スリザリンの方のハント(兄だとか弟だとかで言うと煩わしい事態が起きるので、親しくアルフレッドと名を呼ばない限りはそう区別されてる)の評判は、概ね『クソ真面目』に落ち着きつつあった。
あからさまに『クソ』部分に交々あるが、当人も気にして居ないしよっぽど社会通念から逸脱した嗜好をして居なければ、彼と接して不快に成る事は殆どない。
スリザリンの上級生等は、校内であるにも関わらず形成された『社会』に順応し、無意味に敵対すれば面倒だが『普通』に接すれば害も無く、それぞれの信念に触発しなければ有用な人間との接し方は心得ていた。
その為、漠然とスリザリンどころかこのホグワーツさえ自身の所属ではないとでもいう様な空気を纏ったアルフレッドにも、『普通』に接して居た。
ただそれが出来るのは、ある程度の世渡りを学んだ上級生で、新入生ではまあ、それなりに諍いもあった……と思われる。
男子のハントはクソ真面目なせいか、『お上品な喧嘩』にはトコトン向かず何か有ったらしい子供の詰らない悪意を無意識にぶち壊していた。
入学から一月経とうとする頃には稚拙な害意は勢いを失ったし、接する時間の長い同級生は尚更だった。
だがそんなクソ真面目に単純なアルフレッドの扱いに慣れて来た一年生も、その日ばかりはどうして良いのか戸惑った。
誰がどう見ても不機嫌な顔をしている。
それはここ一月ほどで初めての事態だった。常に穏やか、おっとりとした表情をしているか女子の方のハントに振り回されて、死にそうな顔をしているかの二択だったのに。それが、朝食前から見た者が皆距離を取る程の冷たい表情をしている。
医務室から戻った後にハントに『なんであんな間抜け庇ったんだ』と絡みに行ったマルフォイにさえ、きょとんとしながら『あの場で一番早いのは、恐らく私でしたから』と心底不思議そうに答えただけだったのに、一体何があったのだ……とハラハラしていた。
朝一番に顔を合わせる羽目になる、スリザリン生は勿論、次に顔を合わせる事になるグリフィンドール生もぎょっとした。
順番的に、今朝はアルフレッドがアリアナの方へやって来る計算で、和やかに朝の挨拶と共にやって来る筈が、なんとも重い空気と鋭い目つきで『アリアナ、いいですか?』とだけ言ってきょうだいを連れて行ってしまった。
当の片割れは、予見していたかのように、並べられた朝食をちょいちょいと間引きサンドイッチに変換し待って居た。『気にしないで』と、いつも通りににこりと笑って昨晩のハーマイオニーより酷い『不機嫌』顔の片割れを伴って去って行った。
ハリーとロンは、昨夜の決闘騒ぎが真面目な彼にも伝わり、無視の体勢に入ったハーマイオニー同様に怒って居るのかと少し身構えた。
大冒険に後悔は一切していないが、あまりの気迫にヒュッと呼吸が逆流しそうな気分で、どきどきとしてしまった。
普段交互にどちらかの寮のテーブルに着き食事をとって居たが、昨日の事で話たそうなアルフレッドに連れられて、朝の清々しい校庭を目の前に、ちょっとした段差に並んで腰掛ける。
「制服を汚しますよ」
「ありがとう。はい、朝ごはん。一応食べるでしょう?」
「……ありがとうございます」
ハンカチを差し出されたので、ありがたく敷かせてもらい元は植物の種子に、相変わらず死んだ動物を焼いた物を挟んで、サンドイッチと名乗る料理を差し出す。
不機嫌にむくれながらも、律義に礼は言う弟は相変わらずだ。
「何だったんですか?『周りに人が居るか』だなんて」
「昨晩やっと使者が女子寮に灯りを点けてくれたから、あなたの方はどうかしら?と思ったの。もし点せたら、わたしの方へ来れるか実験したかったの」
「男子は女子寮へ入れないそうですよ」
