変えていく。
『な、何だそれは!?』
「此処が何処か忘れたか?〈魔王城デルゾゲード〉だ。魔王城で魔王に挑むのがどういうことか。貴様に教えてやろう」
形を得た陰と光を俺たちが掴みとる。圧倒的な存在感と圧迫感を発する剣。誰が見てもそれが単なる魔剣ではないと感じることだろう。
魔剣にはクラスがある。これらはその魔剣の中でも最上位に位置する代物だ。
『始祖とその兄が魔剣を持つなど聞いたことがないぞ!』
「見た者は〈根源〉すら残さず消滅した。〈理滅剣ヴェヌズドノア〉、万物を滅ぼす始祖の魔剣だ」
「見た者は記憶を忘れ新たな運命を歩んでいった。〈
アノスとは対称的な能力を持つ魔剣。戦闘には不向きな性能だ。元々戦いを諌めるために造られた魔剣である。剣による攻撃に使うものではない。敵を斬りつけて運命を決めることを目的としている。
『死ね始祖よ!そしてその兄よ!』
「ふんっ!」
『のわぁぁぁぁぁ!』
飛びかかってきたアイヴィスの顔面に、アノスが容赦なく〈理滅剣〉を突き刺す。仮面が剥がれ、中からエウゴズ・ラ・ラヴィアズが姿を現す。それに向けて俺が〈決命剣〉を振り下ろす。
『我が秩序が!崩れていく!止まらぬぅ!』
「お前の秩序が崩壊するよう
〈決命剣〉に斬り付けられた万物は、俺の意思によって操作される。〈理滅剣〉のように破壊を運命付けることも、斬り付けられた痛みを繰り返すように運命付けることも。全ての
それがこの〈決命剣〉の能力だ。
「貴様は俺の配下を見下した。ここで滅びることを喜ぶがいい。二度と忘れぬよう恐怖と共に頭蓋に刻め」
アノスが〈理滅剣〉を振り下ろそうとする度に、アイヴィスが斬り刻まれていく。振り下ろすまでの間にアノスが何度も斬り付けているのだ。
とてつもない剣速で何度も何度も斬り裂かれる。それは肉体と〈根源〉にまで届く。
「俺が魔王アノス・ヴォルディゴードだ。二度と違えるな」
『お、のれ!摂理の枠に収まらぬ〈不適合者〉ぁぁぁ!』
その身を霞に変えて、アイヴィスとエウゴズ・ラ・ラヴィアズが消えていく。それと共に空間が元に戻る。〈時の番神〉が消えたことで、時間の歪みが元に戻ったのだ。
「甦れ、血を分けた配下よ」
アノスが自身の血を一滴垂らす。するとそこから魔法陣が広がり、先程消え去ったはずのアイヴィスが姿を現した。〈失われた魔法〉の1つの《
殺して3秒以内に蘇生させれば、リスクなしの蘇生が可能だ。
「〈理滅剣ヴェヌズドノア〉は魔族と番神の〈根源〉を滅ぼした。だがもう1つあったようだな」
『御許しを。我が恵愛なる魔王アノス・ヴォルディゴード様。そして我が親愛なる師アルファス・ヴォルディゴード様』
よくわからないが、蘇生したアイヴィスは真の意味で俺たちを思い出したようだ。アノスが魔王で俺が師であることを口にした。俺がアイヴィスの師であることは一度も言っていない。
つまり何らかの縛りから、アイヴィスが解き放たれたと言える。記憶改変された原因は未だ不明だが、真っ当なアイヴィスが戻ってきたのは確かだ。
「アイヴィス、2000年前に何があったのか聞きたい。我が兄や俺が死んでから何が起こった」
『…わからぬ。我の記憶は大半が消されたままだ。何者かに殺されてから〈根源〉を融合され、乗っ取られていたのだろう』
「昨日話していたのはお前ではなく、その何者かということか?」
『我が主の言う通りだろう』
記憶が戻ったのは、ほんの僅かな一部分だけということか。俺たちが真の魔王とその兄であることだけは思い出した。恐らくそれらは、アイヴィスの〈根源〉に深く刻まれた変わらぬ摂理だったのだろう。
