SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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part.3「やるせない怒り」

 

 眠い。ただひたすらに眠い。臀部の骨盤が痛む。

 ハンモックから降り、夜番に立つ烹炊員を追って重い足取りで向かった。

 軍艦勤務は陸の勤務よりも夜食を作る。兵員用烹炊所で航海科や機関科の乗員の夜食として握り飯を作る。

 俺の場合は、新しいウィッチの夜食を作るよう命じられていた。

 夜食なら他の兵士たちと同じものでも構わない、と思う。

 これも、今晩は豪勢に肉じゃがなどに使った材料を入れた味噌汁がつくことになったせいだ。班長様が、主計科長に材料を使い切りたいと申し出た。

 

「覚えてろよ」

 

 班長への恨みつらみは溜まる。

 じゃが芋を犬宮一飛に食べさせるわけにはいかない。かと言って夜食をおにぎりだけにするのも酷だと、主計科長は言う。

 たかが夜食。それほど多くない飯と休息で、大量に働き、睡眠時間を削って夜食作り。

 文句も言わずに作れ、と料理人の性は叫ぶが、軍に入って楽を覚えたもう一人の自分は夜食なんて握り飯で済ませてほしいと思ってしまう。

 航空兵と飯炊き兵。階級も全然違うし、なる為の試験や訓練の厳しさも違う。任務だってそうだ。ウィッチという存在はネウロイに対する魔法力という銀の弾丸を持ち、そしてシールドや自己保護魔法と言った盾も持つ。

 彼女たちは、俺たち水兵より若く。心労や苦労は遥かに乗り越えてきた。

 文句を言ってしまうのはお門違い。俺が間違っている。

 けれど。

 

「朝昼晩と普通の勤務に夜食作りとか溜まったもんじゃねぇよ」

 

 他の烹炊員と分かれ、士官用烹炊所に入って一人になると思わずこぼれる。

 長良に配属されてから、朝昼晩と班長にしごき倒され、使い回されている。疲労が毎日溜まって、痛みのことなど忘れて寝付くのが日常になったのに、今日から毎日夜食作りも関わらなければならない。

 それが俺に課せられた、特殊なウィッチのための、栄養管理、献立管理の仕事だから。

 もし彼女に食事が原因の何かが起きようものなら、冗談抜きに銃殺刑だってあり得る。

 主計科長からはみっちりと、献立管理の重要性、そのウィッチの任務の特殊性から来る食事の重要性を言い伝えられて、仰せつかっている。

 そんな重要な任務とは別で、班長は普通の烹炊員としての仕事を与え、目の上のたん瘤と言わんばかりにしごき倒してくる。

 自分が一体何をしたのか。どうしても心の奥底でそう思ってしまう。

 

「そりゃ、ウィッチと、たかが一人の水兵じゃ価値が違うのは」

 

 分かってる。

 俺みたいな有象無象が死んでも、何も起きない。何も変わらない。

 実家の洋食屋は弟が継ぐし、両親は俺が海軍に入ったことで家の敷居をまたぐことすら許さなかった。

 俺一人がどうにかなろうと、お偉いさん方にとっては意に介すこともない。

 ただ一つ大きな問題があるとすれば、俺が失敗した場合。特別なウィッチの命が危険に晒されるという事態がある。

 特別なテストウィッチという希少な存在。

 微塵の存在の俺とでは天と地ほども離れた立場だ。

 温めなおした牛骨スープが少し吹きこぼれたことで、無情な現実に戻る。

 背後に迫る影に、考えに耽っていた俺は気づかなかった。

 

 

 嫌な予感がする。虫の居所が悪い。

 今の気分を言葉にすればこんなところだ。

 

「・・・んあぁ、山?もう朝かぁ」

 

 寝ぼけている栗中尉はとりあえず放っておこう。

 軍曹の姿は居室の中にはない。とすればドアの前。

 本来は逆向きにノックするが、今回はすぐ外にいる人に用事がある。

 軽いノックがしてゆっくりと開き山軍曹の大きな体が部屋に入ってきた。

 

「どうかされましたか、犬宮さん」

「あの・・・嫌な予感がするんです」

「嫌な予感?」

 

 怪訝そうな顔色が目線の上で浮かぶ。突拍子もない言葉だ。ネウロイは大陸側のレーダー網で確認されているはずだし、いつもの周期的にも今晩はないと予測された。

 栗中尉がぐっすり眠っているし、それが理由ではないから中尉を起こさなかった。

 アタシの予感はよく当たる。

 未来予知なんて持った覚えはないし、ただの直感でしかない。アタシは嫌な予感ほどよく当たる。今までの経験則でそう知っている。

 

