産まれは月が見下ろし続ける夢で、育ちは『意識の高い』人々が集まった閑静な住宅街。遠出と言える距離でもないが、ちょっとした失敗により妹と二人少し離れた学校へ通って居た。そんな程度の行動範囲しか持たなかったアルフレッドには、随分と物珍しい景色が窓の外を流れて行く。
何てことは無い、ただの都会から離れた牧草地だ。放牧された偶蹄類たち(もちろん草食で、小さな女の子を食ったりはりない)がゆったりと草を食んでいる。
預けられた教会の孤児院には、鳩が居たがそれきりで、アルフレッドは狩る必要のない『どうぶつ』をあまり見たことが無かった。
「場所代ろうか?」
あんまりにも熱心に外へ視線をやる物だから、窓側の席に座っていたハリーに気を使われ、そこで漸く車内へ視線を戻し、大丈夫だと告げる。
出発から一時間程達、列車内は子供の喧騒で溢れかえっていた。ようやく腰を落ち着けた筈の座席に、お行儀よく座っている者の方が少ないくらいで、皆あっちこっちに駆けまわっている。車内販売のカートが通り、子供の好きな甘味が投入されればそれは更に加速した。
そして駆け回る先に『あのハリー・ポッター』が居るコンパートメント、が含まれており度々不躾な視線が無言で覗き込んで来る。
ハリー本人が居心地悪そうなのを、遮るものの無い通路側へ移って貰うのは忍びない。
それと、隣の友人が大量購入し広げられたお菓子の山に、席の移動は少々面倒な事態になっているので、遠慮した。
そういった現場に居合わせた事が無かったが、ひょっとしてこの大人っぽい友人は動物が好きなのだろうか、意外な事に。とハリーは思い、全力で逃走するカエルチョコ(こちらは勿論生物ではない)を諦めながら、あとでヘドウィグを紹介すると言ったし、ロンはおさがりだけど、と言ってなんと上衣のポケットから眠る鼠を取り出した。
「……すごいですね。鼠が主人を認識して、安全だと判断している。…本当に獣ですか、これ」
少しもったりとした体形に太って居るが、子供の掌に収まるサイズの生き物が飼い主を理解して無防備に眠っている。体に対して当然脳も小さい筈なのに…魔法使いの飼う生き物はどこか違うのだろうか?
なにせ彼の知っている鼠は、成人男性の姿をしてる時の父よりも体積があり、油断すると集団で嬲り殺しにしてくるモノだ。
すぴょすぴょと他人の手の上でも眠り続ける鼠を心底珍しそうに見詰めるアルフレッドに、ロンは肩を竦める。
「ただのぐうたらな役立たずだよ。いつも寝てるから、飼い主がパーシーから僕になったのも気づいてないかも」
そうは言いながらも、ずっと飼って居たのならそれなりに愛着が有るのだろうと考える。アルフレッドから返された鼠を、雑に上衣のポケットにしまい直したのだとしても。
妹も実験棟で見つけた良く分からないきらきらした生き物、らしきなにかを『可愛い』と言ってポケット(服のではなく夢と現の間だが)に入れているが、アレは持ち込み可能なペットに区分されるのだろうか?
取り留めのない事を考えたり、話したりしながら購入した菓子類を摘まむ。
特に空腹は感じなかったが、昼時なら何か口にした方が自然かと思い適当に買ったものが、悉く甘くて完食を諦めしれっと同席者たちの広げる菓子の群れに紛れ込ませた。
誰の購入品かは既に関係なく、分け合って居たので問題ないだろう。アルフレッドも進められて一つ口にしたが、百味ビーンズとやらが鎮静剤に酷く近い味がして、コレの商品開発を行った者の精神状態を心配したり、チョコ菓子のおまけとして写真に封じ込められた人物の人格と認識について考え始めてしまい、頭痛を覚えたりした。
一定のリズムで振動する列車と、満腹になり血が脳から胃へ回ってぼんやりとした心地よい感覚の中、魔法界の世情に疎い二人が、ロン先生の魔法界講座という名の世間話に聞き入っていた。
クィディッチという、未知のスポーツ(あまりスポーツに興味のないアルフレッドには、フッドボールも未知だが)の話題に、まだ数度しか見て居ない『魔法』の話題。
雑にポケットに戻されても、尻尾をはみ出させてたまま睡眠を続行していた鼠、スキャバーズを金色に変えてみせるという話に成った。
興味深い話題に参加しつつも、片手間にせっせと菓子の空袋を畳み容積を減らしていたアルフレッドもその手を止めて注目する。
