狩人様の英国魔法界観察録   作:黒雪空

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悪夢から魔法界の入口へ

腓骨では流石に細すぎる。脛骨の方が良いだろうか。

橈骨を削りだし、杖(地面を突くものでも、獣を打ちのめすものでもない)の形状に研ぎあげた。

 

恐らく魔法使いが使う杖とは全く異なる。見た目だけを寄せたもの。仕掛け武器の様にあの子達の人間性を誇示するもの。

自決した血族狩りの青年の腕に、流血鴉を爆発金槌で殴り付け毟り取って来た心臓。甘い血の娼婦から靴共々拝借した足に、最後の学徒から抉り出した眼球。

要はあの子達の『人』の部分を集めてその手に握らせてやればいい。そんな、若干いい加減に過ぎるかもしれない思考だ。

なにせ、この古都で出会った狩人しか強い『意思』の人間を記憶していないのだ。仕方がない。

 

歩行補助の道具でも、権威の象徴でもない『wand』を手元で弄る。

なかなかサマになったように思う。材質も何も、校則に規定は書かれていないのだし、これで良いだろうと頷いた所で狩人の夢が僅かに揺れ、子供の姿が現れる。

 

「おかえり。アルフレッド。アリアナはどうした?」

 

同い年の中では長身に分類される彼でも、流石に大人が使うままの仕掛け武器はアンバランスに大きい。しかし危なげなく狩人達がそうして当たり前に、両手に狩道具を握ってもふら付きもしない。

血族狩りの友人に良く似た顔で、千景と教会の連装銃を握った我が子に、それっぽく声をかける。何度顧みても、赤子がこどもの(わざわざ人間ぶらせた)面倒を見ようだなんて何と滑稽な場面なんだろう。

 

夢へと帰り、魔法学校の入学権をもぎ取って以来あの子達の『遊び場』はもっぱら悪夢の中だ。様々な事情により、現在ヤーナムへの灯りは(血の女王の間以外は)使えない様にしているので、必然的にそうなった。

アルフレッドは自分の真似をして、獣や眷属、悪夢をうろつく狩人達を狩っている。

 

「アリアナはまた実験棟に行きました」

 

そしてアルフレッドの報告通りアリアナは、実験棟で遊んで居る事が多い。

 

「そうか。呼んできて貰えるだろうか」

 

「ええ、もちろん!」

 

何かを頼むと、とても嬉しそうにするアルフレッドは胸を張って快諾し、足早に墓石へと向かって行った。

 

 

 

 

 

ふらふらと随分と荒れた実験棟を歩き回りながら、わたしは何がしたいのかしら?とアリアナは内心でのみ首を傾げる。

もちろんわたし…『アリアナ』もアルフレッドと同じに父の望みを果たす事が第一で、それを自身の存在意義だと認識している。ただ彼のように頑固に一直線で、賜った血に固執し傾倒する程の狂信性はない。

 

そもそもアリアナは、確固たる個が薄い。

例えば、孤児院や学校で他の子達に気味悪がられていた、妙なモノを視認し様々なモノに興味を示すのは『アリアナ』ではない。

例えば、すれ違っただけの他人や遠目に見つめるクラスメイトのほぅっと見惚れる顔に微笑んで見せるのも『わたし』ではない。

 

あれらは勝手に体が行う反射の様なもので、彼女の意思はあまり影響をしない。何時だってなぜ自分がその選択をしたのかは分からないが、好奇心や艶といった人間の理解できる個性を示せているから、まぁ、いいか、と勝手に出てくる反応に任せている。

 

「あら、あなたはなにかしら?」

 

人を惑わせる様な微笑みと、探究心に輝く瞳で小さな生き物へ語り掛ける。実験棟内の、明らかに個人の書斎らしき一室。書き散らされ放置された紙片に、本棚から飛び出た分厚い本たち。机の上に並べられた不気味な標本。そんな中にぽつんと、繊毛と触覚のようなものを揺らす、星空色に輝くイキモノが居た。

それを好奇心旺盛な部分が『かわいい』と判じ手を差し伸べる。知能が有るのかは定かでないが、少女の手に擦り寄って来る。

 

「やっと見つけた…良くこんな所に居れますね」

 

きらきらと輝くイキモノを掌に乗せたアリアナが振り返れば、狩道具を握り返り血を浴びたアルフレッドが憮然と立って居る。

 

「面白いものが、たくさんあるのよ」

 

「ついでに敵もたくさん。父さんが呼んでいるので、帰りましょう」

 

呻き嘆き藻掻く何かが、ここに沢山徘徊して居るが不思議とアリアナは絡まれた事がない。アルフレッドは自ら絡んで行くので、その差異は定かでないのだ。自分から武器を向けるのは、父が狩る者だから敵、と認識されているだけらしい。

 

