三百億の男【完結】   作:悠魔

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 吹き荒む風。無限列車の背の上で、俺と魘夢は対峙していた。

 

「いつからだ?いつから俺を夢の世界に陥れた?俺はお前の血鬼術対策はしっかりしていた筈だ」

 

 過程をすっ飛ばして尋ねた。

 答えに辿り着いた俺に魘夢は僅かに目を細めたが、それは狂笑へと変わる。

 魘夢の血鬼術──人を眠らせる術は切符を切ることで発動する。無理矢理眠らせるという荒技もできるが、少なくともこいつは直接対峙することを避けて俺達を眠らせていた筈だ。

 だから眠ったフリをしてやり過ごしたのにまんまと術中に嵌ってしまっている。

 これはどういうことか。

 

「うん、だって、さあ。君がいくらその方法を知っていたとして、俺の術を回避することは不可能だよ」

「──……?」

 

「君の正体はねえ、ただの獣畜生だよ。鬼狩りが連絡用に使う、鎹鴉?だっけ?に転生しただけのただの一般人。輪廻転生って本当にあるんだねえ。けれど、人間がまさか烏に転生するなんて、なんとまあ惨めで滑稽な話だろう!」

 

 魘夢の話はこうだった。

 現実世界において鬼狩りを眠らせた後に念の為鎹鴉をも眠らせた。

 すると、眠らせた鴉の中に未来からの転生者がいることに気が付いた。

 それが俺。

 俺は鎹鴉に転生していたのだ。

 

「君が人間として過ごした記憶、それら全ては俺が見せた都合の良い夢さ。鬼狩りとして修練を積んだのも、あの鶏冠頭の柱と古くからの知り合いだったというのも、蝶の姉妹を救ったというのも、全ては俺が見せた都合の良い夢に過ぎない。幻想なんだよ。夢の中でこそ人間の姿でいられるが、現実の君はただの鴉でしかないのさ」

 

 足先が砂になって消えたようだった。

 煉獄さんと過ごした日々が、全て嘘?

 こいつの作り上げた幻影?

 そんなこと信じられるか──そう言おうとして気が付いた。俺がカナエさんと協力して童磨を撃退した時のことだ。あれは童磨の性格故になんとか粘れたのだと思っていたが、そもそも上弦の弐を相手にして御体満足で生き残れる可能性があるとは思えない。あれは夢だったから?

 ……奴と戦ったときのことがよく思い出せない。靄がかかったかのようだ。

 

「無限列車で鬼狩りを待ち受けるにあたって、連絡を取られると厄介なので血鬼術で俺は鴉をも眠らせたのさ。動物相手には切符を使わずに眠らせられるというのは俺も初めて知ったけれど、驚いたのはその後。まさか鴉の中に百年近く先からやってきた人間がいたとは思わなかった」

 

 つらつらと魘夢は綴った。

 

「君は所謂『前世の記憶』を忘れたまま、今の今まで鴉としての生を過ごしていた。けれど夢に落ちた弾みでその記憶を思い出したみたいでね。

 俺は未来の人間でありながら鬼の鬼狩りの戦いを知っている君のことが気になって記憶を読み取ろうとしたけれど、どうしてか断片的にしか読み取ることができなかったんだ。青い彼岸花のことやこれから先の未来は分からず、これから先死に行く鬼狩りのことしか読み取れなかった。

 無惨様に捧げるにしては酷く不出来な哀れな存在だと思ったものさ」

 

 何の為に転生したのか分からない。

 記憶を忘れたあまりか、鎹鴉の身では戦うことすらできない。

 

「俺は暫く考えて、夢の中で君の記憶を弄って、敬愛する鶏冠頭の柱の死を何度も見せることにした。使えないなら愉しませてもらうしかない。死んだ鬼狩りの情報をもとに君を何度も絶望させた」

「………そんな」

 

 否定したくて、否定せねば今までの全てが崩れ去るような気がして、ぱくぱくと鯉のように口を開いては閉じた。

 風の音が遠くに聞こえた。

 

「発狂しそうになればその都度記憶を塗り替え元通りにした。あらゆる死因を試しては悲嘆させた。その数たるや、すわ三百億はくだらない。鬼狩りが来るまでの間とはいえ随分楽しめた。君の場合は夢の中の時間が現実と比べて非常に遅かったから、それこそ何億回と絶望を味わえた」

「記憶を塗り替えた……?」

「ああ。君が発狂して飛び降り自殺をしたこともあったんだよ?けれど悪夢とは理性あってこその悪夢だ、理性を失った君を見るのはとても退屈だったので記憶を消去した後にまた絶望させた」

 

 頭の裏から記憶が湧き出した。

 煉獄さんを救えなかったことに絶望して逃げ出した時の記憶。

 炭治郎達が死ぬ瞬間を見て悲しんだ時の記憶。

 そして──それらに絶望してこの身を投げ出した時の感情を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も──

 

「ああああああああああ!!」

「思い出したようだね。三百億回の苦痛を廃人にしない程度に味わわせてあげたんだけど、……はははは、存外にとても良い貌で泣くじゃないか」

「殺す……殺す殺す殺す殺す!!お前を殺してやる!!ぶち殺してやる!!」

「やれるものならやってご覧よ、鴉の身で何ができるか知らないけれど」

 

 畜生。

 畜生!!

 何で俺は鎹鴉なんかに転生してきちまったんだよ。刀を持てない、呼吸も使えないただの鴉なんかに生まれ変わっても何の役にも立てないじゃないか。

 しかも、忘れてた、だと?

 ふざけんなよ。何でそんな肝心なことを忘れてしまえるんだ。

 挙句、俺が三百億も繰り返して変えようとした未来は無駄だった。

 全ては魘夢の掌の上。

 何もできない、何も為せない。

 

「……ハァッ、なら、俺は鬼殺隊にこれから起こることを伝える!!俺が知り得る知識の全てを御館様と柱に伝える!!」

「無理だよ。君は夢から出たら夢の中の出来事を全て忘れてしまう。夢の中で前世の記憶を思い出したんだから夢の外に出れば忘れるのは道理さ」

「嘘だ!!炭治郎は夢から醒めても夢の世界の記憶は保持していた!!」

「うん、まあ、止めはしないよ。君の苦悶の貌にも飽きたところだし。君が醒めた後に何をしようが関係ないしね」

 

 魘夢の興味を失った貌を見て全てを察してしまった。この鬼の言っていることは嘘偽りない。まごうことなき事実だ。

 こいつにとって俺なんて慰めモノ以上の価値を持たないんだ。苦しめばそれを見て愉しむが、飽きたなら棄てる。夢から醒めようが醒めまいがどちらでも構わない。鴉を喰ったところで大した栄養にはならないのだから。

 となれば。

 俺が現実に戻ってもできることはない。俺が生きていることに何の価値もない。

 前世の記憶という破格の情報を持っていながら何もできない。

 このまま起きれば、カナエさんが童磨によって殺され、煉獄さんが猗窩座によって殺される原作通りの結末に元通りだ。

 ああ、いいのか。俺のせいで死ぬわけじゃないんだから。

 現実に帰れば煉獄さんの死は確定するけれども炭治郎や乗客の命は守れる。

 俺が彼等の死を認めさえすれば……。

 

 俺、が……。

 

 

 

 俺は──




次回最終回です。
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