SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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part.2「連想」

 

 グラウンドでサッカーに興じる同僚たちの姿が遠くに感じる。

 騒動以来、しごきはすっかり無くなった。主計科長によっぽど絞られたのか、それとも逆恨みを隠しているのか。分からない。本当に分からない。

 

「このままで済むとは思えん」

 

 大型艦の兵員烹炊所に配置されたことがないから、あの人の価値観が分からない。

 舞鶴海兵団でもしごかれた。カッターで尻の皮は剥けたし、寝具を整えることに関して1ミリ単位で細かく、難癖をつけられた。

 下っ端の水兵で入隊する時点で覚悟している。

 

「一飛の、せい、なのか。おかげ、なのか」

 

 食事の用意と献立管理だけの仕事で休養は取れている。好待遇過ぎて、同僚からの目が少し怖い。

 俺だって自分から率先して、他の作業を手伝う。それでも、特別扱いには変わりない。

 長良の乗組員が舞鶴鎮守府の畑から収穫した芋を洗い、火の加減を見ながら蒸かしているところ。

 

「みんな楽しそうだねぇ」

 

 芋掘りのお次はサッカー、士官も下士官も水兵も関係なく、垣根無く、広いグラウンドで球技に興じている。

 あっちでは野球、こっちでは庭球と言った具合。

 

「俺にもあんな頃があったんだろうか」

 

 洋食屋の長男として、小さい頃から料理を覚えて台所に立った。あいにく、店の調理器具と家の扶桑家屋では違いがありすぎたが、基本的な料理は大得意。いつかは店を継ぐものだと心の中では思っていた。

 店のキッチンに立たせてもらったのは13歳かそこらの頃。

 周りが高等小に入ったり、家業を手伝う中で俺も当たり前のように洋食の修業をした。

 両親が店を回していたが故に、3つ下の弟と6つ下の妹を子守りして尋常小に通い、2人と両親の朝昼晩を作った。

 だから、尋常小では勉学に励めなかったのは否めない。

 当然、サッカーや野球なんて遊びに関わることも出来なかった。

 他のやつらが遊ぶ時間に、買い出しに行って、キッチンに立たせてもらって。

 ちょっとした反骨心だった。海軍に入って世界の料理を学びたいなんて言い出してしまった。ずっと溜まっていたフラストレーション。

 

「もう勘定されちまったもんなぁ」

 

 実家の洋食屋で学べないことも、修行の名目で皇都や大阪まで出してもらって、いくらでも学べたのに、家から破門にされてもいいから、なんて海軍に入った。

 海軍でもこうして好きなことをさせてもらえるけど、別に殴られたいから水兵になったわけじゃない。

 

「いいにおい!」

 

 すっと。気配をいきなり横に感じる。

 

「犬宮一飛?!」

 

 かまどのある畔からグラウンドの地面にひっくり返った。

 

「だ、大丈夫ですか!驚かせるつもりはなかったんです!」

 

 手を伸ばすのは、はるかに小柄で腰ほどに頭があると思うほどの影。

 水練着の上に白いセーラーワンピース。スパッツと呼ばれるズボンの上の太ももを隠す服装。

 端正で優し気な顔つき。藍色がかった黒髪のカールを描くボブカットの少女。

 この人こそが、俺が献立管理をしている「秋水」ユニットのウィッチ。

 

「あの、二宮二水ですよね」

 

 差し出した手を掴まないのかと首を傾げる犬宮一飛の手を借りずに立ち上がる。

 

「はい!」

「あの、かしこまらなくていいんですよ」

 

 そんなことを言われても階級がある。俺より6つ下の歳なのに、ウィッチで、一飛曹だ。兵曹だ。

 撃墜数は長良ではもっぱらの話題で、あと1つ落とせば飛曹長も夢じゃないと聞く。

 それと比べて、俺はどれだけガタイがでかかろうが、どれだけ歳が上であろうが、階級は二等水兵。

 下っ端も下っ端が下士官様相手の手を借りる・・・それが年下のウィッチなんて大事だ。

 慌てて立ち上がると、畔の上にもっと怖い人が居る。

 