神秘とは全くの別物(アルフレッドには違いが分からず、一年生の教科書をぱらぱらと捲る父はただ興味深そうにはしていたが、何も教えてはくれなかった)魔法。悪夢の中で無害そうな物を数度アリアナと試してはみた。しかし何故か実験棟の一角が爆破で吹き飛び、産まれて初めて見るアリアナの『怒ってますという顔』が披露されて終わった。
鼠を金色にするなんて、何の意味が有るのかさっぱり理解できないのに、思い通りの事象を引き起こす魔法とやらに興味津々と意識を向けた矢先、唐突に若干の圧を含んだ女の子の高い声が割って入る。
「ヒキガエルを見なかった?」
男子三人が揃ってコンパートメントの入り口に目をやれば、既にきっちり制服を纏った栗色の髪の女の子が立ち塞がって居る。
仔細を尋ねる前に入口に立った女の子は言葉を続ける。
「ネビルのがいなくなったの」
アリアナの様な、被毛のないつるりとした生物を可愛がる類の子かと思ったが、どうやら別の子のものらしい。残念ながら、ヒキガエルは見かけていないと告げる。
どこか威張ったような『仕切りたがり』な女の子の声にゆったりとした空気から叩きだされたハリーとロンも突然の襲撃に面くらいながら、知らない、と首を振る。
だがその女の子から追撃が飛んでくる。
「魔法をかけるの?それじゃあ私も見せて貰うわ」
杖を握ったロンを見つけ、何の断りもないままにその隣に座り込む。今まで接した事の無いタイプの女の子に、その場の全員がたじろいだ(父の記憶にも見当たらなかったものだから、アルフレッドも)。
ギャラリーの増加による緊張なのか、元々呪文に問題が有ったのか、何も起きる変化は無く、ハーマイオニー・グレンジャーという少女のガトリングガンの様な、断続的で継続的な『ありがたい』言葉の連射が発生しただけだった。
残念ながら列車内のコンパートメントに遮蔽物は無いので、全弾命中し、砲火を浴びせた少女は満足した事と、ヒキガエル探しを思い出した様で嵐のように退出していった。
お喋り(といってもひっそり伝播する噂話)が好きなペチュニアおばさんか、不思議な事は言うけど穏やかにおっとりとしたアリアナかの二例しか知らないハリーは勢いに固まったし。そのアリアナと人形、教会のシスター位しか知らないアルフレッドも何も言葉を挟めずに固まった。
ロンだけが、ひょろりと一角獣の鬣がはみ出した杖を見詰めて溜息のようにこぼす。
「あの子と同じ寮にならないといいけど…」
そう呟いたと同時に、件のその子が見計らったように扉を開けたものだからロンは盛大に跳び上がりかけた。
「もうすぐ着くそうだから、あなた達も制服に着替えたら?」
わざわざ伝えに来てくれたのだろうが、タイミング的に物凄く心臓に悪い。また嵐のように去っていくグレンジャー女史を見送りながらハリーが感慨深げにアルフレッドを見る。
「あの子と並ぶと、アリアナはずっと『いいこ』だと思う」
「………いえ、方向性が違うので…今の所…同じ位ですよ」
物凄く歯切れ悪く答えるしかなかった。
蒸気で走る、半日ほどの汽車の旅はそれなりに楽しかったとアリアナは思う。
ドラコくんとパンジーちゃんの、何とも微笑ましく可愛らしい様子はとても和んだ。真っすぐに純粋な恋心は、何て愛おしいのだろう。『アリアナ』には無いものだったから、尚更に。
結局少しだけ、と言ったマルフォイは腰を落ち着けてしまい到着まで女子二人に挟まれてお喋りをしていた。ただ、彼が得意げに話して居たフィクションとノンフィクションの境目が曖昧な、空を飛ぶことに関する武勇伝は、女の子二人の頭に残って居ない。
片や気に成る男の子が話す事、と内容よりも相槌を打つことに夢中になり、もう片方はそんな少女の様子やめいっぱいに恰好をつける男の子、というその在り方その物を愛でていた。
それでも誰もそんな本当の所なんて知らないのだから、とても平和だ。
ただちょっと、にこにことマルフォイを見詰める(自分も含まれて居る事は気づいて居ない)視線に、アリアナ・ハントという少女をパーキンソンは警戒して居た。
何せ笑みを向けられる少年が満更でもないのだから。
うっかりすると、かつて何処かの古都の教会で起きた修羅場の再現が起きそうな事態だったが、アリアナは気にしない。
