SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

23 / 47
part.5「長良1番、飛翔」

 

「どうしてここにいる」

 

 久方ぶりに顔を見せた相棒は、後部甲板の方を握りこぶしの親指で指す。

 

「オートジャイロの試験で来たんだ。線が後部甲板まで伸びない小型艦は改装した長良だけだから」

「オートジャイロってなんだ」

 

 話をするより実物を見た方が早い。格納庫のある艦橋構造物から出て、普段はウォーラスを載せる後部飛行甲板を見る。

 

「カ号観測機って言うんだ」

 

 空冷エンジンが搭載された丸い飛行機の胴で主翼が無いものに、大きな柱をつけて大型のプロペラが軋んで乗っていた。

 エンジンでゆっくりと加速して上のプロペラが揚力を発生させる。

 

「今、行方不明のウィッチが居るんだろう」

「あぁ、早く探さなきゃならねぇ」

 

 これならゆっくり空中を進んで捜索が出来る。観測機だ。主翼で揚力を発生させている飛行機より速度を落として滞空できる。これほど捜索に適した機材はない。

 

「取引だ」

「俺がカ号で、その豊っていうウィッチの手がかりを見つける」

 

 神原は飛行服姿で、飛行帽とゴーグルを持つと俺に一言呟いた。

 

「飛べるんだろ。リバウの蝙蝠」

 

 あぁ、飛べる。飛べるともさ。どうしても手が震える、足が震えてしまう。心が怯えてしまう。

 俺が豊を見つけられなかったら、神原みたいに魔法力を失う。

 

「それとも俺の目を信用できないか」

 

 神原がこちらを再び、試すように聞いてくる。大事な部下なんだと聞いてくる。

 豊は俺にとって代えがたい部下。今は一緒に戦う戦友で、俺の手足となってくれる。

 まだ若い。幼い。

 

「5分後には上がる」

「空で会おう」

 

 拳を突き出され突き返すと、俺たちは背を向けた。

 

「山。零戦を出すぞ」

 

 山は静かに頷く。艦橋構造物に上り、魔導無線をつける。豊の反応は返ってこない。

 

「今度は絶対に、俺が見つける」

 

 緩めていた詰襟の襟を上までしっかりと閉じる。今の俺は、過去に囚われた臆病なウィッチではない。

 勇猛果敢にして、冷静沈着。夜においてリバウでは他の誰の追随も許さなかった、あの頃の俺でいい。

 

「回せーっ」

 

 カタパルトにユニットゲージが誘導される。足を突っ込めば、52型は素直に俺を受け入れた。魔法陣が広がり、栄エンジンが回る。

 サブの耳と尻尾が現出し、ユニットゲージのロックを解除。呪符のプロペラは勢いよく空間を切り刻んでいく。カタパルトに一歩ずつ踏み出す足に震えはなかった。

 

「長良1番発艦用意よし!」

 

 深呼吸、1、2。大きく息を吸い、腹から搾りだして吐き出す。

 覚悟は決まった。翼はある。飛ぶだけ。

 カタパルト要員の持った旗が回りだす。あれが下がった瞬間、カタパルトで射出されて空に飛んでいる。出力を最大に上げる。

 

「っ発艦」

 

 ユニットを引っかけたシャトルの感覚が無くなった。魔法力の保護によって強い風圧も感じない。俺は飛んでいる。あの頃のように飛んでいる。

 

「栗、遅いぜ」

「あぁ。遅かった。取り返しがつかないかもしれない」

「だが」

「俺はあきらめるような女じゃない。諦めの悪いウィッチだ」

 

 カ号は当然として、ウォーラスも複葉機だからよっぽどのことがない限り、俺は速力で負けない。

 普通のユニットである以上、ホバリングやシールドを張ることも出来る。

 

「待ってろ・・・豊」

 

 墜落が考えられる地点から潮を読み、概算した哨戒エリア。余りにも広大なそこを俺が高速で飛び回り、ウォーラスが低速低空飛行で探し、神原の乗るカ号が集まった情報の詳細を探る。

 

「栗、聞こえるか」

「海軍機の緑塗装、破片が見つかった。ラウンデルもある」

 

 豊が使う秋水改は、通常の扶桑皇国海軍機と同様の深緑色と灰色の塗装を施される。ラウンデルがあるから、主翼か。普通のストライカーの胴部分には描かれない。

 主翼が捥げた。着水の衝撃か、墜落の衝撃では原型が残らない。

 落下でついた速度超過で捥げた可能性もある。

 豊は生身で墜落したことになった。

 ストライカーからの増幅がない秋水ユニットとはいえ、最終手段で短い瞬間だけシールドを張ることも出来る。

 肝心の燃料が尽きているし、無線に応答出来ないほど苦しむ状況からそんな判断も叶わない。

 これほど、生存が危ぶまれる状況において。俺には不思議と直感があった。

 懇願にも近いものだった。

 

「豊は生きている」

 

 神原が破片を見つけた地点から流れを辿る。ユニットがこちらに流れたことが分かったなら、後は豊自身を探せばいい。

 一向に返答がない無線は水には弱いし、耳から外れたことも考えられる。最後まで諦めずに探す。

 こんな時、固有魔法があればどれほどよかったか。未来予知や空間把握。使える固有魔法があれば、電探ではカバーできない範囲まで視ることが出来た。

 ノーセンスの自分が憎い。力のない自分が憎い。

 

「・・・っ」

「どうした、栗!」

「マフラーだ」

 

 オレンジ色のマフラーだった。正確には布の断片。オレンジ色で薄く高価な生地で誂えたソレは、秋水ウィッチの仲間たちから貰い彼女が大切にしていたもの。

 

「マフラー、身に着けていたものの断片か」

「豊!応えろ・・・犬宮豊一等飛行兵曹!」

 

 ホバリング姿勢に移り、大声で叫ぶ俺に反応して波の合間が揺れた。不規則な揺れ。もっと大きなオレンジ色の布が浮かんでいる。

 

「居た」

 

 その布を手放し脱力した姿で浮く白い服。

 一瞬でもマフラーを見つけるのが遅かったら、波に流されていた。

 

「豊!」

 

 海面に向けてシールドを張り、ホバリング姿勢で豊の小柄な体を掬いあげる。

 浅くではあるが息をする音が聞こえる。海水を飲んだらしい。朧げな意識で、呼吸をしようと水を吐く。

 

「長良1番より報告。長良2番を発見、長良2番は生きてる。舞鶴鎮守府に連絡、医療班を」

「こちら長良。了解した!栗田中尉よくやった」

 

 報告を終えて舞鶴の方向に全速力を出した俺は、荒い呼吸をする豊の頭を撫でる。

 

「あと少し、あと少しの辛抱だ」

 

 俺の情けないそんな声が聞こえたのかもしれない。

 豊がゆっくりと瞼を開けた。

 

「くり、ちゅうい?」

 

 弱弱しい声が途切れる。舞鶴はもうすぐ。

 怒らないといけないことが沢山ある。謝らないといけないことも沢山あった。

 それは豊が生きてなくちゃいけない。

 

「そうだ!お前の上官だ!命令する、死ぬのは絶対に許さない!」

「ごめん、なさ・・・い」




これで次の話に移ります。次話は、今回の顛末。そしてそこから始まるひと騒動。

その次のお話では、新メンバーが長良に着任します。

GW中に連載が終わる気がしないので、就活解禁までになんとか終わらせたいっすね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。