自分自身を生み出した存在の魔王アノス。片や自分自身を今の高みにまで導いた魔法の師たる俺。
乗っ取られていたとしても、元に戻ればその事が当たり前だと理解する。
アノスと俺が指に乗せた魔力をアイヴィスに送り込む。
「俺たちの正しい記憶を渡す。知っている限りの僅かな知識だけど」
『ありがたき幸せ』
深々と頭を垂れるアイヴィスから目を逸らす。恐らくアイヴィスを殺し〈根源〉を乗っ取っていたのは、アヴォス・ディルへヴィアかその配下だろう。簡単にはシッポを掴ませないだろうが、動けば必ずその証拠が残る。
アイヴィスを死んだままにすれば、何か情報を得ることができるかもしれない。僅かな情報でも手に入れば目的が分かるかもしれない。
「お前は奴らを探れ。死んだことにしておけば、奴らもそのまま計画を進めることだろう。まずは他の〈七魔皇老〉からだ」
『御意』
アノスの命令を受けたアイヴィスが、《
目を開けた2人はほっとしたように微笑んでいる。
「終わったの?」
「ああ。我が兄が命をかけてお前たちを救った。感謝するなら俺にではなく我が兄にしてくれ。さて、戻るとするか。朝の9時までに着けば満点だ」
「あれだけのことができるアノスとアルファスなのに、今更点数を求めるなんて」
苦笑気味のサーシャの気持ちも理解できる。時を遡る〈起源魔法〉を使う存在が、テストの点数に拘るなど考えられないことだろう。テストが何点だろうと、そいつはもう既に学生の域を超えているのだから。
だがアノスはそうであろうと気にしない。何故なら今のように学生生活を、楽しく送ることなどしたことがないのだから。
「戦争では何度も勝ったが、試験で100点を取ったことはないのでな」
「ちょっと意外ね」
「2000年前は試験なんてやる暇はなかったからね」
毎日が戦いだった。そんなものに時間をかけるなら練習時間に充てる方が、よっぽど有意義なものとなる。誰もがそう考えて疑わなかった。
2人に微笑みながら伝え、隠し通路を歩いて地上へと戻る。空を見上げれば山脈の上部分が僅かに赤く染まり始めている。夜明けが近いらしい。
その時、サーシャとミーシャがふらりと身体を揺らした。アノスと俺はとっさに抱き留める。
「ごめんなさい」
「謝ることはないよ。ゆっくり落ち着くといい」
「ちょっと疲れただけ」
無理もない。俺が魔力を貸したといっても、魔力行使をしたのは自分自身だ。魔力配分を考えて緻密な計算をすれば、脳に多大な負荷がかかる。
緊張の糸が切れたことで、その疲労が波のように押し寄せてきたのだろう。ミーシャが落とした手紙をそっと渡す。するとミーシャがそれを強く抱きしめた。
「また拾ってくれた」
「何回でも拾うよ。ミーシャにとって大切な手紙なんだろ?」
「親代わりの人が送ってくれた。でも怖くて読めなかった。昨日が最後だと思ってたから」
自分が別れを迎えると理解していても、相手はきっとわからない。いつものように朝起きて挨拶をして朝ごはんを食べる。歯を磨いて服装や髪を見て家を出る。
当たり前が続くと思っている親代わりが、何も知らず送ってくれた手紙を読むことができない。何も伝えず何も知らずに自分が消える。
そうなると思っていたミーシャは、親代わりからの手紙を墓場まで持っていくつもりだったのだ。読めば自分の決意が揺れるかもしれないと恐れた。
だがもう怖がることはない。ミーシャは死ぬこともなく消えることもないのだから。
「でも私は生きてる。これまでと同じように生きていける」
