part.1「電探ストライカー」
気分の悪い寝覚めが続く。起床ラッパが艦内に響き、夜間警戒の仮眠を終えた。
ネウロイが扶桑海上空に侵攻する周期はある程度分かるから、仮眠も出来た。でも、少し疲れている。
今日で扶桑海の警戒は一区切り。各種実験飛行のデータと電探ユニットの調整のため、舞鶴軍港に帰港する。
アタシの初陣のように大陸側の電探が敵を捉えられず取り逃すこともある。常日頃警戒をしていなければならない。
「ーっ」
グッと伸びをして寝間着を緩めた。
相も変わらず身長は伸びず、お胸もつるつるすとーんと落ちている。
栗中尉は大きいし、山軍曹も大きい。
アタシだって成長期に入ったのに、そんな気配が一向にしない。
水練着の上に一繋ぎの制服を被って両脇のリボンを締め、2段ベッドの上段を降りた。ぼさぼさの黒髪セミロングを梳いて、声を掛ける。
「栗中尉、おはようございます」
「んあぁ、もう朝か」
中尉がのそのそと毛布の山から抜け出せば、寝間着の紐は寝相ですっかり解けて、でかい瓜が盛大にはだけた。
彼女のロッカーから水練着を取り出し、綺麗にしわ取りされた詰襟も用意。
今まで山軍曹が栗中尉のあれこれをしていたけど、目覚めたての注意は動きがとてもおぼつかない。傍で見ていると危なっかしくて仕方がない。
「明日は舞鶴か」
眼鏡をかけた中尉が日めくりを見て呟いた。
今日は朝から夕方まで緩い警戒態勢、夜間は少しだけ厳しめの警戒。
ネウロイ予報とも言える、今までの侵攻周期は最近、乱れ始めている。特に夜間、大陸側でのネウロイの探知が活発になっているのに、、偵察の情報は特に異常は見受けられない。
ユーラシア大陸は広大な土地。オラーシャ東部からウラルに行くまでが広大過ぎて、扶桑軍も管理できていない。
もしかしたら、新しい巣が出来たのかもしれないし、ネウロイの行動パターンが変わっただけかもしれない。
甲板の方から海軍体操の声が聞こえてきた。身体を動かす機会が少ない艦船勤務、特に長良は元が軽巡洋艦で、空間が狭いから身体を動かすことが重要そうだ。
「あ、豊」
姿見の前に座る中尉が、彼女のぼさぼさな髪の毛を良い櫛で梳いているアタシに声をかけた。
「今日は俺の仕事でも見るか」
言われてみれば、アタシはいつも格納庫から飛び立ってウォーラスで帰還しているだけで、中尉の仕事場を見たことがない。
「見たいです!」
格納庫から直通の電探制御室内に、実験ユニットの姿で機器に取り囲まれると聞いてはいるが、想像がつかなかった。
アタシがユニットを試験したときは、ユニット基部を履いて魔法力を通し固定されたエンジンが燃焼されていた。
「うし、それじゃ飯行くか」
「はい!」
▽
暗い室内、魔法力の青い光が部屋中を明るく照らす。
栗中尉が電探ユニットを装着した。いつも傍にいる秋田犬のサブも使い魔として魔法力を発揮する。
身体の感覚として、魔法力の波動を感じる。魔法力はある程度の周波数があって、魔法圧なんかにそれが影響する。
中尉は魔法圧も魔法力も減衰している上がり間近でこそあれど、まだ飛べるはず。それだけの魔法力を共鳴で感じた。
「マスト電探同期開始」
「電探同期開始」
中尉の言葉を技師が復唱し、操作盤のスイッチを捻る。
電探ユニットの後ろにある柱で、艦橋後部のマスト電探をゆっくりと回していく。
大きな電探が魔法力で増幅され、中尉がいくつか操作をすると、技師が目を走らせるレーダースコープにいくつかのドットが浮かぶ。
「これは鳥の群れだな」
目を瞑っている栗中尉が呟く。
レーダースコープを見てもちょっとした光点が映るだけ。これを鳥の群れと判断する術はなんだろう。
速度?
これが一番最初に思いつく。全体的な大きさもその判断材料だろう。
魔力でブーストされたレーダー。今までの通常の電探とは比べようもなく、正確性が高い。
「・・・十時の方角、高度一万一千、何か反応がある」
栗中尉の言葉にアタシの心も切り替わる。高度一万と千、そんなところを飛ぶ鳥はいない。
「今までのネウロイとも反応が違う」
そんなことまで分かるものなのか。
少しの驚きと一緒に、アタシは秋水を履く心持を込めた。
マフラーをぎゅっと絞って首元に入れ、格納庫側で燃料の充填準備が始まった秋水の様子を見る。
「豊、飛べ」
「了解!」
栗中尉の低い声をバネにしてアタシは格納庫に飛び込む。
「秋水発進用意!」
アタシの声に反応してすぐさま、二種類の燃料が充填され始める。燃料の特殊性故に貯蔵タンクは陶器で出来ている。格納庫の下で吊り下げ式に隅でワイヤーをかけ、テンションをつけることで割れを防ぐ。
燃料が充填されるまでは時間がかかる。
専用武器の扶桑版フリーガーハマー、9連装ロケット弾発射筒を取り出し、弾薬を装填、照準器を取り付け、背中にかけた。
「風上進路よし、カタパルト用意よし、長良二番、発進用意よろし?」
「大丈夫です」
格納庫に響き渡る伝声管に返答し、電探制御室でネウロイの様子を確かめている栗中尉と魔法無線を同期させておく。
「長良二番です。栗中尉、あと二分程度で発進できます」
「一番、了解。敵はそのまま北西から北東に向かって進んでいる。目標は、分からない」
燃料充填完了の声にアタシはすぐさまユニットゲージに足を進め、一つ呼吸を置く。
胸元のマフラーを握り、秋水に足を通す。
アネハヅルの羽と尾羽が伸び、魔法力の淡い青の光が周りに浮かんだ。
「二番発進準備完了!」
ユニットゲージが固定され、格納庫ハッチが閉まる。
カタパルト係が旗をぐるぐると振るのを見て、魔法力のモーターを始動。
秋水の呂式魔導エンジンに炎が点る。燃焼段階が二段階目に入り一気に発進。
すぐさま方位を変え、上昇、ドンドンと高度が上がった。
「敵との接触まであと五分、高度は一万一千で変わらず。速度は凡そ五百、方角も変わらない」
「了解」
栗中尉の指示に合わせ上昇角を少しだけ持ち上げる。
「先に上がって、上から刈り落とす感じで行きます」
敵は電探の探知範囲内で十時の方角から現れ、二時の方角に向かって進んでいる。このまま上昇と距離を稼いだ上で速度が早くないネウロイを刈り取るように飛ぶ。
「分かった。陸軍さんもバックアップを上げてる、未知の敵だ、気ィ張ってけ」
「了解です」
発射筒を握る手に、少しだけ力と手汗が浮かんだ。