三百億の男【完結】   作:悠魔

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 結論から言えば、俺には死ぬ危機に瀕した瞬間に、時間を巻き戻す能力を得ていたらしい。神様とやらの転生特典だろうか。半信半疑ではあったが、同じ光景を何度も見せられれば納得もする。

 煉獄さんが死ぬ、あの瞬間を──。

 彼はそれぞれの時間軸においてあらゆる手段でもって惨殺された。猗窩座に心臓を潰されたり、頭をかち割られたり。はたまた童磨の氷で半身をもっていかれたり、袈裟斬りにされたりと様々だ。

 己の弱さに腹が立った。

 上弦と戦うことも想定して訓練を想定していたというのにまるで歯が立たない。

 元来、この二体の鬼は作中でも屈指の実力者達がたゆまぬ鍛錬の後に何とか相性勝ちできたレベルの怪物だ。上弦、それも参より上が相手では柱が何人いても足りないだろう。俺も何度も戦うことで擬似的に訓練を積もうとしたが、最早訓練どうこうでどうにかなる段ではなかった。

 俺の剣技の腕は柱にも勝るとも劣らない程度。だが、それだけ。

 どうしてもその先へ行けない。

 痣は出せず、

 赫刀も使えず、

 透き通る世界にも入れない。

 鬼滅の刃がどれだけシビアな世界か身をもって思い知らされた。鬼が怒ったり覚醒したりして倒せるならとっくの昔にこいつらは全員死んでいる。

 

「なら、強さ以外で煉獄さんを救う」

 

 死に戻ったのが何度目か数えるのか億劫になった辺りで俺はそう決断した。

 上弦が二匹以上いる可能性があると鴉に伝えて近くの隊士に送ったり、敢えて無限列車に乗らず近くの場所に突破口を探したり。……だけど、無駄だった。

 すぐ駆けつけられる位置に隊士はいなかった。

 猗窩座も童磨も、俺達だけで討伐せねばならなかった。

 何より、俺がいないことで煉獄さんや炭治郎達が知らぬ間に死んでいるというのは慣れていたつもりであっても臓腑が千切れそうだった。

 煉獄さんは死んだ。

 

(魘夢を殺すタイミングをずらしてみよう)

 

 無駄だった。

 魘夢をいくら早く殺そうが、敢えて生かしておこうが、どちらにせよ上弦の二体はやってきた。……泣きながら禰豆子の箱を列車の外へと放り投げて、魘夢を生かしてみたものの結局は煉獄さん達が廃人になるだけで終わってしまった。

 煉獄さんは死んだ。

 

(気にするな、俺が殺したわけじゃない。俺はタイミングを見計っただけだ。他の方法も試してみよう。そうだな、例えば、煉獄さんを列車に乗せない、とか)

 

 無駄だった。

 煉獄さんは俺の言葉を訝しんで、俺を縄で縛って拘束した。血鬼術にかけられている可能性があるとのことだ。炭治郎や善逸が匂いや音で心情を感じ取りってくれはしたが、俺の言葉を聞くと困惑した。

 そりゃあ、そうだよな。

 上弦が二体だとか、このままじゃ全員死ぬとか信じられねえって。気でも狂ったかのような目で見られるのが一番辛かった。

 列車外に鬼がいる可能性があると言っても駄目だった。どれだけ証拠をでっち上げても『列車に乗った人物が行方不明になっている』という確固たる情報があるし、炭治郎達が俺の嘘を見破ってしまう。

 そもそも、列車に乗る前のタイミングに死に戻るなんて時間が足りなすぎる。

 俺は馬鹿だ。

 こんなことなら継子の一人や二人作っておくべきだったんだ。童磨を撃退したことで天狗になってしまったんだ。猗窩座相手にも粘れると勘違いしてしまったんだ。

 

 ……些か違和感のようなものを感じた。

 何で俺は他の柱と交流を持ったり、継子を持ったり、いや、そもそも列車内に人員を連れて来ていなかったんだろう……?

