雲を突き抜け、高度を上げた。空気は保護魔法越しに冷え込み、呼吸が苦しくなる。酸素濃度が薄くなってきている。
「・・・目標視認」
敵の、ネウロイの大きな姿が見えた。
大きく、後退角のついた主翼に丸い胴体。識別表にはない。特段の特徴らしい特徴もない。
「銀の、ネウロイ?」
呟いた言葉に、魔法無線の相手が息を呑んだ。
「なんだと」
「豊、間違いないか」
銀のネウロイ。ネウロイは、黒い胴体に赤い線とパネルで形成された外面が特徴。アタシの習った常識。
もう一つ該当する事例がある。
扶桑海事変当初のネウロイ。怪異と呼ばれていた頃は、まさに銀色で構成されていた。
燃料を燃焼し、滑空状態に入ったアタシが数百メートルの高度有利から柔術の大外刈りで方角を変えれば、鈍い銀色のネウロイが見えた。
「間違いないです。敵は銀色の、ネウロイ。渡洋型に近い形状で主翼は後退角」
報告を続ける。
二つの朱角、魔法針から身体を伝って戻った魔法の波を照準器へ流し込んだ。アタシの中にある感覚と固有魔法の推測が合った位置に照準点が表れる。
「攻撃開始」
同航戦に入る斜め上の角度から突っ込み、高度の位置エネルギーを運動エネルギーたる速度へ一気に変える。
空気の薄い高高度、音もどこか遠く感じた。
セレクターを三連射に切り替え、追い越し一度交差。ロケット弾は偏差を取って敵の筒状胴体に向かっていく。
高度を下げ、再び上昇。二度目の三連射。敵の速度は変わらないものの、後部のパネル部分を剥いだ。コアは見あたらない。
「くっ」
敵にあと一歩届かない。
エネルギー量が足りない。高度差が少ししか取れなかったこと。距離があったこと。2つが重なって滑空状態でジリ貧に陥っている。
照準器を睨み、狙いをつけ、トリガーを引いた。
「当たれェェェェェ!」
必死だった。ここであいつを逃してはいけないと直感した。銀色のネウロイ。
どこから現れて、一体いつからいるのか。
そんなこと分かりっこない。
だけど、今、ここであいつを倒さなければ。
最後の三連射、山なりの弾道で燃焼煙を描き、ロケットが銀のネウロイに飛んでいく。
届かない。敵は突如、不可解な行動を取った。
大きな葉巻の胴体から、楕円を伸ばした棒がストンと落下する。
銀色の何かが、確かに落ちていく。まさか、子機?いいや、爆弾?
「栗中尉!敵から何かが分離して・・・飛んだっ」
その「何か」は、再加速するみたいに放物線を描き水平線の本土へ飛んでいく。
あれは子機か、いや、推力を発生させながら滑空する爆弾のようなものか。分からない。追いつけない。ただ、無力さだけが心に残る。
「こっちでも確認した」
段々とエネルギーが無くなった。大きく旋回して、大陸側に戻る鈍い色のネウロイを睨み続けることしか、アタシにはできなかった。
「それはいい!二番、帰投しろ!」
「・・・了解」
▽
息をついた。潮を落とし湯船には浸からず、髪を適当に乾かして、タオルを巻く。飛行の予定はないから、寝間着を着て。山軍曹に付き添われ、士官食堂で夕食を待つ。
「初めて、でした」
「初めて?」
アタシの呟きに、山軍曹がオウム返し。
初めて、敵を撃墜できなかった。今まで五度出撃して、四体撃墜。エースになれなかったのも事実だけど、それ以上に気分の悪い寝覚めが続きそうな予感がする。
銀色のネウロイ。速度はそれほどない。反撃の光線もない。自身の防護力を武器として耐え忍び、胴体下から何かを射出するだけ。
あの何かが着弾した先はどこだろう。地上型ネウロイをばらまくものだったらどうしよう。
そんな考えは当然のように頭の中で走った。
帰投して一通り事情を話した。栗中尉は司令と会議をして、本土に居る陸軍さんの報告を待っている。あのネウロイがどこに戻ったのかも、大陸側の電探で調べるしかない。
「エースになれなかったのは時の運ってやつですよ」
