「ぐぅっ」
高度が上がって、腹部の痛みが全身に染み渡る。
栗中尉の声は遥か遠く、敵の位置も知らず上昇している現状からも目を逸らした。
芋を沢山食べた。きっと消化されているところ。
身体の中で発生したガスは地上の気圧。保護魔法の向こうは高度が上がって気圧が下がる。保護魔法の風船に腸内ガスという水を入れ続けている。
「くっ」
いずれ破裂する。魔法力があるから、高度数千に数分足らずで登っても耐えられる。
身体の内部と外部の気圧の違いまでは保護出来ない。
上がりが近ければ、魔法力を使っても寒さを感じることと一緒。
魔法力は戦うための補助。身体に大きな能力を授けてくれるが、万能ではない。
「ぁ、っ!」
視界が眩む。目の前が暗くなる。強い勢いで旋回を掛けた時の負担が内部から身体中にかかる。
高度は1万まで上がった、燃料は尽きた。上昇姿勢を辞めて水平飛行に移る。ストライカーの操作しかできない状況でも、固有魔法で敵を見つけた。
舞鶴の沖合から真っすぐに上昇してきた結果、敵とかち合った偶然。
空を我がものと飛ぶ、鈍色のネウロイ。
「ぁぃっだ!」
間違いない。胴体下には大きな「弾道弾」を抱えている。
倒せ、あいつを。ここで、今すぐに。
頭の中が痛いぐらいに叫ぶ。腹部の痛みか。それとも戦闘での興奮か。
今までにないほど血気が盛んになっている。
「長良2番、攻撃開始!」
やや上方からまっすぐ、ぶつかる勢いでロケット弾を3連射。敵の先端部分でパネルが砕け散る。コアは見つからない。
敵の真下を潜り抜けた。
普通の飛行機の背面方向、身体の前を敵に見せてもう一度。
翼と弾道弾部分にダメージが入った。次の瞬間、アタシの中に過去の記憶がよみがえる。
「こいつがっ」
一瞬の交差で分かった。忘れもしない7年前の事件。アタシを殺そうとした怪異と全く同じものが、弾道弾の弾頭部分に包まれていた。
もう一つ気づく。
前と形状が違う。
前回はロケット弾のように洗練した弾道弾だったが、交差した敵の腹の下は小翼の形状で出来た何かを輸送する形状。
翼だけの小さな飛行機。先端部分から零れた蜘蛛型は扶桑海に落ちた。
あの1匹だけじゃない。あれだけの大きさを誇る弾道弾。同じような陸上型ネウロイが中に何匹も入っているに違いない。
インメルマンターンで降下スピードを追撃に移し、背後から1発ずつ。敵のコアを探るように。
「くそっ」
地平線の方に舞鶴が見えた。もう射程圏内。
反撃の光線すら撃たない銀のネウロイ。こいつが何者かなんて、分からなくていい。
ただ、こいつを撃破しないと、辛い思いをする人が出る。家族を失ってしまう人が出る。舞鶴が悲劇に包まれる。
ならばこそ。
最後の1発。エネルギーを失い、降下した最後の追撃。敵の弾道弾、後部部分を狙い撃つ。
「当たれェッ!」
トリガーを引くのと意識を失ったのは同時だった。
▽
「豊の反応が急降下してる」
目の前が真っ暗になった。高度は1万もある。呪符のプロペラを持たない秋水ユニットは降下の速度が緩まない。
体内との気圧差が影響して、ほとんど意識がない状態でネウロイと戦っていた。
この反応は間違いなく、意識を失って墜落しているところ。
次第に電探の探知範囲内から映らなくなった。
「長良3番!ウォーラスを出せ、墜落地点は」
落下傘が開いたことを祈るしかない。豊が落下傘を身に着けて出撃したかも確認できていない。凄まじい5分だった。
「ネウロイが弾道弾発射。方角は舞鶴市街」
「司令、鎮守府の特別陸戦隊を出せるように連絡を。それと小松から航空ウィッチの支援もお願いします」
豊の身の上はある程度、聞いている。詳細も宇野部少佐に聞いた。
彼女の家族が死んだのは弾道弾の着弾で、蜘蛛に似た地上型ネウロイを倒したことも知っている。
そのネウロイが舞鶴の市街に大量に着弾し、暴れまわった場合。
かつてリバウで見た陸戦の地獄を再び見る。一般市民が一方的に屠られる無残過ぎることが起きるかもしれない。
そうじゃなくても。
加速から滑空に移った弾道弾の速度を迎撃出来ない。石川に落ちた前回も、爆発した。その時は水辺近くで、水を苦手とする地上型ネウロイが発見できなかった。銃後で敵の攻撃による爆発が起きる事態は看過出来るものではない。
「どうする、どうするよ、栗田」
つくづく嫌になる。だから俺は昇進なんて嫌いなんだ。責任が伴うことが大っ嫌いなんだ!
「栗田君、舞鶴市内への弾道弾の着弾を確認した、現在陸戦隊が急行中」
「地上型ネウロイを着弾地点に空挺する可能性もあります」
「分かっている。陸戦隊に居る陸戦ウィッチも出したが、市民の避難が遅れている」
魔法力を抑えた。あの銀色のネウロイはもう飛び去ってしまった。もはや俺の能力では何も出来ない。残るは舞鶴市街の被害状況と豊の生死。
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「こちら、長良3番。栗中尉、聞こえますか」
「あぁ、感度良好。着水地点はある程度推測出来てるが、秋水は滑空ユニット。風に流されている可能性が高い」
波も高くなっている。沖合に出た豊が海岸に辿りつけるとは思えない。
ともすれば最後の手段は低速で海面ぎりぎりを飛行できるウォーラスの能力に頼ることしかできない。
「違う、違うだろ!」
俺は飛ばなくちゃいけない。何のための零戦ストライカーだ。何のための魔法力だ。何のためのウィッチなんだ。
俺は飛べる。飛ぼうとしない。
飛ばなくちゃいけない。
「・・・山」
「栗中尉、行きますか」
山に問いかけられて、俺の頭の中であの時が蘇る。
相棒は墜落して、魔法力を使い果たして走りきり、リバウに還ってきた。代償がウィッチの能力を失うこと。使い魔が死んでしまった。
豊は魔法力の量自体、相棒より少ない。あいつは体力お化けで、リバウの山間すら走ってこれたが、豊は晩夏の海の体力を失う条件に、少ない体力。腸内ガスの膨張でダメージも受けている。
想像した瞬間、手が震え。瞼が重くなり。吐き気がする。
「もし俺が見つけられなかったら」
豊は、どうなっちまうんだ。
カタ、と電探監視室の床に腰を落とした魔導無線に雑音が走った。
「豊、豊か!」
「おあいにくさま、その豊ってやつとは違うな」この声は。「呆れかえった。お前は一人で空も飛べないのか?」
忘れもしない。あの減らず口。
「神原!」