「あっ」
がつーん。
切っ掛けは些細なことだった。
何でもないある日に家の角で転んでしまって、頭を強く打った時に俺の頭に突如として膨大な量の記憶が流れ込んできたのだ。
その記憶には覚えがある──所謂、前世の記憶というやつだ。
俺は至って普通の、何てことない令和の大学生だったのだが、何の因果か大正時代に転生したらしい。それはもう驚いたね。子供の脳には衝撃が大きかったらしく、知恵熱を出して三日間も寝込んでしまったよ。
ただ不幸中の幸いと言うべきか、この世界に来て数年経ってから記憶を取り戻せたのは大きかった。何てったって大正時代だ。もう慣れてるからいいけど、当時の環境は現代とは比べ物にならないくらい不便だ。
いやさ、俺の今の住居は大分立派な家なんだけど、電気とかガスとかエアコンとかが使えないってだけで不便って感じるものなんだなー。
で、今に至る。
いいとこのお坊ちゃんに生まれた俺はそれなりに大正時代をエンジョイしていた。前世では親はすぐ亡くなっちまったし、苦労して大学行ったはいいけど流行り病のせいで就活うまくいかなかったからなー。だからこうして親から愛されながらぬくぬく育つってのは普通に楽しい。
しかも違う時代のものは見てるだけで面白いし、親もそんな俺を見て喜んでくれているみたいだった。何故か竹刀を持たされて剣の訓練をさせられたけど、まあ昔はどの家も剣道をやるのが普通だったのかなってことで納得していた。
「住めば都ってやつだな!」
そんなこんなで楽しく過ごしていた俺だが、しばらくして更なる衝撃に襲われることになる。家で日課の素振りをしている時にやたらでかい声が聞こえてきたのだ。
「君!少しずつ前のめりになっているぞ!もっと背筋を伸ばすんだ!!」
「えっ、こ、こうか?」
「うむ!いい姿勢になったな!!」
その少年に言われた通りにすると格段に剣が振りやすくなった。
礼を言おうと、声のした方を見ると……
「………………」
「おっと!いきなり声をかけてすまない!剣を振る姿が見えたものでな、つい話しかけてしまった!」
その少年は大正時代において、いや百年後の未来でも奇抜な髪と眼だった。
派手な金髪に、燃え盛るような毛先。眉は太く、カッと開かれた瞳は猛禽類のように鋭い。
そして炎のように熱い意思と精神が伝わってくる力強い声──。
煉獄杏寿郎。
俺が大学時代に大流行していた漫画の登場人物で、そして俺が最も尊敬し好きだった、鬼殺隊一熱い男だ。
俺が知っている『彼』よりは何歳か幼いようだが、それでも彼が本物なんだと分かる。生の煉獄さんにはそれだけの強さと格好良さがある!
……つーか、俺が転生した世界って。
「鬼滅の刃の世界じゃねえかああああああああああ!!」
▽▽▽▽▽▽
わー煉獄さん生で見たらかっこいいーマジでかっこいいー。
ひとしきり煉獄さんを堪能すると、彼は原作通り快活な笑顔でまた会おう!と言ってくれた。流石、未来の炎柱は言うことが違うぜ。
後から聞いた話によると何でも俺の家は代々鬼殺隊に所属する隊士を輩出する家系だったみたいで、俺の日頃の訓練も隊士としての素質を見出すものだったのだとか。そして俺の祖先が同じく代々柱を輩出する煉獄家と仲が良く、たまにこうして遊びに来ることがあるらしい。グッジョブ先祖。
それは嬉しいのだが、煉獄さんに会えた興奮が収まって冷静になると段々顔が青ざめていった。マジかよ?俺も鬼殺隊に入らなくちゃいけないの?