連装銃をしまい、空いた手を差し出せば当然の様にアリアナが手を添えた。幼い少年少女にしては、やけにエスコートする側もされる側も堂に入っている。

ちぐはぐで、妙な寒気を抱く光景が悍ましい実験棟で繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

アルフレッドはアリアナを、ぼんやりとしているくせに妙な魅力で人を惹き付ける。なのに、他人への興味は薄く不思議ちゃんを拗らせた、手の掛かる見ていてやらねばいけない『妹』と認識していた。

それと同じように、アリアナもアルフレッドを真面目だがそれが行き過ぎた頑固者で、男の子にありがちなおこちゃま。熱意があると言えば聞こえは良いけど、妄信的でブレーキをかけてやらなければいけない、危なっかしい『弟』と思っている。

 

総合し客観的に見ればとても仲のいいきょうだいだ。

 

ただ流石に孤児院育ちとは言え、人らしく存在しようとしていた、十一歳になる男女のきょうだいは、普通人前で手を繋いで歩くような真似はしない。

しかし例外もある。

今が正にそれで、大都会ロンドンを何故か目を瞑りながら歩くアリアナの手首を、しっかりとアルフレッドが握って…掴んで居るという現状だ。

 

アリアナのそれは昔から時々行う奇行の一つで、唯一と言っても過言ではない友人のハリー共々通学中などにはらはらしたものだ。

 

「精霊を飼って居るのかしら?それとも脳を苗床に譲ったのかしら?」

 

当人は瞳を閉じても危なげなく進み、意味の分からない事を呟く。じっと先導する人物を見上げる角度で首を傾けた。

 

「ど、どうかしましっしましたか?」

 

じっと後ろ姿を見詰められていた、ターバンを巻いた大都会から浮いた格好の男が、酷く言葉を詰まらせながらも振り向き問いかける。

 

「いいえ。なんでもありません」

 

答えたのは、アルフレッドでもアリアナでもない。二人の後ろを淑やかに歩いて居た、古風に過ぎる喪服染みたドレスの、美しい顔の『人形』だ。

凛と美しい顔を向けられた先導者は、何とも居心地の悪そうな引き攣った笑みを返す。

 

「ならいっいいのですが。も、目的地はもうすぐでっですよ」

 

面倒な事情を抱えた子供が、慣れない環境に疲れてしまったかと気遣い、後ろを着いて歩く二人へ後半の言葉を向けた。

 

「はい」

 

ぱちりと目を開いたアリアナの、お行儀のいい返事と可愛らしい笑みに、人形相手とは異なる種類の不格好な笑みを返し案内へ戻る。

 

便宜上、魔法族では有るが諸事情により全く魔法界へ参画せずに居た。その為、学用品を買うにも勝手が分からぬと言った二人へホグワーツ魔法魔術学校は、付き添いの教師を寄越してくれた。

 

それが彼らを先導するクィリナス・クィレルという、悪目立ち不可避な男性教師だ。

そして双子の後ろを着いて歩くのは、『心配性』な父が子守りに着けた美しい人形だ。

 

何とも奇妙な一団となって居るが、誰も2Mを越える自立歩行し、言葉を発する人形には目を向けない。きっと、狩人が悪夢に囚われ始めた時代よりも、世界の真実を知覚出来る者が減ったのだろう。

それにここは夢とも異なる。

あの静かな夢の中で、狩人の世話をする人形が『現実』をうろつくとなれば、事情が異なるのかもしれない。

 

父は何か嫌な思い出が有るのか、日の昇ったロンドンへ三人(人形と子供達を)送り出す際に頭を抱え鎮静剤を流し込んで居た。

何かあっただろうか?と思い返すが、アルフレッドはそういった出来事を見つけ出す事は出来なかった。自分が知らないのなら、不要な記録なのだろうとあっさりとその思考を中断する。

 

既にしっかりと目を開いて歩くアリアナの腕も放してやってからすぐ、どうにも頼りない教師が一軒の寂れた宿屋を示す。

 

「こっ、ここです」

 

自身がきりきりはきはきと動くタイプのアルフレッドは、この若い男性教師は我の強い礼儀の成ってない悪ガキ達に散々揶揄われたら、ストレスで教職を投げ出しそうだな、と考えた。

正直向いて居ない。と十一歳の少年は失礼な感想を抱き、もし退職を考えて居そうな雰囲気を察したら、父へ仲介してあげようとも思った。

 

何せ、父はとても興味深そうにしていたのだから。

 

「アルフレッド様、置いていかれますよ」

 

『漏れ鍋』という本屋とレコード屋に挟まれた異物を前に、より父の喜びそうな結果へ気を回していたアルフレッドの肩を人形が優しく叩き、既に一階はパブと成っているらしい店内へ入り待って居るクィレルとアリアナを指し示した。

 

それに気づいた彼も、慌てて後を追った。

 

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