「姉を救ってくださって、本当に、本当にありがとうございます!!」
「いいっていいって」
しのぶが頭を下げてくるのはもう何度目か分からない。女の子が頭を下げているのを眺めている趣味はないしと伝えると、渋々ではあるがやめてくれた。
俺は今蝶屋敷にいる。
童磨との戦闘の後、しのぶが呼んできてくれた隠によってここまで運び込まれ、目が覚めるや否や彼女に頭を下げられたというわけである。……正直、姉エミュをしていないしのぶを見るのは何というか、新鮮なものがあった。
原作通りの落ち着いた態度だったら何となく『しのぶさん』って呼ぶんだろうが、いまの彼女は単に『しのぶ』って感じだ。年相応の無邪気さがあって、うんうんお兄さん実に良いと思いますよー。
「本当に、君にはいくら感謝をしても足りない程の恩を受けたわ。正直言って四肢がついていることが信じられないくらい。上弦と会敵してまだ戦えることが奇跡みたいなものだもの」
「いえいえ、カナエさんがあの野郎に負けないくらい強かったんですよ」
「あらあら、そういうことにしておきましょうか。ふふっ」
お見舞いには煉獄さんも来てくれた。
あの人の激励を受けるだけで心の臓が燃え上がるのを感じる。この人メインアタッカーと思わせて実はバッファーだな?
で、カナエさんと一緒に上弦の鬼と戦ったということで一度は柱への昇格の話も出たのだが、あれは向こうさんが舐めてかかっていたということと、俺自身そんな器じゃないということで断らせてもらった。胡蝶姉妹は残念そうにしていたけどあれは本当に色々な運と巡り合わせの末の逃げ切りだったからな。
第一、炭治朗達が上弦を討伐しておきながら柱になってないのに、俺如きが柱になるだなんておこがましいだろう。
「せっかくの祝い話だというのに勿体ないですね……。しかし頭から血を被ったような鬼ですか。次会ったら私の新作の毒で嬲り殺してやるわ……」
(しのぶちゃんが原作通りのスーパー毒ガールになってる!)
けどまあ、この調子なら捨て身特攻なんてことはしなさそうだな。
しばらくして任務に戻り、再び鬼と戦う日々を過ごした。途中煉獄さんが柱に任命されたり継子ができたりという話もあったりした。というかあの風格でまだ柱じゃなかったことが驚きだ。
数年が経った──。
ついにその日はやって来た。
無限列車。
煉獄さんが死んでしまう場所。俺が運命を変える場所。
……知ったことじゃない。俺は決めたんだ。例えどんな手段を使ってでも、この世界で懸命に戦っている人達の命を守るって。
「死なせてたまるかってんだ」
「うまい!うまい!うまい!」
(うーん周りの視線が痛いぜ!)
箸の使い方は綺麗なくせに一口ごとに大声を出すのは行儀が良いと言っていいのだろうか。しかし煉獄さんの食いっぷりは見ていて気持ちが良いのでヨシ!
俺達は短期間に四十人もの人間が行方不明になったと報せを受けて二人で列車に乗り込んでいる。鴉の話では、これから三人ほど若手の隊士が増援にやってくるとのことだ。そろそろ来る筈なんだが……。
「ん?オーイ、君達も鬼殺隊だろ?」
「あっ、こんにちは!竈門炭治郎です!」
「すげえすげえ!こいつすげえ速さで走ってやがるウワハハハハ!!」
「馬っ鹿伊之助!外に身を乗り出すなよ危ないなあ!!」
「うまい!」
うーん、このカオスである。
しかしまあこうして生で見るとほんと個性的な三人組だ。大正時代に転生してからこっち金髪の人間なんて初めて見たし、猪頭の半裸人間なんて前世でも見られなかったもんなあ。これで内面まで突き抜けてるんだからほんと鬼殺隊って異常者の巣窟。
さて、ここまでは原作通り。
ここからは原作にいなかった俺という存在が戦局を左右することになるだろう。
「紹介する!彼が先の柱合裁判で話題になった溝口少年だ!」
「ええと、竈門です」
「鬼を連れてるって話だろ?そりゃまた……まあ長い人生色々あるわな」
「切符を拝見」
出た。
この車掌に切符を切ってもらうと強制的に眠らされてしまうのである。だがまあ、血鬼術の仕組みさえ分かってしまえばさほど苦戦はしない。
煉獄さん生存ルートで鬼門なのは魘夢よりも猗窩座の存在だ。魘夢は相性最高の炭治郎達が倒してくれるのでいいのだが、猗窩座は単純に強いし隙が無いし、はっきり言って小細工の一つや二つでどうにかなる相手じゃない。
だから、猗窩座と遭遇しなければいいだけの話なのだ。
原作の猗窩座はたまたま近くにいたから無惨に指示されて炭治郎を襲った。なら、列車がその地点まで行ってしまう前にさっさと帰ってしまえばいい。
かといって列車の人を見殺しにするわけにもいかない。それじゃ本末転倒だ。
だからさっさと魘夢を倒して帰るのが一番の解決策なのだ。
魘夢の攻略法なら漫画で読んであるから知っている。
(ここで予め用意しておいた偽の切符を渡して俺だけは起きていてこっそり魘夢の頸を切るって寸法よォーッ!)
