秋水は特殊なユニット。
見た目からして、少しずんぐりむっくりとしている。これはエンジンの特性に由来する。
秋水を動かす魔導エンジンは宮藤理論を利用した現代型ストライカーユニットと一線を画す。
現在扶桑でも開発中の新型魔導エンジン・・・ジェットエンジンを使用したモノとも違う。
大きな違いは、吸気するか否か。通常のストライカーユニットは空気とその中に含まれるエーテルを吸気し、燃料とウィッチの魔法力の混合で魔導エンジンを燃焼させ、呪符のプロペラを展開し、空を飛ぶ。
メッサーシャルフ262「シュバルベ」というカールスラントが開発・運用を開始したジェットストライカーの場合は、魔導エンジンに同じく吸気し、エンジン内のタービンを回すことによって魔法の推進力を作り出す。
秋水がコメートをモデルにしたように、シュバルベも扶桑で次世代機のベースとして技術提携を果たし、陸軍ではキ201「火龍」として、海軍では「橘花」として、少し使用目的の違う機体として研究されている。
コメートと秋水はこれらのジェットユニットとも、既存のプロペラユニットとも全く違う形式のユニットだ。
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秋水ユニットの心臓「特呂二号/KR10」
通称「呂式魔導エンジン」
その名の通り、ロケット動力を利用する。
特徴は、二つの燃料と魔法力を混合させ、一気に燃焼。燃料が尽きるまで、秋水ユニットはただ只管に上昇し、滑空しながら攻撃を加える。
この過程において、魔導ロケットエンジンは大気と大気中のエーテルを一切、中に吸気することがない。
大気に触れるのは、ユニット内のエンジンで魔法力によって適切な混合比で、二つの燃料が触れ合って推進力を生み出して、最後部のノズルから噴き出されたときである。
呂式魔導エンジンの全力運転時に、飛行姿勢であるうつ伏せ状態で後ろを振り返るとよくわかる。エンジンの燃焼が空気中のエーテルに反応して、青い魔法力の炎が伸びる様が見えるのだ。
既存のプロペラ呪符式のユニットと比べると、魔法陣の大きさも桁違いに大きい。その代償として、既存のユニットやジェットストライカーと違って、魔法力を増幅して身を守るシールドの展開の難易度が上がってた。
ジェットユニットは、魔法力を吸い上げる魔法圧の要求が非常に高い。
量産化が進んだ現在では、魔法力を底まで吸いきられて魔力切れなんていう事態は大きく減ったけど、適正と魔法力がある程度ないと、燃料を燃焼し続けるための魔法圧の要求に耐えられない。
ジェットユニットに対して、ロケットユニットは魔法圧こそ要求されど、魔法力の量自体は要求されない。
魔導ロケットエンジンの燃焼には燃料こそが重要であり、燃料は数分程度の上昇分しか搭載することが出来ない。
仕組みとして燃料の混合比を調整し、推進力を生み出すためだけに必要な魔法力を使う時間が短いという前提があるから。
これらのエンジンの形式ごとの違いは、運用思想の違いに現れる。
既存のプロペラ呪符式の開発は、全盛期ほどではないが、更なる性能向上を目的として進められている。当分は、飛行時間や要求魔法力・魔法圧の問題で主力機となる。
ジェット式は、その高速性による一撃離脱攻撃、更にはその推力が魅力的で一撃離脱を想定して開発される。次世代機として魔導エンジンの効率化、要は要求される魔法力や魔法圧の低いエンジンの開発や、効果的な運用の研究が各国で進んでいる。
これらの研究成果は、プロペラ呪符式ユニットをいずれ代替する主力機として期待されていた。
さて、ロケット式。
ノイエ・カールスラントで行われた試験では、燃料を満載した状態で三分間上昇し、高度一万一千メートル以上に到達した。運用方法は至って単純。この桁違いな上昇力を活かし高速で高高度に上昇、滑空状態に入り、高高度進入してくる戦略攻撃型のネウロイに対して大火力でもって、一度の交差で確実に撃墜し、本土や要所を防衛すること。
航続距離の異常な短さは、他のユニットとは比べるまでもなく凄まじい上昇力で補い、迎撃ユニットとして一点特化する。
それがロケット式ストライカーユニットの運用なのだ。
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宇野部少佐と朝食を共にし、横に埋まった半楕円型の掩蔽壕まで足を運ぶ。穏やかな潮風の吹く滑走路脇を歩いて、壕に居る秋水ユニットの面を拝んだ。
橙色のボディからは大きな形の主翼が伸び、そこに白縁に黒い内円と弦を描く赤い欠けた月。扶桑のラウンデルが描かれている。