そろそろ弟を探さなければ、と言って在校生とは別にぞろぞろと案内される新入生の波を縫いながら一人でアルフレッドを探していた。
ランタンを下げ、一年生を先導するのは漏れ鍋で出会った、ハリーの付き添いをしていた大きな先生だ。確かハグリッド先生。ランタンを持って進姿は、本当に教会の使いそっくりだった。
悪路を一生懸命歩く満十一歳の子達の中には、見るからに険しい小道を歩き慣れて居なさそうなアリアナに手を貸そうとする子も居たが、実際の所悪夢の中の死体だまりなんかを駆け抜けて実験棟に通って居た彼女の方がよっぽど上手に歩けて居た。
「もうすぐホグワーツが見えるぞ」
あんまりにも滑ったり転んだりでちょっと挫けそうな子を、だんまりで無愛想な使い達とは違いハグリッド先生が声をかけてくれる。
それに励まされてか、待ちきれなくてか周りの子達が駆けだす。
「アリアナ!」
それに逆行するなんて、ちょっと迷惑な事をしながら弟が前方から駆け寄って来た。
「わたしも前に進んで居るんだから、あなたが引き返す意味はないと思うの」
「心配だったんですよ。貴女が何か仕出かしてないか」
むっとした表情を作りながらも、隣に並んで歩き出す。寂しがりな弟だ。殆どの子達が、歓声とともに駆けだしてしまったせいで、アリアナとアルフレッドは最後尾になってしまう。
「あら、クラスの子に大怪我させて転校しなくちゃいけなくなったのは、誰のせいかしら」
「あれは相手が悪いんです。私達の『血』を侮辱しました」
それに関しては、全く後悔ないとばかりに腕組みする。
何てことはない。転校前のあのクラスでSFだか降霊遊びだか(もちろんアリアナはそんな子供だましな交信方法信じて居なかった)が流行ったおりに揶揄われたのだ。不気味な男の子が教会に捨てて行った奇妙な双子という話でそれなりにいじめがあり、流行のままに『人のふりをした宇宙人』で『青い血が流れてる』などと、面白可笑しく囃し立てられた。
残念ながら、アルフレッドもアリアナも血は赤い。本当に残念な事だ。
だが表現がどうであれ、アルフレッドにとっては自身を形成する血統を馬鹿にするという思惑その物が許せなかったらしい。小さな子供が起こしたとは思えない傷害沙汰となり、遠くの学校へ通う事を余儀なくされた。
でも確かにあのやり方は失敗だった。次、同じような場面があればもっと上手くやる心算だ。
思い出すだけでも腹立たしいという様子の弟の背を叩いて宥めながら、先程の微笑ましい少年少女を思い起こす。
アリアナの家族を気にしたり、選民意識が、直接発言しなくとも言葉の端々や語調に滲んでいた。うっかり血統に対して『穢れ』などと言わなければいいのだけど、と、他人事のように心配する素振りをする。
まだ体も小さかった当時と違い、随分大きくなったし狩りにも精を出して居る今、また『血族を侮辱した』と受け取れる発言があったら、人が死にかねない。そうなったら、父の望みが叶えられなくなってしまう。
「父さんが知りたい事を見せれるまでは、いいこで居ましょうね」
「勿論です。私達は父さんの為だけに存在するんですから。それに、私は規則を破ったりしません」
何を当然の事を、という弟の真顔に苦笑が漏れた。
お喋りをしながら、最後尾を歩いて居た二人にもやっと他の子達が目にして歓喜の声を上げさせた物が視界に入る。
大きな湖と、対岸の城。
湖は暗い空を写して黒く、その向こう側の城は高い山の上に在る。
決して廃城などではない。大小さまざまな塔の窓には美しい明りが灯っている。冷たく白い雪と悍ましい血肉に彩られた場所ではない。
全く似て居ないのに、妙な既視感を覚え見入ってしまう。
そもそも二人は、湖越しに朧気に見える城など見た事がないのだ。もっぱら悪夢の中に居て、ヤーナムに入った事は無いのだから。
「ほら、おまえさんたちもボートに乗って、よそ見し過ぎて湖に落ちんようにな」
あんまりにも、じぃっと父の記憶ではない既視感の正体を探ろうと湖を見詰めて居たら、本当の最後に成っていた。ランタンを揺らしながら近づいて来たハグリッド先生に声を掛けられハッとする。未だ固まって居る弟の手を掴んで引いて、アリアナとアルフレッドもやっとボートへ乗り込んだ。
次回はいよいよ組み分けですね。
ですが、ちょっと仕事を持ち帰らなければ不味そうなので、少し投稿が遅れるかと思います。