「待ってください」

 

 すっと山軍曹が言葉を止め、耳を澄ます。魔法力が出て、使い魔の耳が髪と同化して、尻尾はぴょこんと水兵服の隙間から覗く。

 

「烹炊所で騒ぎがあったようです」

 

 山軍曹が声の高さを低めて呟いた。やっぱり、当たってしまった。

 彼女は一度アタシの方を見て、ここで栗中尉を見守っていてほしいと伝え踵を返す。

 水兵服の裾を掴んだ。

 

「あの!」

 

 アタシは思い切った。

 烹炊所で騒ぎ。この時間帯ということは、アタシの夜食を作る烹炊員に何かがあったんじゃないかって。そんな気がする。

 

「アタシもついてきます。それに、中尉は・・・ほら」

 

 アタシが指を出すと、先ほどまで栗中尉の横で伏せていた秋田犬がペロリとアタシの指を舐めた。使い魔は身体から出てくることも出来る。

 こうやって主人を守ることだって出来る。

 

「・・・分かりました。行きましょう」

 

 暗い艦内の通路を歩き、食堂のそばの士官用烹炊所から声が聞こえた。若い男性の呻くような声と、男性のもっと大きな怒鳴る声。嫌な感覚が走る。

 アタシは艦内通路を走りだしていた。

 

「何を、しているんですか」

 

 烹炊所の灯りが目にまぶしい。眩んだ目が慣れたのと同時に目に入ったのは、まだ成年するかしていないかぐらいの若い水兵が、上官と思しき水兵に殴られている様子だった。

 

「何をっしているんですか!」

 

 声を張った。そうでもしなければ耳に届かないと思ったから。

 普段の弱弱しい声じゃ、止められないと思った。

 アタシの言葉は、声は、届かなかった。

 若い水兵は殴られ続ける。顔には大きな青あざが出来ていて、上官水兵の大柄な体格から飛び出る拳の威力が垣間見えた。

 

「貴様ら、何をしている!」

 

 烹炊所の入口に立ったままのアタシを押しのけた軍曹が上官水兵の大柄な上背すらも構わず、羽交い絞めにする。

 大きくなった騒ぎで現れた栗中尉に手を取られて部屋に戻る。

 

「殴られてた水兵、あいつがお前のための特別献立を作る水兵だ。んで、殴ってた方はその烹炊所の班長」

「殴った方の言い分としては、今まで夜間に烹炊所に入ることがなかったから、てっきりギンバエしてたって」

 

 アタシは、どうすればよかったのだろう。

 あの場を止めることは出来なかった。

 

「豊、お前が気に病む必要はない。重要事項を聞いていなかった、いや無視した班長だけが悪い」

 

 拳を振るっていたあの上官水兵は、若い水兵がアタシのために夜食を作るということを事前に知らされていた。それを無視して、皇国海軍の汚点とも言える「しごき」を加えたのだ。

 おまけに判明した事実。

 アタシのために配属された、若い水兵は他の烹炊員と同じように朝昼晩と作らされていたらしい。

 主計科長はこの件を艦長と話し合うことに決め、処遇は今後出てくることになる。

 

「もう一度言う」

 

 栗中尉は、顔を俯かせて目を見せられないアタシに言葉を掛けていた。アタシは衝撃を受けていた。

 

「豊。お前が気に病む必要はないんだ。あいつは、ちゃんとした待遇で豊の飯を作るし、今後暴力沙汰にもなったら烹炊班長も首が飛ぶんだ」

 

 言い聞かせるように言葉を紡ぐ中尉に顔を合わせられないのも、彼を助けることが出来なかったことも。全てが頭を過って、心持ちが落ちる。

 アタシは、アタシのためにご飯を作ってくれた彼を守れなかった。

 あの時、声を上げたのに。彼に向った暴力は止まらなかった。

 どうしても、どう気持ちを変えてもやるせない思いが、心の中でぼんやりと浮かび続けていた。




お気に入り、評価、ありがとうございます。もう少しでゲージに色がつきそうでありがたいことです。

しおりの数とかも、ここまで読んでもらったんだな、と一つの指標に出来ているのでありがたいです。

次回の更新は少し時間が空くかと思います。

今回のご飯描写は、ネットで調べたのと「海軍さんの料理帖」という書籍を参考にしました。特に後者は、烹炊所の器機や実際のメニュー、コラムなどがあり、読み物として大変面白い書籍です。
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