「豊、なにやってんだ」

 

 眼鏡をかけ、隣に秋田犬のサブを引き連れているのが長良の飛行長、栗田中尉。

 

「えっと、驚かしちゃったみたいで・・・」

「そりゃ、あんだけ勢いよく近づいたらな。二宮二水、怪我はないか?」

「あ、はい。大丈夫です!」

「ウチのガキンチョがすまんな」

 

 栗田中尉はまだいい。年頃が近いし、最近は犬宮一飛と一緒の食事を時折摂るようになって俺の料理の腕を認めてくれた。物腰は怖いが、心根は優しいお方。

 ついでに透き通ったセミのポニーテールと眼鏡の姿が凛としてお美しい。

 

「二宮二水、ウィッチとの接触は」

「分かってます!」

 

 問題は飛行ウィッチ二人の護衛、栗山軍曹。この人は怖いったらありゃしない。軍曹という階級もそうだし、それ以上にウィッチとしての膂力で制裁を加えられるという特権持ち。

 こっちがウィッチに触れるつもりがなかったとしても、あっちにどう捉えられるかは分からない。

 この軍曹は、俺を犬宮一飛から遠ざける節がある。こっちは職務の一環で食事がどうだったか、飛行したうえでの消耗、何が食べたいかの希望なんかを聞き取りするのに、栗山軍曹は自分を介した伝書鳩をする。

 ウィッチと男性の接触が御法度なのは分かる。

 仕事で必要な会話ですら齟齬が発生する伝言では面倒にもなる。

 

「やっぱおっかねぇ」

「何か言いました」

「いえなにも」

 

 烹炊班長にぶん殴られた時に救ってもらった恩はある。あの時、確かに聞こえた。犬宮一飛が声を上げていた。真っ先に駆けつけて声を上げたことを俺は知っていた。

 どれだけ殴られて前が見えなくても、声は聴き間違えない。犬宮一飛の可愛らしい声と栗山軍曹の甲高く響く声は全く違う。

 一見すれば得体の知れない食事でも食べてくれて、あまつさえ、ほめてくれる犬宮一飛が、あの時助けようと声を上げてくれたことが嬉しかった。

 そこから何か発展した考えを持ったわけでもないのに、栗山軍曹は犬宮一飛にお礼すら伝えてくれない。

 

「それじゃ、二宮二水。豊に芋食わせてやってくれ」

「了解!」

 

 栗田中尉が港の方に踵を返すと、俺の方を軍曹が睨んでくれぐれもと言いつけ、中尉を追いかけて行った。

 

「疲れた」

 

 あの二人を相手するのは大変。中尉はいささか無防備で目のやり場に困るし、栗山軍曹は怖い。

 その点、隣で蒸し器を眺める犬宮一飛は年相応で可愛らしい。

 

「おいも、おーいも。おーいも!」

 

 変わった歌を口ずさんで、蒸かし芋が出来るのを楽しそうに待っている。台所で俺の背中を見ながら料理の歌を歌っていた妹を思い出した。

 妹と同じ年齢なんだよな。溢さんばかりの笑顔を見せる犬宮一飛を見て、もう二度と顔を合わせない実の家族の顔が頭に浮かんだ。

 




ゴールデンウィーク、出来れば投稿頻度頑張りたいと思います。時間が余る予定なので。

そう言えば今日書店に行ったら、秋水のエンジン分野に関わられた方のノンフィクションの秋水の文庫本が出ていました。(できれば書き始める前に欲しかった)

あとお気に入りとか、多分今回で3千UAを越すことになるのであらかじめお礼を申し上げます。

あと、「おや?」と思った方。安心してください。豊ちゃんは恋を知りませんし、何よりも空を飛ぶことが好きです。

まぁ・・・どっちかってぇと、二宮の方がヒロインなんだけどね。
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