てそう思って親父に聞いてみたところ、技術は継承していかなくてはならないので訓練は必須だが、隊士になるのは強制じゃないらしい。
弱い者を守るのは強い者の責務だ。だがそれは必ずしも鬼殺隊でしかやれないことではない、ってのが家の意向らしい。けど、それでも俺の一族は鬼に立ち向かっていったんだ。
だから俺も鬼と戦う覚悟を決めた。
それに、原作を読んでいる俺ならこれから起こる未来を変えることだってできるだろうしな。原作は鬼との戦いで悲惨に死んでしまった人も多いけど、俺なら多少なりとも変化させられる筈だ。
幼少期に家族を殺されたキャラとかも今のうちから保護なり何なりしてやりたいんだが、流石に正確な時間や場所が分からないからどうしようもない。けど、これからの人生を幸せにすることは不可能じゃない。俺は皆んなに生きていてほしいんだ。
幸いなことに俺にはそこそこ才能があったらしい。流石に煉獄さんの成長ペースには追いつけないけど、将来的には柱にも成り得る剣の才が俺にはあった。
たまにやって来る煉獄さんと剣の稽古をしては、お互いの力量を確かめ合い己の成長を実感した。
死にそうな目に遭いながらも藤襲山の試練を突破したしな!
そこからは無理しない程度に仕事をこなしていった。いくら才能があろうと人間、できることは限られているしな。
だから俺は俺にできる範囲で努力を重ねる。
欲を言えば転生特典で縁壱並の才能だったりとかを貰いたいところだったけど、まあ無いものはしょうがない。伊達に長く生きてるわけじゃない。無いものを強請っても意味はないのである。
つーか鬼滅の刃の神様って割とシビアなイメージあるしな。
そんな俺だが、今は死の危険を肌身全身で味わっているのだった。
上弦の弍──『童磨』。
原作でも特殊な倒し方でなければ屠ることができなかった最強クラスの鬼。
到底俺なんかが太刀打ちできる相手ではないというのに、何故か俺はそいつと刃を交えているのだった。
というのも、間の悪いことに俺はカナエさんが奴と戦っている現場に出会してしまっていたのである。気付かないフリをして逃げることもできた……が、それでは何のために訓練してきたか分からない。俺は未来を変えるための決断をした。
胡蝶カナエを救う。
原作沿いとか知ったことか。元より俺は鬼殺隊の人達を救うために生きてきた。怖いだとか言ってられるかってんだ。
「炎の呼吸、弍ノ型!昇り炎天!」
「おや?他にも鬼狩りがいたんだね」
へらへらと軽薄な口調で人の神経を逆撫でするように言葉を紡ぐ。
鬼は元は人間だが、その在り方は無惨によって大きく捻じ曲げられている。だがこいつは鬼となってからも価値観や行動基準が一切変わらない正真正銘の化物だ。
哀れな存在だとは思うが、かといって赦せる相手でもない。
驚くカナエさんを庇うようにして剣技の数々を浴びせてやる。
「貴方では上弦には敵わない!ここは逃げてください!」
「だからって退ける相手ではないでしょう!俺にも戦わせてください!」
「ッ──絶対、絶対死なせないわ!」
童磨との戦いはより苛烈さを増していくが、二体一だというのに童磨は涼しい顔で俺達の攻撃を捌いていく。
満身創痍のカナエさんと未熟な俺の剣技が通用する筈もない。が、それでも戦いの形になっているのは俺の原作知識が上手く作用していたからだ。この時こいつならこう動く、というのを脳内にインプットしていたからこそ動くことができた。
そして訪れる夜明け──。
童磨は至極残念そうな顔をして、「あぁまさか、君達二人を食べ損ねてしまうだなんて!次は仲良く喰らってあげよう!」と言い残して消えて行く。
やったのか?という安堵と疲労で地べたにへたり込んでしまう。ふとカナエさんの方を見れば、……良かった。傷は多いものの明確な深手はないようだ。
これなら療養すればいずれ治る。柱を引退するようなことはないだろう。柱が一人残っているだけでも後々の鬼殺隊の生存率は跳ね上がる。
そんなことを思いながら、遠くから姉を呼ぶ声に振り返る余裕もなく、ずるずると泥のように眠りについたのだった。
この時俺は気付いていなかった。
どうしようもなく致命的なミスを冒していたということに。