「おいも、おーいも。おーいも!」
段々に積み重なった中で蒸かされるじゃが芋を考えるとお腹が鳴る。
芋が大好き。
秋水ユニットを扱うに当たって芋類を食べられない制限がついたのは、ちょっと辛かった。
アタシは今日と明日、長良の着岸する間は警戒任務を解かれ、休養する。栗中尉は、ついでに芋を食べてもいいと言ってくれた。
「あの、出来上がるのはもう少し先ですよ」
グラウンドを望む畔に座り込んだアタシに、屋外かまどの火加減を見ていた烹炊員の人は問いかける。
「いいんです、やることなくて暇なので」
午前中は栗中尉に連れられ舞鶴の街まで、本や雑貨の買い出し。
「サツマイモはまだ先ですよね」
「そうですね」
アタシの言葉に同意した烹炊員、二宮二水は用意していた直方体で銀紙に包まれた何かをくれた。
「なんです、これ」
「バターです」
バター、牛乳を使った製品だっけ。何に使うんだろう。
「サツマイモみたいな甘みを楽しむことが、じゃが芋では出来ません。バターの塩気がよく合うんです」
蒸しあがったお芋を二水がトングで掴み皿に入れて、仕草で教えてくれる。ここにバターを入れると美味しいらしい。
「いただきます!」
二宮二水に感謝の言葉を伝え、手を合わせていただきます。
ホカホカの蒸かし芋は、皮が所々剥けていて、湯気がふわふわと顔の周りを漂う。
これだけのじゃが芋の芽を取るのは大変な仕込みだったに違いない。グラウンドで遊ぶ兵士たち全員に回る量を作っている。
「あふっ・・・んー!美味しい!」
蒸したては口の中を火傷しそうになるけど、ホクホクとした食感が楽しめる。そこにバターの塩気とじゃが芋の味わいが見事にマッチしてとてつもなく美味しい。
夏の終わりを感じる風の涼しさを肌に当たりながら、大きなじゃが芋を箸で掴んで食べた。
気づけば、二宮二水がグラウンドに大きな呼び声を上げて皆を呼び寄せ、ある程度冷めた蒸かし芋を配っていた。
彼は戻ってくるなり、蒸し器の類を引き車に乗せて撤収しようとしていたので思わず声をかける。
「二宮さん!」
「どうされました」
「いつも、美味しい食事をありがとうございます」
彼は制限のつく献立で本当に美味しい食事を作ってくれた。ここ2週間、ずっと彼の食事を食べたせいで、他の人が作った食事との違いも分かる。
他の人が下手なわけじゃない。むしろ、長良の食事は美味しいものだと思う。
二宮二水の作る珍しい料理は決まって美味しいし、普通の料理も特別と言っていい程美味しい。
「仕事ですから」
困ったような笑顔を浮かべて、二水は頬を掻く。優し気な瞳がアタシを優しくみてくれて。彼の表情を見て、アタシの声はどうしても震えてしまう。
「あの時、止められなくて」
二宮二水が上官に殴られているところは、アタシでも止められたハズ。声が弱弱しくても、魔法力を使って力づくに止めることは出来た。
アタシが人に接するということが苦手で。あの時どうすればよかったのかと、パニックに陥ってしまったと言い訳して、逃げていた。
冷静であったとしても、自分の1.5倍はあろう大柄な人を、山軍曹のように止める勇気があったのかは今でも分からない。
アタシには勇気がなかった。それが、悔しかった。
「いいんです。一飛曹が悔やむことなんて何一つありません」
声音は変わることなく、アタシを撫でてくる。臆病なアタシは。それがどうしても、彼の本心とは思えなくて。どこかで、自分を恨んでいてくれた方がよかったとさえ思ってしまう。
そんなふうに考えていた時。
グラウンドに。舞鶴鎮守府中に響き渡るサイレンの音。
「防空サイレン?!」
たちまち、グラウンドは大騒ぎになった。半舷上陸する乗員に伝えられた連絡事項。
防空警報が発令された場合は長良を一時的に港から離して、塞がれないようにする。
そのため、半舷の乗員は防空警報が発令された場合長良に戻り、戦闘に関わらない乗員は鎮守府内の防空壕に入る取り決めがあった。
長良のボイラーには火が入ったままだ。いつでも緊急出港ができる。
「一飛曹、防空壕に行きますよ!」
行かなきゃ。舞鶴で防空警報が発令されるってことは、扶桑海にネウロイが侵入して攻撃が迫ってる。
定期便の時期にはないし、「弾道弾」持ちの鈍い色のネウロイなんじゃないかと思うと、頭に血が登った。
手首に力がかかる。
「一飛曹、あなたを飛ばすわけには行きません!」
誰?
「一飛曹は、飛んじゃダメなんです!」
二宮二水が、朗らかな顔を必死にきつく怒らして。今にも飛び出さんと長良の方に走り出したアタシの手首を掴んでいる。
「行かせてください!」
「今秋水で飛べば、腸内ガスが発生して意識を失います!」
そんなことがどうした。今は舞鶴が危機なのに。
「ごめんなさい、行きます!」
使い魔を発現させた。強化した膂力で振り払い、走り出す。緊急出港した長良に乗り込み、秋水に燃料を充填して飛ばなきゃ。
どう頑張っても、普通の迎撃機やストライカーユニットは間に合わない。防空警報が鳴った理由がそれ。
桟橋まで走り、沖着けした長良に向かうカッターに便乗。
息を荒げたアタシ以外にも多くの水兵が乗り込んでいる。他の軍艦はボイラーに火が入っていないので出港できない。動けない。
アタシの乗った最後のカッターが長良に横づけされると、タラップを飛んで格納庫に走る。
出港用意の慌ただしい艦内では静かな格納庫。秋水が整備を受けている最中で、燃料搭載を命じる。
燃料を入れる時間がもどかしい。
長良は動き出したけど、沖に出るには時間がかかる。
「固形ロケット搭載して!急いで!」
秋水には固形燃料の発進促成ロケットがある。魔法力を最大限につぎ込み、燃焼段階を最大まで叩き込んで、ロケットで飛び出せば艦の全速航行と合わさって飛べる。
魔導無線のスイッチを入れた。
「あ?」
「長良2番、発進準備できました!」
「・・・豊、え、あ、バカ!」
動揺しきった栗中尉の声が耳から骨を伝わって、聞こえてくる。
ユニットゲージのロックを外し、カタパルトの上を進む。
格納庫のシャッターが閉まらない以上、秋水が吐き出す有害な燃焼煙と凄まじい圧力の魔法陣は、電探室から格納庫に飛び出した栗中尉に怪我をさせてしまう。
「長良2番、発進します!」
前半と後半の落差よ。