では本編へ
梅ノ森千世の夜は、一杯のホットミルクで終わりを告げる。くしゅん、1つくしゃみをした。
枕元に置いてある呼び鈴を鳴らした。
「お風邪をお召しですか、お嬢様?」
皺深い老執事が千世の顔を心配そうにのぞきこむ。
「まさかっ、世界中であたしの噂をしているだけよ」
あたしを中心に世界は回っている、そう千世は信じていた。
「おやすみの前に報告がございます。今、お聞きになりますか、明日の朝になさいますか?」
「今聞くわ」
「わかりました。まず一点、旦那様からの伝言がございます」
「お爺様から?」
「はい。明日の昼食を共にしたいと」
「おっけー、って言っといて。他に何か言ってなかった?」
「屋上の件は好きにしてよろしい、とおっしゃっておりました」
「そうこなくっちゃっ」
千世はそう言ってガッツポーズをした。
「次にお嬢様のご学友の都築様の件でございますが」
都築という言葉を聞いて勢いよく起き上った。
「報告によりますと、昨日より都築様のご自宅におきまして身元不明の少女と同居している旨を確認した、とのことです」
「はあ!? 同居!?」
思いがけない単語に素っ頓狂な声を上げてしまった。
え、どういうこと?
そういえば都築乙女が何かを拾ってきたとか言ってたわね。ということは、
「まさか人を拾ってきたってこと?」
「おそらくそうなりますな」
意味が分からない。あの女は何でもアリというか無茶苦茶だ。
「それで、その少女ってどんな子なの?」
「現在調査中とのことです。ですが、いくつか判明していることもございます。まず名前ですが、霧谷希、と名乗っていると。年齢は推測ではありますがお嬢様方と同い年くらいかと。写真をご覧になりますか?」
「見る見る、ってか、写真があるなら最初に見せなさいよ」
執事の手から写真を奪い取ると、それを食い入るように見た。超望遠でとらえた少女の横顔。まあかわいいと言えないこともない。あたしの次くらいには。
「この子のこともっと詳しく調べられる?」
「霧谷希という少女のことですな。承知いたしました。それで最後に」
「あれ、まだあるの?」
「はい。武井奏様の件です」
「ああ、あいつの事、2,3年前くらいにどこかのパーティー会場であったような気がするのよ」
「2,3年前ですか」
千世のその言葉を聞いたとき、老執事の顔が曇った。
「それがどうかしたの?」
その顔が何を示しているのかがわからずとりあえず聞き返した。
「彼のことを調べましたが、今年の2月より前の情報が全くありません」
「はっ? どういうこと?」
「そのままの意味です、お嬢様」
老執事が言うには、桜ヶ丘学園に通うために家を買う前の情報がないということらしい。
そもそも一戸建てを自力で買えるほどのお金を持っているのだ、何かがあるはず。変装や偽名という可能性もある。
「じゃあ、そいつに似てる人であたしと会っている可能性がある人っているの?」
「はい、調べましたところ1人だけ」
そう言って写真を一枚渡してきた。
「その人の名前は―――」
執事の言った名前を聞いてあたしは驚いた。その名前は一部ではとても有名な『少女』の名前だったから。
その頃、ここ都築家では会議が行われていた。議題はもちろん、霧谷希について。
「だからね? 町で拾ってきたんだってば」
質問攻めにあっているのは、希を連れてきた張本人である乙女姉さん。
「そうだよね、希ちゃん?」
「…そう」
小さく頷く、希。
「どういう状況で、どうしてこうなったのかを聞きたいんだよ」
俺だって好きで詮索しているわけじゃない。人に聞かれたくないことがあるのもわかっている。
でも、ちゃんと状況把握しておかないとまずいだろ、彼女はどう考えても十代だし、下手すれば乙女姉さんは誘拐犯になってしまう可能性だってある。
だから少しジト目で乙女姉さんのことを見た。
「う。そんな目でお姉ちゃんを見ないでよ。希ちゃんを拾った経緯を話せばいいの?」
姉さんの言葉に俺たちは頷いた。
「サイパンまで、とある家族をお送りしたのは知ってるわよね?」