「よし、ちゃんと寝ているな。じゃあ、言われた通りに縄を……」
「とォアア!」
「へぶっ」
寝たフリをしてやり過ごし、後からやって来た一般人の人達の意識を落とす。
……確かこの中には、重い病気に罹っていて、将来に希望が持てないから魘夢に縋った人もいたんだったな。
どうか許してくれ。そして見ててくれ。煉獄さんや炭治郎の戦いを見たらきっと心が洗われる筈だから。
「よし、次は……禰豆子ちゃん!」
「ムー?」
「アッカワイイ!いいか禰豆子ちゃん、君の力が頼りだ!炭治郎達を君の炎で起こしてやってくれ!」
言葉が通じているのかいないのか、ポカンとした様子だったが、程なくして炭治郎達は禰豆子ちゃんの炎に包まれた。ヨシ!ちゃんと燃えてる!
もう少ししたら勝手に起きるだろう。とりあえず俺はそこそこの魘夢一匹倒して列車を降りることにするぜ。俺は安全にこの列車を降りたいんだよ。
列車の上に登ると、……いた。魘夢が不気味な笑みと共に立っていた。
「あれぇ、もう起きたの──」
「オラァ!炎の呼吸壱の型不知火!」
「ごはッ」
列車の上という不安定な場所でも動けるように訓練しておいて良かったぜ。
煉獄さん仕込みの炎の呼吸の型であっさりと頸を切られた魘夢だったが、すぐに気味の悪い肉塊を生やして列車の屋根へと根を張った。
「お前が本体じゃなかったのか」
「うん、そうだよ。ふふふ、本体はもう既にこの列車全体を取り込んで融合しつつあるからね。果たして君に本当の頸が見つけられるかな?」
「何か勘違いしているようだが、ここにいるのは俺だけじゃねえ。俺達だ」
「?………まさか!?」
ようやく気付いたようだな、列車内部で戦闘の音が繰り広げられていることに。
魘夢の余裕は消え失せ、どこかに去ってしまう。さて、ここは先輩隊士として炭治郎達をサポートしなきゃな。
列車内に戻ると、ああよかった、炭治郎はもう起きていて乗客達を守っている真っ最中だった。
「炭治郎!鬼は列車と融合している!奴の急所を探してそこを切れ!」
「は、はい!」
「俺と煉獄さんは乗客を守る!お前は頸を探すことだけに専念するんだ!
……あと勘だが、おそらく頸は列車の前の方だ!」
「分かりました!」
炭治郎に指示を飛ばすと、俺は乗客を守るために走り出したのだった。
そして、少しの戦闘の後──。
「ギャアアアアアアアア!」
魘夢の断末魔とともに列車全体が傾く。俺は即座に窓に向かうと技を出して列車の横転を抑える。離れた窓からも技を出す音が聞こえたのできっと煉獄さんが技を出したのだろう。以心伝心だぜ。
揺れが収まると、前方車両で戦っていた筈の炭治朗達のところへと向かう。
このまま、このまま何もないままでいてくれるのが一番いいが……。
煉獄さんと倒れ伏す炭治郎がちょうど視界に入ったところで、
ドォン!
そんな衝撃音とともにやってきた、瞳に上弦の参と刻まれた短髪の鬼。
猗窩座だ。クソ、原作より大分早く魘夢を退治することができたってのに、それでもこいつはやって来るのか。
まあそれもそうか。鳴女という最上級の空間転移の血鬼術の力と、上弦の脚力をもってすれば、この程度の距離なんてすぐに詰められるか。……計算内だが、ここからは覚悟を決めなきゃならない。
すなわち猗窩座と戦う覚悟だ。
俺の実力は柱に勝るとも劣らないレベル。煉獄さんの脚を引っ張るようなことはないだろう。ここで時間を稼いで日の出まで持ち堪えるしかない。
……魘夢を早々に討伐したのが仇になったな。まあ、その分煉獄さんに余計な負担がかかっていないだけ良しとしよう。
俺が力をフルに発揮さえすりゃあ、時間は稼げる。
そうすれば煉獄さんが死ぬことはない……
……そう思っていたんだが。
「やあやあ、奇遇だね猗窩座殿。まさか俺の活動範囲とぴたり被るとは。たまさか街の方まで出向いて良かった。こうして肩を並べて戦うのは初めてのことだ」
「黙れ」
「上弦が……二体……!?」
嘘だろ──。
どうやら俺が魘夢を倒すのを急いだせいで列車が中途半端な位置で止まってしまい猗窩座と童磨、二人の上弦がやって来れる位置に入ってしまったのだという。
けど……けどそんなことってあり得るのか?たまたま上弦の活動範囲が被るだなんて、そんなこと……
「ああ、いたいた。俺が活動範囲を広げていたのは君を追跡するためだよ」
童磨の虹色の瞳が俺を見据えていた。
………俺?