多分アルフレッドの癇癪の原因はそんな事ではないみたいだけれど、知らんぷりをして、聞かれた事だけを話す。
決闘の話は、彼らのプライベートなのだろうから省き、例の『死んでもいい人だけ入って良い』廊下での話をする。
「それでね、ハーマイオニーちゃんは何かを守っているって言うのだけど、なんだと思う?」
「聖杯じゃないですか?」
不機嫌そうな弟が、持ち出して来たサンドイッチのパンの端っこを千切り、ちよちよと鳴きながら寄って来た種類も分からない小さな鳥に投げてやる。
いかにも適当に思い付いたままに言ったという調子だった。
「違うと思う。だって、ただの頭が三つある大きな犬よ?聖杯を守るには荷が勝ちすぎない?」
「そのただの犬に殺されたは、誰ですか」
ようやく、不機嫌の確信を口にした。父の夢でそうであったように、お互い死んだら分かるらしい。今さらたった一回殺されるくらい、大した事でも無いのだ。
あの父だって、沢山死んで、何度だって挑んで、今に至ったのだから。
「あなたや父さんにしたら、ただのちょっと大きなわんちゃんという意味」
炎も吐かなかったし、と付けたす。
ただ三つある大きな頭が突進してきて、避けるスペースも無く普通に食い殺されただけだ。大分情けないが、たったそれだけだ。
が、弟の不機嫌そうな顔と声は直らない。確か、漁村の井戸であっさり夢に帰された後しばらく、力不足を感じ父の助言に従い地下遺跡に潜り、巨人に蹴り飛ばされたり番犬に突進されて、吹き飛ばされたり焼かれたりと散々な目に遭ったようだ。
それがイヤな思い出だっただろうかと首を傾げる。
ふぅー……、と大きく息を吐いてから、がっと両肩を掴まれた。
「貴女にとって!危険かどうかという意味です!実際殺されているのに!何が、ただの犬ですか!!今は私がいつでも同行できる状況ではないんですからね!?」
大きな声に集まって居た鳥たちが飛び立つ。ついでに、まだ授業まで間があるのに何らかの用事でもあったのか、校庭を横切っていこうとした上級生が驚いて尻もちをついた。
「もう、そんなに心配しないでも大丈夫よ?わたしも元にしたモノは違うかもだけれど、あなたと同じに父さんが作ったんだから」
アルフレッドはまだ例の廊下に『一人』で侵入し、あっさりと死んだ事に腹を立てているらしい。そもそもこの心配性の弟は、自分の姉を非力な少女だと思って居るのだろうか?同じ目的のために、同じ血を与えられて、同じようにつくられているのに。
確かにアルフレッドのように仕掛け武器を振るう事はしなかったし(そもそも良く居る実験棟のモノ共は襲い掛かっては来ない)、わざわざ敵対する者が居る場所にも行かない。
自分にとって狩りはちっとも必要ないだけで、別に強くなくてもわたしのやりたい事はできたから、それでいいのだ。時々うっかりで死んだって別に問題は無い。
それなのに、アルフレッドは悪夢の中をわざわざ送迎された(不思議な事に『アリアナ』はエスコートされる事に一切違和感を抱かなかった)。
些か心配性に過ぎる。
アリアナもアルフレッドも、父と同じように諦めなければ終わりはないのだし、執着する血族としての血だってアンナリーゼ様と父が居れば失われる事はないのだから。
如何にも信用成らない、とじとりと見つめる弟に肩を竦めて気を付けるわ、と伝えた。
未だ釈然としない物を抱えながらも、何だかんだと妹…血縁者に甘いアルフレッドは丸め込まれてしまった。
ただやはり、すっきりとしては居ないので外でのお説教と簡単な朝食の後に、アリアナを寮まで送り届けるといういつも以上に心配性を発揮し、傍から見ればいつも通りの光景を作っていた。
仕方ない、とばかりに少しだけ困り顔のアリアナとまだむっとした顔のアルフレッドが連れ立ってグリフィンドール塔へ向かう。
