SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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part.2「懲罰房」

「昼か」

 

 叫びをあげる腹の音。どこか雨漏りして、薄暗く狭い部屋は水の滴る音と空腹が協奏曲を奏でる。

 食事はある。ちゃんとした食事というわけでもない。余りの麦飯に少しの漬物、小さな煮魚に味の無い汁もの。同じ材料でも自分で作った方がおいしく作れる自信はある。

 

「自ら望んだとはいえ、独房はつらい」

 

 薄暗い空間、鎮守府内にあるコンクリート造りの独房。

 薄い畳一つに布団と肥溜め。

 空を睨む部分と出入り口は格子で、後はコンクリート。夜になれば通路の灯りと月の光以外、全て暗闇。

 初秋に入った時期で朝晩はかなり冷え込む環境で、三日三晩過ごして体調不良になった。頭がくらくらする。手足は悪寒が走り、背は冷たい汗が浮かぶ。心持ちも段々と悪くなる。

 どうして自分が悪いなんて言ってしまった。

 上層部の方々は俺に非があるなんて考えていない。

 問題は、犬宮一飛曹の戦果を自分のことのように喜んでいた長良乗組員たちの意見。

 彼らにとって、戦場の女神たる一飛曹の墜落は大きな出来事で、引き起こした原因の一端を担い、引き留められなかった俺に強く当たることが想像されること。

 上層部は俺を処罰したという名目を立てたかった。

 一般水兵たちの陳情が名目だけでは済ませなかった。

 処分を行わざるを得ないほど水兵たち、特に烹炊班長が中心の一派が大きな声を上げた。

 

「自分で育てた種とはいえ」

 

 状況を鑑みて、自分を悪者にすることでその事態を乗り切ることにした。

 振り払われたとはいえ、彼女の独断を止められなかったのも事実。

 芋だって沢山じゃなかったらここまでにはならなかったのに、食が進むものまで渡してしまった。

 俺が悪いことにすれば、上層部は突き上げを避けられる。裏では主計科長と艦長が頭を下げてくれたが、お上を恨む気は更々ない。

 あの烹炊班長が水兵を扇動しただけに過ぎない。直接的行為に走れないから、回りくどく情けない行動に出た。

 

「昼食です」

「栗山軍曹、ありがとうございます」

「いえ」

 

 三日、この独房に食事を運んでくるのは、護衛の手が空いた栗山軍曹だった。

 

「栗田中尉に食事の改善を申し入れたのですが、今は鎮守府中の烹炊員が舞鶴市内の炊き出しに追われていて」

 

 たった一人、独房で処分を受けた俺に飯を作ってくださるのが、烹炊班長。

 行動が陰気臭い。どこまでも性根が曲がっている。わざわざ別に食事を用意してまで私罰を加えたいらしい。

 

「いいんです。栗田中尉にも申し訳ないですし、長良が出港するまであと4日です」

 

 4日耐えれば、俺は長良から離れる。霞ヶ浦に移動して、秋水ウィッチの食事を作る部隊に転属。

 俺の存在は、長良において禍根を残した。あの烹炊班長の一方的な恨みでしかない。水兵たちはそれに振り回されているだけ。敵を間違えてはいけない。心の中では納得がいかない。

 

「ダメです。納得行きません!」

 

 握りこぶしを平手にぶつけた音が檻の外から聞こえる。栗山軍曹は、義に厚い人物であり、自身の考える義にはどこまでも正直。

 

「貴方がこのような処分を受けること自体が間違っている。陰気臭いいびりまで!」

「いいんです!」

 

 俺は別に構わない。それで、乗員達が満足するなら構わないのだ。

 

「それよりも、犬宮一飛曹はお元気ですか」

 

 ウィッチの方が大切。俺にはいくらでも代わりが居る。切り捨てられても仕方ない。力がないから。

 目の前のまだ若い女性や、医務室で痛みと戦っている少女と違って、戦う力を持たない。一介の飯炊きに過ぎない。どこまで行っても変わらない。

 

「はい。食事制限もありませんから、周りと同じ食事を全量。元気も出していますが」

「俺のことは、さっさと忘れるようにお伝えしておいてください」

「・・・分かりました」

 

 これで三日も同じ言葉を伝言してもらった。

 彼女が処分に罪悪感を持つ理由は理解できる。彼女は切羽詰まっていた。

 栗山軍曹が去る足音を耳に入れ息をついたら、別の足音が聞こえる。

 懲罰房には俺以外居ないから、新たな処分者か。俺に用事か。

 

「二宮二等水兵」

「艦長、どうかされましたか」

 

 檻の前に立つのは詰襟で髭を蓄えた、上官。

 姿勢を正し、敬礼する。

 

「顔色が良くない、大丈夫か」

「皆さんが置かれている立場は分かっているつもりです」

 

 上層部は、烹炊班長を中心とする一派の突き上げと水兵同士の不和に頭を悩ませている。

 解決法が、俺の懲罰房行き。

 使われる機会の少なかったここは、長い時間を過ごすのに向かなかった。

 これが冬だったら一晩掛からず凍死していた。そうなって仕方ないという設計。

 

「一つ悪い知らせがある」

「君の実家、確か洋食屋をしていただろう」

「はい、もう絶縁されましたが」

 

 家の敷居を跨ぐなと言われ、長良で出港する直前に絶縁を言い渡された。

 今まで仕送りをする先はなかったから余ったお金が随分とある。

 

「そこに、ネウロイの攻撃が着弾した。ご家族の全員のご遺体も確認した」

 

 のどに言葉がつっかかる。

 なんて言った?俺の実家が攻撃された?家族が全員死んだ?

 絶縁されたとはいえ、血の繋がった実の家族。両親との折り合いは悪かったが、弟や妹は可愛らしいことこの上なかった。

 弟は洋食屋を継ぐため、今度の春に神戸へ出ることが決まっていた。妹もそれについて、洋菓子店に修行に行く。夢のある家族だった。

 

「全員が亡くなっている。ご親戚が葬式のためにいらっしゃるそうだが、絶縁されていることは」

「親戚にも伝わっています」

「そうか。特別に懲罰房から出る手続きを済ませてある」

 

 家族の死に顔を見せてくれる。もう3日経過している。火葬は済ませたのか。

 懲罰房の入り口が開き、俺はふらつく身体を抑えて外に出た。

 ふらつきは体調不良のせいなのか、ショックからなのか。分からない。

 水兵服姿のまま、懲罰房のあるコンクリート建ての棟に横付けされたくろがね四駆に乗ると、艦長の指示のもと車は基地から出た。

 思考の整理が追いつかない。

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