では本編へ
俺たちは今俺の家である『洋菓子専門店 ストレイキャッツ』の前にいる。
創業はウン十年、現在はオーナー兼パティシエールの「都築乙女」、俺の姉さんが経営している。
とまあこんな説明はどうでもいいとして、エントランスに掛けられている札を見て頭を抱えた。
『準備中』
この札が示していることは一つ。
「今日、乙女姉さんは店を開けなかった…と」
頭が痛くなってきた…
「どこの世界にバイトに一言もなく店を閉めてる洋菓子店があるのよ」
すみません、目の前にあるみたいです…
俺はちゃんと搬入と下準備はしてから学校に行ったんだけどな。最終的に店を開けるか開けないかは乙女姉さんが判断することだから俺に責任はない、と一応心の中で反論しておく。
鍵を開けて俺たちは店内に入った。
「後でコーヒーでも入れるよ。文乃、何か…」
「私、着替えてくるから。自分でどうぞ」
そう言ってレジの奥の事務スペースに消える文乃。パウンドケーキでも、と続けようとしたけど、先手を打たれてしまった。
「そういうのいいから、まずは乙女師匠が連れてきたという無口キャラの話だ」
家康の言う無口キャラというのは昨日乙女姉さんが帰ってきた時に連れてきた少女のことだ。
この少女の名前は、『霧谷 希』というらしい。昨日のうちにいろいろ聞いたのだけれどわかったのはこれだけだった。どこの町で暮らしていて、どうやって姉さんに拾われたのか、全く詳しい事情は聞き出せなかった。
帰り道で家康たちと話をしたとき家康は、警察に話した方がいいと言っていた。確かに俺たちと齢は同じくらいに見える。だから家出少女という線も考えられる。
でも、乙女姉さんに限ってそんな子を連れてくるはずがない。あの人はその辺りに妙に鋭かったりするから。そこから考えると、身寄りがない子なのだろうか。
と、考えれば考えるほど謎が深まるばかりなのだ。
「お前、3次元女子には興味なかったじゃなかったか」
「中には例外もあるのよ、アニメ声ですとか、同人作家ですとか」
「さいですか」
まあ、家康がいれば少しは話が出来るかな。なんて考えながら扉を開けたのがまずかった。
「「「―――――」」」
人間はあまりの衝撃的な場面に遭遇すると声が出ないらしい。
事実、今俺たちは全く声を出していない。何にそんな衝撃を受けたかというと――
「…………」
目の前のソファーに座る少女に、だ。
ただ座っているだけであれば何も驚くことはない、普通に座っているだけだから。
でも、彼女は何も着ていなかったのだ。要するに全裸。
俺達が入ってきても何も言わない、こっちを向いただけ。何の反応もないことと等しかった。
俺達は幻でも見ているのか?と、目で家康に聞いてみたが、オレに聞かれても困りますよ、と首を振るだけだった。
「…おかえりなさい」
「あ…ああ…ただいま…でいいのか…?」
絶賛パニック中の頭で何とか言葉を返す。
このままここにいると死にそうな気がするけどなんでだろう、と謎の直感が働いている。
「巧、なんでそんなところに突っ立て………えっ?」
着替えから戻ってきた文乃が俺達の所に来て扉の向こうを見た。
沈黙。
俺はこの沈黙の間にその場を離れようとしたが、足が全く動かない。
さっきの直感はこれの事だったのか…さっきの時点で動いていなかったのを全力で悔やんだ。
状況を把握した文乃の動きは迅速だった。
自分の鞄からバスタオルを取り出し、全裸からバスタオルからのぞく脚線美のみに希を移行させた。
その作業が終わった文乃はこっちを向いた。…なんでだろう、凄い死亡フラグが立ってるような…
「見るなぁぁぁぁ」
文乃の叫び声とともに放たれた旋風脚が俺達に炸裂した。
「そのまま腐って死ね!!」
毎度おなじみの追い討ちキルワードまで言い放った。
騒動の原因である希は、こっちをぼーっと見ているだけで反応が薄かった。
「あらあら、ちょっと遅かったみたいね~」
その時、奥の戸が開いて乙女姉さんが顔を出した、両手一杯に衣服を持って。
お風呂から出たばかりだった、ということらしい。
そして出たはいいが着替えをすべて洗濯してしまったために何もなかったらしい。
それで姉さんが服を貸すことになったけどサイズが合わず、可能な限りサイズが合いそうなものを探しているうちに―――さっきの事態になってしまったと。
「それでもバスタオルで隠すとか、他にも方法があったでしょ!!」
「…隠す?」
「そ、そう! 隠す! 裸見られたらいやでしょ!!」
ついに文乃が霧谷希との相互コミュニケーションに成功。
いやあ、昨日俺も頑張ってけど首を振るか頷くかしかしてくれなかったからね。
しかし、文乃に少し勢いがない気がする。初対面の相手だからと言ってそんな謙虚な態度をとるなんて文乃に限ってありえない。
もしかすると物怖じせずに真っ直ぐに文乃のことを見つめる希の視線に戸惑っているのかもしれない。
そんな人を今まで見たことがなかった。
あの梅ノ森ですら怒っている文乃と対面したら、視線を逸らすのだから。
いや、1人いたか。彼は文乃だけでなく梅ノ森の視線を受けても動じなかったっけ。そういえばどことなく似ているような、彼と希。根拠とか全然ないけどなんとなくそんな気がする。
そのまま俺は少しの間思考の海に落ちていった。
「―――――――――――――っちが困るから服は着なさい!!」
文乃の声で俺は思考の海から帰還した。
何の話をしているのかは全くわからないけど。
「自分が、周りからどんな風見られているのか、関心はないのっ!?」
「ない、…(1人を除いて)」
ない、といた後に何か言っていたけど声が小さくて聞き取れなかった。というよりないってどういうことなんだ?
自暴自棄になっているというわけじゃなさそうだし、うーんあまりに淡々としてるな。
「……なあ巧」
肩をたたいてくる家康。
「オレは思うんだが、もちっと有意義な質問をぶつけるべきなんじゃないの?」
「そうだな」
その意見には大賛成である。と言ってもこの2人、というより文乃をどう止めるかだよな…
俺が口をはさんだらいつもみたいに『うるさいっ、巧は黙ってて!』みたいなこと言われるだろうし。
一回仕切り直した方がよさそうだし―――あっ、これなら。
「ちょっと一回ここで夕飯にしよう。家康達も食べてくだろ?」
俺の意見は採用されそのまま夕食となった。
今回はここまでです。
次回は明日投稿予定です。
では次回。