すると何とも不機嫌そうな顔で去っていくハーマイオニーに、背後から溜め攻撃食らったデブの様な表情のマルフォイ。酷く上機嫌なハリーとロンが今まで立ち話にでも興じて居たのか皆それぞれの目的地へ向かう所に出くわした。
「あ!アルフレッド!」
古い同性の友人を見つけたハリーは、どうしても報告をしたくて堪らないという表情で駆け寄る。半歩出遅れてロンもやって来るが、その顔にはアルフレッドに話すのは止めた方が良いのでは?という思考がありありと浮かんでいる。
少しズレた所は有るが、アルフレッという少年はハーマイオニー寄りの、優等生タイプだ。もっと言うと、パーシーばりに頭が固いかも知れない。個性が強い兄達に小さい頃から包囲されていたロンは、そう認識していた。もしここで報告して、アルフレッドからもお小言を貰う様な事に成れば、せっかくの良い気分が台無しになる、と危惧しているのだ。
「きょうだい喧嘩は終わったの?」
「別に喧嘩という訳ではないのよ」
先に何か別の話題を、と言葉だけを先に割り込ませるが答えたのはアリアナのみで、すでにハリーはアルフレッドに昨日からの経緯を興奮気味に話して居る。
「……それ、大丈夫なんですか?」
朝食時の不機嫌、怒っています、という表情とは違う不安そうに顔を歪めてアルフレッドが問う。
「詳しくはありませんがスポーツなんて、地に足を着けていても怪我をすることがあるのに…それを空中でするんですか?成長しきっていない一年生が本来選手に成れないのは、それなりの理由があるのではないですか?」
まあ宙に浮く事にチャレンジする前から懐疑的で、前日に(本人は地面を踏んだままだが)額を切っているアルフレッドが消極的にな意見を述べるのは仕方がないのかもしれない。
しかし意外だったのは、半ば無理やり曲げられた規則自体は『上が決めたのなら』と別段反発は無い様子なところだ。
「君は昨日のハリーを見ていないからなぁ…本当に凄かったんだんぜ!」
「100年前にも一年生の選手は居たって話だし、きっと大丈夫だよ」
「死んだ奴の話も聞かないし……うん、まあ、試合中に消えた人はいるらしいけど」
「消えた!?それ、え?」
あの凄まじい飛行を見れなかったなんて、と大仰な程に嘆いてみせるロンと一緒に心配し過ぎだと頷くハリーは。その続く言葉にほんの少し怯んだ。
「不思議ね?夢と現の間にでも落ちてしまったのかしら?何が起きたのかしら?」
きゃっきゃと盛り上がる男の子達をよそに、アリアナは一人にこにこと楽しそうに全くもって見当違いな疑問を抱いていた。
そうこうしている内に、そろそろ教室へ向かわなければ間に合わない時間になってしまう。
特にアリアナを送って来たアルフレッドは、小走りに成ってスリザリン寮へ向かって行く。
ホグワーツに来る前からの友人にも一緒に喜んで欲しかったのだが、大きな反対や不正だと糾弾される事は無かったが、ハリーはほんの少しもやもやとしたものを抱いた。
「それで、『わたし』はとってもお利口さんだったけれど、けして血の質は良くなかったの。だからそれが、とてもとても悔しかった。自分を『選ばれた』という後輩の子が居たから、尚更ね。『わたし』には資格がなかったの」
「そうですか」
ふんす、と子供らしい『いじけました』という顔と口調で語りながらも、古びた書付と試験管の中身を見比べるアリアナと、彼女の何のことだか分からない語りに興味無さそうにアルフレッドは相槌を打つ。彼の視線が向いて居るのは宿題のレポートのみだ。
訳の分からない事を言うきょうだんに慣れ切っている。
「でもね『アリアナ』には、『わたし』が欲しかった血質が備わっているの。ねえ?せっかくなら、成したいと思うでしょう?」
「そうですか」
