SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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第七話「処罰」
part.1「人を頼れ」


 

 やってしまった。罪悪感に押しつぶされて、重たい瞼を開く。眩しい明かりは人工のものではなく、太陽の強い光。

 

「豊、起きたか」

 

 ずっと握られていた手が少し痛い。ベッドの隅に座っていた栗中尉は、少しだけ息を吐いた後、アタシの頬に手を寄せた。

 

「ごめんなさい」

「本当だよ馬鹿」

 

 冷静で一歩下がった普段の姿からは想像できない動揺で、中尉がアタシの頭を撫でる。

 

「飛ぶなって言ったよな」

「はい」

「なのに、勝手に飛び上がって。おまけに気を失って墜落」

 

 分かってる。分かっている。

 あの時は頭に血が登った。あのネウロイはアタシの仇であることが分かった。

 

「今は舞鶴鎮守府中が大騒ぎだ。処分は後日言い渡す」

 

 陸上型ネウロイは。

 

「ネウロイは舞鶴市街に着弾、昨日の夕方までに蜘蛛型は全部掃討されたが、被害が出た」

 

 アタシがあそこで仕留められなかったから被害が出た。

 海軍を中心に情報統制が敷かれているが、舞鶴市街で爆発が起き、ネウロイが跋扈した。予め出撃した舞鶴鎮守府の特別陸戦隊所属の陸戦ウィッチの活躍で早期に掃討はなされたが、多くの市民が犠牲になった。

 

「弾道弾の着弾、蜘蛛型ネウロイの空挺。これらのケースは、豊の家族を襲った時と類似している」

「弾道弾の弾頭部分にロケットを当てたら、ネウロイが落ちていきました」

 

 鮮明に覚えている。痛みさえ乗り越えて脳裏に焼き付いている。

 

「1万もの高度から気を失って。どうやって生き残った」

 

 どうやって生き残った、か。

 

「分かりません」

「分からない?」

「アタシの意志で体勢を持ち直したわけじゃないんです」

 

 高度はほとんど失ってから、気を持ち直した。

 既に秋水ユニットが風で滑空し、姿勢をゆっくり機首上げ、主翼部分が捥げた。錐もみに陥るかと思ったら、海面ギリギリまで主翼は耐え。

 水上を滑走着陸する要領で、シールドを張って減速と着水の衝撃を逸らした。

 ユニットは空中分解して、ほぼ生身で、シールドで海面を滑った。

 気づけば、栗中尉の胸元で起きていた。

 中尉は少しだけ唸った。

 

「理論的に考えれば、落下して速度超過寸前まで加速、高度と速度で自然と引き起こしモーメント。海面真上でユニットが空中分解して、シールドで衝撃を緩和した、と」

 

 総括して。

 

「幸運だな」

 

 アタシの意思で引き起こそうとしたわけじゃない。アタシは気を失った。秋水ユニットを使って枯渇した魔法力でシールドを張れたことも偶然。

 

「ここで止まっちゃダメだって気づきました。軽率な行動だったと思います」

「軽率だ。あまりにも軽薄な考えで、ストライカーユニットという兵器を扱った。本来は許されることじゃない」

 

 アタシの命は自分だけのものじゃない。今回に至っては、飛行停止とも言うべき休養命令が出た中で、独断の出撃。あまりにも軽々しい行動。

 代償が、墜落死する可能性もあり得た高空での気絶。

 命令違反だけじゃない。もっと重い意味を持つ行動だった。

 

「豊、今から伝えるのは命令だ」

 

 中尉は、眼鏡を外してレンズの部分に息を吹きかける。

 

「飛びたかった理由は分かる。あの状況で迎撃できたのは、お前だけだ」

「飛びたくても。上官から飛ぶなと言われれば飛ぶな。自分の状況も考えられるようになれ」

 

 飛ぶなという命令を守る代わりに蒸かし芋を食べた。

 アタシはあそこで二宮二水の進言を受け取り、防空壕に行くべきだった。

 銃後が爆撃されるのを指をくわえてみているのも仕方がない。あの場面でアタシは、飛ぶべきではなかった。

 

「お前はまだ若い。自分のことが分からない時がある」

「周りを頼れ」

 

 周りを頼れ。アタシはいつも、周りを頼れない。頼るときは、大抵相手から手を差し伸べてもらった時。

 恩師の先生、宇野部少佐。

 この二人だって、アタシからコンタクトを取ったわけではない。

 山軍曹も自分からアタシの世話を焼いて。

 栗中尉も。上官の彼女は、文句は言っても優しくしてくれる。

 それに甘えていた。正しい頼り方ではない。ただの甘え。

 これから大人になっていく。軍人として、ウィッチとして、部下を持つ。

 

「はい」

 

 犬宮豊という一等飛行兵曹のウィッチは、自主性にかけている。自分自身を変えなければいけない。

 他人に甘えていた今を顧みて、自分の意志で物事を決めて。自分の力が及ばない時に、助言をこう。

 

「俺から伝えることは以上だ。長良は1週間、舞鶴で停泊する。処分が下るまでは、療養すること」

「了解」

 

 アタシの返答をジッと睨んで待った中尉は、アタシの頭を軽く撫でると立ち上がる。

 引き留めるように、心残りを聞こうと思った。

 

「二宮二水が処罰されることは、ないですよね」

 

 飛んだのはアタシの独断。アタシは彼を突き飛ばした。

 

「お前や上層部が納得していようとも、周りが納得しない時がある。そういう時もあるんだ」

 

 中尉は呟くと、そのまま医務室を去って行ってしまった。

 もしかしなくても。二宮二水は、アタシにお芋を食べさせた責任を被って処罰を受けてしまったのか。

 きっと、自分の責任にしようとする。それほどまで責任感を持ってアタシの献立管理をしてくれた。

 蒸かし芋を美味しく食べるために、バターを渡してくれた彼は。アタシを引き留められなかったことを、罪と感じている。

 

「あぁ、どうしよう」

 

 ウィッチと一般人では、どう頑張っても力で抑えられないというのに。力を使って振り払ったというのに。

 中尉の言葉が意味することは、上層部と上官の中尉自身が彼の責任はないと考えていても、周りには関係ないという意味。

 胸元が騒ぎ出す。

 

「嫌な予感がする」

 

 疲れの溜まった重い足をベッドから出す。病衣姿のまま草履を履いた。

 

「犬宮さん!ベッドで安静にしていてください!」

 

 医務室から出て山軍曹に引き留められる。アタシの動きはふらついている。頭だってガンガン痛むし、お腹は痛みを引きずったまま。

 こういう時に、アタシは人を頼るべきか。

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