SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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pixivにて投稿しているヒドラジンの魔女の微修正版です。ゆっくりと書いていきますのでよろしくお願いします。

21/11/7改稿版公開開始
章タイトルに改稿済みの明記がある章ごとに更新


第一話「ロケットの魔女」
part.1「七夕の朝」


 

 南向きの窓から太陽の光が差してくる。

 一九四五年七月七日、日の出を迎えた。

 三分間に及ぶエンジンの全力運転試験を終えて直ぐに、夜を徹して行われた呂式魔導エンジンの搭載は、ようやく終わった。先ほどまで、ずっと聞こえた格納庫の喧騒はすっかりと静まりかえっていた。

 

「くーっ」

 

 両手を伸ばし、体を、全体を伸ばす。薄手の寝間着の紐を緩め、被っていた毛布を無意識のままに畳んだ。

 藍色がかった黒髪は襟までもないのに、手櫛は素直に通らない。好きでもない生まれつきの癖毛。

 寝床に用意されたテーブルに、今日という日を彩るための衣装が用意されている。

 扶桑では一般的な水練着とよく似た、紺色に近い海軍指定のウィッチ用水練着。

 その上には、これまた海軍ウィッチに指定されたセーラー服を羽織る。

 ウィッチ候補は十二歳を過ぎて、尋常小学校を卒業してその能力が目覚めてさえいれば試験を受けることができ、下士官の軍曹以上の階級が与えられる。

 これは、軍隊という男所帯でウィッチの安全を守ることや、ウィッチという特殊な能力を持つ少女たちを戦場に送る以上必要な階級。

 

「あの村に残ってたら、こんな良い服を着るコトも、ご飯をおいしく食べるコトも出来なかった、かな」

 

 アタシ、犬宮豊はすっかり着慣れた航空歩兵の衣装を見やりながら、静かな部屋で一人呟く。

 七年前の事件が起きて、二年前に海軍の航空歩兵予科・・・予科練を受験するまでの五年間は、そんなコトを考えることも出来なかった。

 海軍に入るまで、そして航空機械化歩兵・・・ウィッチとして訓練を送り始めてからも紆余曲折があった。

 自身に与えられた空飛ぶ機械の箒、「秋水」ストライカーユニットは様々な苦境に立たされながらも、ようやく初飛行を迎える。

 

 

 古来より人類の仇敵となってきた怪異。未だ続く怪異・・・通称ネウロイとの第二次怪異大戦。三七年に扶桑海事変が勃発し「山」を破壊して以来、扶桑は本土を襲われることなく、平和を享受していた。

 ウラル方面やシベリア・・・大陸より扶桑海を越えてまでネウロイが侵攻してこなかったことが大きい。

 現在猛威を振るっている怪異は、黒海に現れ瞬く間に欧州を飲み込んだ。

 ダキアやオストマルクは陥落し、カールスラントは南リベリオン大陸に「ノイエ・カールスラント」という事実上の疎開国家を作った。更に西はガリアさえも陥落し、東はウラル地方奥地までも人類は後退せざるを得なかった。

 しかし、ガリアに巣を作ったネウロイは、ドーバー海峡を越えてブリタニアを呑み込むことは出来なかったのだ。

 ネウロイの弱点は水と魔法力の二つである。

 扶桑はブリタニア同様、周囲を海に囲まれた島国国家。超大国リベリオンとノイエ・カールスラントのある北・南の両リベリオン大陸もまた海に囲まれており、欧州とは接していない。故にネウロイの直接侵攻を受けることがなかった。表向きは。

 

 

 アタシは、紺のカラーがついた白い生地のセーラーの上に、更に着するように「命令」が下りていた布地をテーブルから持ち上げ、ぼやく。

 

「こんなベルト一つで受験者が増えるとは思えないケド・・・」

 

 セーラーの下、紺色のベルト。

 それは皇国陸軍のウィッチが纏う装束衣装のベルトと同じものである。陸軍のものは基本が赤色、これが白を基調とした上衣との組み合わせで人気が出た。

 なんでも、海軍のウィッチを志願する女子が増えることを企図して、人気のあった陸軍ウィッチの装束の意匠をセーラーの上衣と合わせたらしい。

 最後にオレンジ色に染められたシルクのマフラーをギュッと抱きしめ、誰かに言うわけでもなく、祈るように言葉を紡ぐ。

 