ユニットゲージ・・・扶桑での正式名称は発進促成装置ではあるが、大抵はゲージ、で済む。
収まった秋水ユニットは空に飛び上るのを今か今かと待っているように見えた。
「・・・大丈夫。お偉いさんはゆっくり来るから、その時に思いっきり飛ぼう」
足を入れる部分にそっと触れて呟いた。
今日の予定は、昼過ぎにこの追浜飛行場を飛び立ち、燃料が尽きるまで上昇した後、ゆっくり滑空し、飛行場に着陸。
秋水ユニットの存在は秘匿されている。初飛行を記念する報道はなく、記録写真を残すだけ。
新型ユニットが飛んだこと、新しい海軍航空ウィッチの下士官用飛行服が出来たことの報道は、一応するらしい。
「犬宮一飛曹」
秋水の元を離れ、お偉いさまを迎える時間まで基地内散策で潰そうと思った矢先、聞きなれない声に思わず肩を跳ねさせる。
確か宮菱で秋水の開発主任を務めている技師だと紹介された人が、格納壕の入口に立っていた。
「初飛行を遅延させてしまい、申し訳ありません」
「それは自分に言うことでは」
ない、と続けようとしたアタシを、技師は手で制す。
「一飛は既にお聴きだと思いますが」
技師は深刻そうな顔をしている。
扶桑は今、ネウロイの攻撃の危機に瀕していた。
何故秋水ユニットの開発に踏み切ったか。
何故地震などの災害で開発が遅延しても、続けさせたか。
何故扶桑はそれほどまでに秋水による迎撃ウィッチの養成に焦っているか。
それは、高高度高速進入型の戦略型ネウロイが、日々大陸側から攻撃を行おうと飛来し始めていたから。
現在は、高高度にも対応できる海軍の紫電改や、同系統のエンジンを搭載した陸軍の疾風と言った最新鋭ユニット、屠龍ユニットや飛燕ユニットと言った上昇力に比較的優れるユニットを使用して、大陸側のレーダーや警戒哨と扶桑海に置いた通報艇などの警戒網でもって、早期での探知による迎撃を行っている。
ネウロイの攻撃は次第に数が増し、不定期であり、高度が高くなっている現状だ。
これを迎撃しなければならない。大本営はそう判断し、電探ユニットと呼ばれる特殊なストライカーユニットと共に秋水ユニットによる迎撃網を構築することにした。
銃後・・・戦火の煤さえ被らないはずだと信じている国民を守らねばならない。
日夜増しているこの危機は、国民に周知されていない。混乱を生むという理由と、現在は迎撃が出来ているがために。
今後は追いつかない可能性がある。
故に秋水の開発は常に急かされていた。
「どこか不具合があるかもしれません」
それはそうかもしれない。コメートの設計図を受け取り、秋水の開発計画がスタートしてからおよそ一年。
あの傑作ユニット、零式艦上戦闘脚・・・通称零戦でさえ開発には時間がかかった。一年間で、しかもエンジンまで新規国産というのは、エンジンの特性上生半可なものではなかった。ノイエ・カールスラントでのエンジンの研究さえ途上であるのだ。燃料の混合比に至っては扶桑で独自に割り出さなければ、攻撃が苛烈になっていくのに間に合わないとされた。
軍部は、民間の尻を叩き続けて研究と開発を急がせた。
「それはアタシの腕でカバーします。この子と伊達に付き合ってきたわけじゃないです」
最初は秋草ユニットの滑空でさえ上手く着陸すれば、拍手喝采になるほどだった。飛行特性もまた、秋水は変わっている。
「しかし!」
「大丈夫です。一度ミスをしても、そこを修正すればいいんです」
天災の惨状やエンジン開発中の事故を受けながらも、この時期に初飛行に持ってこれたのは海軍空技廠と宮菱の技師たちの努力の賜物だ。
職人気質な彼らに変な同情をするのもお門違いだとも思う。
テストウィッチの仕事は如何にそのユニットの不具合を見破るか、それを丁寧に伝えるか、改善策を考えるか。それが仕事だ。そして、ユニットの限界を引き出すことも重要。
「・・・これを」
技師は両腕に抱えていた袋と体につけるベルトのついた装具、落下傘を渡してくる。
「これは?」
意図が読めないわけではない。ただ、技師たちが弱気なことが気になって聞き返してしまった。
カールスラント技術省側から受ける定期的な報告の中で、コメートユニットのタンクからエンジンへの燃料の供給不具合が何回か上がっている。
扶桑で秋水の設計図を引いた時には、解放されたガリアとその近辺であるベルギカ・・・特にカールスラント空軍、ルフトバッフェが部隊を置いていた場所で、ようやくコメートの実戦運用が開始されたばかりだった。
今日アタシが履いて初飛行する秋水初号機、試製秋水にはそれらの報告が反映されていない。