「ミーシャ、私ね。ミーシャに生きてほしかった。私の代わりに世界を見て欲しかった」
「私も同じ。サーシャに生きていて欲しかった」
「今なら読めるよミーシャ。親代わりの人がどれだけミーシャを愛しているのか。きっとそこに書かれている。それを読んだ時の気持ちを伝えるんだ。きっと喜んでくれるよ」
「うん」
ミーシャが見せたこの笑顔は、真に心から溢れた笑顔だろう。純粋に嬉しい気持ちが現れた笑顔だ。でも眩しくなんかない。美しくて綺麗で優しくて。守りたい笑顔だ。
「平和というものは悪くないな。馬鹿げた理由で死ぬことがない。戦いばかりの日々に飽き転生したが、なかなかにどうしてここは良い時代だ」
「俺とアノスはこんな世界を作りたかったんだ。誰もが明るく笑って暮らせる日々を送れる。死ぬ事が当たり前の世界など繰り返すわけにはいかない」
〈皇族派〉が〈統一派〉を虐げるようなことは起こっている。だがそれは国の中でのほんの僅かないざこざだ。衝突がない世界などありはしない。
小さな争いがあるからこそ、国の発展に繋がることがある。小さな争いが火種となって戦争になる可能性があるなら、俺たちが止めればいい。何度でも鎮火しよう。平和を求めた俺たちには見届ける義務がある。
「ミーシャ、手を出してくれないか?右手じゃなくて左手だ」
「これでいい?」
「収まりがいいのはここだな」
「なっ///!」
「私が見てた指輪…」
何故ここでサーシャが頬を赤く染めるのだ。それならアノスに受け止められた時に浮かべるべきだろうに。
「言っとくがなサーシャ。これは俺が意図的にしたわけじゃない。
「それでもそんなところにはめたら、みんな勘違いするわよ///」
「深い意味は無い。ミーシャ、誕生日おめでとう。サーシャもな」
〈宝物庫〉でサーシャが気になっていた〈蓮葉氷の指輪〉を、
「勘違いするのもいいけど。だったらサーシャもアノスの腕の中から出ればいいんじゃないか?」
「なっ///!」
「どうやら腕の中は居心地がいいらしいぞアノス」
「ふむ。このような経験は無いのでな。どう行動したらよいのかわからぬ。悪いなサーシャ」
「何変な解釈してるのよあんたは!?」
中々に楽しそうだな。それにサーシャも満更でもなさそうな顔でアノスの腕を掴んでいるじゃないか。まるで恋人に甘えているようだ。
悪くないカップルだと思うよ。
さて、俺もミーシャをいつまでも抱き締めていたら小言を言われるかもしれない。解放したほうがいいだろう。
「…ミーシャ?」
「もう少しこのままがいい」
「甘えん坊だなミーシャは」
「暖かいから」
俺の胸に頬をすり付けるミーシャの髪を撫でる。なんとも心温まる行動だ。俺も嬉しいから離すつもりは毛頭ない。
「はいそこ。イチャイチャしない!」
「ミーシャが望んでるんだ。別に構わないだろ?それにサーシャも羨ましいならアノスに頼めばいい」
「何時誰がそんなこと言ったのよ!」
素直じゃないな。《眼》は自分もそうしてほしいと言っているというのに。優柔不断なのかまだ気付いていないのか。これからが楽しみだ。
「さて帰ろうか。2人とも我が家に来るといい。母さんがご馳走をたくさん作って待っているだろうからな」
アノスの言葉に俺たちは頷き、入手した王笏を手にエミリヤの元へと向かうのだった。一番最初に戻ると怪訝な顔をされたが、王笏を渡したことで何も言われることはなかった。
珍しく学院から歩いて帰ることにした。帰宅中はサーシャとミーシャの思い出話に俺たちは耳を傾ける。家に着くまで、ミーシャの右手は俺の左袖を掴んで離さなかった。