「勝手に話してるだけだから気がないなら無視してくれてもいいし、実験棟とは違うのだからわざわざついて居なくていいのよ?」
終始気の無い返答ばかりを繰り返していたアルフレッドが漸く顔を上げた。
「今私がわざわざ貴女の横で宿題をして居るのは見張りです」
「あら酷い。姉への信用が低すぎない?」
「妹でしょう」
賑やかな(ウィーズリーの双子とは賑やかさの次元が異なるが)幼い双子の声に、魔法薬学教授、セブルス・スネイプは普段から険しい顔を一層険しくした。ついでに顔色も一層悪くなる。
最初にグリフィンドールの方へ組み分けられたハントが、授業のない時間に魔法薬学の教室を使いたいと言い出したのは、新学期が始まってたった一週間後の事だった。
教師陣は事前に『ヒトではない』という前提条件のもと、それとなく様子をうかがって居た。その結果は肩透かしを食らう程に普通の子供だった。
いや、むしろ随分と『お利口』な類の子供だった。他の悪ガキ達の様に、廊下で呪いを飛ばしあう事もないし、小さな校則違反もない。女子の方のハントが授業もない夜間に一人、天文塔に居る事も有るがそれは天文学を担当するオーロラ・シニストラが許可を出していた。それも、グリフィンドールの寮監であるミネルバ・マクゴナガルに直談判をし、説得してまでだ。
彼女は余程、アリアナ・ハントに入れ込んでいるらしい。
確かに成績は悪くない。
アリアナの方は自身の興味により、振り幅がかなり有るが一年生のこの時期なら問題になる程でも無い成績だ。まだ大きな差が産まれる程深い所まで進んで居ない。
そんな時点でも、特出する物があるからこそなのだろう。
もし彼らが真っ当な魔法族、勿論マグル出身でも、人で有ったのなら(年齢を考慮し監督には着くが)学びたいと言うのなら教室の使用許可位出していた。
それをしなかったのは、一週間では『ヒト』ではない彼を見極める事は出来ずに居た。
今の所は妙に大人びた所の有る普通の子供という結論にいたり、グリフィンドールのハントに教室の使用許可を出した。条件付きではあるが。
スネイプは目を通していたレポートから顔を上げる。
「ハント。Miss、ハント」
同時に二人が顔を上げたので、改めて呼び直せば『はい』としおらしく女子の方が小首を傾げる。男子の方は顔を上げたまま『何をしたんだ』と胡乱な視線を片割れへ向けている。
「君に提出を求めたレポートなのだが……何だね、これは?」
使用用途は入学までに『故郷』で行っていた自由研究の続きをしたい、とのことで条件の一つとしてはその研究をレポートにまとめ提出するよう、提出出来ない様な研究ならば、校内での続行は禁止としていた。
ほんの僅かに、研究者の端くれとして現行魔法族と異なる者達の扱うモノに興味があったというのも有るが…。
しかし先ずはと、何を目的にどの様なアプローチを行うかを纏めさせたアリアナ・ハントのレポートは意味不明の一言に尽きた。
殆どを聞いた事もない書籍、あるいは個人の論文の引用、の様ではあるが前提か理論か、全てが狂っており『理解』をすることが困難で、少女の書いた筈の文字を眺めているだけで頭痛を覚える。
「わたしも分かりません。分からないから、調べたいんです」
十一歳の少女が歳に見合わないしっとりとした笑みを浮かべる。
「もし良ければ、先生の見解をお聞きしたいです」
色素の薄い丸い子供の瞳が、じっと見つめる。
セブルス・スネイプはその瞳が苦手だった。
開心術とは違う。そんなものではい。覗かれる感覚でなく、ただ漠然と『見ている』のだ。
見透かす様な少女の瞳と、敬意が見当たらない『先生』という形だけの言葉。
彼女はダンブルドアですら、真実『先生』として教えを乞う事はないのではないかと感じさせる、何かがあった。