「君の、まるで俺のことを知っているかのような動きを警戒してね、確実に殺しておくように命を受けているのさ」
「────!!」
心臓がバクバクと波打った。
思い当たる節ならある。
俺は先日、胡蝶カナエの命を救っている。
そこで童磨に、ひいては無惨に目をつけられてしまったというのか?
そんなの──そんなの、どうしようもないじゃないか。俺が加勢しなければカナエさんは死んでいた。あの時は運命を変えられたことに感動したというのに、今度はそのせいで窮地に陥ってしまっている。
俺のせいで童磨が来てしまった。
その事実が受け入れられない。罪を告発された犯罪者のようだった。
正史を捻じ曲げたことで、未来が捻じ曲がってしまった。
胡蝶カナエを助けたことが間違いだったとでもいうのか──?
(……いや!童磨が来ようが、所詮はにわか仕込みのコンビネーション。俺と煉獄さんの二人なら負ける要素はない──)
そう思っていた俺の見積もりは甘かった。
煉獄さんは死んだ。
「煉獄さん!!そんな、そんな……!!」
「ぐ……ぁ……!」
細身ながらも巨木の如く鍛え上げられた腕で胸を貫かれ、煉獄さんは絶命した。
俺はといえば、童磨にいいようにしてやられてしまい、血反吐を吐いて地面に転がっているところだった。虚無と絶望が上からのし掛かる。
猗窩座は童磨がいることで勝負を楽しむよりも任務を遂行することの方に重点を置いてしまった。童磨は前回の戦闘で俺の情報を最大限引き出して理解していた。
その二つの要素が絡み合い、煉獄さんはその生涯を閉じてしまった。
俺のせいで。
俺の、せいで──。
「──そんな……」
「強い男だった。鬼となれば更なる境地へと至れたものを。まあいい、肉体の損傷はお前と……列車の乗客やそこの小僧を喰って埋め合わせるとしよう」
「………!?」
胃の腑に冷たいものが落ちる。
まずい。相手は上弦二人、俺だけでは時間稼ぎすらままならないだろう。このままではきっと原作以上に血が流れてしまう。
朝日はまだ昇らない。
俺が死ぬのはまだいい。煉獄さんが死んでしまうのも、受け入れたくはないが呑み込むしかない。だけどここで炭治郎達が死んでしまうのは駄目だ。
ここで彼が死んでしまったら、鬼滅の刃の物語が──いや、煉獄さんが守り抜いた筈のものがなくなってしまう。
それは、それだけは駄目だ。
この無限列車で煉獄さんは全員の命を守りきったんだ。煉獄さんが守った人間の中に不幸に死んでいった人はいない。皆んな幸せに天寿を全うしたんだ。炭治郎だって伊之助だって善逸だって生きてる。
彼が守りたかった人達はちゃんと守られている筈なんだ!
「やめろォオオオ────ッ!!」
思わず、叫んでいた。
叫ばずにはいられなかった。
果たして何の奇跡か、俺以外のものの動きがピタリと止まった。童磨や猗窩座はおろか、炭治郎達や乗客や果ては風の動きまでもが。俺以外の時間が止まったのだ。
呆然とする俺に更なる衝撃が訪れる。
時間が巻き戻っていくのだ。
ぎゅんぎゅんと、高速で、時計の針が逆方向へと巻き戻っていく。血鬼術ですらあり得ない光景に、俺は言葉もないまま目を見開くしかなかった。
「ハッ──」
気がつけば駅にいた。
もう少しで列車に乗り込む、というところで時は再始動を始めた。
時の奔流が穏やかなものになった瞬間にはまるで水中から飛び出した時のような解放感さえ感じた。同時に、この世界に来てから初めての孤独を味わった。
何故俺はまたここにいる──?
心臓が恐怖を刻んだ。
額より脂汗が垂れるが、やがて覚醒した頭は一つの結論を導き出す。
……まさか。列車の中へと入りその確信が正しいことを確かめる。
車両の扉を開けて、開けて、開けて──
ああ、いた。
彼は相も変わらず、溌剌とした笑顔を浮かべて弁当を食べていた。
煉獄さんが生きている。
特徴的なその髪が、その瞳が、確かにそこにあることに、俺はひどく安心して、その場に膝をついたのだった。
──煉獄さんの死の瞬間から俺は巻き戻っていたのだ。
そしてここからが地獄だった。