 そんな予防策くらいすぐに思いつきそうなものなのに……

 

(……まあいい、他にないか、他に策は)

 

 無駄だった。

 列車を破壊しても、その場から逃げても、煉獄さんが死ぬという事実だけは回避することができなかった。思い付く限りのことは全て試した。それでも彼は死に、彼が死ぬことによりもっと多くの人が死んだ。煉獄さんを敗者にしてしまった。

 計算外の童磨の存在。それが全てを狂わせてしまった。奴と戦って勝てる可能性が高いのは実は初戦なのだ。初戦は奴は受けに回って動きを観察し、技を全て出し切らせてから殺すという戦法なので、逆に言えばあらゆる戦法を見せつけてやれば日の出まで時間を稼げる可能性がある。

 けれども次の戦いからは戦法を把握しているのであらゆる動きを読まれてしまう。

 呼吸を変えたりする程度では奴の観察眼を欺くことはできない。筋肉や動きのクセを尋常ならざる頭脳で把握されていては小細工など通じない。

 煉獄さんは死んだ。

 

(そうだ、煉獄さんが死ぬというのなら、どうせなら俺が殺してしまってはどうか)

 

 煉獄さんに炭治郎、善逸、伊之助。そして二百人あまりの列車の乗客。彼等は俺を恨むかもしれない。けれど許してくれ。だって何度繰り返しても貴方達は死んでしまうんだよ。

 貴方達が死ぬたびに俺は死に戻ってしまうけれどそれを億劫だと思ったことは一度だってない。俺の不甲斐なさで貴方達を死なせてしまうことが一番苦しい。

 だからせめて俺が葬る。

 無惨が禰豆子に価値を見出すことこそが無惨を殺す切っ掛けとなることは承知している。だから、俺がそれ以外の役割を担当する──炭治郎達の代わりに何倍も何十倍も強くなればいい。

 乗客の人達もごめん。

 俺が愚かだったばかりに死ななくてもいい命が増えてしまった。俺にとってこの世界の人達はもう漫画の中の登場人物じゃない。俺のせいで──。

 煉獄さんは死んだ。

 列車を爆破し、遠くからその様子を見て俺は呆然と立ち尽くしていた。

 

「まさか……同士討ち……とはな」

 

 びくりとして振り返るとそこには上弦の壱が立っていた。

 思考を破却した。

 何で?

 何で何で何で何で何で何で何で何で何で?

 何で上弦の壱から参加が集合している?

 童磨の存在は、まだ許容できる。だけど何でこいつまでいる?

 これで死に戻ってしまうようなら俺は猗窩座と童磨を殺す努力をしようと漠然と考えていた。けれど、黒死牟までいるとなれば話は別だ。

 勝てるわけがない。

 生き残れるわけがない。

 鬼殺隊がこいつらに勝てたのは死を代償に手繰り寄せた奇跡のようなもの。

 何でこいつまで──

 

「……ふむ……あの御方の血を分けてやろうと思ったが……今のお前からは生きようとする気概が感じられぬ……せめてあの世へのはなむけに……我が剣技で安らかに葬ってやろう……」

「ぁ、」

 

 瞬きよりも早く死んでいた。

 駅に立っていた。

 靴裏を冷気が突き刺す。死人のような俺を人々は気味悪がった。

 死に戻ってしまった。

 最悪の事実を知ってしまった。

 鏡に映った俺の姿は蝋人形のようだった。

 俺が死ぬことはいい。

 耐えられないのは煉獄さんや炭治郎が死んでしまうこと。そしてその原因は俺だ。

 何千回と俺が死なせた。彼等が死ぬ確率が上がることが何より苦しい。

 黒死牟までいるとすれば、もうどれだけ策を弄しても意味がない。

 これ以上先へ進むことができない。

 これが悪夢なら醒めてほしい。

 これが悪夢なら、

 

「悪夢?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれぇ、もう起きたの。もっと寝ててもよかったのに」

 

──そう。

 俺は一つの思い違いをしていたのだ。

 

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