ヤクザに追われていた一家を逃がそうと、海外に送り出した――例の一件だ。
俺は一晩中そのヤクザ達と鬼ごっこするはめになり、文乃は1日中1人で店番することになったのだから、知らないはずがない。
それを解決するために、また一つ梅ノ森に借りを作ってしまったのだが。
「それで、帰りは成田空港だったの。それで、電車に乗ってうちまで帰ろうとしたら、どこ行きの電車に乗って帰ればいいのか途中でわからなくなっちゃって。なんか知らない駅で降りちゃって、どうしよっかな~って思った時に希ちゃんを見かけたのね」
乙女姉さんが話を脱線させないなんて珍しい。
結構すんなりと希との出会いにたどり着き語りだした。
街の路地裏で、希がぼーっと立ち尽くしていたらしい。
そこで乙女姉さんは希に道を聞こうとしたけど、全く会話にならなかったらしい。
そしてしばらくしたら、妙な男が近づいてきて希を連れ去ろうとしたらしい。
「って、ちょっと待って!妙な男が希を連れ去ろうとした!?」
「うん。いきなり希ちゃんの腕をつかんで、引っ張っていこうとしたの」
そこで希は抵抗したらしい。それはそうだ、いきなり連れて行かれそうになったら。
そこで妙だと思った乙女姉さんは、希に知り合いかと尋ねたら首を振ったらしい。
「それで、助けたわけですな。窮地に落ちた彼女のことを」
大吾郎がうなるように言った。
「そそ。ほんとビックリしたー。ねー希ちゃん?」
「…した」
どこをどう聞いても全くビックリなんてしてないかのような口調だった。
「それで一緒に電車に乗り込んだの。いろいろ話してたら、身寄りはないし家もない、知り合いはいるけどどこに住んでるかわからないって言うから、昔を思い出しちゃって、うちにおいで~って話になったと」
話のまとめに入った乙女姉さんを、意外にも家康が制した。
「いやいや乙女師匠。いくらなんでもまとめに入るのは早すぎますよっ」
あ、こいつが乙女姉さんのことを乙女師匠と呼ぶのは、昔不良にカツアゲされそうになった時に姉さんに助けられ、唯一認める3次元女性ということでそう呼ぶことにしたらしい。
「そっかな~、もう話すことなんてないと思うけど?」
まあ希の無口ぶりから、話をしたと言ってもイエス、ノーくらいしかないだろうし、おそらくこれだけで連れてきたのだろう。姉さんはそう言う人だからね。
「一緒に住んでる巧には聞きにくいこともあるだろうし、ここはオレが聞いちゃうとしますか。それでは、出身地は? 家族は? どこ住んでたの? アニメ好き?」
次々と質問を飛ばす家康。最後の質問はどう考えても個人的なやつだよね?
「………」
希はその質問に答えない。ただ家康のことを見つめているだけだった。
「んん? もしかしてオレにテレパシー発信中? ん――なるほど。だが、残念ながらオレは姉属性だ」
何の話だ、意味が分からないぞ。
「ま、冗談はこのくらいにして、乙女師匠が言ってた知り合いの名前を教えてくれない?」
「………」
家康の質問には、再び無言。というか家康、知り合いの名前なんて聞いてどうするつもりだ?
そして10秒程経っただろうか、大吾郎と乙女姉さんが口を開こうとしたところで、希が口を開いた。
「……かなで」
「苗字は?」
その質問には首を振るだけだった。
「家康、この辺でやめておけ」
「そうそう、この辺でやめておいて。無理に聞かなくてもいいじゃない。ねっ?」
それにしても、かなで、か。その名前なら知り合いに一人だけいる。明日にでも学校で聞いてみるかな。
このことを家康と大吾郎に言ったところ、
「武井に話をするのはいいが、明日は休校日だから学校ないぞ」
「納豆の日、七月十日。理事長が気まぐれで作った学校を作った日、創立記念日じゃん」
と言われてしまった。
明日休みなの忘れてた…
つまり一日中ストレイキャッツにいられるということだから―――
姉さんをちゃんと見張ることができるってこと。よし、頑張らなきゃな。
今回はここまでです。
千世の言っている少女とは!?
これは後々明かされます。
では次回。