SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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豊視点。


part.2「豊のごはん」

 

 士官の皆さんとの歓迎会。

 湯あたりしたアタシは山軍曹に支えられて、毎日食事を摂る士官用食堂に入った。

 アタシは一等飛行兵曹、下士官に当たる。

 一緒に食事を摂るのが栗中尉と山軍曹だけ。長良に居る女性もこの三人だけなので、士官待遇になった。

 ワンピースの制服のアタシが食堂に入った瞬間、それまで騒がしかった空間が水面から波紋を消すように静まりかえる。

 

「犬宮豊一飛曹、本日より長良でお世話になります。よろしくお願いします!」

 

 士官用食堂、司令が座る席の正面。そうそうたるメンツが階級順に上座からこちらを見る。

 しっかりと正面を向いて、頭を下げて礼をした。

 

「ンなわけで、我が長良飛行隊も正式始動ということになります」

 

 頭を下げたままのアタシの横に、栗中尉が並ぶ。

 栗中尉は顔を上げ、風呂場では外していた眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「犬宮はまだ若いですが、素質はお墨付きです」

「ウィッチを運用することも、特殊な作戦運用も、日常も。皆さんにご迷惑をおかけすることになりますが、どうかよろしくお願いいたします」

 

 誰かが栗中尉に同意の拍手を送ると、自然と食堂の空気も緩んで喧噪が戻ってくる。

 

「栗田中尉、犬宮一飛の運用にはもちろん君の電探運用も肝要だ。飛行長としても、作戦に関わるウィッチとしても期待している」

 

 司令がそう応え、今度はアタシの方を見る。アタシは顔を上げるタイミングが分からずじまいで、ずっと俯きながら周囲を伺っていた。

 そんな気持ちを反映してか。

 

「犬宮一飛。男所帯というのは喧しいと思うが、どうか勘弁してほしい」

「・・・それと、使い魔を出すほど緊張する場ではない。もっと気を大きく持ちなさい」

 

 え、使い魔を出す?

 その言葉を聞くや否や、頭を触る。アネハヅルの羽、水練着の上下の隙間から伸びている尾羽。

 スーッと血の気が引いていく。

 額の方を必死に睨むと、当然のように鬼の朱角が伸びていた。

 やらかした。完全にやらかした。

 緊張が高ぶりすぎて、魔法力が増幅され、固有魔法まで発動してしまった。

 

「す、すみません!」

 

 てっきり恐れられるのだとばかり思っていたら、周りの士官たちはアタシを緊張させないためか、微笑んでいる。

 それで余計に小さくなりたくなってきて、横に立った中尉がトントンと背中をさすってくれたおかげで落ち着けた。

 

「さて、食事にしようか」

 

 司令が音頭を取ろうとした瞬間、申し訳なさそうに山軍曹が手を挙げる。

 

「犬宮一飛の食事がもうしばし時間がかかるとのことで」

「特別献立だ。致し方ない。この後上番する方はお先にどうぞ」

 

 栗中尉の言葉の後、申し訳なさそうな顔色で何人かの士官が食事を摂り始めた。普段はもっと多くの人が上番している交代制、今日はアタシの顔見せがあったから席を詰めて多くの士官が入っていた。

 しばらく待った後に山軍曹が持ってきたのは、お世辞にも美味しそうには見えない、湯気を立てている粉もののドロッとしたスープにパン。

 

「これ、人の食いもんか?」

 

 栗中尉がぼやく。

 確かに、ドロドロしすぎているし、具も溶けている。

 スプーンでスープを掬うと賽子のような牛肉が出てきた。

 それ以外の具は全部細かく切り刻んであって、泥の土や砂の部分のよう。

 バゲットはしっかりと焼き目がついていた。

 

「その、見た目はアレですけど。作った人は、アタシのことを考えてくれてるんです」

 

 見た目は、お世辞にも美味しそうには見えない。おかゆと似てるけど、野菜が混ざった麦色。

 掬ったスプーンでそのまま一口食べる。

 野菜の味、塩と胡椒の味付け。ほのかに感じるビーフシチューの味わい。

 ドロドロのスープへ一切れのバゲットを入れてみる。

 

「美味しい・・・!」

 

 口の中から水分が持っていかれるが、味は悪くはない。見た目だけが損をしている、野菜たっぷりのシチュー。

 

「山、これ、ちゃんと飯なのか?」

 

 俺には餌にしか見えん、と栗中尉が天ぷらを食べてぼやく。

 

「私も確認したんですが、ランフォードスープというスープの一種らしいです。野菜をみじんにして、丸麦と乾燥エンドウ豆で煮込んだと」

「美味しいですよ」

 

 初めての作戦飛行とお風呂の疲れもあってすっかり空きっ腹な身体に大盛の食事を収めていく。

 空腹は最大のスパイスと聞いたことがある。スパイスと言えば、毎週出てくるカレーに入っていると聞く。

 食べることしかしないアタシや、普通の和食しか食べない銃後の人たちにとってなじみのないもの。

 この「ランフォードスープ」というものを作った人は、色々な料理を作れるのかもしれない。この料理を作る烹炊員はアタシのためだけに長良に配属された。凄腕の料理人だったりするのかな。

 

「ごちそうさまでした」

 

 あっという間に大盛のスープを平らげて手を合わせる。

 

「栗中尉、この後はどうしますか?」

「そうだな、居室は俺と山の部屋に入ってもらう。山が歩哨してる時は山のベッドで、そうじゃない時の仮眠はハンモックだな」

「山軍曹、これからよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ!」

 

 山軍曹だって休息をとらなければならない。

 今までは栗中尉との二人住まいだったから居室も二段の備え付けベッドで十分だったけど、今日からアタシが居る。

 ハンモックをひっかけるスペースを増設したらしいけど、狭いことに変わりはないだろう。

 山軍曹はアタシたち二人が寝ている間は部屋の前で歩哨に立ったり、部屋の中のハンモックで仮眠するとは言うけど、ベッドをアタシだけが分捕るなんてことは出来ない。

 それは栗中尉も分かってくれた。

 

「ふー、疲れた疲れた」

 

 詰襟を脱いだ左肩を右こぶしで叩いた中尉はベッドに倒れこむ。

 掛けていた眼鏡は部屋に入ってすぐに外した。若干の近視。ウィッチとしてある程度飛んでいた時期から目が効かなくなってきたそう。

 眼鏡のウィッチが居ないわけではないが数は多くない。

 多くが予科練や養成学校の試験資格である身体検査の項目に引っ掛かる。カールスラントには特注の眼鏡をつけて戦うエースウィッチが居ると聞くし、かの有名な夜戦ウィッチ、ハイデマリー少佐も眼鏡をかけている。

 アタシの履く秋水も元を辿れば、カールスラントのコメート。

 コメートを扱うウィッチも今日みたいなスープを食べたのだろうか、なんて考えてみた。特別献立のせいで好物が食べられないし、栄養が第一なものばかりは正直寂しいものがある。

 ぼんやりと二段ベッドの上でくつろいでいると、眠気がやってきて。うつら、うつら。

 

「夜食の時間になったら起こす。豊。おやすみ」

「おやすみなさい、栗中尉」

 

 こんな早い時間に寝るのも不思議な気分。

 今日はいろいろなことがあった。とっても疲れた。初めての撃墜もした。

 栗中尉と山軍曹、それに長良の皆。これからどんな日々をおくるのか、楽しみだった。

 どこか嫌な予感がするのも、アタシの予感がよく当たるということも、この時ばかりは忘れたかった。





前回、久しぶりの投稿にも拘わらずお気に入りと評価を頂きました。大変ありがとうございまする。
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