「磯巻少佐、陸軍の皆、ありがと。先に秋水を飛ばすよ。皆も、頑張って」

 

 「秋水」ユニットは陸海軍と民間共同での初めてのユニット開発計画だった。

 陸軍ではキ200として扱われ、昨年末の「秋草」滑空ユニットでの飛行試験成功を祝った宴会でとある少尉が詠んだ短歌「秋水、利剣三尺、露を払う」を由来とする「秋水」の名称を付けられた。その名前でモデルとしたメッサーシャルフ163「コメート」から呼び変えられている。

 民草にさえ仲の悪さが噂される皇国陸海軍が手を結んだ機体。

 それが、アタシのストライカーユニットだ。

 牽引された後に切り離され滑空する飛行特性訓練ユニット「秋草」や、エンジンや燃料を完全に模した重量で設定された秋水重滑空機ユニットで、どのテストウィッチよりも一歩進んで、秋水を飛ばそうとしているアタシを励ますため。

 このオレンジのマフラーは、同じ秋水ウィッチに選ばれて、富士の裾野に居る芙蓉部隊と一緒に訓練をした仲間たちが送ってくれたものだった。

 マフラーをぴったりと首元に巻いた後、残りをカラーの襟元にねじ込む。

 ここまでの道のりを思い返し、そして息を吐く。今まで、上手くやってきたじゃないか。今日の初飛行だってきっと上手く行く。

 不安が浮かびそうになる自分に言い聞かせた。

 

「準備は出来たか」

 

 物音を立てることなく、ウィッチ用にあてがわれた士官用個室の扉を開けて入ってくる人は一人しか居ない。

 この追浜飛行場には普段、ウィッチが所属しておらず、故に余っていた士官用個室を用意してもらった。

 警備兵二人と護衛ウィッチが一人、夜間警備に立っていて、その三人は不用意に接してくることはない。入ってくる前に一言をかけてくる。

 

「宇野部少佐!」

 

 自分の固有魔法が分かって以来お世話になった偉大な先輩ウィッチ・・・アタシの固有魔法を見抜いたその人である。

 アタシが、あの事件以来外に出れなくなった理由。航空歩兵予科で燻ぶっていたところを報告書一枚で見つけ、その理由である固有魔法を見抜き、扱う方法を一から教えてくれた人。

 宇野部正子、海軍少佐。今年で上がりを迎える二十二歳の熟練ウィッチ。初陣は扶桑海事変。

 本土防空部隊や訓練部隊などと違い、直ぐに戦力化出来ない秋水のための慣熟訓練の場を提供してくれた、扶桑海軍唯一の夜襲ウィッチ部隊指揮官でもある。

 少佐には何とお礼を言えば良いのかさえ分からないほどに恩を頂いた。

 

「少佐」

「なんだ」

 

 長くて綺麗、櫛を通せばスルスルと最後まで通るような黒髪を腰まで伸ばしている少佐は、アタシの呼びかけにぶっきらぼうに返す。

 

「自分は・・・いえ、アタシは。ここまでの少佐の御恩に、お返しが出来るように。精一杯飛んできます」

 

 それが、今日のアタシに出来るコト。それが、今日のアタシの目標。

 百四十センチほどしかないアタシからは見上げるほどの身長の少佐が両肩を掴んでくる。

 

「無駄には気負うな。気負うなとは言わん。無駄には、だ」

 

 いつも静かな顔色をより一層引き締めた少佐が、言葉を続ける。

 

「お前の固有魔法と秋水は扶桑を救う。私が見抜き、育てたのだ」

「だから、いつも通りのお前で。普段と変わらない犬宮豊で、やれ」

 

 短くしっかりと、その視線を見つめ返し返事をする。

 

「ちゃんと戻ってこい。秋水は危険なユニットだ。燃料はもちろん、機体特性も」

「それは、お前自身が一番よく知っているはずだ」

「はい」

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