分かっていることは、今回が異常だということ。
大きな胴体に、見当たらないコア。二度の三連射が当たってもコアが見当たらない。移動型なのか。ただ小さいだけなのか。分からない。
「分からないんです」聞こえないようにつぶやく。
あいつはなにかも分からないのに、覚えた恐怖心。
人間という生き物は、分からないことが怖い。自分たちの理にないものを恐れる。
分かってしまえば対策できる。分からないということが一番怖い。
寝覚めの悪い気分があのネウロイのせいなんじゃないかって、思い始めてる。
得体の知れない敵、どうやって撃墜すればいいのか、そしてあの射出物はどう対応する。
秋水の滑空スピードでは母機を撃墜し、そのまま子機も撃墜しなければならない。それがどれほど難しいのか、この数週間で痛いほどに分かった。
明日には舞鶴で補給をする。アタシは飛ぶ予定もない。
「むしろ、今まで初出撃から撃墜を重ねていたのも、犬宮さんぐらいなものです」
山軍曹は励ましてくれる。違う。アタシは敵を逃したことを悔やんでいるわけではない。
あの敵を見つけてから、ずっと。
魚の骨が喉につっかえたようなイガイガが心の中に残り続けている。
この感情をどうすればいいのかなんて、分からない。
「豊、ご苦労さん」
「栗中尉!お疲れ様です」
立ち上がって敬礼すると、中尉は手で制してくる。
「会議は一応終わった。あの敵の行方も分かった。母機の帰投は高高度過ぎて捉えられなかったらしい」
つまり、総論すれば、鈍色のネウロイは高高度を飛ぶことで扶桑の警戒網を破り続け、隠れていた。
「今司令が問い合わせているが、俺の予感じゃあのネウロイは・・・」
「七、八割、扶桑海事変の頃に居たやつがベースだ」
中尉はそこまでで言葉を区切ると、眼鏡に息を吹きかける。
「ベース、ということは?」
「あんな子機を引っ付けてはいないが、似た機影は扶桑海事変の時に一般的だった」
だから無線上で中尉がたじろいだんだ。今生き残っているはずもない、七年近く昔のネウロイが生き残っているなんて誰も予想だにできなかった。
「子機の方は」
「石川の海岸線で爆発したらしい。そうだな例えるなら」
研究されている滑空爆弾に推力を加えたもの。母機で凡その進路を決めて、ロケットのように推力で飛ばして滑空。そのまま、爆発させるもの、そんな推測。
「放物線を描く、ロケット弾」
「ある程度の補正も効くんだろう、誘導爆弾とも言える」
そんなものが、もし扶桑の要所に着弾すれば。
「司令はあれを滑空弾道弾と名付けた。あの銀のネウロイは自分で扶桑までたどり着いて攻撃する能力を持たないがゆえに、子機の弾道弾を得たんだ」
「それじゃまるで」
「それじゃあ、まるでネウロイが進化してるみたいじゃないですか!」
アタシの言葉を継ぐように山軍曹が声を上げる。
「・・・してるんだよ。あのネウロイに限ってはな。今までにも今回と同じような弾道弾の攻撃と思しき報告もあるみたいだ」
進化するネウロイ。何年も前から存在し、扶桑を攻撃してきた。
もしかして。
七年前のアタシが見た光景を蘇らせる。
すまないとは言わない。全て私が悪い(訳:ウマにドがつくほどハマり、勉強とウマのアプリをやっているだけで一日が終わるような気がしてさぼっていましたごめんなさい)
時間が出来たら書かないとダメですね・・・
次回は・・・早く出来たらいいかなぁ。
なんとなく濁してきた豊ちゃんの暗い過去が次回で明らかになります(いや伏線張りすぎてわかりやすいけど)
あと滑空弾道弾は最近話題のやつをモチーフにしてたりらじばんだり。
そう言えばスト魔女の世界観だとあそこが無いから、今回だと「敵を知り、己を知れば~」のクッソ使いやすい文章が使えなかったんですよ。
色々思考を巡らせてセリフ回ししないといけないのが楽しいところ。